それ今決めないと、駄目ですか?
刺されたらしい。
らしい、というのは見ていたわけではなくて、気付いたら胸のあたり。左側になんか痛みとドクドクと流れる血が水の中で襷が伸びるようになっていたのをぼんやりと見たからだ。
心臓が刺されている、というわけではない。左胸の方に心臓がある、と思われている方も多いだろうが、実際心臓というのは胸の中心の方にある。ほら、心臓マッサージするときとか胸の真ん中を押すだろう。なので左側を刺されていても、私の心臓は無事なはず、だと思う。
(それにしても、刺されるのには定評があるような)
こんばんはから、こんばんは。どうもごきげんよう、前世で一回今生でこれで二度目の刺殺事件被害者ですよ、野生の転生者エルザです。
あ、いや、刺殺、まだ死んでないから今回はノーカンか。
それでも二回は刺殺されてるってなかなかない体験だ。
まぁ、それは今はいいとして。
「……」
身体が沈んでいく。力を入れていない、筋肉量の少ない子供の体なら沈まず浮いてくれるはずだが、どうしたことかどんどん泉の底に向かって沈んでいく。
刺したのはクロザさんだろう。となれば放り込んだのもクロザさんか?
イルクは無事だろうか。
そもそもなんでこんなことになってるのか。
異世界転生ってもっとこう楽しくスローライフできたりとんとん拍子に料理の食材が集まったりするんじゃないのか。
「私は今度はなんで殺されるんだろう」
疑問に思う。
前世だって、殺されなきゃならない理由なんてなかったし、今生で馬車から落ちた時だってそうだ。今も、どうして私は殺されなければならないんだろう。考えても仕方ないとわかっている。
だけど、私が一体何をした?
「呪いますか?えぇ、呪いますよね?呪いましょうよ」
沈み、遥か上の方で光る水面を睨みながら思考に耽っていると鈴を転がすような明るく美しい声がかかった。水の中なのに!?
驚き反射的に体に力が入りあたりを見渡そうとすると、一瞬で景色が変わる。
「……なんだこれ」
私はいつのまにか、冷たく暗い水の中ではなくて明るい花畑の中にいた。三途の川をすっとばして天国にでも来たのか?
「いいえ、違いますよ。まだ生きていますよ。はい、どうも、ごきげんよう、人間種の娘さん」
「……え?あぁ…どうも、ごきげんよう」
死んでない。そのことにとりあえず安心し、寝転がっていた自分をのぞき込む人物に挨拶を返す。そして体を起こし、まじまじとその人物を見上げた。
にこにことした顔は私が前世含めこれまで見たどんな「うつくしい顔」も「所詮は人間のもの」と思ってしまうほど、ありえない程に…なんだこの綺麗な兄ちゃん。
銀色の長い髪はキラキラと光り周囲に弾けては消える結晶を生み出している。白い肌は陶器のように滑らかできめ細かく、その中で銀の瞳が神秘さと神性さを放っていた。赤い唇は面白そうに少しだけ吊り上がっていて、私の反応を待っているようにも思える。
そして、特徴的な長い耳の……エルフか?このひと。
「貴方がた人間種には「星屑」と呼ばれています。深緑の国に住まうあの長寿種と私は違う存在ですよ。特徴はよく似ているらしいのですが、私の方が彼らより美しいでしょう?」
「いや、比較しようにもエルフみたことないんで」
「そうですか。人間種はエルフを美しいものだと、見るのを憧れていると聞きますが最初から私に会ってしまったのでもう平凡なエルフ如きを見てもなんの感動もないでしょうね。申訳ありません。私が美しすぎるばかりに」
ふぅ、と星屑さんは美しい顔を申訳なさそうに顰めて溜息を吐く。そんな仕草さえ一枚の絵のように美しく、私はこれが魔物の一種ならこうして人間は魔物に心を奪われるのかと納得していた。
「魔物風情と一緒にしないでください。まだエルフと同一視された方がマシというもの」
「あ、なんかすいません」
「まぁいいでしょう。しかし…幼い人間種の娘さんは我々「星屑」についてご存じないのでしょうか」
うん、知りません。
星屑、屑って、それでいいんですか。
言葉的に美しいこのひとは嫌がりそうだったが、それに関しては「仕方のないことなのです」と柳眉をひそめるだけだった。
星屑、星屑、スターダスト。
「かつて空を天狼が駆けた時代、夜空には数多の星々が己の耀きを地上の命あるものたちに知らしめていました。我々「星屑」は天より落ちたもの。輝き続けられず空から落とされ、地上にたどり着く前に燃えつき消滅するだけだったもの」
それが運よく地上にほんの僅かにだけ残って辿り着いたもの。それがこの美しいひとのように「星屑」と呼ばれる種らしかった。
「天に輝き地に領土を落とせるほどの力はもはや残っておりません。それでも我ら星屑は神代のものですので、聖女たちは結界を張るために利用できると考えられたようですね」
「聖女?結界?」
そんな言葉を耳にした覚えもあるが、詳しいところは知らない。それで聞き返すと、銀色の瞳を面白そうに三日月の形にし、美しい星屑は笑う。
「人間種が魔族から自分たちの住む場所を奪い返さぬよう発動し続けている魔法ですよ。つい先日、そうですね、人間種の時間でいえば300年前ほど前でしょうか」
「それ先日じゃないですね」
「そうですか?まぁ、それはどうでもいいのですが。とにかく300年ほど前、人間種たちは滅びそうになったので我ら星屑をまるで獣のように狩り集め、結界の中にひとりづつ封じました」
内部に星屑を置き外から出られぬ結界を張ることで、半永久的に続く神性魔法が発動するのだと、そう続けられる。
電池のようなものか。
人間は自分より力の強いものを利用するすべに長けている、と星屑は語る。その顔には幽閉されている辛さや悲しみ、苦しみは浮かんでいないので私は不思議に思った。するとその疑問が伝わったか、星屑が微笑む。
「どのみちに行くあてなどない我ら星の成れの果てですからね。出ようと思えば出られるけれど、時折聖女が我らのために祈り、舞い、歌ってくれる。天から落ちもう仰ぎ見られ信じられることのない我らがまるで天狼のように人に求められるというのは、まぁ、なかなか悪くはないものですよ」
「でも、囚人ですよね?」
納得している、という星屑に、しかし思わず私は聞き返してしまった。そうしてから、しまった、と思う。
美しい顔を少しだけ悲しそうに顰め、星屑は長いまつげを伏せる。
「落ちた星などただでさえ惨めなのです。これ以上惨めな思いはさせてくれるな」
「……すいません」
落ちた星に行き場所などなく、星屑となった瞬間から、彼らは「惨め」な生き物と自分達を考える。
流れる星となり空に軌跡を残して終わるわけでもなく、無様に残った。燃えカスのような存在。
出てはいける。だが、出たところで何もないから、ここにいるのだ。
私は謝罪し、何もない花畑を眺める。柔らかな風が吹けば花びらが舞って美しいのかもしれないが、外と繋がっていないここは風さえ吹かない。
牢獄であることは、星屑が一番良く分かっているのだろう。
私はしゃがみこんで色とりどりの花を見る。綺麗な花だ。星屑が寂しくない様にと植えられた魔法の花らしかった。みたことのない形の花々は珍しく「摘んでいいですか?」「どうぞ」と短いやり取りで許可を貰って、花を摘む。
「花かんむりでも作るのですか?人間種は器用ですからねぇ。私にも一つ作ってください」
「いえ、違います。食用です」
「……食用」
長い服の裾を折って私の隣にしゃがみこんだ星屑はなぜか沈黙する。
食用、植物、お花。エディブルフラワー。ビオラ、パンジー、ベラニウムなど多種多様な花を安心して食べられるように育てたもの。私もよく料理に使った。
この花畑の花が果たして食べられるのか、それはあとでスレイマンに確認することにして、せっかく地味なラグの木とか野暮ったい猪肉とかじゃない、なんかこうやっとマーサさんのためのケーキに使えそうな食材が見つかったので、私は収集することを忘れない。
あとハバリトンでゼラチンが出来そうなので、これはやはり…作るしかないだろう。お花を閉じ込めた綺麗なゼリー。
美しい花畑を前に私の創作意欲はどんどん湧き上がってくる。
そう!お花!ジャムにもできる!砂糖漬けも可!!!料理の飾りとして最適!!!
まぁお砂糖ないけどね!!!!
「星屑さんはご飯とか食べないんですか?」
「必要ありませんので……今の人間種は花を食べるのですか?」
「さぁ、どうなんでしょう。私は食べますけど」
言えば「不憫な」という顔をされたが、マーサさんの村の人たちは木を食べてるぞ。知らんのか。
「あ、ところで私刺されたんですけど」
「そのようですね」
「今無事ですよね?」
「そのようですねぇ」
不思議空間に忘れていたが、自分の胸を触ると服は破けているものの傷はない。
「…聖女の結界は、何十年かごとに人間種の新たな聖女が各地の結界を回り祈りと踊り、歌を捧げ維持されています」
先程少しでた話である。
なるほど、聖女すごい。
「とくにこの場所は血の眷属である、あなた方がワカイアと呼ぶ魔法種がこの結界の神性を利用して村人の穢れを消すためにワカイアが独自に守っていましたから他の場所よりも神性は高いんです」
「あのアルパカなにしてんだ」
今さらりとなんか重大なことを言わなかったか、この美形。
「はい?」
「いや、あのアルパ…じゃなくて、ワカイア……何してたって、言いました?」
「300年前、人間たちの魂が穢れたことを嘆いたあの魔法種は自分達を信仰する人間を攫いあの村を作ったのですよ?」
知りませんでした?と言われ私は頷く。星屑は私の無知を嘆くことも笑うこともなく、丁寧な教師のように「なるほど、わかりました」とだけ言って説明をしてくれる。
「人の心は穢れやすい。とくに悲しみからは憎しみや怒りが生まれるものと考えた彼らは愛しい村人たちが穢れない様に、とその心から悲しみを消し続けているのです」
もちろん、ただの魔法種にそんな力はなかった。この結界がアルパカには必要で、代々ずっと大事に守り続けてきたらしい。
「……」
私が銀座でホステスをしていた時、お客さんにどこぞの企業の人事部のお偉いさんがいた。その方から教えていただいたのだが、人間の怒りというのは悲しみから発生するらしい。
尊重してもらえなかった。蔑ろにされた。期待していたのに裏切られた。わかってもらえなかった。
人は自分が顧みられず傷付けられると、悲しい。
けれど悲しみ続けると心が辛くなる。なので「怒る」のだと。
「アルパカ怖っ」
だからって、人の感情を消している、というのは私にとっては恐ろしい。
「なぜです?」
「いや、だって、自分の気持ちを勝手になかったことにされるとか…」
「悲しみなどない方が良いでしょう?心穏やかに平穏にいられるのなら苦しみもない」
「……それは、そうですが」
そうだろうか?
そう、なんだろうか。
悲しい気持ちなんて、すぐに消えてしまった方が良い?
「……それは、誰かが消してしまっていいものではないと思いますが」
「えぇ、そうでしょうね。多様性のある人間種ならばそう思うでしょう。魔術の発展、人の国の成長を見るに、あなた方は怒りや悲しみで成長するようです」
だが、そんなことはワカイアたちには関係ない。
なるほど、過保護なのだと私は納得した。
彼らにとって、村人たちは大事な大事な子供のようなものなのだ。だから、危険がないように、辛い事がないように、大事に大事に、大事に懐にとどめている。外に飛び出してしまいそうな危ない子がいるのなら、駄目だよ、まだここにいなさいと連れ戻す。
「本来、魔法種と人間種が共存などできるはずがないものを、ワカイアは無理に歪めてでも行った。違う生き物だとわかっているのに、憐れなことです」
300年は持った。だがもう300年、それどころか1年後だって、同じように続く道理はどこにもないのにと星屑は同情めいた声で語り、そして私の刺された筈の場所を指さした。
「聖女の結界は貴女の無垢な血により穢された。結界が崩れ落ちるその前に、貴女は自分を害したものを呪うことができる。さぁ、誰を呪いますか?」
…それ今決めないとダメですか。
Next
日付変わってからの帰宅。眠い。




