隣村にやってきた、村じゃねぇし!!!
「と、いうわけで元々は小さな村だったトールデの村も、ここにしかいない貴重な魔法種の体毛を毎年一定量出荷する貴重な場所と認められ、今じゃ立派な街になったわけさ」
「へぇぇぇぇぇぇー、そぉーなんですかぁー、へぇえぇえぇえええええ」
自慢げに話す水売りの少年の言葉に相槌を打ちながら、私とアルパカさんは揃って顔を引きつらせた。いや、顔を引きつらせているのは私だけで、アルパカさんは鼻息を荒くしブフルッと蹄を地面に打ち付けている。
「うん?なんか興奮してないか?その肥満気味なカブラ」
「えぇちょっと。大きな街が珍しいんでしょう」
「そっか。まぁ、見ての通り人も多いからな。気をつけろよ、お嬢ちゃん」
そう言って水売りの少年は大人びた顔をし、水を欲しがる旅人を探しまた人込みの中へ消えて行った。
どうも、ごきげんよう、こんばんは、こんにちは、野生の転生者エルザです。
やってきました噂の隣村。
精霊さんたちに協力してもらい、魔力のある木の葉も尽きる事なく辿り着きました。本当感謝です。
毎月お世話になっている村長さんの親戚の所へまずは行って残りの距離や食料の調達を、と思ったのだけれど、まず突っ込ませて欲しい。
隣村は村じゃなかったよ!!!!
ぐるりと大きな城壁のようなものに囲まれ、しっかり見張りの兵士も立っている。入り口は東西南北に四つあり、開門されるのは午前九時から午後十八時までだそうだ。
私たちが到着したのは夕方だったので、入り損ねては野宿だと焦った旅人たちであふれてきた。
子供一人と獣一人という組み合わせを不審がられたけれど、村長さんが隣町の親戚に充てて書いてくれた手紙を見せるとちゃんと入れて貰えた。ありがとう村長。
そして入りました街中は、土埃や泥が多いけれどちゃんと下水も整備され街として機能しているとわかる、とても賑やかな場所だった。
水売りや、卵売り、魚や肉売りといった食材関係に私の目は行くが、それ以外にも布や木製の品やらを売る露天商なんかもあふれる広場。
大きな街にあふれる人々。豊かな様子。
……ドゥゼ村と全然違うね?
と、私とアルパカさんは最初顔を見合わせ、そしてどうしたらいいかわからない田舎からのお上りさんのようにぽつんと広場の隅に座っていると、先ほどの水売りの少年に「外から来たならまず水を買えよ」と言われポケットから硬貨を取り出し水を買ったのだ。
正直、水ならいくらでも魔法のテーブルクロスから出せるもの。しかし街のことを知りたくて少し多めに渡して聞いてみると、少年は自慢げに先ほどの話をしてくれた、というわけだ。
「ふんふん、ふふん?元々は?うちの村と同じように、というか、ワカイアがいない分貧しかったトールデ村が?ワカイアの体毛を出荷する貴重な産地として認められて??ほうほうそれで?そのワカイアはとても大切にされていてトールデが管理している農場で大事に育てられている、と??体毛を出荷し得た莫大なお金が??村をこんなに大きな街にした?ほうほう、防衛費にはワカイアたちの体毛の売り上げが使われている??」
なるほど、なるほど?
ドゥゼ村、やっぱり都合よく利用されている上に、上前を跳ねられていたか。しかもそれを引いて渡されたお金さえ、傭兵を雇うお金ということで徴収されている。
「どう思いますか、代表のアルパカさん」
私が訪ねると、隣のアルパカさんは「処す?処す?」というように大きな黒い瞳を瞬かせている。
「私も同じ気持ちですが、しかし、まずはマーサさんを助け出すのが今回の目的です。なので、この街を破滅させるか、むしろドゥゼ村の植民地にするかはまた今度考えましょう」
不満げな顔はされたが、幼女と魔法種(しかも草食)一頭で何が出来るというのか。
私はアルパカさんにラグの葉を差し出しながら街を眺める。
今まで火や水や塩に困る野生の生活だったし、ドゥゼ村も貧困の村だった。
だが目の前には、鉄製品、装飾品、物流、商人、兵士、大人、子供、様々なものが当たり前にある……一気に大きな街に来てしまって、情報の処理が追いつかない。
私の前世の時代で言えば文化レベルは中世後期程度だろうか。
街に入る前の持ち物検査をされた際に、兵士さんたちが羊皮紙ではないきちんとした紙を扱っていたので紙は発明されているように見える。
紙がこんな街の兵士の手にもあるということは、工場などで一定の量がどこかで生産されそれが広まっているということ。
そして紙を作る技術は、人間の基本的な生活だけでは考えつかない。つまりこの世界は、衣食住が安定し、そこから更に人間の文明を発展させる経済的余裕がある時代である、とも考えられる。
レストラン、出来る。よし。
「まずは村長さんの親戚の家に行ってみましょう。えぇ、悪の元締め候補なので」
そう言えば村長の親戚がこの街の長なのだろうか。
できれば街をあちこち見て色々勉強もしたいのだが、今はマーサさん優先。そして三歳児がこんな大きな街で保護者もいないままフラフラするとか誘拐フラグにしかならない。
今晩安心して寝れる場所を確保しなければ、と思い立ち上がるが……。
「おいおい誰だ?なんだってこんなところにカブラを置いてってんだ」
「へっへぇ、兄貴。見たところ持ち主はいないようですぜ」
「しょーがねーなぁ。なら俺らが預かってやらねぇとなぁ」
なんか明らかにチンピラ風の男二人が私とアルパカさんを見下ろしている。
「ちょ、あの!!!持ち主は私ですが!!!」
「へぇ、こりゃすげぇな。こいつは魔術式ってやつだろ?高く売れますぜ!兄貴」
「こっちにも金貨の入った袋がある。―――おいガキ、痛い目にあいたくなきゃ失せろ。どうせ親はいないんだろ?」
街に入ってくるところから見ていた、とその男たちは言う。
私は絶句した。
まさか街中で……しかも広場で、堂々と追剥ぎにあってるのか、私。
ちらりと周りに助けを求めるが、広場で品物を広げている商人たちからお客、通りすがる街の人の誰も、こちらを見ようとしない。まるで関わり合うのを避けるように。
キィイイイイイィイとアルパカさんが嘶いた。
「うぉ!!?な、なにしやがる!!!」
荷物を奪い取る男たちを前足で蹴り飛ばし、アルパカさんは私の首根っこを咥え乱暴に走り出した。
「アルパカさん!!」
荷物は全て取られてしまったが、私たちは逃げる方が優先だ。私は必死に背に掴まり、広場の人の波を一足飛びで越えてた。
人の騒ぐ声や、あのチンピラたちの怒鳴る声が聞こえたが、私は振り返らなかった。
ただ必死に走って貰い、そして、来た方と反対の門まで駆け込むとそこにいる兵士の人たちに広場で荷物を盗られたことを話した。
あんなに目撃者もいるし、私は街に入る際に持ち物検査を受けているから聞いてもらえれば私の持ち物だと証言してもらえる筈。だから荷物を一端諦めて逃げることを優先し、大人に助けを求めた。それなのに。
「すまないが、力にはなれない」
西の門の兵士さんたちは、私の顔を見て気の毒そうにはするものの、はっきりとそう言った。
「な、なんでですか!?悪いことですよね……!?人のものを……盗るのはいけないことなんじゃないですか!?」
お前ら兵士だろうが。と怒鳴りたい気持ちを抑え、私は詰め寄る。だが彼らは困ったような顔をするばかりで、動こうとはしない。
駄目だ、助けてくれない。
早々に悟った。
「……お嬢ちゃん、行く場所がないなら……街には教会がある。身寄りのない子供たちを引き取ってくださる事もあるから……その、よかったらそこへ……」
絶望と失望の色を浮かべる私に、気の弱そうな若い兵士が話かけてくる。
今イライラしているので話しかけて欲しくはなかったが、しかし善意で言ってくれている言葉に噛み付くのも悪いだろう。
込み上げる怒りをぐっと堪えて、ひとまず教会の場所を聞くと、ここから少し遠い。
若い兵士は「送っていく」と言ってくれた。
「その……また、危ない目には、あわせたくないから」
負い目があるなら荷物を盗り返して欲しい。
折角堪えた怒りが浮かんできそうで、私は自分の唇を必死に噛みしめた。だがアルパカさんは怒りを隠すつもりがないようで、ずっと乱暴に地面を蹴っている。
私はアルパカさんの体をトントンと叩いて「いずれこの街にはしかるべき報復を」と互いに誓い合い、ひとまず人のよさそうな兵士さんについて教会へ向かうのだった。
あ、今思ったけど……あの魔法のテーブルクロスとか、私が持ってた道具のほとんどってスレイマンが魔術探知出来たものだから、私が持ってないとスレイマンが私を追えなくなるのか。
まぁ、追いかけてこないでね、とイルクに伝言を頼んだし、星屑さんにも「追いかけてきそうなら止めてください」と言っておいたから、私から盗まれたことがバレることはないだろうけど。
そんな事を考えていると、若い兵士さんに手を差し伸べられた。
「なんです?」
「いや、ほら……逸れないように。危ないから……」
嫌かい?と困ったように言われれば断り辛い。
なんというかこの青年、人の良心を揺さぶるような顔つきなのだ。困ったようにハの字になっている眉だからだろうか。
私は苦笑し、その手を取った。
「どうも、ありがとうございます」
ここまでの野宿生活は何も危険などなかったのに、人の街に入った途端これですよ。
結界が張れる私からしたら、魔物や魔獣なんかよりも人間の方がよっぽど厄介だった。
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いきなり荷物全部盗られました。エルザさん。
盗んだチンピラどもがスレイマン氏の報復を受ける未来しか私は浮かびません。生きろ。




