57.ハロウィンはスイーツを頂く日です
一度はやってみたい、ありがちなハロウィンネタです。
キャラ別対応という事で、本編との時系列や背景はスルーでお願い致します。
【黒田蓮の場合】
本日はハロウィンである。ハロウィンと言えば、お菓子の日である。
晴子はスーツ姿に魔女の尖り帽子を頭に載せて、ターゲットに近付いた。
「あ、いたいた。黒田君!」
「づか――」
晴子から掛かる声に振り返った黒田は彼女を見て、少し怪訝そうな表情を見せた。
「何、その帽子」
「やだなー、今日はハロウィンですよ。にっあうー?」
「ああ、そっか。お疲れ様。じゃあね」
「待ってよ、冷たいな!」
晴子は翻そうとする黒田の肩に手をやって止めると、彼は再び振り返って少しため息を吐く。
「俺、そういうイベント、興味ないんだよね」
「どうして? お菓子をもらえる日なんだよ? 誰が考えたのか知らないけど、凄い素晴らしいイベントじゃない!」
「……違うからね。そんなお菓子祭りじゃないからね? それをメインにするのは子供とづかちゃんだけだからね」
「ま、まあ、それはいいじゃない。では、定番のアレ行きますね」
晴子はコホンと一つ咳払いする。
「トリック・オア・トリート?」
黒田はなぜか電子端末を取り出すと、晴子に向けた。
「え? 何これ? 欲しいのはお菓子ですけど?」
「俺が今開発中の英会話アプリだよ。もう一度どうぞ」
「何か今、さらっと副職の話をし――」
「これに合格したらお菓子をあげるよ。さあ、もう一度どうぞ」
話を遮ってずずいと端末を前に押し出してくる黒田に若干怯んで、晴子はおずおずと言った。
「ト、トリック・オア・トリート?」
『認識できません』
電子端末から女性の声が流れた。
「……え?」
「認識できないってさ、もう一度どうぞ」
「ト、トリック・オア・トリートッ!」
『認識できません』
思わず力みながら叫んだ晴子だが、一方で機械の女性の声は淡々としたものだった。
「ね、ねえ。黒田君、これ、絶対にハードモードでしょ!?」
「あと一回認識しなかったら終了ね」
黒田はしらっとした表情でそう言った。
「え、ちょっと待って」
「諦める?」
「や、やるわよ」
「じゃあ、どうぞ」
晴子は大きく深呼吸して息を整える。
「よ、よし。行くわよっ! トゥリック・オゥア・トゥル――」
『認識できません』
機械の女性の声は無情にも晴子の声を遮った。
「はい、残念。終了」
「や、もう一回。ワ、ワンモア、チャーンス!」
『認識できません』
晴子の声を拾った電子端末が再びそう応える。
「だって。ということで、容認できません。一昨日おいで」
「な、何よ。このアプリ、壊れているんじゃない? 黒田君もやってみなさいよー」
「いいよ」
黒田はあっさり頷くと、端末に向かって言った。
「Trick or Treat?」
ぴんぽん。
正解の時に鳴ると思われる音が鳴った。
「あ、そう言えば黒田君のお祖父様はイギリス人だった。不覚……」
「じゃあ、はい」
そう言って黒田は晴子に手の平を向ける。
「え、何?」
「お菓子ちょうだい」
「お、お菓子?」
もらう事ばかりで、自分がお菓子を配る事を考えていなかった晴子は途端に動揺する。
「な、ないよ? 持ってないよ?」
「ふーん。じゃあ、悪戯だね。さっきのづかちゃんの見事なスピーキング、録音したから皆に聞かせてあげよっか?」
「うっ……。分かったわよ、はい。ハッピー・ハロウィン!」
服から非常食、いや常食用の一口チョコを一つ彼の手の平に載せた。
「何? たったのこれだけ? やっぱりさっきの録――」
「え、ええいっ、持ってけドロボー!」
晴子はさらに一口チョコを数個取り出して、押しつけると逃げ出した。
「ふっ。づかちゃん、たわいもないね」
こうしてお菓子をねだる魔女は駆逐された。
【鷹見一樹の場合】
「やあ、可愛い子猫ちゃん。お久しぶり、元気にしてた?」
声と共にその腕が自分の首に回る前に素早く身を引いて、晴子はその人物に向き直った。
「出たな、悪霊め!」
晴子はそう言って御札を取り出すと、彼、鷹見一樹社長の目の前に突きつけた。
「悪霊退さーんっ! ここで会ったが百年目。私が成仏させてやりましょう!」
「ベッドの中でなら喜んで」
「R15ギリギリの発言をするのはおやめなさい」
晴子はぴしりと言って、臨戦態勢を取る。一方、鷹見社長は腕を組んでため息を吐く。
「木津川さんさ、俺の扱い、酷くない?」
「当たり前でしょう? 胸に手を当ててお考えになってみてはいかがですか」
「そう? じゃあ、遠慮無く」
鷹見社長はそう言うと、晴子の胸に手を伸ばす。
「って、何、私の胸を触ろうとしているんですかー! ナグりますよっ!」
「……宣言する前に殴るのはやめようか」
「あ。思わず、すみません……」
晴子は振り切った拳を背中に隠した。
「え、えへ。君は口より手と足が早いねって、よく褒められるんですよ」
「それ、褒めてないからね」
良いパンチだったけどと腕を押さえて苦笑いする鷹見社長。そして彼女の帽子に視線を移す。
「ところで今日はハロウィンだったね。それは魔女かな」
「ええ、そうです。本日はお菓子回収イベントですよ!」
「君は明らかに主旨をはき違えていると思うな。……まあ、いいか。木津川さん、お菓子あげるからドライブに付き合わない?」
人の良さそうな笑みを浮かべる鷹見社長に対し、晴子は眉をしかめ、腰に手を当てた。
「ダメです。お菓子をあげるからと言われても男に付いていくなと社長命令が下りましたから。それにあなたと関わって怖い思いをするのはもうこりごりです」
「ふーん。だったらさ、お菓子あげるから悪戯させて」
「違う意味で怖さが増したんですけど!?」
「じゃあ、普通にハロウィンイベントの参加ならいいよね。――Trick or Treat?」
「え?」
晴子は不満そうに口元をへの字にした。今日はお菓子をもらう為のイベントなのに、なぜ自分の方ばかり没収されるのかと。
「お菓子……ないですよ。私はもらう専門ですから」
「いいよ、別に。その代わり悪戯させてくれるんだよね?」
「ハッピー・ハロウィン!」
魅惑的な笑みを浮かべる鷹見社長に、身の危険を感じた晴子は素早く服の中から一口チョコを取り出して渡した。
「何だ。持ってたんだ。残念だな」
「ありがたく頂いて下さい」
でももうこれで午後から生き抜くための回復薬が無い。ここは何かスイーツを奪還しなければと晴子は鷹見社長に真剣な瞳を向けた。
「それではわたくしも僭越ながら。鷹見社長、トリック・オア・トリート?」
「え? 今? 今は持ってないなぁ」
「ちっ。持っていなかったんですか。じゃあ、用は無い。さっさとお逝きなさい」
晴子はしっしと手で追い払う仕草を見せた。
「……本当に俺の扱い、酷いよね?」
「胸に手……ご自分の胸に手を当ててお考え下さい」
「あの時は悪かったよ。ごめんね」
「ごめんで済んだら警察はいりません」
腕を組んでツンと顔を逸らす晴子に鷹見社長は苦笑する。
「お詫びにもっと甘い物をあげるよ」
「……甘い物? でも今、お菓子は持ってないって」
「チョコレートよりももっと甘い抱よ――」
「け、結構でーす!」
にっこり笑って手を伸ばしてくる鷹見社長に晴子は尻尾を巻いて逃げ出した。
「逃げ足、早いし。……つまらないな」
こうしてお菓子をねだる魔女は駆逐された。
【瀬野貴之の場合】
「くぅっ。ハロウィンなのに、未だ一つもお菓子をゲットできていない。それどころが没収される一方じゃない。何でだ。かくなる上は……」
晴子は瀬野社長の元へと向かった。
「失礼致します」
「ああ、木津――」
椅子に座っていた瀬野社長はデスク前に立つ晴子に目をやると、すぐに言葉を切って晴子の頭に視線を移す。それに気付いた晴子は自分の頭に乗っていたとんがり帽子に手をかけて取った。
「魔女の帽子です。今日はハロウィンですから」
そう言って晴子は再び自分の頭に帽子を載せると、社長に向けて両手の平を向けた。
「と言うわけでお菓子下さい!」
「直球だな……」
「あ、そっか。つい純粋な心が口から」
「……純粋?」
「ではでは、社長。トリック・オア・トリート?」
魔女のとんがり帽子をかぶった晴子は少し小首を傾げてそう言った。
まあ、お菓子をもらえないからと言って、いたずらなんてできようもないだろうが。
しかしそこはスーパーハイスペックの社長。晴子がそう言うと、眉一つ動かず、ほらこれで文句ないだろうと言わんばかりにお菓子を彼女に差し出してくる。
「え、本当に頂けるのですか? あ、開けてみても?」
社長の返答を待たずに紙袋を覗き込んで箱を開ける晴子。
「こ、これはっ!? パティスリー・エリ店のハロウィン限定マッカローンではないですか!」
「……テンション、高いな」
「私が予約した時は数量限定で既に取れなかったのに。い、頂いてもよろしいのですか」
「ああ」
「神様、仏様、社長様ぁぁ。ありがとうございます!」
晴子は携帯を取り出すと、可愛い可愛いと呟きながらありとあらゆる角度から連写した。
ひとしきり撮ってようやく満足したのか、携帯を収めると今度は箱からカボチャお化けのマカロンを一つ取り出す。
「では早速、お一つ。頂きまーす」
大きなお口を開けて、ぱくりと一口。
「――美味しーっ!」
「可愛いと言った割には意外とためらいが無いな」
「だってスイーツは食べてこその価値じゃないですか。むしろ食べてあげない事はお菓子に対する侮辱行為ですよ」
ご満悦に笑う晴子を呆れたように社長は息を一つ吐いた。
「それにしても今、ここで食うか?」
「目の前にスイーツがあって、なぜ食べないのですか。かの有名なスイーツ評論家は言います。『なぜスイーツを食べるのか。――そこにスイーツがあるからだ』と」
「どこのスイーツ評論家だ」
「それにご覧下さい」
晴子は社長のツッコミを軽く無視して、自分の腕時計をとんとんと人差し指で叩いて指す。
「ただいまの時刻、午後九時半。勤務時間をとっくに過ぎております」
「なるほど。それもそうだな。……では、Trick or Treat?」
社長はにこりともせずに言う。
一方で、まあ、さすが我が君主、社長様、流暢なお言葉でございますと上機嫌な晴子はにこにこ笑う。
「Trick or Treat?」
社長はもう一度そう言って、今度は口元を上げる。そこで晴子は首を傾げた。
「……ん?」
「お菓子はどうした」
「え?」
まさか瀬野社長にまで切り替えされるとは思いもよらなかったようで、晴子はぽかんとした。
「お菓子をくれない奴には悪戯していいんだろ」
ぎしりと軋ませ椅子から立ち上がる社長から、不穏な雰囲気が漂って来るのを感じた晴子は慌てて自分の服を探る。
「え、えと、少々お待ちを……」
しかし先ほど鷹見社長に渡したところで全て無くなってしまっていた。
「あ、あれ?」
「どうした。無いのか」
「えー、えーと。鞄に予備のぉ――」
瀬野社長はじりじりと下がった晴子の手首を掴んだ。
「無いようだな」
「しゃ、社長様?」
「何だ?」
「えーっと、幻覚でしょうか。わ、わたくし、社長の頭から獰猛な獣の耳が生えているように見えるのですが?」
社長の気を逸らそうと晴子は冗談っぽくそう言った。
「ハロウィンだからな。気にする奴もいないだろう」
「なるほど、そっか。……で、ではなくてっ! なぜこんなに距離が近いのかなぁと」
いつの間にか腰に回された社長の腕に晴子は顔を引きつらせながら笑う。
「目の前にスイーツがあって、なぜ食べないのか」
「しゃ、社長様! スイーツの正しい愛で方はまず写真を撮ってですねっ」
「食べてこその価値。食べないのは侮辱だ」
「それとこれとは! ――そ! そもそも今は仕事中ですよ!?」
「勤務時間は過ぎた」
全て晴子の言葉を取って切り替えされる。
「他に言い残すことは?」
美しき魔性の獣は冷たく笑った。晴子の肌はざわりと粟立つ。
「ひぃっ! た、助けて! 助けて、神様ー!」
「あいにく今月は皆、出雲に出張中だ」
「そ、そんなっ!?」
「諦めて大人しく喰われろ」
社長は晴子の後頭部の髪に手を差し込んで彼女の顔を引き寄せると、帽子がぽさりと足元に落ちた。
「ま、待って待って! 社長、ま――っ」
こうしてお菓子をねだる魔女は人間に戻り、腹を空かせた狼男によって喰われたのだった。
(終)




