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かしこまりました、社長様  作者: じゅり
― 本編 ―
33/57

33.友達のハグ

 松宮君と夕食を共にした次の日。


「づかちゃーん」

「あ、おはよう、黒田君」


 廊下に出ていた黒田君がひらひらと手を振って、朝の挨拶をしてきた。


「うん、おはよ」

「黒田君、何だか少しだるそうね」

「んー、ちょっと眠い」


 その表情がアンニュイなるものを生み出すのか。イケメンは眠そうでもアンニュイとか良い表現にされるから得だね。私だったら単に寝不足かと聞かれるのがオチだろう。


「仕事大変だったの?」

「ううん。単なる夜更かし」

「あそ……」

「そう言えば昨日見ちゃったんだけどさ、づかちゃんが道ばたで抱きついていた若い男って誰?」

「なっ!? み、見ていたの? どこから?」


 ぎょっとして黒田君を見た。しかも抱きついていたとは言葉が悪いです! ……あれ? 抱きついたのは間違いないか。


「部屋から」

「まさか。見えるわけがないでしょ」


 君はマサイ族か! 地上からこの階まで何メートルの高さがあると思っているのよ。……私も知らないけど。


「あ、俺、視力2.0以上あるから」

「はあっ!? 目を酷使するシステムエンジニアの君が?」


 いや、それにしたってね。さすがに見えないでしょうよ。


「そー。天は二物も三物も与えちゃうんだな。参ったね」

「おかげで一物ももらえない人間もいるんですよね……って、うるさいよ」


 容姿良し、頭良しと本当に色々持っている人が言うと腹が立つなーっ。


「何にも言ってないじゃん。まあ、本当は外に向けて付けられている監視カメラの映像を繋いで見たんだけどさ。それより誰、あの男」


 え? 今、何かさらりと怖い事言わなかったですか?


「ねえ、誰」

「え、ああ。お友達よ」

「づかちゃんは友達だったら抱きつくんだ?」

「え、いや、あれはね。ちょっと感激って言うか」


 わ、若い男の子に対してのセクハラと見えたのだろうか。でもあの時は、天の助けが現れたと思って嬉しくなって抱きついてしまったんだよね。もちろん助けを求める為に近くで囁く必要もあったし、と自分の中で色々言い訳してみる。


「ふ、普段はそう容易くべたべた触らないって言うか。あ、あくまでも突発的で」


 あ、それがセクハラか。み、未成年に手を出したらどうなるんだろう。まさか捕まっちゃう? やだよ。これ以上、罪を重ねたくないよ。

 しどろもどろになっていると、黒田君がいきなり抱きついてきた。


「ぎゃあーっ!? いきなり何してんのーっ!」

「やー、俺も友達だからハグでもしようかと思って」


 友達だからハグでもしようかと思ってって、どういう理屈!?


「あなたがやるとシャレになんないわよっ」


 ばたばた暴れているとさらに腕に力を込めてくる。


「へー。俺でも男だと意識してくれているの?」

「そ、そうじゃなくて。周りがって事よ。そもそもあなたこそ私を女扱いしていないでしょうが」

「あれ? づかちゃん、俺に女扱いしてほしかったの?」


 意外そうな声で黒田君は言った。


「いえ、別にそうとは言っていないけど」

「あっそ」 


 黒田君はさらにぎゅっと力を込めてきた。


「痛い痛いっ! 痛いってば。黒田君、締め付けないでっ」

「いやー、ごめん。何かちょっと今、むかついたから」


 うーっ、力を込めてみても抜け出せない。顔立ちからして華奢っぽいのに力があるんだな。それにしても彼からは爽やかな石鹸の香りがする。……などと、のんきに考えている場合じゃない。こんな所、人に見られたらまずい。よく分からないけど、ここはひとまず謝っておこう。


「ごめんなさい。私が悪かったです。許して下さい」

「何に謝っているのか分かってないでしょ。――まあ、所詮はづかちゃんだし、許すよ」


 所詮はづかちゃんって、どういう意味だ? あんまり良い意味ではないことは確かだ。


「あのー、だったら黒田君、そろそろ放してほしいんだ――」

「……あのさ、づかちゃん」


 黒田君は私の言葉を遮る。


「え?」

「昨日、そのお友達とは別に横にいた男、鷹見財閥の御曹司である鷹見一樹社長だよね」


 そう耳元に低く囁いてくる。うわっ、くすぐったい。


「あ、うん。よく知っているね」


 一体どの辺りから見られていたんだろう。

 黒田君はあっさり言うねとなぜかため息を吐いた。


「あ、あのね、耳元でため息を吐くのやめてー」


 黒田君はそれには答えないで構わず耳元に囁く。


「瀬野社長に近付くなとか言われなかった?」

「言われた……けど、でも」


 鷹見社長が神出鬼没な上にかなり強引な方でして……。


「だよね。瀬野社長の言うことを聞かない悪い子はキツイお仕置きをされるかもよ? あの人、人前ではほとんど感情の揺れを見せないけど意外と嫉妬深そうだからね」

「……え?」


 私は黒田君の方に顔を向けて聞こうとしたその時。


「何をしている」


 ぞくりとするほど低く冷たい声が背後から聞こえてきた。この声は……。


「あ、瀬野社長、おはようございます」


 ……ですよねー。はは、ですよねー。うん、知ってた。


 黒田君が楽しそうに言うのが何だか無性に腹立たしい。それでも黒田君から解放された私は振り返って、おはようございますと社長に頭を下げた。


「こんな所でこのような行動をしては他の社員に示しがつかないだろう」

「すみませーん」


 はいはいもう恐いなーと笑いながら黒田君は両手を挙げると、そう謝った。謝り方があまりにも軽いよ、あなた。


「木津川君、君もだ」


 え。うそ、私もですか!? あの、抱きつかれて逃げ出せなかっただけなんですけど……。

 けれど社長の鋭い眼光に気圧されて、小さくなって謝る。


「す、すみません……」

「……君たちはこんな所で何をやっていたんだ」

「あ。昨日ですね。づかちゃん、木津川さんが道ばたで若い男と抱き合っていたので再現していたんですよ」

「ちょっ!?」


 何て事を言うの!? 抱き合ってって、言葉に尾ひれ付いているし!

 社長の突き刺してくる視線が痛いです。


「あ、違った。づかちゃんが一方的に抱きしめていたんだっけ?」


 真実は時に自分の首を絞めてしまうようです……。


「ち、違いますよっ。あ、いや、違わないんですけど、あ、相手は松宮君です」

「……松宮。ああ、彼か」

「ひ、久々に会ったので」

「そうだよね。づかちゃんは友達だったらハグしちゃうんだよね?」


 黒田君、言い方っ! その言い方っ! いつもしているみたいに言わないで。


「し、しないよ!」

「そう? 前にづかちゃん、俺にもハグしたよね?」

「……ん?」


 そんな事、したっけ? あ、あれ? そう言えばパソコンのデータを回復してくれた時に、だ、抱きついたっけ?


「い、いや。し、してない……んじゃないかなぁ」

「誤魔化したいんだったら、もう少し上手くやりなよ」


 視線が泳ぐ私に黒田君は苦笑し、社長はため息を吐いた。


「黒田君もそろそろ始業時間だ。持ち場に戻れ」

「はーい。承知致しました」


 黒田君は肩をすくめた。


「じゃあ、づかちゃん、またね」

「うん」


 黒田君が去って行くと、廊下には社長と私二人残される。な、何だか気まずいな。

 そう思っていると社長の方が口を開いた。


「……松宮君とは何の用だったんだ?」

「え、あ……」


 彼の事を詳しく話すと必然的に鷹見社長の事も話さなければならなくなる。黒田君が恐ろしい事を言っていたからここは話さない方がいいかもしれない。松宮君の事を軽く伝えるだけにしておこう。


「い、いえ、会社を出た所で偶然出会って、夕食を一緒にしてきただけです」

「……そうか」

「は、はい」


 誤魔化せた! のだろうか……。


「で、では参りましょうか」


 私はこれ以上追求されないように早足で先導した所、ずきりと足首に痛みが走って一瞬ぐらりと身体が傾いたが、社長が後ろから腕を取ってくれた。


「まだ治っていないんだ。無茶するな」

「……も、申し訳、ございません」

「いや」


 少し呆れたように微笑する社長に隠し事をしている後ろめたさを感じた。


 この時、社長にきちんと説明しておけば、また違った道になったのではないかと思う。けれど私は一時凌ぎの道に逃げて、自ら荊の道へと入って行ったのだった。

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