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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第三章 トールデ街編
40/162

そして振り出しに、戻る

誤字脱字報告、感想、評価等ありがとうございます。

励みになります。


自分の所為で人が殺された。

この事実を認めてしまえば、私は身動きが取れなくなった。


そもそも私はこれといって強い意思がある人間ではない。

料理は好きだ。大好きだ。


だけれど、料理をするのが好きというだけであって、たとえば、私が料理を好きで居続ける、生き続けることによって「それじゃあ何か世界が変わるのか?」と言われれば、それはNOだ。


私は自分の生が自分にとっては重要で貴重なものであるけれど、たとえば世に何か影響を齎した偉人のように他人にも価値を見出して貰えるとか、そんなことはない。


理不尽に唐突に人生を奪われた前世であるから、今度は奪われないようにと、私は前世の私の意識しかないから、だから、この世界で私らしく今度こそ生きようと、そう思っているだけの、凡庸な人間だった。


そんな私が、他人の人生を理不尽に奪った。


火刑台に縛りつけられ、そして点火される。


私の思考はどんよりとモヤがかかったように鈍くなる。


自分がなぜ抵抗もせずされるがままになってるのか、何を勝手に傷付いているんだ、なぜ、諦めているのかと、そんなことを考える気力もない。


自分の体も肉なので、焼ければ肉の焼けるにおいがするのだろうか。けれど人間の体は燃やすと臭いらしい。そういうことは、こんな状況でも考えられるのに。


「燃えてはいませんよ、まぁ、貴方を焼くなどそもそも無理な話ですし」

「……星屑さん?」


私ははたり、と目を開く。


明けた視界、世界に鮮やかさが失われていた。

モノクロの世界となっていて、その中で色を持って動いているのは、ここにいる筈のない星屑種という稀有な存在。


「ごきげんよう、私の乙女」


元気にされていましたか?とにこやかに手を振る美貌の男性は長い袖をヒラヒラとさせながら、周囲を見渡す。憎悪に顔を歪める人間は、この美しいひとの目にはどのように映るのだろう。


「久しぶりに遠出しましたが、300年経っても人間種というのは心が弱い生き物ですね」

「…………あの、この状況って?」


時間が止まった、というわけではないだろう。モノクロの世界で人は動いている。私に向かって叫んでいる先ほどの老婆の姿もあった。

しかし彼らの目に星屑さんは見えないようで、それを良いことに星屑さんはモーティマーさんの前にツカツカと行って「私の方が美しいですね?」などとよくわからない評価を下している。


そして気が済んだのか、再び私にクルリと向き合うと、その長い睫毛で頬に影を作りながら口を開く。


「私の結界により守られている土地であれば、私は薄い時間の狭間越しに移動することができます。まぁ、触れることも言葉を伝える事も出来ませんから千里眼で見てるようなもの、と考えてください」

「でも私と今、会話してますよね?」

「えぇ、貴方は特別です」


星屑さんにとって私は一度は「捧げられた乙女」であるので、自分の所有物として認識しこの薄い世界にて会話をすることが出来るようにはなるそうだ。


なるほど、ある意味クロザさんのお陰ということか。


「私がここに来た目的は三つ。まず、貴方がスレイマンと呼ぶあの男はこの場には来れません」


何かあったのだろうか?


来ない、ではなく来れない、とそう言う。

半日前にカーシムさんの館で幻だが会ったスレイマンは変わりがないように思えた。


「簡潔に言うと、死にかけています」

「まさか、ドラゴンと戦って大けがを!?」


話では楽勝だったように聞こえたが、やはり竜種相手ではさすがのスレイマンも無事ではすまなかったのだろうか。


心配になって問いかけると、星屑さんは「いえ、黄金竜は腕の一振りで壊滅状態でした」とあっさりと言う。うん、まぁ、うん、そうだよね。


「一度、聖女の結界を力技で破った、その事実はやはり魔王の体を蝕んでいた、ということでしょう」


あの泉でスレイマンに伸びていた無数の黒い手のようなものを思い出す。あれは、私たちが結界を再度張るまで、スレイマンを飲み込もうとしていた。


しかし。


「……今更ですか?」


あれから何か月も経ってる。その間スレイマンは変わった様子もなかったし、お風呂に入る時だって片足が動かない他は何も異常はなかった。魔術だって使えていたはずだ。


「貴方が傍にいたので聖女の呪いは抑えられていただけですよ」

「私が、ですか?」

「えぇ、とても面白いことなのですが、あの男が傍にいれば、貴方はいかなる魔性にも侵されることはなく、そしてあの男もいかなる神性にも侵されることはない」


スレイマンはともかく、私の方に心当たりはないが、星屑さんが言うのなら、それはそうなのだろうか。


私はよくわからないが、しかし、それならスレイマンはなぜ自分が死にかけているということを話してくれなかったのだろうと不服に思う。


私に隠している事がある、とは思っていたが……こういう大事なことは、今後ちゃんと言って貰えるよう話をしなければならない。


「二つ目は、貴方が何か深く苦しんでいるようでしたので、親友として、貴方を苦しめた愚か者の顔を見に来ました」

「感想は?」

「この愚か者と所属する組織団体に金輪際、星々の祝福が行かないよう毎日祈ることにします」


それ祝福が行かないとどういうことになるんだろうか。


星屑種は神代の生き残りだというので、それはもしかしたら人間種が扱う呪いなんかよりもはるかにヤバイもののような予感がする。


「そして三つ目ですが、これは魔王の力が弱まった今ならできる提案です。今なら貴方の魂の所有者を私にすることができる。どうです、いっそ人の世を捨てて私と来ませんか?」


なるほど、これが本題らしい。


真剣な目で提案してくる星屑さんはゆっくりと手を伸ばしてくれる。


「街の人々も、ここで貴方が焼け死んだと思えば納得するのでしょう?異端審問官は貴方が魔王に助けを求めることを望んでいる。このまま死んだ事にすればいい。貴方が一緒ならば、私は天に帰る事もできるでしょう」


星屑さんが結界から出ていってしまったら、たくさんの人間が死ぬ。それを言っても、種族として命の考え方の違う星屑さんには響かないだろう。


私は一度目を伏せ、そして星屑さんを見つめる。


「助けに来てくれてありがとうございます。でも、そうですね、私は、そうですね、はい。どう生きたいかを、決めてしまっているので、えぇ、はい、だから、どうしたらそう生きれるかで、いいんだと思います」


沈んでいた心も、苦しんでいた感情も何もかもが消えたわけではないけれど、しかし星屑さんと話をして、聞くべきことを聞いて、私はぐっとお腹に力が入って来た。


星屑さんは私の返事を聞いて寂しそうな顔をしはしたが、すぐに微笑み「では魔王は暫く、私が抑えていましょう。ドラゴン料理、私も楽しみにしていますよ」と言って淡く光りながら消えていった。


そして途端に、世界に色が付く。


「あぁ!!全く!!おい!ふざけんじゃねぇぞ!」


そして聞こえてきたのは、ゾットさんの苛々とした怒鳴り声だった。


長身を揺らしながら、ゾットさんは向かってくる軍人たちを銀の腕で薙ぎ払いながら火刑台の、私の方へ向かってくる。その後ろをゴーラさんがおっかなびっくりついてきて、そしてアルパカさんが周囲を威嚇するように甲高い声で鳴いている。


あれ?アルパカさん……なんか、周りの空気っていうか……何か、浄化してないか?あれ?ドゥゼ村の群れでないと、聖女の結界の力を利用しないとできない筈のワカイアの術を、使っているようにも見える。


「おいガキ、テメェは何大人しく焼かれてんだよ。テメェの所為で人が殺されて落ち込んでるっつーなら、また、見殺しにする気か?テメェがここで死んだら、ゴーラが死ぬだろうが!!!」

「俺だけじゃなくて、兄貴もだろ?!ねぇ、あんた、考えてみてくれよ。あのおっかない魔術師……あんたを見捨てたって俺らの事を殺すんじゃないか……?」

「あ、はい。絶対します」

「即答かよ!!!」


聞かれたので素直に答えたらゴーラさんが恐怖で顔を引きつらせた。

その様子に思わず笑いそうになる。


「ゴーラ!!!」


だが私が声を上げる前に、ゾットさんが素早くゴーラさんの腕を掴んで引き寄せる。

体を強化した異端審問官が振り上げた拳が地面に突き刺さり、大きく抉れた。


「神聖な裁きの前で、なんです、貴方たちは」


私がいる火刑台を庇うようにしてモーティマーさんは立ち、ゾットさんたちを睨み付ける。


「ガキ一人焼き殺す事の何が神聖だ。イカレてんのかこのクソ野郎」


舌をこれ以上ないというほど出し片目の下を人差し指で押さえて、アカンベーというバカにした顔をするゾットさんは、異端審問官が恐ろしくはないのだろうか。


「薄汚い異端者が」

「おう、俺はそうだ。そうだろうよ。産まれてこの方、テメェらの言う神サマになんざ祈ったことはねぇしその予定もねぇ!盗みも脅しも売りもなんでもやってきたロクでもねぇくそったれだよ俺たちは」


ゾットさんはぐるりと広場中を見渡して、更に大きな声で続けた。


「聞いてるかよテメェら!全員知っての通りだ!俺みてぇなクソがこの街で好き放題してきたのを、テメェらは知ってただろう!黙って見てただろう!!!俺らが何をしても黙ってたくせに、テメェらはこんなガキには石を投げるのか!怒鳴るのか!死ねと言うのか!!」

「そ、その子供は魔女だ!その子の所為で、神官様たちは……!!」

「殺したのがこのガキだって証拠はあんのかよ!よく見ろ、ただのガキだ!お前らが投げつけた石も避けられねぇガキだ!」


叫び続けるゾットさんを、モーティマーさんが押さえつけにかかった。だがモーティマーさんの拳が触れる前に、飛び出したアルパカさんがモーティマーさんの体を蹴り飛ばす。


「っ!!!」


大きく吹き飛び、モーティマーさんは広場の外の壁に激突した。


「よし!よくやった、良い女だぜ、アンタ」


ゾットさんはそんなアルパカさんに愛情のこもった目を向け、ウィンクをする。一瞬アルパカさんが気恥ずかしそうに目を伏せたような気がしたが、気のせいだろう。うん。


「うちの息子はその子の所為で死んだんだ!!!」


モーティマーさんがピクリとも動かなくなったので、軍人たちに動揺が走った。隊長格らしい数人が指示を出そうとするものの、その前に上がったゾットさんの怒号がそれらを遮った。


「殺したのはこいつらだろうが!!」





====





彼女は、流行り病で夫を亡くした。


折角安全な街に移り住んだのに、病はあっという間に人の命を奪ってしまう。


一人息子を女手一つで育てるのには、それは並々ならぬ苦労があった。けれどこの街は豊かで、片親の家にはいくらかの支援金が出される制度があったから、母子でも飢え死ぬようなことにはならなかった。


やっと息子が大きくなって、そして街を守る兵士になるため試験を受け、無事に受かった時のことを彼女はよく覚えている。これで母さんにやっと楽させてやれると泣きながら笑った息子を、彼女はただただ抱きしめた。


そして兵士になって一週間、息子は魔女に魂を穢されたと、彼女の目の前で焼かれて死んだ。


なぜ?なぜ、どうしてあの子が、あの子がそんな恐ろしい目に合わねばならなかったのか!


彼女は息子が死ぬ原因となったらしい魔女を憎んだ。教会の神官たちをも呪い殺したという恐ろしい魔女。


あの悪逆非道な代理長の元に逃げ込んでいたと聞いて彼女は居ても立ってもいられず駆け付けた。そこで見たのは幼い少女。嘘のように美しい顔で、これがあの子の目をくらませ良心に付け込んだのかと思うと憎悪が増した。


焼かれろ、苦しめ、苦しんで苦しんで苦しんで死ね。あの子の味わった、私が味わった絶望と苦しみを越えるものを持って死ね!!そう彼女は憎しみを込めて少女を打った。だが少女は彼女を睨み付けることも、魔女のように笑うこともせずただ見つめ返し、その瞳に醜い顔をした老婆を映す、それだけだった。


異端審問官様が、あの魔女を燃やしてくださる。


火刑台に縛りあげられる少女をじっと見つめ、その最期の瞬間までも一瞬たりとも見逃さぬと、そう思って見つめる彼女は、しかし、炎がどれ程上がろうとも、少女の体は、その服の端すらも燃えぬことに気付いた。


あの少女を!魔女を早く燃やしてしまえ!!!


喉が切れる程に叫んだ!祈った!けれど息子を焼いた炎は、憎たらしい、罪深い少女を髪の毛一本だって焼きはしなかった!


彼女は半狂乱になって、人をかき分けて火刑台の方へ走る。その間に何やら騒動があって、騒がしくなった。けれどもそんな事はどうでもよく、彼女は叫んだ。


「うちの息子はその子の所為で死んだんだ!!!」


それが事実だ。それが本当だ。それが全てだった。


だから燃やせ。

早く燃やせ、殺せ。

あの子はこの世にいないのに、どうしてその少女はまだこの世に存在できるのだ!


彼女は叫んだ。

必死に、全ての憎しみを込めて叫んだ。


処刑台の近くにいる長身の男がすぐさま彼女に顔を向け、負けぬ大声で言葉を返す。


「殺したのはこいつらだろうが!!」


それはこの場にいる誰よりも、強い感情の籠った声だった。ドォオンと雷が落ちたような、その一瞬で、広場に集まった全ての人々の腹に振動が伝わり、音が消えた。


「おい、母親だっつーあんた、なぁあんた、あんたの息子があのガキに親切にしたのは、操られたからか?あんたの息子は、操られてさえいなきゃ、あのガキを見捨てられるような男だったのか」


彼女は顔を上げ、きつく男を睨み付ける。


「あの子は誰よりも優しい子だよ!だから、見捨てられなかったんだ!あの子は、操られてなんかいるものか!あの子が優しくしたのは、魔女に穢されたからなんかじゃない!あの子がただただ優しかった!!それだけだよ!!」


あぁ、そうだ、そうだよと、彼女は両手で顔を覆う。


あの子は魔女に穢されていたわけではない。あの子は黙って見ていられなかった。だから声をかけた。


声なんかかけず黙ってみていれば死なずに済んだのに。厄介事に巻き込まれずに済んだのに。

あの子の性根が、そうはさせなかった。


「だけど!だから何だい!?その子供が!そいつが魔女だと疑われなきゃ良かったんだ!そいつの所為に変わりはない!!」

「いいや違うね、お前の所為だ」


膝をつきて泣き出す彼女を、男は容赦なく睨み付けた。そして周囲にも聞こえるように声を更に張り上げる。


「殺した奴がはっきりしてるつうのに、お前はそれを認めねぇ。手っ取り早い、憎んで良いとご丁寧に皿に盛られたあのガキだけ憎んでるだけだ」





====





「なにが違うっていうのよ!!!そうだろう!あの子供さえいなけりゃ!!!」

「あのガキがテメェの息子に会ったのは俺が荷物を奪ったからだ!そして街中の、誰もが、俺らが何をしようが黙って見ぬふりをしていたからだ!」


ゾットさんは言い過ぎではないか。


大声で怒鳴り合う二人を見つめ、私は顔を顰めた。


街の人たちが悪事を見過ごすしかなかったのは、教会がそう仕向けたからだ。けして彼らの責任ではないし、兵士さんを優しい子に育てた母親に、責任があるわけがない。


だがゾットさんは認めなかった。


誰も彼もが、この殺された人々の死に責任があるという。


そんなバカな、そんなわけはないだろうと、私は反対したかった。しかしゾットさんの声は大きく、よく響いた。


「よく見ろよ、あのガキ。ちっとも燃えてねぇ。異端審問官サマご自慢の、異端を焼く炎の中でこれっぽっちも燃えてねぇ。どういうことだ?決まってんだろ。魔女じゃねぇ。あのガキは、あいつらの神サマにも燃やせねぇ、そういうことだろう」


街の人たちの顔に困惑と疑問、そして否定的な色が、次第に怯えへと変わっていった。


確かに私の体には炎が移らなかった。


母さんの炎やスレイマンが出してくれる聖なる炎が私の体を傷付けないことは知っていたけれど、この炎は異端審問官のものだ。なぜ、私を焼かないのだろう。


集まった軍人たちも、私を見て怯える。


彼らはこの炎がどういうものか良く知っている、そういう目をしていた。


その知識がある彼らからして、私を「魔女」と焼こうとしたことがどれほど間違ったことだったか、それを理解した、そういう目をしている。


私はゴーラさんによって火刑台から下ろされた。

そして、私を睨み付ける老女の傍により、頭を下げる。


「……なんの真似だい」

「私が死ねば貴方の気持ちに一つの区切りは付けられたのでしょう」


ゾットさんの言い分は、一つの事実ではある。けれど、これは一つの答えが決まっているものではない。


私が死んで、この女性は満足も納得もできなかったと思う。


けれど、区切ることはできたはずなのだ。いや、できなかったかもしれないが、しかし、けれど、悲しみにいっぱいになった彼女が望んだことは、叶えられなかった。


その事に、私は頭を下げる。


彼女を憐れだと思う。

気の毒に思う。


兵士さんの事について、私の所為だと思う私がいるのに、私は彼女の為に死んであげることはできない。


その事に、頭を下げる。


「私は貴方に、何もしてあげられません」


私を憎むことが、街の人たちや彼女にとっては一番「正解」だった。それはわかる。


私は小さな子供だった。

私なら憎めた。

私になら石を投げられた。

私は「魔女」であると教会の、異端審問官が宣言した。


だから、彼らは私を憎んで良い、嫌っていい、怒っていいと、教会に許された。


教会を、異端審問官を、彼らが憎み嫌い、死を望むことなど、できるわけがないのだから。


私はそれらが分かっているのに、しかし、彼らの望む通りにはしてあげられない。


「私は死にたくありません。生きて、やりたいことがある」

「あの子だって、そうだったよ」


もちろんそうだ。誰だって、そうだろう。

私が頷くと、老婆は一度強く私を睨み付け、しかし何かを叫ぶことはなく唇を噛み締め、立ち上がる。


「……息子の墓を、作ってやらないと」


それだけ言って、彼女はフラフラと広場から出ていく。独りでは不安だろうと気になったが、彼女を追いかける姿が何人かいた。彼女に親しい者だろう。


その背中を見送り、私は大きく息を吐いた。


「大変申し訳ございませんでした、聖女様!!!」


さて次は、と思っていると、広場の軍人たちが、いつの間にか私の前に整列し膝をついている。


唖然とした私に、隊長らしい人が三人、そのうちの身なりが一番良い一人が進み出て、私に頭を下げる。


「『神の炎』に焼けぬものはない、その筈でした。しかし御身はやけど一つない」


確かに、私はここへ来るまでに石を投げられ殴られて負った怪我はあるが、火刑台で火を付けられてから出来たものはない。


なぜかはわからないが、スレイマンが防御魔法でも張っておいてくれたとか、星屑さんが何かしてくれたとか、そういうのだろうか?


さすが私の幸運値はEX!


一人納得していると、隊長さん(仮)が言葉を続ける。


「どうぞ大神殿へお越しください。我ら一同、命に変えましても聖女様をお守り致します」

「あの、何勝手なことを言ってるんですか?」


にっこりと私は微笑み、隊長さんやその他、平伏す軍人たちを眺める。


「モーリアスさんもそうなんですけど、困るんです。このまま放って置いたら、またちょっかいかけてくるじゃないですか?また、この街に迷惑かけますよね」


今は気絶している異端審問官も、気が付けばまた何か仕掛けてくるだろう。


そもそも、この街を手に入れようと、そのために元々教会はガニジャという怪しいものを使い街の人たちに暗示をかけていたのだ。


それが私の存在によって魔女騒動だなんだので予定が変わった。それなら、また落ち着けばちょっかいをかけてくるに違いない。


「わ、我々を……どうなさるおつもりです……」


このまま生きては帰さない、とでも言われたと思ったのか隊長さんの顔が恐怖に染まる。

壮年のとても渋い顔の方なのに心底怯えている様子がまことに申し訳ない。


私はゆっくりと首を振って、全員に聞こえるよう大きな声になるよう意識しながら口を開いた。





====





ドゥゼ村はかつてないほど人に溢れていた。


一気に200人近い人間が村にやってきて、この冬をここで越すとそう聞いた村長は眼を見開き、慌てて必要な食糧の計算や、雪が降る前に建てねばならない家の数を話し合った。


どうも、遅くなりました、ごきげんよう、こんにちは野生の転生者エルザです。


私はトールデ街を出、再びドゥゼ村に戻った。

ゾットさんやゴーラさん、そしてモーリアスさん以下190人の軍人さんを連れて。


モーリアスさんは意識が戻ったら絶対暴れるか余計なことをすると思ったので、私がその都度小さな結界を張り、その中の浄化のエネルギーを吸い上げたアルパカさんが強制的にモーリアスさんの意識を奪った。良い仕事するなぁ、アルパカさん。


私は村に到着すると、細かいことは村長さんと話し合って!とゾットさんと隊長さんに丸投げし、私とスレイマンの家に飛び込んだ。


「スレイマン!生きてますか!!!」


昼間なのに窓も全て締め切って、じめじめと暗い室内。照らす時間ももったいないと記憶を頼りに寝室に駆け込んで、寝台ではなく部屋の隅に蹲っている黒い塊を見つける。


「……戻ってこないのではなかったか」

「その件に関しましては反省しています」


最初に恨み言を吐かれ、私は素直に謝る。


カーシムさんの屋敷で見た時とはまるで別人のように、スレイマンは弱っていた。体中に黒い血管のようなものが浮かび上がっており、呼吸するのも苦しいのかヒュウヒュウと喉が音を立てる度、スレイマンの顔が苦痛に歪む。


「私が離れたらこうなるって、知ってたんですか?」

「……呪われていること自体、気付かなかった。この俺としたことがな」


私が気に病む必要がないように言ってくれているようにも聞こえる。私はスレイマンが楽になるようにと蹲っていた態勢を楽にして貰い、頭を膝の上に乗せる。


伸び放題になってる髭や髪をそろそろ切った方がいと思うのに、スレイマンはこのまま放置する気らしい。


ゆっくりゆっくりと呼吸するスレイマンの息が、段々と落ち着いてきた。


「エルザ」

「はい」

「モーティマーを連れて来たのか」

「はい」

「生かしておけばお前を何度でも火刑台に送ろうとするだろう。――殺すぞ」


スレイマンは手を伸ばし、私の頬に指先で触れる。この時初めて、私はスレイマンの指に指輪が付いていることに気付いた。今まで嵌めていただろうか?いや、記憶にない。


金色の、飾り気のない指輪だ。しかしまぁ、それは今は関係ない。


「私、スレイマンを守ろうとしたんです。領主に会せない様に、迷惑をかけないように、モーリアスさんにスレイマンのことを知られないように、って。でも、全部、裏目に出ました」


一人でやろうとした。できると思った。


だって、私は転生者で、聖女の結界を張れる存在で、色んな人が私に親切にしてくれるから、だから、きっと全部うまくいくと思っていた。


兵士さんが殺されたのが私の所為と認めて、なら、それはどこから私は間違えていたのだろうか。


多分、最初から間違えていた。


何でもかんでも一人で決めて、村を飛び出した。

なのに、スレイマンや星屑さんや、色んな人を結局は頼った。


マーサさんを確実に、助けるのなら、領主のことを知るスレイマンに協力してもらうべきだ。

異端審問官をどうするか、スレイマンと一緒に考えるべきだ。


私は自分の気持ちをちゃんと話して、聞いて、話し合って、お互いで決めていくべきなのだ。


スレイマンとレストランを開く。そう生きていきたいと決めた。

私は料理長で、スレイマンは副料理長。

その未来のために、こそこそ逃げ隠れしないためにも。


「助けてください、スレイマン」

「なら俺から離れるんじゃない、エルザ」


頼めばすぐに、スレイマンは答えてくれた。


「モーティマーと話をするための拷問部屋……いや、談話室が必要だな」


そしてどこか楽しそうに呟いたのは私の気のせいではないだろうし、そういえば、スレイマンもモーリアスさんを恨む理由がしっかりあったわ、と洞窟遺棄事件を思い出す。


今後の近所付き合いにも影響するだろうから……防音対策はしっかりしてもらおう。


「腹が減った。後で何か作れ。エルザ」

「はい、もちろんです。今すぐでも大丈夫ですよ」

「もう少しこのままでいい」


眠いのだろうか。


スレイマンが目を閉じる。私はその瞼を眺め、空いた手でスレイマンの髪を梳く。これから忙しくなるだろうから、私も少しこうしていたい。


「迷惑料にモーリアスさんのスパイスを頂いたのでカレーが作れます。楽しみです」

「……また妙なものを作る気か」

「お米がないことが悲しくてしかたありませんが、今は我慢です」

「コメ……?」

「白くて粒状の、穀物です。私がぜひ主食にしたいものなんですけど、どこかにないですかねぇ」


スレイマンの口数は少ないが、私の声は聞こえているようで、時々言葉を返してくる。そのまま寝てしまってもいいのに、目は閉じても眠る気はないらしい。私はこの二週間、トールデ街や往復の道中であったことを話し続け、そして、いつの間にか眠ってしまった。





Next


さて、次回はドキドキ☆スレイマンとモーティマーさんの楽しい再会!

「師弟」どうぞお楽しみに。

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