駆け抜けろ、トールデ街
小説のタイトルが「野生の転生者は料理がしたい」に変更になりました。
今後とも、どうぞ野生の転生者エルザの物語をよろしくお願い致します。
さて、ひとまず状況を整理しよう。どうも、おはようございますからこんにちは、野生の転生者エルザです。
そう言えば自分で「野生の」って名乗ってますが、これ正しくは「野性の」なんでしょうか。自分が前世の記憶と共に気付いた三歳児から育ったのは大自然の中ですが、それまでは馬車で転落死した両親の元で育っていた筈。それならば「野性味あふれる」根性の座った転生者という意味で私は「野性」と口上を述べるべきなのか。
まぁ、それは今はいいとして。
私は一緒に逃げて来たチンピラ、兄貴分の方をゾット、スキンヘッドの小男の方をゴーラと名乗った案内で二人が住む貧困街にやってきた。
「で?なんでオレたちまで助けた?」
「え?死にたかったんですか?」
あのまま教会にいたら間違いなく「異端者が!」と命はなかっただろう。
気に入らないと私を睨み付けてくるゾットに「自殺願望があったなんて、ごめん気付かなかったんです」と言うと、そのこめかみに青筋が立った。煽り耐性弱いな。
「お人よしかよ」
ふん、と今度は私を煽ろうとしてくるが若いな……。
「優柔不断を好意的に解釈してくれるなんて、嬉しいです」
「あァ!!?」
「ま、まぁまぁ兄貴。無事だったんだから、そんな怒んないで」
「チッ……で?何がどうなってやがる」
「それを私も今確認しているところです」
二人の隠れ家というのはスラム街の古びた建物の屋上だった。木材を集めて簡単に屋根を作り雨風を凌げるようになっている。
油の入ったランプに火をつけ、疲れが溜まっていた二人はどっかりとその場に腰を下ろす。
なんかこう、某有名なアニメ映画アラ○ンの住処みたいだな。
私は叩けば埃の出てくるクッションに座るのは遠慮して、狭い階段に入れず外から頑張って登ってきてくれたアルパカさんと座れるようテーブルクロスを半分に折って、その上に座る。
さて、現状整理だ。
「まず私です。ドゥゼ村からマーサさんを追いかけて、この街はただの通り道です。これからまだまだ旅が続くのでこの街では食料とか旅の道具の補充をしようと思って来ただけです」
「へぇ、そうなんだ。まだ小さいのに一人で旅してるなんて、俺らみたいなのの絶好のカモだよ」
「ゴーラ、テメェなんだその気の抜けたしゃべり方は!いっつも言ってるだろうが!!」
「ご、ごめんよ兄貴!」
チンピラになるのも大変なんだな。
叱責したゾットはゴーラに「ナメられねぇ話し方」とやらを教えている。いや、そんな話方よりさっきの方が親しみが感じられて私は好きだが……まぁ、色々あるのだろう。
「それでこの街で貴方がたに荷物を盗られて、頼れる人もいないので昨晩は教会でお世話になりました。一宿一飯の恩返せてないような……ホットミルク配ったのもあれ教会の材料だしなぁ……」
「あぁそうか、あれ、テメェの仕業か」
「そうですけど?」
「ふぅん。こんな貧相なガキが聖女とはね」
鼻を鳴らしてじろじろと私を眺めるゾット。なんだやんのか。
あと私、聖女じゃないんですけど。
「で、教会で異端審問官さんに『聖女だ』って勘違いされて軟禁されてたところにお二人が連れてこられて、何か聖女じゃなければ魔女だって、火炙りにされそうな雰囲気だったので逃げて来た、と言うわけです。うん、言っててなんか自分が本能だけで行動しているような気がしてきました」
行き当たりばったり過ぎないか。
ここらで冷静に、きちんと筋道を立てて行動した方が良い気がしたが、さてどこから手をつければこのこんがらがった状況をどうにか出来るのか。
一瞬、ドゥゼ村に戻ることも考えた。
だが、そうなれば異端審問官をスレイマンの元へ案内することになる。私が村とは反対に向かえば、モーリアスさんは私を追いかけてこっちに来るだろう。
そういう意味でも、やはり己はこのまま領主の館を目指す方がいい。
「とりあえずスレイマンの魔法のテーブルクロスと荷物一式は取返しましたし……食料とかは現地調達で、もう街から出ちゃおうかな……」
「異端審問官のあのクソ野郎が検問張ってるだろ」
うん、ですよね。
仕事できそうなタイプだったので、もう絶対、あちこちに包囲網張られているだろう。
幼女と珍しい白い魔法種の組み合わせはどう考えても目立つ。
マーテルさんに協力して貰えるだろうか?
いや、少し話をしただけの関係だ。あの紅茶パックもどき程度の知識提供で異端審問官を敵に回して助けてくれるわけがない。
「っつか、こっちはテメェの事情なんかどうでもいい。それより、俺とゴーラの腕を返しやがれ」
ガッ、とゾットが私の胸倉を掴み上げてくる。乱暴だが必至だ。二人の生活を考えれば隻腕では今後辛いだろうな。
「自業自得では?」
私はお人よしではないので、荷物を盗られた件に関してはしっかり怒っているし、スレイマンのセ○ムが発動したのは自業自得だ。
膨らみのない片方の腕をちらりと見て、ただただ呆れているとゾットの顔が歪んだ。
「このガキッ……!!!ここじゃな、奪わなきゃ生きていけねぇ底辺のヤツだっているんだよ!テメェみたいに才能があってどこへ行っても歓迎されるような恵まれたヤツに何が分かる!!」
だからって私の荷物を奪っていいわけあるか。
「っていうか貴方がた、私からなら奪っていいって勝手に思ったんでしょう?私の事情も私の身の上も考える気がなくて、ただ私が子供一人で弱くて、金目の物持ってそうだったから、私を脅して奪ったんでしょう」
弱い者から奪おうという、その発想がそもそも気に入らない。富豪を狙えと言いたいわけでもないが。
「貴方がたに大事な荷物を奪われた私はあのまま教会に行けなかったらどうなってたんです?」
三歳児なら、見知らぬ土地で誰も頼れずにただオロオロしていただけだろう。私は頭は子供ではなかったので、すぐに兵士の所へ行った。だがただの子供なら、どうなっただろう。
「貴方がたはあの時、私の人生を滅茶苦茶にする可能性のあることをしたのに、なんです?自分たちの人生が悲惨なものになるからって、なんです?みっともない。だからチンピラなんですよ」
私を人間扱いせずただ搾取できる自分達にとって都合の良い存在としか思わなかった彼らに優しい言葉をかけるつもりはない。
彼らに事情があろうがなかろうが、そもそも私を省みなかった連中。
あの教会で置き去りにしなかったのは、反射的な自分の性格からというだけのこと。
こうして余裕のある場所で考えてみれば、私に今後の彼らの人生についての責任など持つ気はない。
「……テメェ、本当に聖女か?」
「違います」
こういう自分の性格を見てみても、本当、私は聖女ではないと思う。
実感しながら、ゾットを睨み返していると、胸倉を掴む手が乱暴に放された。
「……おい、ガキ。お前はあの魔術式から出た骸骨が何なのか、知らねぇんだな?」
「私のこと心配している人が付けてくれたセ○ムだろうとは思います」
「セコ……?」
「こっちの話です」
ゾットは私を探るような目で見るが、何も私にわかることなどない。
次第にゾットの目から敵意が薄れてきて、それは完全には消えなかったが、とりあえず絞殺しても何にもならない、というくらいには落ち着いてきたらしい。大きく溜息を吐いて、弟分に視線を向ける。
「オレの腕はいい。だが、オレの指示でやっただけのゴーラの腕は返してやってくれ」
「いや、返すもなにも……そんなことできないですってば」
「あの魔術式は腕を奪っただけだ。そういう発動の仕方をしてる」
そう言って見せられた腕の断面には血が出ていない。むしろ組織や骨も見えておらず、何かこう、赤黒いものがぺったりと断面に張り付いているようだった。
「あれはただの攻撃用の使い魔を召喚した術じゃねぇ。オレたちが盗んだから、その報復として腕を盗られた。テメェのところにそれが戻ってもまだ返しちゃ貰えねぇってんなら、他に何か条件があるってことだろう」
「魔術、詳しいですね?」
「兄貴は昔は王都にいた魔術師なんだ」
「余計なこと言うんじゃねぇぞ、ゴーラ」
ぴしゃり、と言うゾット。
なるほど、色々あって流れ着いてチンピラになったのか。魔術師というのは一種の特権階級かと思っていたが……それからチンピラってすごい転落では?
「魔術師なら自分でどうにか出来ないんですか?」
「テメェ、あの編み込まれた魔術式を見てねぇのか?あんな、魔法の域にまで軽く達してるような魔術式を崩せるような魔術式、誰が編めるんだよ」
そうか、さすがスレイマン。なんかすごいらしい。
魔術式って、そういえばどんな風に編み込むんだろうか。見た限り白いただの大きな布なのに、ゾットのような魔術師の目には何か違うものが見えているのだろうか。
「私の保護者が私のために作ってくれたものなので……返して貰える可能性があるなら、直接本人に頼むのが一番なんじゃないですか?」
「ただのガキにこんなもの持たせるような魔術師の前にノコノコ『テメェの娘を脅したチンピラです』って行くのか」
「殺されますね」
私が同伴して事情を説明すればスレイマンも話を聞いてくれるだろうが、私にそんなことをする義理はない。
「私はこの街を出て領主の館に行かないといけないので、貴方がたに関わってる暇、ないんですけど」
というか、二人が広場でちょっかいをかけてこなければ、私はその日の夜にはマーテルさんの所に行けて、食糧調達やらなにやらが出来、次の日にはこの街を出てマーサさんを追えたかもしれないのだ。
何としてでも弟分の腕だけでも取り戻したい、というゾットと、二人に関わりたくないという私が暫く不毛な言い合いをしていると、屋上にお客さんが来た。
「こんにちは、異端審問官に追われているという聖女様ですね?」
現れたのは、この貧困外に相応しくない立派な身なりの男性だった。執事服は着ていないが、主人のいる使用人のような雰囲気だ。初老の男性は自分は街の統治者の弟であるカーシム様にお仕えしている身であると語った。
「昨晩の教会での聖女様のご活躍を耳にした主人は、聖女様を邪悪な異端審問官からお守りする事こそ真の信仰心を示せるとお考えになられました」
つまり、匿ってくれる、ということか。
どう思います?と私はアルパカさんに視線をやる。
執事風の男を胡乱な目で見つめていたアルパカさんは「100%罠だろう」という顔をする。まぁ、私を聖女だと思って利用しようとしているとか、何か良くない事考えてのご招待だろうな、とは、うん、わかるわな。
だがこの屋上で美味しいご飯も何もなくゾットの無理な提案について言い合いをしているより、この街の実質支配者!!多分お金持ち!!!の、家に一旦行ってご飯を食べた方が自分としては有意義な時間が過ごせる。
それにこうして居場所を突き止められているのだ。逃げてもまた来るだろう。
一瞬、ついて行ったらモーリアスさんに引き渡されるのでは?と思わなくもないが、それならこの場所をモーリアスさんに告げるだけでいいだろう。
私は「この魔法種と引き離さない、という条件なら行きます」と言って、このご招待を受けることにした。
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