59話 遅れた英雄
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!!」
隣を見ると、アルティナが膝に手をついて、肩で息をしていた。
剣を持つのもしんどい、といった感じだ。
「大丈夫か?」
「だい……じょうぶ、だけどぉ……あーっ、疲れたぁ……」
しんどそうな吐息をこぼして、アルティナは、その場にへたりこんでしまう。
それから、なぜか恨みがましい視線をこちらに。
「師匠は、なんで平然としているわけ?」
「どういう意味だ?」
「あの無茶苦茶な一撃を受けて、でたらめなカウンターを叩き込んで……あたし、もう体力も気力も精神力も、なにもかも空っぽなんだけど。正直、しばらくは自力で歩けなさそう。それなのに師匠は……これから散歩に行きます♪ みたいな感じで、なんで平然としているのよ?」
「いや、俺も疲れているぞ?」
「ぜんぜん、そうは見えないんだけど……」
「たまたまだよ、たまたま。アルティナの方が圧倒的に若いんだから、体力はアルティナの方が上さ」
「……なんか、師匠にそう言われると、めっちゃむかつく。あたしの方が若くないみたい」
「いや、そんなことは……」
「ってか、体力お化けの師匠と比べる方がおかしいわね、うん。あたしは問題ない。師匠の体力がおかしいだけ。ぜーんぶ、師匠のせい」
なぜ、俺は叱られているのだろう……?
「なにはともあれ」
俺はしゃがみ、拳を突き出した。
「やったな」
「……ええ♪」
コツンと拳を合わせて……
それから、パンとタッチをした。
――――――――――
「我らの街、エストランテの英雄ガイに……かんぱーーーい!」
「「「かんぱーーーいっ!!!」
事件の後始末が終わり。
壊れた広場や建物の修理が終わり。
そのタイミングで、宴が開かれることになった。
最近、宴が開かれてばかりだけど……
今回はセリスの提案だ。
治世に関わる、領主に近い立場の貴族が逮捕されることになった。
人々に大きな動揺を与えてしまう。
それと、悪印象を与えてしまうことも避けられない。
だから、セリスは宴を開いた。
人々の悪印象を和らげる狙いと、あと、ハイネ達を野放しにしてきたことを素直に謝罪する機会を得るためだ。
その狙いは成功して……
宴が始まる前に、セリスは人々の前に姿を見せて深く頭を下げた。
人々はその謝罪を受け入れた。
むしろ、領主がそこまでしてくれるのかと感動して、さらに信頼を注ぐように。
彼女は、元々、人々に信頼されていた。
だからこそ、今回の言葉と謝罪も届いたわけで……
今後、さらに良き領主として支持を得るだろう。
得るだろうと思われているのだけど……
「飲んでますかー!?」
「飲んでますかー!?」
「え、あれ? 二人共……」
リリーナとセリスがジョッキを片手に顔を赤くしていた。
相当酔っているらしく、様子がおかしい。
セリスは、こんな姿を見せて大丈夫なのか?
人々に呆れられたりしないか?
……そんな心配を抱くものの、それは杞憂だ。
むしろ、親しみやすく可愛いと、さらに人気が上昇するのは後の話だ。
「さすが、わたくしの見込んだ方。グルヴェイグ家の陰謀を暴くだけではなくて、あれほどの化け物を討伐してしまうなんて」
「さすがですね! 最初の登録を担当できて、受付嬢として誇らしいです!」
「素敵です、結婚してください!」
「最高です、結婚してください!」
「あはは……二人共、お酒はほどほどにした方がいいぞ?」
「「酔ってませーーーん」」
ダメだ、かなり酔っているな。
おっさんに求婚するなんて、相当だ。
本当なら、飲みすぎないように、と注意するところなんだけど……
まあ、今日くらいはいいか。
以前は、この街はどこか暗い雰囲気に包まれていた。
ハイネとシグルーンが好き勝手していたせいだろう。
でも、ハイネは逮捕されて、シグルーンはもういない。
これからはセリスが指揮を取り、良い方向へ導いてくれるだろう。
そんな記念すべき1日目なのだから、少しくらいはハメを外してもいいだろう。
「「もっと、おかわりくださーーーい!!!」」
……やっぱりダメかもしれない。
「ふぅ……師匠、おつかれさま。飲んでる?」
今度はアルティナがやってきた。
さきの二人ほど酔っていないらしく、ちゃんと会話が成立する。
先の失敗で懲りたのだろうか?
「ちまちまとやらせてもらっているよ。お、このピーナッツ美味しいな」
「そこのチキンもいけるわよ。ボリュームはあるけど、味が濃いからお酒にぴったり」
「なら、いただこうかな」
美味しい料理を食べて、酒を飲んで。
穏やかで、でも楽しい時間が流れていく。
ずっと、こんな時間に浸っていたい。
「ねえ、師匠」
「うん?」
「あたし……がんばるから」
「突然、どうしたんだ?」
「今回の件で、改めて師匠のすごさを思い知らされたというか、自分の未熟さを知ったというか……だから、もっともっとがんばらないと、って思ったの」
「そっか」
ぽんぽんと頭を撫でた。
「アルティナは努力家だ。きっと、うまくいくよ」
「うん、ありがと」
「俺なんて、明日にでも越えられるさ」
「それは無理」
真顔で即答されてしまう。
「師匠には、一生をかけても追いつけるかどうか……」
「はは、大げさだなあ。俺みたいなおっさんなんて、大したことはないさ」
「まったく、その自己評価の低さはどうしたものか。でもまあ」
アルティナは微笑みつつ、そっと寄りかかってきた。
「アルティナ……?」
「今だけは、あたしの師匠として、師匠を独占してもいい?」
「……ああ、いいよ」
「やった♪」
――――――――――
……この日、一人の英雄が誕生した。
街を覆う暗闇を晴らして、天災級の事件を何度も退けた冒険者。
その者は齢40でありながら、剣聖を超える活躍を見せたという。
故に、人々は彼をこう呼んだ。
『遅れた英雄』……と。
ここで終わりにしようかな、と思っていたのですが……
たくさんの応援をいただいているので、もう少し続けようと思います。
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