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かしこまりました、社長様  作者: じゅり
― 本編 ―
27/57

27.目覚めたら記憶喪失でした?

 鈍く重苦しい身体の痛みに目が覚めたら、見慣れない天井と身体に馴染まないベッドの感触に気付いた。慌てて身体を起こしてみようとするも、軋む身体にすぐにベッドへと逆戻りとなってしまう。頭や腕には包帯が巻かれていて、そして左足首も包帯が巻かれているようで、少し動きが悪い。全身の筋肉痛のような鈍い痛みもこの怪我をした時にできたものだろうと推測される。


 そう。それはまるで以前、私が優華さんになった時と同じ状況、デジャヴというやつで。


「…………。って、えっ!?」


 もう一度がばりと起き上がってみる。


「あたたっ」

「あ、こらっ。いきなり起き上がっちゃ駄目よ」


 私の声に振り返った女性は白衣を着た美人さんだった。私をゆっくりと起こしてくれる。

 そこはかとなく漂う薬品臭と合わせて考えると――。


「こ、ここは……病院ですか?」

「医務室よ。社内の医務室」

「へっ? 医務室?」


 社内に医務室ってあったんだ……。そっか、あったかもしれない。


「私、どうしてここに」

「階段から落ちて、軽い脳震盪を起こしたようね」

「階段……」


 そう言えば優華さんの中にいた時、階段から突き落とされた事もあったな。何だか階段がトラウマになりそうだ……。


「でも見たところ頭の外傷はないみたい。たんこぶも無いし。打ち所が良かったのね」


 そう言われて頭の辺りを触ってみると、包帯が巻かれていると錯覚していたが、何も巻かれていなかった。そして腕にも。以前の記憶が混在していたのかもしれない。どちらにしろ鈍い痛みはあるものの、大した事はないようで良かった。


「だけど念の為に、病院に行った方がいいわ」

「いえ、大丈夫そうです。――いたっ!?」


 少し動いてみたら、ずくんと足首が痛んだ。シーツから足を出してみると、左足首に包帯が巻かれていた。こちらは本物だったようだ。


「あ。足は少し捻ったようね。腫れていたから処置しておいたわ」

「……ありがとうございます」


 私は頭を下げた。

 ところでここに連れてきてくれたのは誰だろう。


「あの……ここへ誰が連れてきてくれたのでしょう。男の方ですよね」

「ああ、聞いたんだけど名前も言わずに去って行ったわよ」


 一体誰だ、そのドラマのようなヒーローは。


「と言うわけで、通行人Aか、野次馬Aという事でいいんじゃないかしら」


 やってくれた事はヒーローなのに、扱いが何と粗雑な事よ……。だけどお礼を言いたかったんだけどな。


「その後、社長が医務室に駆け込んでいらしたわ」

「……へ? い、今、誰とおっしゃいました?」

「社長よ、瀬野社長」

「え゛……」


 あわわっ。しゃ、社長様まで駆り出してしまった……。


「あなた一度意識を取り戻したんだけど、覚えてない? 社長に問われて大丈夫ですって答えていたわよ」

「い、いえ……」


 無意識って怖いな……。


「その後、睡眠不足だったようで『お母さん、あと五分だけ眠らせてー』と言って、そのまま眠り込んでしまったけど」


 ぎゃーっ。意識を失ったのではなくて、睡眠不足で眠ったとか恥ずかしすぎるっ。しかもお母さんとか! ……と言うか今何時?

 腕時計に目を落とすと、時計の針は午後五時半近くを指していた。


「えっ!? ご、五時半!?」

「起きるまでそのままにしておいてくれと社長がおっしゃったから起こさなかったわ」


 それにしたって、五時半ですよ。起こして下さいよぉ……。


「ねえねえ。社長って間近で見てもやっぱりイイ男よねぇ。うっとりしちゃった。だけど社長って冷静沈着のイメージしか無いのに、あれほど取り乱しているのは初めて見たわ」


 と言ってもあまり社長を知っているわけでもないんだけどねと彼女は笑う。


 あれほど、っていかほどの物か。……でもそっか。以前、事故を起こして昏睡状態になっていた事があったから、相当心配を掛けてしまったに違いない。


「ありがとうございました。戻りますね」

「ええ。分かったわ。お大事にね。あ、でも病院にはちゃんと行かなきゃ駄目よ」

「はい」


 大丈夫だから行かないけど返事だけはしておく。


「ちゃんと行きなさいね」


 念を押す彼女。……何で分かった。超能力者ですか。

 私は苦笑いして謝罪とお礼を述べた。


 医務室を出て歩くと足の痛みが地味に響いてくる。しばらく走ることは難しそうだ。これから余裕を持って早め早めに行動しよう。


 秘書室に戻ると、秘書さん方が駆け寄ってきたので頭を下げる。


「ご心配おかけしました」

「木津川さん、平気? 災難だったわね」

「頭とか打たなかった? 大丈夫? 痛む?」

「無理しないで下さい」

「大きな怪我もないみたいだし、不幸中の幸いではあるわね」

「瀬野先輩……」


 最後に伊藤さんが声を掛けてきた。


「あ、伊藤さんもごめんなさいね。心配を掛けてしまったようで」

「……え? あの――」


 彼女は少し眉をひそめた。


「さあ、社長にご報告して来なさい。心配していらしたわよ」

「はい。では、社長にご報告してきます」

「ええ、行ってらっしゃい」


 菅原室長にそう後押しを受けて、私は社長室へと向かった。そしてコンコンとノックして返答を受け、社長室へと入る。


「失礼致します」

「木津川君、大丈夫だったか」


 社長はすぐさま席から立ち上がった。余程心配を掛けていたと見える。申し訳ないな……。

 身体を小さくして謝る。


「は、はい。申し訳ございません。ご心配おかけしました。幸い、どこも怪我をしていないようでして」


 あ、足は怪我していたっけ。まあ、それくらいの報告は抜けてもいいか。


「そうか。それは良かった。だが念の為、これから病院へ行け」

「大袈裟ですよ。たんこぶ一つできませんでしたから。それにこの時間だったらもう診察終わっているでしょうし」


 町の診療所なら午後診があるかもしれないけれど、調べてまで行く必要ないや。多少頭は重いけど痛むわけでもないし。


「ご迷惑をおかけ致しました。それでは業務に戻ります」


 仕事の遅れを取り戻さなくちゃ。

 会釈して退室しようとしたところ、社長に止められる。


「待て」

「はい?」


 社長はジャケットを引っかけ、大股でこちらにやって来たかと思うと私の手を掴んだ。

 え? な、何?


「しゃ、社長?」

「病院に連れて行く」

「え? で、でも。ほ、本当に大丈夫ですよ? 別に頭も痛みませんし、外傷もないそうですから」

「念の為だ」

「え、でも」


 社長は決して強すぎる事はないが、それでも有無を言わさず手を引っ張り、社長室を出ると私のデスクに近寄って鞄を取った。


「え、あの」

「診察が終わったらそのまま直帰する」

「え、ですから、あの」


 ちょっと待って。仕事がますます遅れてしまう。

 思わずデスクに手を伸ばす私に社長が呆れた様に言った。


「今日が期限の仕事は渡した事はない」

「でも」

「でもは無しだ。行くぞ」

「あ、あの、社長!? 本当に大丈夫ですから放してく、下さいっ!?」


 少し足を踏ん張ってみるとずきんと痛みが来た。……ううっ、痛い。


「黙って付いて来ないと担ぎ上げて歩くぞ」


 か、担ぎ上げ!? もしやそれは肩に乗せる米俵担ぎって事ですかっ!? 米俵姿はあまりにも格好悪すぎです。


「……分かりました」


 そして手を引かれて仕方なくデスクを離れると、皆がいる秘書室に入る。社長は菅原室長に声を掛けた。


「病院に行く。後は頼む」

「はい。では本日はもうお戻りになりませんね」

「ああ」

「はい、かしこまりました」


 え? もしかして。しゃ、社長も帰るの? 時間的には確かにもう終業時刻は迫っているけど、社長はいつも残業ですよね。と同時に私もですけど! あ、だから? ……いや、だからって意味が分からない。

 うまく頭が回らないようだ。 


「木津川さん、ちゃんと診てもらうのよ? 後のことは任せて」

「え、あの、室長」

「無理しちゃ駄目よ」

「お大事にね。また明日、木津川ちゃん」

「お大事になさって下さい。お疲れ様です」

「あ、ありがとうございます。では、よろしくお願い致します」


 次々に声を掛けられて私は頷いた。


「……先輩、お大事になさって下さい」

「あ、ありがとう」


 最後、伊藤さんにお礼を言っていると、社長は少し手を引っ張る。


「……行くぞ」

「え、あ、はい」


 私は皆に会釈すると、社長に引かれるまま廊下へと出た。


「あの、社長」

「何だ」

「か、考えたんですけど。私一人でも……行けますよ?」


 だから。ちゃんと一人でも行きますから、社長はお戻り下さいと暗にほのめかしてみる。

 しかし社長はそれには答えず、私の辿々しい歩き方に気付いたようで足を止める。そして私の足を一瞥すると眉をひそめた。


「もしかして足を痛めているのか?」

「え、あ、いえ」

「動かしてみろ」

「え、いえ。大した事では」


 社長は手を振って否定する私にため息を吐いて、身を屈めると私のズボンの裾を上げる。

 え、ちょっ、社長、セクハラですよ! などとイケメン社長を前に言った所で説得力の欠片もないのだけど。


「――った!」


 見るだけでなく、足首に触れるとは。こんな所業ができるのは、ただしイケメンに限る、ですよっ。いや違った。イケメンだからって許される所業じゃないんですよっ。


「大した事のようだな。抱いて行こう」


 こっ、米俵の出荷キタぁぁーっ! い、嫌だぁぁー。それくらいならいっそうの事、リヤカーにでも荷馬車にでも乗せて出荷して下さいっ!


「い、イエっ! と、とんでもない事でございますっ。全くと言うほど痛めておりませんっ!」


 両手を見せてぶんぶん頭を振る。あ、振りすぎてクラクラしてきた。


「やめろ。頭を打っているんだ。振るな」


 社長は真剣な瞳でそう制止しながら、鞄を私に押しつけてきた。


 いや、押しつけてきたも何もずっと社長に私の鞄を持たせていたのね。すみませんと言って受け取り、肩に掛けた。と思うや否や社長の腕が私の背中に回り、膝裏を取られ、ふわりと身体が浮き上がった。


 …………はっ!?

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