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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第三章 トールデ街編
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聖女の結界、聖女じゃないですよね?


塩。


塩は料理において欠かせない調味料だ。


料理の基本「さしすせそ」なんてものがある。

砂糖・塩・お酢・醤油・味噌、だ。その中にしっかり入っている砂糖。なぜ胡椒は入っていないのか。あたりまえだ。これは日本での常識であり、日本料理で胡椒が使われる物はないわけではないが、総数としてはかなり少ない。


さてその塩。塩化ナトリウムを主成分とし海水や岩塩から採れる。食料の保存のためにも使える。長期間保存できる食料の開発。それにより長い航海や探検、交易が可能になった。塩があるから人類の世界は広がったと言っても大げさではないだろう。人類万歳!!!


「つまり私は塩が欲しいです。なので、土から採りましょう」

「毎度毎度次から次に、よくもまぁバカげたことを思いつく」


どうもこんにちはからこんばんは、ごきげんよう、野生の転生者エルザです。

冬にかけて支度をしようというのなら、やはり塩が大量に欲しいです。とても。


私とスレイマンの家が無事に完成して暫く、住み心地もそれなりに悪くない家への愛着も沸いてきた頃合い。私は昼食のクロチャを用意しながら、大きな椅子に腰かけてこちらを眺めているスレイマンに、話を振ってみる。


ちなみにクロチャというのは私の好きなパンサンドの一種で、大き目に焼いた丸パンを半分に切り、中を繰り抜く。

そして窯で一時間焼いたトマトに似た野菜(隣村から買った物)、ニンニクっぽいもの・塩味の実の粉・焼いたハバリトンのソーセージ(木の実入り)を合わせてソースを作る。


ソースというよりは具だが、それをくりぬいたパンの中に入れて食べる、のが本来のスタイル。だがスレイマンは大きなパンの丸かじりに微妙な反応をしたため、私はソースが冷め混ざった油が固まりスライスできるように改良した。そしてスライスしたパンの両面に小麦粉を軽くまぶし、少な目の油でソテーすれば……なんか、パンサンドではなく、何かお上品な感じのものになった。


本当はイワシなんかも一緒に入れるとイワシのしょっぱさがトマトの甘さに絶妙に合って白ワインなどと頂くと大変おいしいらしいのだが、残念ながらイワシはない。


これにチーズを上に乗せて焼いたら滅茶苦茶美味しいんだろうな……と作るたびに思う。なぜこの村の唯一の家畜(失礼)であるワカイアはヤギ科じゃないんだろう。


まぁ、それは今はいいとして。


「そもそも塩というものは岩塩か、あるいは海水から採れるものだろう」

「ふふふ、いつも私をバカ娘と侮るスレイマン!!こと食材!調味料に関しては私をバカ娘とは言わせない!!!そもそも何故!海水から塩が採れるか知ってますか!!!?」


土から塩を取りたい、という私を一笑にするスレイマン。だが私はニヤリと笑い、これぞ食チート!前世知識大活躍!とばかりに知識を披露する。


それは単純に言えば土の中にあるナトリウムが水にとけて流れ出たからだ。


そして塩素と反応をおこし塩化ナトリウム、つまり塩になる。


土の中にあるナトリウムだけでは塩にならないだろうが、木の粉にラードと油を混ぜてデンプンが発生した魔力による変化を利用し、土から塩を作れるのではないだろうか?


「と、いうわけです!どうです!?」

「無教養なバカ娘の妄想も甚だしい。塩というものはかつてソドムの吐いた炎により焼かれた大地の灰だ。神代が終わり、大地が作りかえられてソドムの灰が大地に交わり、海に流れて塩になったものだ」

「意味合い的には一緒ですよね!?それ!!!?」


今の私の説明とスレイマンの話した神話、どっちも意味は一緒じゃないか!!?塩化ナトリウムだろうが灰だろうが、とにかく土には塩になれるものがあるってことだろう!!


私は思わず身を乗り上げスレイマンに抗議するが、行儀が悪いと窘められすごすごと椅子に座る。


「それで、まぁ、とにかく。塩が大量に入手できれば冬越しのための保存食を沢山作れます」

「この村の冬越しは悲惨らしいな」

「去年は特に酷かったとマーサさんが話してくれました」


私はアルパカ、じゃなかった、ワカイアの体毛を刈る作業を手伝わせて貰った。どう見てもワカイアたちは私に「毛ごと肉を剥がされる」とでも思っているようで作業中はずっと体を硬くし、身じろぎひとつしなかった。大変刈りやすかった。なので余った時間、マーサさんや星屑さんの三人でお茶をしながら、冬越しの話を聞いたのだ。


「今は、村の皆はちゃんと悲しめてしまいますから……こうなった原因の私としては、一人の死者も出ないで春を迎えたいんです」

「家の強化なら先週終わってるぞ」


どうやらスレイマンは、私たちの家を建てる手伝いをしてくれた礼だとぶっきらぼうに言いながら、村の家々を回り、防寒効果・衝撃強化・耐久性強化の魔術式を書き込んでくれたらしい。


魔術師に魔術式を一つ頼むだけでも金貨が何十枚も必要だと知っているクロザさんや村長は顔を青くしたり喜びで赤くしたりと大忙しだったが、私的には家の住人達に「ありがとうございます」「なんてお礼を言えばいいのか」と行く先々で言われるスレイマンが耳を真っ赤にしていた方が見ものだった。


「だから、あとはやっぱり食料ですよね」

「土から塩、か」


塩が大量にあれば、隣村や少し遠くの街まで行き、食料を買い込んで冬の雪に備えることが出来る。

あの事件から、村では森への狩猟班が出来たがまだ十分な経験の詰んでいない村人たちでは大物は仕留められず、自給自足は現段階ではまだ難しい。


「ラグの粉に聖なる水とハバリトンのラードを加えるとグルテンが発生し、酵母を加えればパンが作れました。魔力のある食材同士に捏ねることで熱が生まれた結果だと思います。ソドムの灰の混じった土は魔力食材であると言えます。なら、何かうまくすれば塩が採れるんじゃないでしょうか?」

「……いつもお前が愛用している塩気の多い木の実はどうした?それで事足りないのか?」

「木の実の数には限りがあります。実がなるのを待つより、先に土から採れてしまえば効率がいいと思いまして」

「なるほど、それで?お前は今どの程度まで理解している?」


問われて私は一瞬、どういう意味かと思案する。


たとえば私が前世でいた世界では、土から塩を取る方法は確立されていない。土から態々採るよりは海水から、岩塩から採った方が手っ取り早い。世界が狭いからだ。移動もすぐに可能。産業が発展し、塩事業があるのだから、彼らは海水のある所に生産所を構える。


この世界でも塩がこうして隣町から毎月手に入るのだから、塩を扱う商家があるのだろう。


「お前の考えはあまりにも異質だと知れ。通常、塩は塩商人から買い、そして結界は聖女が張るものだ」

「……なんで今結界の話を?」

「あまりにも無自覚なのでな。一度きちんと言って聞かせてやる」


その件ならもう何か月も前の事ではないか。


私はあの泉でマーサさんと結界を張り直した。


結界を張るのに「祈り」と「舞い」と「歌」と「供物」がいるのなら、それは料理では駄目なのだろうかと考えた。


祈りに関しては、完全に「この村の為、世界の為に」という部分が私には多分無理だったので、心が素直で美しく、村への愛に溢れているマーサさんにお願いした。


聖女の「力」の部分の代わりとしては、聖なる炎や水、そして魔力の含んだ食材に、含まないけれど大地から芽吹き生まれた食材を使えばいけるのではないかと考えた。


そして結果、光の粒子が集まり、星屑さんが「聖女の結界と同等、あるいはそれ以上です」と太鼓判を押してくれるほどの結界が作られたのだ。


その後村に来た偉そうな神官やら何か小うるさい聖女様らしきお客様にも「聖女の結界は無事です!万事なんの問題もありません!」と納得して頂いた。それを、何を今更スレイマンは言おうというのか。


「まず、あの種の結界は本来、聖女しか張れない。だが、張れたという事実をどう思う」

「私かマーサさんが実は聖女だとか?」

「教会や神官どもが納得する聖女の素質であればマーサは持ち合わせているだろうが、魔法学園で教育を受けていない『ただ素質がある人間』程度では偶然であっても結界が張られることはない」

「え、じゃあ私ですか?」

「貴様に教会の定める『聖女の素質』はない」


チッ、聖女ルートとかそういうのも私にはないのか。


あっさり否定され私は内心舌打ちをする。いや、私はこの世界でも料理人になってレストランを開きたいので聖女になりたいわけではない。だが、聖女という肩書があるのならこう……「聖女の開くレストラン!」とか……なんか、ありがたい感じがして客寄せパンダに自分がなれるかもしれないじゃないか。


「でも、それならどうして結界が張れたんです?」

「魔術で魔法と同じ効果を発動させることも可能だ、と話したことがあるが覚えているか?」

「かき氷美味しかったですよね」


あの時の話か。なら覚えていると頷けば、スレイマンも「あの氷の菓子もそもそもおかしい」と目を細め頷く。


「聖なる浄化の効果を持つ水を魔術式で発動させることは、かなり複雑に組上げた上位の魔術式であれば可能だ。それを組上げられる程の魔術師の知識、腕、経験、魔力量があって出来る事だがな」

「それなら魔法で聖なる水を出した方が早い、と」

「俺ならそうする」


……もしかして、聖なる水を出す魔法って、普通は飲み水用ではないし、そもそも簡単に出せないものなんだろうか。


私の魔法や魔術の基本的な価値観はスレイマンだ。だから、将来私が魔法学園に通うことになって……うっかり「飲み水で聖なる水使ってました」とか言ったら卒倒する先生とか出てくるんだろうか……。出てきそうだな、なんか。


「つまり、お前は塩なら商人。結界なら聖女と、普通は『誰がやるべき』と考えられていることを『私も出来ます?』という顔で探り、手段を見つける。そして、魔法であれば聖女しか使えぬ筈の結界魔法を、魔術式で発動させた、ということだ」

「私、別に魔術式とか……してないですよね?料理しただけですよね?」


聖女の結界と同等の魔術式ともなれば、相当に複雑なものになるのではないか。だが私にそんな覚えはない。


「これがどれほど異質なことかわかるな?」

「聖女でなくても、この方法を使えば誰にでも結界が張れるってことですか?」


高い魔力や知識、経験がなくとも可能なら、聖女でなくても可能なら、それは、人類にとっては良い事なのではないか。そう思ってスレイマンを見上げると、しかし彼は首を振った。


「誰にでも可能ならば結界の研究をする魔術師がこの300年の間に気付いている」

「でも、私はこの方法でできましたよ?私は聖女じゃないんですよね?」

「そうだ。お前は聖女でも、ましてや魔術師でもない。お前の言葉を借りるのならば、お前は料理人というものなのだろう。ならば、考えられる答えは一つだ」


じっとスレイマンが私を見る。何か面白そうなものを見つけた、と楽しむ目だ。珍しい色をするものだと私はこんな時なのにぼうっと見て、そして、テーブル越しに身を乗り出し、くしゃり、とスレイマンが私の頭を撫でた。


「魔力のある食材、特殊な魔法の炎や水、それだけで発動したわけがない。ならば何か?聖女ではないとすれば、それは何か。お前だ。料理人であるというお前。つまりこれは、料理人だけが使える新たな魔術形態だ」

「料理、ですよ?」

「料理、だからこそだろう。魔術師の使う魔術式でも、魔法使いの使う魔法でも、聖女の使う特殊な御業でもない。魔術や魔法に携わる者が料理に心血を注ぐことはなかったからな」


誰も気づかなかっただろうな、と楽しそうにスレイマンが笑っている。


私は、この楽しそうな様子になんだか嫌な気持ちがした。


あぁ、そうだ、これはなんとなく、なんとなく、覚えがある。誰かが誰かに酷い目にあわされて、それで、良い仕返し方法を思いついた時にする嫌な笑みに似ている。まるで誰かに「ざまあみろ」と言って舌を出し嘲笑うような、そんな様子がスレイマンにあった。


……神官とか、聖女とか、なんかそういう者に恨みでもあるんだろうな。

全く懲りてないのか。


私は笑うスレイマンをぼんやり眺め、また洞窟に捨てられるようなことになったら、今度はちゃんと見つけてあげられるか少し不安になった。


「なるほど、まぁつまり、魔法料理というジャンルがちゃんとできそうだってことで私は納得しますけど、それでいいですか?」


何か凄いことなのかもしれないし、大事なのかもしれないが、しかしそれでもまず私のしたいことに変わりはない。


「とにかく塩です。スレイマン。土から塩を採りましょう」


教会とか聖女のお株を奪ってザマアミロとかそういうつもりは私にはないし、まずこの冬を無事に乗り切れるか、そっちの方が問題なのだ。


「塩は商人から買うものでも、ここに塩商人は頻繁に来ません。なら塩を必要な量採れるように工夫する。当面の課題はそれに尽きるでしょう」


真顔で言えばスレイマンがつまらなさそうに溜息を吐き、心底うんざりした顔で私を見つめた。


「バカ娘め」





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