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【書籍化】野生の聖女は料理がしたい!  作者: 枝豆ずんだ
第三章 トールデ街編
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イルク


「豚肉猪肉、腸が使える生き物なら作らなければなりませんね、そうソーセージを!」


あぁ、またジビョウのホッサってやつだろうか。

エルザが楽しそうに何か言い出した。


村の手伝いで、ワカイアたちの食べるラグの葉を集めていたイルクは苦笑する。

あの事件から数か月。エルザとスレイマンがこの村に住むようになって、村の様子はすっかり変わってきた。


「なーにやってんだ?エルザ」


ひょいっと、イルクはエルザの家の庭に顔を出す。


エルザたちは村の一番外れ、森の入り口に近い場所に家を建てた。

あのおっかないスレイマンが便利な魔法で何かすごい宮殿でも立てるのかと思ったけれど、そういうことは魔法ではできないらしい。


村によくあるような土の家を建てるつもりだと言うので、村人たちが「それなら手伝おう!」「エルザちゃんには美味しいものを食べさせて貰ってるからねぇ」「魔術師のダンナが村に住んでくれるなんてこれほど心強いことはねぇ!」などと言いながらそれを手伝った。


あっという間に家は完成して、それを見たスレイマンが村人たちをなんとも言えない、まるで初めて人に親切にして貰ってどんな顔をすればいいのかわからないような、そんな奇妙な顔をしていた。


「あぁイルク!良い所に!えぇ、はい!今朝久しぶりにハバリトンを捕まえたので!」

「捕まえたのはスレイマンさんだろ?スレイマンさんは?」

「なんか新しい?魔術式の?実験をするとかで、部屋にこもってます」

「おまえ……またスレイマンさんに無茶ぶりしたんじゃねぇのか」

「いえ、最近は特に?」

「……まさかあのオッサン、頼られないのが寂しくて自発的に何かやろうと!!!?」


森から持ち帰った植物の種や実を、食べる分とは別にエルザは地面に植えているようだった。このあたりの土は普通の植物は育たない。それでも粘り気の強い土に何かを植えたり何度も掘り返したり、時にはラグの木の粉を混ぜたりとあれこれやりながら、エルザは植物を育てようとしているらしかった。


そしてその庭には現在、大きな魔物が横たわっている。森の賢者と呼ばれる、ハバリトンという魔物だ。


「へぇー、すげぇな。村の収獲班はウカを三羽だけだったみてぇなのに」

「でも兎……じゃなかったウカは毛皮がとれますからね!もう直に冬ですし……できるだけ集めておきたいものです。冬は大変だと聞きます」


そうか、エルザたちが来たのは夏の頃だったから、初めての冬越しになるのか。


ドゥゼの村の冬越しは厳しい。しかし、ラグの木を主食としているから飢え死ぬことはあまりない。


大人であれば。


だがまだラグの木を必要なだけ食られない子供や、体力のない赤ん坊などは冬を越せずに地の国の川辺へ連れていかれる。そういう事が多かった。


(今年は、エルザたちがいるから……去年みたいなことにはならねぇかもしれないけど)


去年は山から降りてくる踊り子たちが多かったのか、降った雪の量がいつもの年の倍はあった。雪支度がまだ終わっていなかった家は朝扉が開かず難儀し、ひっきりなしに降り注ぐ雪が屋根に積もってミシミシと音を立てていた。


悲惨だったのは、主食用のラグの木が雪に埋もれ雪により灰になったことだった。


他に生えている木は次の年のもの。食べるわけにはいかないし、それに雪の積もった中で木を切り倒すのは小柄な村人たちでは難しかった。


イルクの父クロザだけが雪の中体をガチガチに冷やし必死に木を切り倒そうとしたが、やまぬ吹雪の中の作業、その冬に切り倒せた木は一本だけだった。とても村人全員の腹は満たせなかった。


年寄りより先に、子供が死んだ。イルクは父クロザが夏のうちから「体力つけとかねぇとな」と自分の分の食事も分けてくれていたのでなんとか乗り越えたが、春が来る少し前に高熱を出し、あと一日、隣町からの一団が来なければ自分も今頃は地の国の川辺で石壁を作らせられていたかもしれない。


「冬、冬……雪だるま、かまくら、雪合戦。いいえ、でなくて雪の下で育ったジャガイモとかキャベツは格別と……ふふ、ジャガイモもキャベツもありませんがね」


冬について考え始めているらしいエルザはぶつぶつと何か自分の世界に入っている。


時々、というか割とよくエルザはこうなる。もう慣れたものだ。イルクはエルザが考えていることはちっともわからないけれど、何か思いついて「と、いうことで手伝ってくださーい!!」とイルクや嫌そうにしているスレイマンを巻き込み何かする、というのはお決まりになっていた。


「でもまぁ今はハバリトンです。解体です。ソーセージです」

「バラすんだろ?とうちゃん呼んでくるよ」

「あ、それは大丈夫です」


子供の自分たちだけでは魔物であるハバリトンの骨は切れない。それで、こういう力仕事なら村で一番筋力のあるイルクの父、元傭兵のクロザの出番だろう。

父はエルザに何か負い目があるようで、時折「何か手伝おうか?」と声をかけてはスレイマンに睨まれていた。


今はあの怖い保護者もいない。それなら父の名誉挽回をとイルクは提案するが、それをエルザがあっさり断る。


「魔法のテーブルクロス~!!!」

「なんで妙な発音しながら言うんだ?」

「雰囲気です、雰囲気」


エルザはごそごそといつも背負っている籠から一枚の布を取り出し自慢げにフンスと鼻息を荒くする。


色は白だ。よく見る色なので、この村にいる特別な魔法種ワカイアの体毛から作ったものだろう。それをエルザはイソイソと地面に敷いて前掛けのポケットから薄い、布、よりは頼りない小さなものを出した。


「前にスレイマンに魔法のテーブルかけの話をしたんです。アラビアンナイト。すごいんですよ、魔神が宿っててお願いするとテーブルかけいっぱいの料理を黄金のお皿に乗せて出してくれるんです。良いですよぉアラビアンナイト。鳩の塔とかいいですよねぇ。丸焼きし放題ですよー」


時々エルザが話す童話のことだろう。ふぅん、とイルクは相槌を打ち、エルザが何をするのかとワクワクしながら眺めた。


「で、こういうの作ってくれましてー」


広げたテーブルクロスとやらにしゃがみこんだエルザがぺしっと薄い布のようなものを当てる。


ギュルギュルと、不思議なことに目に見えてわかる風の刃がハバリトンの体にめがけて走り出し、みるみる血抜き・解体作業を進めていく。抜かれた血は一度宙に丸く集められ、隣に置いてあった大きな盥の中に落ちる。


「……なんだこれ」

「この紙、ラグの木から作ったんですよ。紙っていうか、繊維を固めただけで紙っていうには粗すぎるんですけどね。で、スレイマンが魔術式を編み込んでくれたテーブルクロスに紙をこう、つけてラグの魔力を通すと……こう、いろいろできます」

「色々!!?これだけじゃねぇのかよ!!?」

「あと水を出してくれたり、火も出ます。とってもべんりです」


あのオッサン何作ってんだ?!


世間知らずのイルクでも、これがとんでもない道具であることはわかる。しかしエルザは「べんりです」とちょっとあると助かる程度としか思っていないようだ。


「この火なら火傷とかしないので安心ですね。でも料理人の火傷は勲章であり恥でもあるので……それを負わず逃げるのは微妙な心持もしますが……」


言いながらエルザは解体された肉の塊を「これはマーサさんのところにおすそ分け、こっちは……」と村中に配るつもりらしくより分けている。


そしてあらかた掃除も終わり、ソーセージ作りを始められるようになった。


「本当は塩漬けにしておいたやつを使いたいところですが……まぁ、魔物の腸なら丈夫でしょう。信じてます、私」


エルザは綺麗な水の入った器の中に腸と何か丸い実を入れる。少し前に森の中でエルザが見つけた「なんかこれ塩分高いです」と気に入ったものだ。塩が手に入りにくいこの村でこういう代用品を次々に見つけてくるエルザは変わり者を通り越し周囲から「すごいなぁ」と褒められる存在になっていた。


「お肉はバラ肉とロースを少し粗めのみじん切りにします。はい、イルクおねがいします」

「はいはい」

「そしてその間に私もニンニクを切ります。ニンニクっぽいものであってニンニクではありませんが名前がわからないのでニンニクでいいと思います。そもそもニンニクとは何か?それは……」

「おーい、切れたぞー」

「イルク随分手馴れてきましたねぇ」


ぶつぶつと言いながら自分の世界に入るエルザを呼び戻すため声をかける。エルザの料理の手伝いをするようになって筋肉がついてきたように思える。美味い飯も沢山食べられるようになったからだろう。


イルクが細かく切った肉を大きい丸い器の中に入れ、エルザは細かく潰した塩気の多い木の実、黒い粒、そして。


「それも入れるのか?」

「はい。本当なら松の実を入れたかったんですけどないので、かわりに」


パラパラとエルザが入れるのはラグの実だ。木や葉は村でよく使われてきたが実は味が渋くて食べられたものではない。そのまま食べて腹を壊した者もいるそうだ。


「あく抜きをして一度乾燥させ、甘い水に漬けておいたんです。お酒のつまみに良いって星屑さんには好評ですよ」

「あぁ、あのにーちゃんな…」


エルザがいう星屑さん、とは泉の底にいる不思議な生き物だった。イルクは生まれてからずっと村で暮らしてきたが、村の近くにあんな存在がいたなんて知らなかった。だがその星屑さんとやらはイルクが生まれるよりずっと前からそこにいるらしい。


お酒が何よりも好きらしく、隣町からの品に「必ずお酒も持ってきてください」とエルザが頼んだのは彼に届ける為だった。


「さて、それじゃあこれにこう入れてって、と。この村に鍛冶職人とかいないんですよねぇ、残念です」

「物持ちもいいしな。壊れたら簡単な物は父ちゃんが直してくれるし」

「……クロザさん来るまでどしてたんだこの村」

「そもそも鍋以外あんまり使わねぇしな」


主食はラグの木のスープだったから、頑丈な大鍋が一つあれば事足りた。鉄製品は他に木を切る為の斧や、鎌とか細かいものがいくつかあるくらいで、村では木製の物がほとんどだ。


エルザは三角形の布をくるくると器用に丸め、口の大きい方を折り、その中に混ぜ合わせた肉を入れていく。もう片方は小さな穴になっているのでそこから腸に肉を詰めていける。これが中々に地味だが面倒な作業だった。


暫くは二人で黙々と作業を続けていたが、ふとイルクは「今年はお前が選ばれるかもな」と話を振る。


「何にです?」

「領主さまの冬の館にさ。毎年、冬が来る前に領主さまの使いの馬車が来て村から一人子供が選ばれるんだ。その子は寒い冬を凍えることなく領主さまの館で過ごせる。そんで、気に入ったらそのままそこで暮らせるんだ」

「なるほど、冬の人手不足を補うために人員確保でしょうかね?」

「さぁな」


それは幸運なことだった。領主さまなんて雲の上の存在だ。イルクの父は領主さまと知りあいらしいが、それでも息子であるイルクが親しみを感じられる距離ではない。


「帰って来た子がいない、とかだとホラーなんですが」

「怖い事言うなよ。去年はマーサ姉ちゃんが選ばれて無事に帰ってきてる」


とても素敵な所だったわよ、とマーサはイルクたちに語ってくれた。だから子供たちの間では「良い子にしていると領主さまのお館に行ける」と憧れのようなものになっている。


「なるほど。変なところだったらワカイアたちが領主の館潰してますよね、うん」

「さっきからなんでそう怖い事ばっか言うんだ?」

「のどかな村だと思ったらまさかのアルパカホラーだったので、とりあえずスローライフやら食チートは私にはできないのだと身構えているんです」


言ってエルザは出来た腸詰をくるくると回し丁度いい長さで区切っていく。


お館には何人か領主さまの子供がいるらしく、マーサは去年そのうちの一人に気に入られ、扱いが他より良かったらしい。


選ばれるのはまたマーサかもしれないが、去年自分がいないうちに村が酷いことになったという事をマーサは気にしているようで「今年はお断りするつもりなの」と話していた。


それなら、きっと他の子供たちの中で目立って領主さまからの使いが選ぶのはエルザだとイルクは思う。


少しだけ、イルクはエルザを羨ましいと思う。


自分はずっと変わってると言われてきた。他の子供たちとは馴染めず、考え方も何かが違う。それで居心地の悪い思いをずっとしてきた。


なのにエルザがどんなに変なことをしても、皆はそれをすごいと褒めるのだ。わかる。イルクと違ってエルザはすごい。


でも、自分よりも子供なのに、背もずっと低いのに、力だってイルクの方がずっとあるのに、褒められるエルザ。


イルクには、ほんの少しだけ……嫌だった。


エルザが来てから村は変わった。悪いことではない。イルクは何か悲しいことがあったはずなのに、それを思い出せなくて時々心の中がモヤモヤした。そういうものが、エルザが来てからなくなった。エルザを羨ましいと思う気持ちだって、前はきっとすぐになくなってしまっただろう。


村人たちも同様だった。前は自分の子供が冬を越せず死んでしまっても次の日にはニコニコしていた人たちが、最近は「そういえば、あの子のために祈っていなかった」と村の共同墓地に向かう姿がよく見られるようになった。


マーサだって、去年のままであれば「私が選ばれてお役に立てるなら」と領主の館へ行っただろう。それが「去年酷いことがあったから」と胸を痛めて残る決意をしている。


村が、変わろうとしているのだ。エルザたちが来たから。それは、良い事だ。でも、なんであいつなんだろうとイルクは思う。


自分だって、村の人とは違う。

元傭兵をしていた、外を知る強く逞しい男を父に持っている。体だって歳の近い子供たちの中では一番大きく力もある。


でも、特別なのはエルザだった。


エルザのことは嫌いではない。むしろ好きだ。いつも次は何をするのかとワクワクする。でも、でも、どこか気に入らないところもあった。


モヤモヤとした思いが苦しくてワカイアたちの泉まで走った。それで、ワカイアたちに触ればこの苦しみがなくなるんじゃないかと、そんなことを漠然と思ったのに、ワカイアたちはイルクを心配そうに見つめるだけだった。


「ソーセージは茹でても焼いても美味しいです。スレイマンはお肉が好きなのでお昼に出したらたくさん食べるでしょう」


パンに挟んで~と上機嫌にエルザが歌う。

変な奴だ。

なのに、すごいやつなんだ。


「イルクも!一緒に食べましょう!」


笑ってくれると嬉しいはずなのに、イルクは胸が苦しかった。

でも、自分が何か酷いことを言ってエルザを悲しませてしまったら、その時は舌を噛んで死にたくなるだろう。だからイルクはぐっと堪えて、呆れたように溜息を吐く。


「いいけどさ、どうせまた俺も一緒に洗い物させるんだろ?」


言えばエルザが笑った。

もちろん!と言っているようだった。


イルクは苦笑し、頭を傾ける。

冬の館にエルザが呼ばれたら、その間にこの気持ちに答えを見つけよう。

今はそれだけでいいとして、イルクはエルザに続いて家の中に入っていった。



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悩める少年。恋なんか、それ恋なんか?それとも男のメンツか?

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