貴方は私のものだから、私は貴方のものだから
知っている。気付いてはいる。
星屑さんとの会話から、なんぞ、スレイマンという人は厄介な運命を持って生れて来た人なのだろうと。
あれだけすごい魔術や魔法をあっさり使えるのにあの傲慢な態度に、人里離れた洞窟の中に捨てられていた状況も考えて、まぁ、人間サイドにとって都合の悪い存在なんだろうなぁ、というのは、さすがに私も気付いていた。
いや、闇の帝王の召喚魔法陣で召喚できるとか、さすがにそれは思わなかったが。
でも、それでも私にとっては初めて会った人間で、そして、私の我が儘を何だかんだと叶えてくれる優しい人だ。
「元々この街はこの俺の支配下に置こうと思っていてな。村の強化の片手間にあれこれちょっかいをかけていた。どのみちドゥゼ村のお人よし共が利用され続けるのを嫌だとお前が言い出すだろう」
幻なのに玉座にふんぞり返って大変偉そうなスレイマンは、とりあえず私の怪我の有無を確認し何事もないと判じるとカーシムさんに出ていくように、と指示を出した。
私の知らない間に何やら二人の間に主従関係が出来ていたようで、カーシムさんはあっさり頷いて出ていく。
縛られた箇所と、アルパカさんの手当てをしながら私は溜息を吐く。
確かに、ワカイアから負の感情を消されることが無くなった村人たちではあるが、根がお人よしだ。今後も利用され続けたかもしれないし、反対にもしかしたら不満を感じてトールデ街に対して何か行動を起こそうとする者も出るかもしれない。
それなら、スレイマンが街を支配し実質ドゥゼ村のためにあるトールデ街となれば、面倒はない。
「でもなんだってこんな小物みたいな真似を?」
ど田舎の街の影の支配者なんぞ三流悪魔のするようなことではないのか?
スレイマンなら利益のためにいきなり国一つ落とすくらいの事をしそうだが、それでいいのか、と首をかしげていると、スレイマンは眼を細め、私から視線を外した。
「俺も悪役と望まれてはいたが支配だなんだのは経験がない。立派な魔王とやらになるためにこの程度から練習しておくのもいいだろう」
なるほど。
「駄目です」
詳しいことはわからないが、どうも、どうやらスレイマン。何か考えることがあるようだ。
わからないが「魔王になる」とか、そういう為の下準備。予行練習ということなら、私は反対する。
支配下に置いての安定した食材確保とか、そういうためだけなら反対はしない。でもきっと、それよりもっと先の未来や大きなことを、スレイマンは見ている。
だがそれは、スレイマンがやりたいことなのだろうか?
「スレイマン」
「なんだ。謝らんぞ」
「魔王になりたいんですか」
魔王になる練習をしているというスレイマン。なぜそんな気になったのか、なんでそんなものになる必要があるのか。聞いても答えないだろう。そういうところがスレイマンにはあるし、何もかも話してくれとは思わない。
「ちょっと想像してみたんですけど、冷たい玉座に座ってあれこれ悪だくみしてるスレイマンより、私の理想の厨房で一緒にすっごいこと考えてくれるスレイマンの方が、私、好きですよ」
「この俺に、バカ娘のわがままを聞くだけの人生を送れと?」
「退屈なんてさせませんよ?」
悪役になるために生まれてきたような傲慢で尊大で我が儘で癇癪持ちの男だ。大勢に「死ね」と望まれて洞窟の中で蛆に集られ腐りながら死んでいくはずだった男だ。
それが世界への憎しみから魔王へ、というのならこんな顔で「予行練習」とは語らない。
「スレイマンを洞窟の中から連れ出したのは私ですし、私をあの森から連れ出してくれたのはスレイマンです。私たちは運命共同体。貴方が魔王になるなら私は聖女になるし、貴方が副料理長になるのなら、私は料理長になれます」
聖女じゃないと否定し続けているが、聖女の結界を張れるという能力について何も考えないわけではない。
人類が滅んだら料理の文化も発展もないだろうし、レストランなんて開けない。
「スレイマンが一緒じゃなきゃ、私、嫌ですよ」
玉座の幻はただじっと、私の話を聞いている。その手が一度私の方に伸ばされようと持ち上がるが、傍にいるのに手を伸ばしても触れない。
再び下がる手を見つめ、私はスレイマンの言葉を待った。
ゆっくり時間が流れるようだ。アルパカさんはラグの葉を食べて自分の魔力を操り怪我を治していく。その怪我が綺麗に治り、四足で立ち上がれるようになるくらいの時間をかけてやっと、スレイマンが口を開いた。
「ところでエルザ。俺に言うことはないのか」
先程までの「魔王」役の雰囲気はない。何か拗ねているような様子だ。
「置いていったことなら、別に謝りませんよ」
「俺と運命共同体などとほざいたのはどの口だ」
それはそれ、これはこれだ。
「スレイマンに相談したって、スレイマンは反対したでしょう」
「あたりまえだ。あんな呪われ者のところにお前をやれるか」
「だからですよ」
マーサさんは村に必要な人間だ。スレイマンのようなすごい魔術師がいても、ドゥゼ村は、それだけではきっと冬は越せない。そんな予感が私にはあった。
幼女一人と魔法種一頭がいて何ができるのか、そういう目をするスレイマンだが、私が引く気がないという顔をすれば、彼はただ呆れて溜息を吐く。
「では、お前が今すぐ帰りたくなる話をしてやろう」
「なんです?塩でも作れるようになったんですか?」
それはそれで心惹かれるが、今すぐ帰りたくなる案件ではない。
私の余裕な態度に、しかしスレイマンの方が余裕たっぷりという態度で「聞いて驚け」と自慢げに答えた。
「ドラゴンを手に入れた」
「……はい?」
「結界が張り直されたのを嗅ぎつけてな。小賢しい黄金竜どもが遥々大陸を越えてやってきた。ドゥゼ村の上空を黄金が埋め尽くす様は中々に見事だったぞ」
ドラゴン、ドラゴン……竜種。
そういえばこの世界にもいるんだったか。
出会った魔物が山羊っぽいのとか猪もどきとかでっかい蛇、アルパカだったのでこう、飛ぶ程の大きな……ファンタジーの魔物といきなり言われても想像がつかない。
だが実際にドラゴンは存在しているらしいのだ。
そう受け入れれば、私の頭に次に浮かぶのはその安否だ。
「まさか、ドラゴン全滅!?」
別に喧嘩しに来たわけではないだろうが……スレイマン、短気だからな……上空をうろちょろされてイラッと来てたりしないだろうか。
案じればスレイマンは「そうしてやってもよかったが死骸が邪魔だ。一匹だけ殺してあとは逃がした」とさらりと言う。
「ドラゴンの肉は滅多に手に入らない。なんでも料理に使おうとしたがるお前のことだ。興味があるんじゃないか?料理長」
「すごいですスレイマン!さすがですスレイマン!!!副料理長としてナイスアシスト!!!ドラゴン料理…!!すっごいファンタジーです!!!」
料理・ファンタジー好きなら一度は想像したことがあるのではないだろうか……有名なドラゴンステーキから、ドラゴン尽くしのフルコース。私はある。
ドラゴンの髭は食べれるのだろうかとか、部分によって肉質は違うのだろうかとか、骨からどんなダシが取れるんだろうかとか、考えているだけで滅茶苦茶楽しい!
「ドラゴンの生命力は強い。その上、現代の竜種では黄金竜は最高位の種だ。人間種で口にすることはおそらく、これまで誰にもなかっただろうな」
「調理方法はあるんですか!?」
「料理されること自体初めてだろう。ドラゴン族はその高い魔力と防御力から普通の炎ではまず焼けない。肉を切るのも一苦労だろう。血は人間種には毒になる」
玉座のスレイマンは楽しそうだ。長い脚を組み替えて、私の反応を待っている。
なるほど……確かにドラゴン程の種なら、鮮度が良いうちは生前の防御力そのままだろう。魔力が消え完全に死して肉の塊となるなら燃やせるらしいが、そんな鮮度の悪い肉は嫌だ。
「スレイマンなら!ドラゴンを丸焼きにできるくらいの炎だって出せますよね?」
「当然だ」
「それに母さんの爪なら切れると思うんです!」
「マーナガルムの爪ならば、可能だろう」
「毒については……そうだ!浄化魔法とかどうでしょう!?」
「聖なる浄化の魔法を食べるためだけに使うなどお前くらいだ」
「でもできますよね!!!やったぁ!さすがスレイマン!!!」
毒の心配もしなくていいなんて魔法、べんり。
私は飛び上がって、全力で喜びを表現する。
「でも帰りませんよ?」
「……なんだと?!」
が、答えは変わらない。
ガタッと音がするわけはないのだが、立ち上がり驚愕の表情を浮かべるスレイマン。
いや、確かに滅茶苦茶興味あるけれど、それ別に……急ぎじゃないよね?
「ドラゴンのお肉は村の皆の冬の食料ということで大事にしましょう。私も調理したいので、冬が来る前には頑張って帰ります」
マーサさんの方が至急案件だよ。
スレイマン……私そこまで料理バカじゃないよ、多分。
とりあえずドラゴンのお肉は大事に冷気の魔法で保存しておいてください、とお願いすると、スレイマンは不機嫌な声で唸るように呟く。
「……無理矢理連れ戻されたいか」
出来なくはないだろう。だが、私はにへら、と笑う。
「私に隠していること、ありませんか?」
「……」
「すぐに追いかけてこなかった。スレイマンならきっとそうするのに。何か、私に内緒にしてません?」
してるんだろうなぁ、これ。
今も連れ戻そうと思えば力づくで出来る方法がスレイマンならあるはずだ。だがそうはしていない。こうしてカーシムさんに魔法陣を発動させて、聖女を捕えろなんて面倒なことをさせて、私と会っている。
私は笑って、触れられないとわかっていてもスレイマンに手を伸ばす。頬の位置に触れるようにすると、スレイマンが目を閉じた。
「モーリアスさんがいましたよ」
「……モーティマーが?」
「スレイマンの魔術式を見て、それを持っている私を魔女なのか、と」
手短に、教会であった事を話すとスレイマンの眉間に皺が寄った。
そして話を聞き終えると、こめかみに手を当てて「……あれは俺の弟子だ」と教えてくれる。
弟子……弟子!!?
何でも、昔何十人も送られてきた、自分の隙やら弱点を探ろうとするスパイの中の一人で、弟子候補として紹介されたらしい。
その中で唯一生き残って、そして物覚えが良く才能もあったので手元に置いていたらしい。
「私のこと聖女だって傅いてたのにスレイマンの知り合いかもしれないってわかると、むしろ魔女じゃないとおかしいくらいの言い方だったんですけど」
「そうか」
「で、今多分、追われてます」
なのでドゥゼ村にそのまま帰るわけにはいかないのだ。
「モーティマー程度ならどうとでもなる」
どうにでもって物理的にか。
元弟子だろうが、いいのかそれで。
物騒な言葉に私は顔を引きつらせ、できればモーリアスさんには生存ルートを歩いて欲しいと語る。
「庇うのか?」
「というか、私はモーリアスさんに弟子入りしたかったので。死んでしまうのは貴重な人材の損失かと」
あれほど美味しい料理を作れる人がこの世から消えてしまう……。
いや、私たちの敵になるというのなら、そこは止めないが、せめて私に料理教えてからにして欲しい。
「……弟子入り?」
必死な私の様子に、スレイマンの眉がピクン、と不愉快そうに跳ねる。
「はい、是非とも。その実力に心から惚れ尊敬してしまいました」
「俺の方があれより魔術の腕も魔法の腕も優れているぞ」
「料理の話ですが?」
スレイマンの沈黙。
そして「このバカ娘が」となぜか私が罵倒された。
「諦めろ。あれは異端審問官が天職のような男だ」
あんなに料理が上手いのに……勿体無い。
異端審問官のお仕事内容がどういうものか知らないが、モーリアスさんが誇りとやりがいを持っているのなら、レストランへのスカウトも難しいだろう。
私はとりあえず現状は泣く泣く諦めることにし、あ、そうそう、と話題を変える。
「ところでもう、街の人たちを抑圧するの止めてくださいよ」
「抑圧?」
「そうです。皆何か変だって、間違ってることを間違ってるって言えないようになってるって言ってました。あれって何かスレイマンがしてるんでしょう?」
「……待て、なんの話だ?」
「いや、だから……」
おや?と私は首をかしげる。
スレイマンがこの街を支配下に置こう、としてあれこれ暗躍していたのではないのか?
「俺はあの馬鹿息子を使って街の実権を握って置こうとは思ったが、どこぞの魔法種でもあるまいし、街に住んでいる人間の感情まで操作はしないぞ。そもそもそんな不毛なことなどするものか」
カーシムさんを悪役に仕立て上げて、スレイマンに何の利益があるというのか。言われてみればそうだが、この闇の帝王の玉座にいるスレイマンをみると「黒幕でした」というオチ一つで片付くような気がした。
だが、確かにスレイマンがそんな事をしても意味がない。
第一、チンピラに絡まれて荷物を失ったことのある私だ。そういう物騒な街づくりをスレイマンがして、ドゥゼ村の為になると思ったりはしないだろう。
「カーシムさんはスレイマンに良い様に利用されてる、それはいいです」
「いいのか?」
「カーシムさんは立派な為政者の器ですが、ちょっと足りないものがあるようなので、スレイマンが良いかんじに手伝ってあげてください」
「魔王として?」
「いえ、副料理長としてです」
スレイマンの「副料理長とはなんだ……」と遠い目で言っている声が聞こえるが、それはスルーする。
「じゃあこの状況、誰が得をするんでしょう?」
スレイマンの思惑のほかに、誰かがこの街にちょっかいをかけている。
それが、カーシムさんの邪魔をしている黒幕ではないか?
「聖女の結界の調査というだけで、モーティマー程の異端審問官がこんな田舎に派遣されたのなら、まぁ、それが答えだろうな」
あれこれ悩んでいると、あっさりと、玉座の闇の帝王が答えを出した。
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