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おとぎ話の様には、いかないけれど



「あぁ!あぁ!やはり貴方こそは魔の王だ!」


結界を呪いごと破壊する。


そう言い切ったスレイマンを見て星屑さんは笑った。その銀色の瞳を三日月のように細くし、嘲笑い侮辱する色をはっきりと浮かべている。


ケタケタと品なく笑いこそしないものの、スレイマンの決めたことに酷く興奮したようだった。


これまでちょっと変わった美形の兄ちゃんという印象を私に寄越してきたのに、あぁやはり人ならざる存在なのだと私は思い知らされる。


「命の炎が短い人間種の魂に封じることで!聖女の胎に宿ることで!かの王の魔性を少しずつ浄化していこうという試みなど!なんの意味もないようで!!」


なんで急にこんなにハイテンションなんだろう。


私はびくり、と体を震わせてスレイマンの服の裾を掴む。するとスレイマンは一度振り返り、ぽん、と片手を私の頭上に置く。


「よろしいのですか?この地はかの天狼の骨で出来た森に最も近い結界ですから、失えば人間たちは困るのでは?」


星屑さんの言葉は挑発的だった。

そしてその中に怯えもあることを私は感じ取る。


「その人間種の娘さんの血による結界の消失ならば、それは正しいこと。けれど魔の王たる貴方のそれは力技でしかない。結界に捧げられた歴代聖女の聖なる力が、貴方を阻もうとその身を苛むでしょう」


本当、私の血ってなんなんだ。


疑問はあるがこの雰囲気だと私の質問には双方答えてくれないだろう。


そういえば、私は自分が前世の記憶を持っていて、それで「料理人に私なる!」と息巻けるし、それに前進することにためらいはない。


けれども、そもそもこの世界に生まれている「私」って何なんだろう。自分のことなのに知らないことが多い気がする。


「だからなんだ?それがどうした?」


思考に沈みかける私の耳に、いつも通り尊大なスレイマンの声が響く。


「俺はエルザが死ななければそれでいい」

「いや、私はよくないですよ」


どうも、こんにちはからおはようございます、ごきげんよう野生の転生者エルザです。

このタイミングで区切るのもどうかと思うけれど、まぁそれはそれ。


私はなんだかシリアスモードを勝手に初めている二人の間に飛び出して両手を広げる。


「駄目です、なんか、よくわからないんですけど、聖女の結界がなくなったら人間の世界はまずいんですよね?」

「えぇ。結界は複数ありますが、さすがはこの私が封じられているだけあってこの結界は国三つ分は守ってます。まぁ、魔王降臨には丁度良い犠牲は出るでしょうね」


星屑さんは微笑みながら言っているが、駄目じゃんそれ。


「人間などいくらでも沸いてくる。国三つ分が滅んだところで大事ではないわ」

「いや、大事です」


人外の星屑さんは「力技で結界が破られたら私もヤバイ」という意味でスレイマンを警戒しているだけで、結界が敗れた影響うんぬんはあまり気にはしていないらしい。そしてスレイマンなどいわずもがなだ。


だめだ…私がなんとかしないと……。


いや、スレイマンは私のために言ってくれている。それはわかる。私が優柔不断にも選べなかったから、だから彼がこうしてくれているのだ。なら私は何か言うことなどできない、できないの、だが。


「いいですかスレイマン」

「なんだエルザ」


私はすうっと息を吸って、そして吐いた。


「まず国三つです。三国あれば三種類の交流が生まれ特産や地域の特性により多様なものが生まれるはず。そう、具体的には食材とか料理とか。その可能性を潰していいと思いますか?思いませんね?はい駄目です」

「……」


スレイマンの顔がうんざりとした顔になった。

よし!!今だ!!


「文明の発展は料理の発展です。折角今ある国が滅んでしまったら、これまでその国が持っていた歴史や習慣や、育ってきた貴重な人材が一瞬でパァです。わかりますか、パァなんです。折角徹夜で結婚式のためのケーキを仕込んだのに「ケーキなんぞどこにでもある」なんてひっくり返され台無しにされたらどうです?私はキレます。世に多く同じものがあろうとも全く同じものはない全てはオンリーワン。そうです世界に一つだけの花です」

「人間種の娘さん、すいませんがその例えは分り辛いですよ」


星屑さんが突っ込みを入れるが私は取り合わない。


「そして何よりも……私とスレイマンがいずれ料理長、副料理長をするレストランの集客に影響します。三国を滅ぼした幼女とオッサンの開くレストラン……駄目です、口コミ最悪です。考えただけで眩暈さえします。いいですかスレイマン。私と貴方は今後一心同体。貴方の悪事は私のもの。悪事、駄目、絶対」


はい、復唱!と畳みかけて私はスレイマンの仏頂面に手を伸ばす。この身長では背伸びしても届かないが、私がつま先を精一杯伸ばしているとスレイマンが腰をかがめてくれた。その髭とボサボサの髪で覆われた顔に両手で触れ、ゆっくりと頷く。


「結界を壊さないと駄目なら、わかりました。張り直しましょう、結界」


さぁ、レッツクッキング!!!!!





====




数日後、ドゥゼ村には活気があった。

一か月に一度の、隣町からの食料や日用品を積んだ一団がやってきたのだ!


今回は魔物が嘘のように少なかったと幸運を喜ぶ傭兵たちを労うため村は大忙しだ。ひっきりなしのお祭り騒ぎに私も浮かれたかった。


しかしそういう暇はない。


「さて、それじゃあ……マーサさん、確認をお願いします」


現在、そんな村の騒ぎから離れた村長の家の台所には私とマーサさんがいた。


マーサさんはあの泉の事件のあと、私がスレイマンと泉から戻ると大泣きして抱きしめてくれた。無事でよかった、と心から案じてくれていたその様子に「……アルパカホラーで疑ってごめんなさい」と私は反省した。


「えぇ。私の家で買えたのは小麦粉が一袋、お肉が一塊に卵や牛乳、それに塩とお砂糖が少し」


台所の調理台に並べられたのは、とても少ない量の食材だった。たとえば前の世界でスーパーで3000円分くらいで買い物をしよう、とあれこれ独り暮らしが食材を買ったらこのくらい、という程度。それを、袋にいっぱいの金貨と交換していた。

袋を受け取りニヤニヤとしている傭兵たちの顔を殴り飛ばしてはいけない理由はないはずだが、それは後でもできる。


私はもう一度、マーサさんに尋ねる。


「本当にいいんですか?私が使ってしまって」

「えぇ、もちろん。聖女様の結界がないとたくさんの人が困るのでしょう?役に立てるのなら、こんなに嬉しいことはないわ」


そう笑顔で快諾してくれるが、だが貴重な食材だ。


一粒たりとも無駄にはしないけれど、それでも申し訳なさがある。そういうところが割り切れず優柔不断なのだろうが。


「それにね。私はエルザちゃんが、次はどんなものを作るんだろうってワクワクしているのよ。エルザちゃんにとって、お料理は「楽しいもの」なんでしょう?私も楽しめるかしら?」

「もちろんです!」


そこは任せて欲しいと私は勢いよく返事をする。

マーサさんはにこにこと「それじゃあ、一緒にさせてね」と私の頭を撫でる。


「わかりました。はい、えぇ、もちろんです!はい!お任せください!はい!よろこんで!!!」

「準備はいいか?バカ娘」


大興奮する私が踊り出しそうになると、絶妙なタイミングでスレイマンが台所に入ってくる。杖持ちでは狭い台所は歩きづらそうで、一歩入っただけだが。


「はい!さぁ、イルク!これとこれとこれ、運んでください!」

「うん、わかった」


私はひょいっと台所の窓から外に顔を出す。


泣き腫らした顔は随分と腫れが引いていたが、まだ目は赤い。それでも当初からすれば随分と落ち着いてきたのだ。呼びかけに振り返って台所へやってくると私の指示したものをあれこれ背負子に積んでいく。


調理道具は私のものだけでなくマーサさんの家のものもあり、そのほか足りないものは各家にマーサさんが頭を下げて借りてくれた。


スレイマンが……なんか「邪魔だから倒した」と言って奪った…その……森の主の力を利用して集めた森の木の実や果物もしっかり準備が出来ている。


(ごめんね森の主…なんか蛇っぽいから…あとでかば焼きにして皆で食べるから…成仏して欲しい)


そして森の散策の際にとあるものを発見し、私は「私の幸運値はEX―――――!!!!」と天に向かって絶叫しスレイマンに頭を叩かれた。まぁ、それはいいとして。


「……俺も持っていいか?」


イルクに大体の荷物をお願いし、私も小さな籠を背負う。


それでワカイアを連れるマーサさんを先頭に私、イルク、それに遅れてスレイマンという並びであの泉へ行こうというのだが、私の荷物をひょいっと、クロザさんが持った。


あの件からまだ、クロザさんとはちゃんと話しをしていない。今日まで色々準備が忙しかったのと、スレイマンがクロザさんの顔を見る度に杖で殴りかかろうとするので二人が鉢合わせない様に気を使っていたのだ。


だが今、私に近づくのを見ても何も言わないところみると、私の知らないところで二人は何か話をしたのかもしれない。


「えぇ、そうですね。助かります。そうして頂けると、はい。助かります」

「……ははっ、そうかい」


私は視線を合わせようとしないクロザさんの隣について歩く。その様子をイルクがおっかなびっくり、時々振り返る。


子供が多く、大人も一人は片足が不自由だ。なので私たちの歩みは遅い。


「この機会に謝ってきたりとか、そういう感じでしょうか?」

「お嬢ちゃんは容赦がねぇな。もう少しこう、探り探りいかねぇか?」

「いえ、私を容赦なく刺し殺そうとした人なので。あ、私、絶対許しませんからね?謝る意味が許されたかったり、あるいは謝ることで私に反省してるって示すことなら止めましょう。無駄です」


クロザさんが困ったように笑った。

私からすれば「なに笑ってるんですか?」と詰りたいところだ。


この人は自分の目的のために私を殺そうとしたのだ。


私が何かしたからとか私でなければ絶対に駄目だったとか、そういうのではなくただの手段として、私をあっさり刺したのだ。


そのために聖女の結界というものが穢れたり、たった一人の願いのために大勢が死ぬかもしれなかったのだ。


どうして欲しい、というのはない。ただ腑に落ちない。どうしてそこまで。


「そんなに許せなかったんですか」


じっと私はクロザさんを見上げる。私を刺し殺そうとした男は今どんな顔で私を見ているのかと、見てやろうと思って見上げれば、そこには苦しそうに顔を歪めている哀れな男の顔があった。


「なんでなんだろうな」

「今更何言ってるんです?」

「……女房を亡くした悲しみも、最期に言われた言葉からの苦しみも何もかも、全部、俺にはもうないんだ。全部なかったことにされちまったのに、なんでだろうな」


クロザさんは前を行くワカイアに視線をやる。


スレイマンや星屑さんによれば、ワカイアたちを殺しても消された思いが持ち主の元に戻ることはないそうだ。


感情は浄化された。消えてしまったのだから、戻らない。それをスレイマンがクロザさんに告げた時、クロザさんはかすれた声で笑った。


「もう何もねぇ。憎しみも悲しみも苦しみも怒りも。なのに、こんなことをした。何も残ってねぇのに。なんでなんだろうなぁ」


ワカイアたちによって「愛している」と思い込まされていたとクロザさんは妻に告げられた。それを否定したくても、愛がどこから来たものかなど証明できはしない。


「ワカイアたちを皆殺しにして、それで、それでもまだ、女房を愛してる俺が残っていたら、それなら俺は、信じられたんだろうか」


浄化された負の感情と違い、誘導された「愛」はどうなのだろう。その当たりはスレイマンたちにもわからないことらしかった。


「……幸せではなかったんですか?」


歩きながら私は問う。やや喧嘩を売るような強い口調になってしまうのは仕方ない。


「うん?」

「出会えたこと、愛し合ったこと、過ごしたこと。イルクが生まれたこと、幸せじゃ、ないんですか」


前を行くイルクの肩がわずかに揺れた。こちらの声は聞こえているのだろう。クロザさんも気付き、一度目を伏せ、そして苦虫を潰したような顔をする。


「……幸せだったよ。俺には家族がいなかった。だから、とんでもない可愛い嫁さんを貰って、村に住むこともできて、あんな…俺にはもったいねぇ……良い息子も生まれた」


ぼんやりとしていたクロザさんの目に、僅かにに光が戻ってくる。


「あぁ、そうだな。あぁ……そうだ。幸せだった。だから、許せなかったんだろうなぁ。そうだな、俺は……女房を愛してたんだよな」

「とうちゃん!!!」


立ち止まって空を見上げたクロザさんに、イルクが駆け戻って抱き着いた。しっかりとした体格の男は一人息子を受け止めて、そして頭を撫でる。そしてそこからは二人で話をするのだろう。私はマーサさんの方へ駆け寄って、ワカイアたちに潰されないよう注意しながら隣を歩く。


「許してあげるのね?エルザちゃん」

「マーサさんならそうすると思いますが、私はさっきも言った通り絶対に許しませんよ」


刺殺事件三度目の加害者である。最初と二度目と違い犯人がしっかりわかっているので私は思う存分被害者面で憎んでもいいはずだ。


ただ、呪い殺せなかった以上、まぁ、許すしかないのだろうと思っているところもある。


「それに、イルクのお父さんなのでジョウジョウシャクリョウの余地があります」

「難しい言葉を知ってるのねぇ」

「あと私はあなた方のことも許してませんからね」


ちらり、と隣のワカイアをみると稀有な魔法種はびくりと体を震わせた。


「エルザちゃんったら……この子達は悪気はないんでしょう?」

「ものの考えの違う種族同士が一緒に生きる以上、どちらかの主張が強行されることは多々あります。ありますが、だからといって、何してんですか本当に」


私は直接の被害を被ったわけではない。


ワカイアたちからしても事情があるのだろう。大切に一緒に暮らしてきた人間がある日変わってしまって、それを「魂が穢れた」と知った彼らはまだ無垢な魂の村人たちを攫いこの村を作った、と。それはいい。それはまぁ、なんか神話にありそうな話だし、そこに問題はあったとしても、まぁ、いいだろう。


「いいですか?人間というのは綺麗なだけでは生きて行けません。うっかり私も「あれ?この村このままでいいんじゃないか?」と思いました、思いましたが…えぇ、なんですあの小麦粉!!!!塩!!!砂糖!!!そのほかの数々!!!!」


ダン、と堪えきれない怒りを覚え私は地団太を踏む。


「粗悪品というレベルじゃない!!!小麦粉!!!?黒いけど!!!?砂利とか混じってるけど!!!!?塩!!!?これが!!!?たった一粒で金貨一枚!!!?砂糖も黒いのかよ!!こっちも砂混じってるよ!!!!油なんかこれ絶対どっかで使い古したやつそのまま持って来やがっただろ!!!ふざけてんのか隣町!!!!」


やってきました隣町からの食材やらなにやら。えぇ、楽しみにしていましたよ。やっとまともな食材だ!と、それを使って結界を張りなおすんだから、それは心待ちにもしようもの。


それなのに、連中の持ってきたものは「これで金を取る」と言われ私はマーサさんが止めなければ殴りかかっていた。


騙されている。

明らかに、騙されている。


どうも、聞けば昔クロザさんが値切ってから品の質が悪くなったというが、それにしても、それにしてもこれはないだろう。


私はぐいっと、ワカイアの腹の肉を毛ごと掴んだ。


「あなた方の大事な大事な村人たちは貴方がたが「穢れた魂」と思う人間たちから良いように利用されてるんですよ。これ、あなた方が村人から負の感情を消し続けてきた結果ですよ」


魔法種と人間の価値観は違う。


それはわかっている。だが、魔法種が村人を想う心が本物であるとすれば、彼らは「不幸にしたい」わけではないはずなのだ。


「あなた方のしたことは、マーサさんと村長さんだけの間で留めるそうです」


村長さんはワカイアの能力を知って驚いていたが、何か思い当たることがあるのかそれほど騒ぎはしなかった。そしてマーサさんと二人、村を預かるものとして出した判断は、これらのことは村人たちには一切知らせない、とそういうことらしい。


「でも今後、負の感情を消そうとしたら私は貴方がたを美味しく調理します」


ワカイアのステーキ。ワカイアのカルパッチョ。油もあるので衣をつけてフライにするのもいいだろう。今なら調味料もあるからね!!!砂を避ける作業からしなきゃだけど!!


真顔で言えば、こくこくとワカイアが頷いた。周りのワカイアたちも同様だったので、私の誠意は伝わったようだ。


そんな話をしているうちに、どうも、どうやら到着しましたワカイアの泉!


「待っていましたよ、人間種の娘さん。そしてワカイアの村の人々よ」

「……えっと、あなたは?」


泉のほとりで待ち構えていたのは輝く美貌の星屑さん。

両腕には花畑から詰んだ花を抱えているので、まるでおとぎ話の挿絵の妖精のようだ。いやぁ本当、顔がいい。


お酒について詳しそうだし、未来のレストランのためにソムリエとしてスカウトしておこうか。


私は頭の隅でそんなことを思いながら、それぞれを簡単に紹介し、結界の様子を聞く。


「えぇ、まぁ崩れてはいますが私がこうして出てきてもすぐに影響の出るほどではありません。まだ呪いも発動していませんからね」


私もクロザさんも誰も呪っていないからね。


ちなみにクロザさんが誰かを呪ったら「俺の思いつく限りの方法でイルクを弄り殺す」とスレイマンが脅した。脅しだろうが、本当にやるかもしれないのでクロザさんは私たちの案を飲むしかない。


流石はスレイマン、外道である。


さて、と私たちは大き目の布の上に調理道具や下処理をした食材を並べていく。その間にスレイマンは星屑さんと結界を破壊するそうだ。


この結界の破壊について、これ多分、やっちゃ駄目なやつなんだろうなとはわかる。


でも今のところ破壊するくらいしか私たちが呪われるルート回避はない。しかしそれでスレイマンが呪われるのも嫌だし、そして「結界を破壊した張本人とその娘」の張り紙を張られるような展開も嫌だ。


なので、結界を破壊したあとすぐにこっそり張り直せばいいんじゃなかろうか。


そう提案するとスレイマンは心底気の毒なものを見る目で私を見下し、星屑さんなどは腹を抱えて爆笑した。


「本当にできると思うのか」

「スレイマンはどう思います?私は魔法的なことはわかりませんからね」

「……言い出した時は何をバカなことをとあきれ果てたが……考え方としては原始の魔法に近い」


星屑さんの話によれば、結界の維持に必要とされたのは聖女の「歌」と「踊り」と「貢物」である。


ならば張る時にも同じようなことが必要だったはずで、それならやはり、レッツクッキングしかなかろう。


「さぁ!それでは手を洗いましたか?服は汚れていませんね?エプロンはとっても綺麗ですね!調理道具手順はばっちりです!さぁ!レッツクッキング!!」


太陽の光がキラキラ反射する泉の前で、スレイマンが出してくれた炎や水、それに広げた調理道具、食材を前に私は声を弾ませた。


料理人にとって、料理は音楽だ、オーケストラだ。


豪華客船の料理人を、三か月ばかりやったことがある。

その中では調理すらエンターテインメントだ。


調理道具が規則正しく奏でる音は美しく、立ち上る湯気、あたりに漂う香り、その空間を料理人が踊る。

食材を扱う手は舞うように、指示を出す声は歌うように。


私とマーサさんはドゥゼ村の祭りの歌を口ずさみながら調理を行う。


互いに願いを込め、祈り、歌い、踊りながら聖なる炎と聖なる水を操り、自然の恵みを扱う。


スレイマンが結界を破壊したのだろう。泉が一瞬でどす黒く染まり、スレイマンへ向かって無数の触手を伸ばしていく。


イルクの悲鳴、息を飲むクロザさんの様子が背後にわかる。

マーサさんも一瞬ひるみ、ワカイアたちがマーサさんを守ろうと動こうとした。


けれど、けれどここは調理場で私の世界!!私には何も恐ろしいものなどない!


私は声を張り上げて歌い続ける。手は動く。体も動く。炎は優しく、水は柔らかい。食材たちはどれも私の思った通りに動いてくれて、次第に私たちの周囲からキラキラと光の粒子のようなものが舞い始めた。





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