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かしこまりました、社長様  作者: じゅり
― 本編 ―
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05.スイーツは元気の源です

 家の中へとご招待を受けたその後、通された部屋にて優華さんとお母様の指示の下に着替えやらメイクやらを施された。ドレスコードというものだろうと思って我慢する。


 派手な格好になりませんようにと願っていたら、さすがに家族間内の食事会という事もあり、また元々のセンスが高いのだろう、清楚なワンピースに似合う姿で上品に仕立て上げられた。メイクもナチュラルメイクだ。


「お綺麗ですわ、晴子様!」

「あ、ありがとう」

「ええ、服もとてもよくお似合いだし、お綺麗だわ。さあ、貴之たちにお披露目と参りましょう」


 や。お披露目とかして頂かなくていいです、断じて。そもそも今日の主役は私ではないのですから。

 そう思うのに優華さんにずるずると引きずられて行く。優華さん、力持ち過ぎます……。


「おぉっ、先ほどは先ほどで素朴な美しさで良かったけど、今の姿もお美しいですね」

「ああ、綺麗になったね晴子さん」


 お父様、言葉を選んで下さってありがとうございます。ちなみに悠貴さん、笑顔ですけど棒読みっぽいですね。ああすみません、私の被害妄想ですか?


「それでどうですか、お兄様っ!」


 どこか誇らしげにそう言う優華さんの言葉に振り返ると背後に社長の姿を認めた。


「……ああ」


 ん。了解です。


「ああ、って何なの、貴之。失礼でしょう。それにきちんと言葉にしないと伝わらないことも多いのよ」

「そうですわよ。口数の少なすぎる男性も嫌われますわよ」


 あ、あの、優華さんとお母様、強制してご感想頂くものでもございませんから……。それに私に嫌われた所で、社長にとっては精々蚊に刺された程度のものでしょう。全く問題無しだと思われます。


 苦笑いする私にお父様が取りなして、会食の時間だよと促してくれた。


 案内された部屋でまず目に飛び込んで来たのはドラマでしか見たことが無い、長テーブルに染み一つ無い真っ白なクロスが掛けられたダイニングテーブルだ。その上に銀食器だの、高級そうなお皿だのが揃えられており、横にフォークとナイフも添えられている。そして中央には色とりどりの花々で飾られていた。


 テーブルの真上には繊細そうな美しいシャンデリア、壁には美しい絵画が飾られ、大きな窓にはいかにも洋風なカーテンが掛けられている。足元にはこと細かい文様が描かれた絨毯、えーっと有名所はどこだっけ、ペルシャ? いや、今考える所はそこじゃない。おそらく何百万円もする高級カーペット思われる物が敷かれている。


 ここはノーベル賞の晩餐会会場かっ! やばい。ここで食べ物が喉に通る自信はない。しかも瀬野家財閥のご当主様、お祖母様がやって来るのよ。食事も無理なら会話も無理だわ。ええ、無理。私、オワった……。


 目まいでぐらぐらしていると肩を手で支えてくれた社長が背後でぼそりと呟いた。


「心配するな。いつもの君でいられる物をちゃんと用意している」


 それって、何ぞや?

 そう尋ねる前に、社長は興味を引かれて少し緊張が緩んだ私から離れると席に着く。


「ではお座りなって。晴子さんはわたくしの横にどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 お母様に促されてまずは着席する。って、何でこんなご当主様がお座りになるだろう、お誕生日席から近い上座なんだぁぁと涙目になるが、よくよく考えると社長は長男さんだからこの位置なのかと気付いた。向かい側に社長が座っている。


 あーもー。しれっとした顔しちゃってさ。こっちは今にも気を失いそうで、必死に自分を保っていると言うのに。下まで垂れたテーブルクロスの中で足を蹴飛ばしてやろうか。……あ、そっか。相手は私の上司でもあり、会社の主、社長様だから無理だったわ。


 優華さんが、晴子様はわたくしのお隣ですわねと嬉しそうに笑ってくれるのだけが救いです。そしてこんなに慕ってくれる優華さんのためにも無様な姿だけは見せてはならないと決意を新たにする。


 そう気合いを入れていると、瀬野財閥の大黒柱、ご当主様の登場だ。執事の江藤さんに車椅子を引かれて入ってくる姿は凜としていて、空気を一変させる。その風格のせいだろう。脳内補完で雅楽のような空気を清らかにして、神聖の場にするような音が聞こえてくるから不思議だ。


 私は一瞬反応が遅れて立ち上がった。やばいやばい。見とれている場合では無かった。

 ご当主様が席に着き、次々とご家族の方々が挨拶をする。そして次に悠貴さんが余裕の笑みをもって口を開いた。


「本日お招き頂き、ありがとうございます」

「こちらこそ。悠貴さんもお忙しい中、感謝するわ。ありがとう」


 そうか。悠貴さんはお招きを受けたのね。優華さんの婚約者だから当然か。一方、私の場合は招待を受けたわけではないのだけど、さてどうしようか。血の気がざあざあ引いていますよ。


 ご当主様と悠貴さんとの会話をかろうじて笑みを貼り付けたままドキドキしながら聞いていると、二人の会話が終わった後、お父様が紹介して下さいました。ありがとうございます、お父様。


 さすが家長様です。何と素晴らしい神対応。落涙ものです。


「ご、ご挨拶が遅れました」

「ええ。木津川晴子さんね」

「は、はい。ほ、本日は家族水入らずのお食事会とは知らず、た、大変失礼致しました」

「いいえ、あなたがお見えになることは聞いていたわ。それに以前から、一度あなたとお話ししたいと思っていたのよ」


 ゆったりした口調の中にも圧迫感を覚えて怯んでしまう。さすがの威厳だ。ひよっ子の私は当然敵うべくもない。


「そ、そうですか」


 ま、まさか社長秘書としての仕事ぶりを見極めたいという意図もあったりするのかな。


「それにどうせ貴之があなたに無理を言ったんでしょう」


 ご当主様、察し良うございますね。無理にと言うよりも、騙されて来たわけですが。


「え、い、いえ、その」


 とにかく漂う威圧感で息が詰まる。どう答えようか、しどろもどろになって社長を見るけれど、素知らぬ顔をしてみせるのみ。


 さすが社長様です。何と素晴らしい塩対応。落雷ものです!


 緊張と社長に対する苛立ちを拳に閉じ込めたその時。

 給仕さんが運ぶそれはもう美味しそうなお菓子たちに気付いて瞳が煌めき、頬が紅潮した。何と見目もよろしい素晴らしいスイーツの数々っ! これぞ芸術の宝庫である!


 活力を得た私は元気よく力一杯お答えした。


「と、とんでもない事でございますっ!」


 社長はふっと笑い、そして私の様子を見ていたこの場にいる全員が、ああ菓子に釣られたんだーと思ったと言う。



 食事会が開始して最初は緊張したものの、主に優華さんの大学生活のお話などで花が咲き、こちらまで心が癒される。会話中も優華さんは笑みが多く、彼女が今の生活に満喫しているようで何よりだなと温かい気持ちになれた。ご家族がそんな優華さんを温かい目で見守っているのが素敵だと思うし、時折優華さんがこちらを見てにっこり笑みを向けてくれるのがまた嬉しい。


 思わずこちらもにこにこしてしまった。


「優華がここまで明るくなれたのはどうやら晴子さんのおかげみたいだね。いやいい、私には言わなくても分かるよ」


 え、あ、そう、そうですか。と言うか、お父様、いつの間にか晴子さん呼びになっておられますがそれは……。いや、いいんですよ。


「私は海外出張が多くてね、幼い頃からずっと子供たちに構ってやれなかった事を本当に申し訳なく、後悔していたんだ。中でも優華はこう見えてとても繊細な子でね。優しい子で何でも極限まで我慢して我慢して、そしてふさぎ込んでしまうタイプなんだ」

「……お父様。そんなお話、ここでなさらなくても」


 優華さんはお父様に向けて困ったように微笑する。


「いや。優華、言わせておくれ。ずっと優華の事を可哀想な子だと思っていた私だったんだ。だけど少し目を離している隙にこんな明るい笑顔をできる子になって、驚きと共に自分にはさせてやれなかった悔しさとそして喜びで本当に仕方がないんだ。晴子さん、ありがとう、本当にありがとう」

「……私もそうだわ。晴子さん、ありがとう」

「えっ!? そ、そんな!」


 ご両親から感謝の言葉を述べられて、私は慌てて否定する。何よりも優華さんが努力したからだ。


「と、とんでもない事です。全ては優華さんの努力の賜物ですから」

「き、君は本当に良い人だねぇぇ。優華は幸せだね。こんな人に出会えて、うん良かった良かった。ありがとぉぉぉ」


 お、お父様、泣き上戸? あるいは布巾で目元を拭うお父様はもしかしてもう酔っ払っていらっしゃるのでしょうか……。それにしても何とお茶目な方だろう。


「お父様、晴子様がびっくりなさっているではありませんか」

「ああ、すまないね」

「もうあなたったら。ごめんなさいね。この人ったら、歳を取って涙腺が弱くなったのだわ」

「あ、い、いえ、そんな」


 優華さんからお母様の流れで、私は大丈夫ですと笑みを浮かべた。


 そんな和やかな雰囲気が続くかと思われた頃。

 ただ黙って話を聞いていたご当主様が社長についと視線を送るのが目に入った。そして社長はそれを受けてぴくりと眉を上げると、周りの空気が冷えた……気がした。


 不意に張り詰める空気に、私はこくんと息を呑んだ。

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