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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第三章 トールデ街編
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トールデ街、夕暮れ前



日に二度の礼拝がある。街に住む者は皆多ければ一日二回、少なくとも五日に一度は必ず教会を訪れ、神に祈りを捧げる。


その際に教会から配られる特別な飲み物があった。

神の血と呼ばれるそれは黄金に輝くさらさらとした液体。


人間の赤い血とも、精霊の青い血とも違う。神の血は黄金であるという言い伝えの通りのそれは甘く暖かく、飲めば瞬く間に心の不安や悩み、体の痛みまでも消し去ってくれる奇跡をもたらす。


これだけ聞けば随分と抽象的で宗教的、なんとも眉唾な話ではあるが、実際のところ、具体的な奇跡体験談!が多く存在するようだ。


目が霞み段々と見えなくなってきた物が熱心に教会に通い、神の血を飲み続けたことではっきりと見えるようになった、体が突然震えて止まらなくなる病の者が神の血によりそれがなくなった、などなど……。


「ってうか、大麻でも服用させられてるんじゃないんですか、それ」


どうもごきげんよう、こんばんはこんにちは、野生の転生者エルザです。


すぐにゾットさんの採用試験といきたいところだったが、現状そんなことをしてる場合ではないというのはさすがの私も心得ています。


それで、ひとまずカーシムさんも再び部屋に入って貰って、今後のことを話し合おうと、そういう事となった。


「これは我が娘であるので、そのように扱うように」


スレイマンは平伏すカーシムさんに短くそれだけ告げて、あとは「時間切れだ」と惜しむように唸って消えた。消える間際に向けられた顔がなんだか置いて行かれる子供のように思え、私は「ドラゴン料理頑張りましょうね!」とだけ言って手を振る。


ちなみにゾットさんとゴーラさんの腕はスレイマンが「一時的だが戻してやろう」と腕を振って元通り……というか、なんか、ゾットさんは銀の腕、ゴーラさんは銅の腕になった。

魔力を込めているものらしく、驚いたゴーラさんが銅の腕で軽く壁を叩いただけで、大きな穴が開いた。慌ててゾットさんが威力を低下させる魔術式を編み込もうとしていたが、残念ながら失敗に終わった。


「あの御方のお心に添うことができるだろうか」


主の消えた玉座を眺め、カーシムさんは呟く。


本来はスレイマンが魔王(見習い)として君臨すべくちょっかいをかけていた街。これが実は教会側もちょっかいをかけていたんじゃなかろうかと、それがスレイマンの推測だった。


「異端審問官がカーシムさんを異端者だ!と捕えに来る前に、私が悪者極悪非道の為政者をやっつけてこの街の救世主になる、っていうのも提案されましたけど」

「なるほど、そしてあの御方が後ろから街を牛耳る、と。それで行きましょう」

「いや、駄目ですよ」


あっさり自分が悪者で成敗!ルートを採用するというカーシムさんに私は突っ込みを入れる。


確かにこのシナリオだと、私は街を救った聖女になるので教会も手出ししにくくなるだろうとそういう利点がある。


ただ、今のところなんの罪もないカーシムさんの人生が犠牲になる。

それはちょっと遠慮したいし、私は泣いた赤鬼の話は嫌いである。


それで、とりあえずは教会について聞いてみると、何やら明らかに……怪しくないかそれ?という話をしてくれた。


大麻、マリファナ、呼び方は様々。


紀元前から薬用として用いられており、私の前世日本では大麻取締法によって所持・輸入は完全に禁止されていたけれど、よその国では有害性を再検討され、医薬品として研究すべきではないかという声も高まっていた。


カーシムさんが話してくれた教会の「神の血」とやらと街の様子。聞いている限り善良な人々ほどカーシムさんに対してマイナスな感情を持っており、しかし声を大きくして反抗できずにいる、という状況。


教会へ行く頻度に比例しているとすれば、確実に怪しいのはその神の血だ。


「私を全ての原因とし葬ったとして、名目上この街の長は兄のままです。私はこの街が、宗教ではなく、ここに住む人々の生活を最優先に考えられるなら、私のことはどうでもいいと思っています」


最初は自分が兄を助けて街を守るんだ!と、そういう意欲に駆られていたらしい。しかし自分の知らぬ所で知らぬ間に悪意が蔓延り、何もかもが上手くいかなくなった。気付けば周りは敵だらけ、志はあるのに、絶望を叩きつけられたようだったとカーシムさんは語る。


そんな時に、彼はスレイマンに声をかけられ、そのカリスマ性(私はここで吹き出しそうになるのを堪えた)に惹かれ、この街を己の支配下に置くのでそのつもりでいるように、と傲慢に命じられた時、救われたのだと語った。


「何もかも諦めなければならないと思わされた時に、あの御方の声はどれほど心に響いたか」


これで熱っぽく語るのだったら、私はカーシムさんが騙されてるんだ!と全力で納得しただろう。だが、目の前の男性は、まるで心の中の大切な宝石をそっと掌に乗せ、ゆっくりと撫でる様な、そんな穏やかな様子なのだ。


スレイマンの本心はともかくとして、本当に、その時のカーシムさんの心は限界だったのだろう。


己が守りたい、助けたいはずの街の人々に憎まれ疑われ恐れられ、もはや誰が味方かもわからぬ状態。そんな時に「俺に全て任せろ」と言う声は、どんな風に届いたのだろうか。


「この街は、ドゥゼ村からのワカイアの体毛による収入と知名度で持っています。しかしそれが絶たれれば?この街はこの街の力で生きていけるようにならねばならないのです」


教会にこの街の実権を握られでもしたら、依存するものが教会に変わるだけだとカーシムさんは言う。


スレイマンでも同じではないのか、と思うが、カーシムさんからしたら違うそうだ。


「あの方は、この街が強くなることをお望みだった。私は学校を作り、そこで文字や数を教えようと考えていましたが、あの方は布の折り方も教えるようにと、そうお命じになられた」

「布ですか?」

「えぇ。ワカイアの体毛を使った布や、その他植物から糸を作る技術を御存知だと。そしてその布に魔術式を編み上げることが出来れば、この街は魔術式が編み込まれた布と魔術式を編み込める平民を生み出す街となる」


魔術師とは魔力があり血統の優れた貴族が王都の魔術学園へ通い国に認められてなるものだという。魔術式は魔術師にしか扱えない。仕組みは秘匿され、魔術学園で学ばなければならないのが常識だった。


だがスレイマンは「塩は商人から買うもの。魔術式は魔術師が編むもの。などという固定概念なぞ、案外あっさり破れるものだ」とカーシムさんに告げたらしい。


「だが魔力がなきゃ、魔術式は扱えねぇぞ」


と、ここで話を聞いていたゾットさんが否定する。

魔術師くずれであるので私やカーシムさんよりこの話のことがわかるのだ。


「……あ。私、わかっちゃいました」


はい、とここで私は手をあげる。


カーシムさんの学校。

文字や数、そして布の折り方魔術式を教える所。

孤児院も作りたいと話していた。

ということは、食事の供給もやるのだろう。


つまり給食!


「実は……ラグの木っていう、魔力を持ってる魔法樹がありまして。それを粉にしてパンを作れたり、用途については開発中なんですけど……」


ラグの木は瘴気を吸ってぐんぐん育つ魔法樹だ。

なのでドゥゼ村では300年間主食にし続けてもなくならなかった。

もっとラグの木を育てる範囲を広くし、小麦粉の代用としてこの街で精製できればどうなるだろうか。


ドゥゼ村で一々やらずともここで大量に一気にやって貰えれば村としても楽だね!


「その木は、食べると魔力がつきます」

「は?」

「嘘だろ?」


貧困ドゥゼ村ではラグの木が食べれないのは死活問題だったが、冷静に考えてみるとラグの木を食べ続ける=体内に魔力が満ちている、ということ。

そしてゾットさんとの会話から、魔力があることは特殊なことらしい……。


あれ?ドゥゼ村……全員魔力持ちじゃない?


あ、そうか。村人は「他に食べるものがないから木を食べてる」っていう認識と、周りからもそう思われていた。


だから、どうして木を食べて生き延びられるのか、その仕組みは……そうか、私はスレイマンが魔力で体が動かせるようになるって説明してくれたので知っていただけであって……ただの村人たちは知らなかったな?


私は「全員魔力持ち」という、なんだかすごい事実については今は考えないようにして、とにかく、食べやすく加工されたラグから魔力を摂取できれば、そして魔術式の知識を学べば、魔術式を編み込めるようになると、そうスレイマンが考えてこの街をモデルケースとしてやろうとしたと悟る。


「給食、うん、はい、いいですね。スレイマン、さすがです。えぇ、素晴らしい試みです。給食。えぇ、素敵です。給食制度」


給食、給食は良い。

調理作業を能率化し、徹底的に衛生管理・栄養管理がされたもの。特定の人数に対して食事を供する事をいう。

確かに個人の好みやらなんやらは反映されにくい。だが、同じものを同じ時間同じ人間たちと食べる、ということは集団生活においてかなり重要だ。

ただ食事を食べる、というのではない。

給食は「健康的であるように」と目的を持った食事が出される。


良いよね、給食。


私は心の中でスレイマンを讃え、そしてまだ見ぬ給食センターのために自分に出来る事はなんだろうか!と考える。


健康的なメニュー作りかな!?

っていうか思えば私この世界の文字書けないや!

その学校私も通えないかな!


「カーシムさん、この路線で行きましょう!」


私はぐっとカーシムさんの手を掴み、その瞳を真剣に覗き込む。


「しかし、私はこのまま全ての原因として葬られた方が都合がいいのでは……?」


ここまで周囲に御膳立てされているので、その流れをある程度利用してしまえば物事は簡単だ。

だが、それだとカーシムさんを失う。それが私には都合が悪い。


「この街はカーシムさんが変えていくべきだと思います。だって、街を愛しているんでしょう?」

「……それは!!!もちろん!」


はっと、カーシムさんの目が見開かれる。

何やら感極まったように、ぐっと私の手を握りしめ目を閉じ頭を下げてくる。


啓示を受けたかのような態度だが、まぁ、私の本心は、良い人だから、とかではなくて単純に、人材として惜しいというだけだが。それは言わなくてもいいだろう。


学校を作る為の手続きとか、建てる際のあれこれとか、そういうのはこの街に詳しい人が適任だ。

スレイマンだと魔王の予行練習とかまた言い出しかねないので、トップに他の人間を置くのは大事だ。


そしてカーシムさん(と、一応そのお兄さま)をこのまま街の統治者として置くためには、教会はちょっと、邪魔である。


カーシムさんを悪役にしているという現状も綺麗にクリアにしなければ給食センターを作るなど夢のまた夢。


「目標、決めました。ゾットさんとゴーラさんも聞いてください」

「ロクなこと言い出さねぇぞ、このガキ」

「でも兄貴、なんかすごい事しそうでワクワクするよ!」


すっかりしゃべり方が戻ってしまっているゴーラさんは、ゾットさんにひっつくアルパカさんと仲良くなったようだ。苛立っているゾットさんを一緒に宥めている。

というか、アルパカさん、さっきからずっとゾットさんの傍にいて私の方には顔を向けもしない。


もういいよ、アルパカさんの裏切り者!


私はちょっと拗ねながら、しかし、私の言葉を待つ三人に向かいはっきりと宣言した。


「ちょっと聖女の結界張って、この街全域を浄化しましょう」





====





「あの少女が我々の計画に気付き、邪魔をしようとするのなら、次に取る行動は聖女の結界を張り、この街の人間の魂に手を出そうとするでしょうね」


異端審問官モーティマーは街に到着し、広場に整列する中隊190名を見渡し一人言のように呟いた。

偶然(・・)付近に演習に来ていた彼らは、モーティマーの要請によりトールデ街の暴動鎮圧の名目でこの場に立っている。

モーティマーの後ろには小隊長三人と中隊長一人が控えており、モーティマーの命令を待っていた。


「聖女の結界をそのように悪用する……聖女の魂を持ちながら、心は魔女という証。全く、嘆かわしいことです」

「はい、閣下。まさにまさしく、その通りであります」


中隊長が頷くが、モーティマーは別に彼らの反応は求めていなかった。


細い目を閉じれば浮かんでくる、あの銀色の髪の少女。

あれほど美しい魂と神々の祝福を受けていながら、あの少女はスレイマン・イブリーズと繋がっている。


それならば、逃げたあの少女はあの魔王と連絡を取り、この街で起きていることを知ったはずだ。


邪魔をしてくるだろうことは想像できた。

魔王も姿を現すかもしれない。

その時に、中隊程度では心もとないが、一個中隊が壊滅になり、街の住人に被害が出たとなれば更なる増援、あの男を捕える為ならば王都の上級神官が派遣されるだろう。


本音を言えば住民はともかく、折角の鍛え上げられた中隊を失うのは勿体無いが、姿がないただの憶測で「魔王が現れた」と騒ぎ立てても神殿は動かないだろう。


聖戦の為に死ねるのだ。ここの住民たちは幸福である。


「本日の礼拝は終わりました。さて、あの少女は捕えられるでしょうか」


これまで教会はガニジャという特殊な植物を使い作り出した「神の血」で、この街の住人の心に「カーシムへの恐怖」と「反抗してはならないという感情」を植え付けた。だが本日の礼拝で(今日は参列者が多かった)は、モーティマーは別の暗示を施した。


その仕掛けが上手くいけば、あの少女は今晩中には火刑台に上げられる。


火炙りをするなら真夜中に限る。

闇夜を魔女を焼く炎が昼間の様に照らし、朝日と共に灰になるその様はまさに聖なる裁きに相応しいものだ。


想像し、うっとりとモーティマーは息を吐いた。


「スレイマン・イブリーズ。貴方の傍にいる聖女は悉く私が火刑台に送りましょう」





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次回「火刑台の聖女」

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