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35話 笑ってほしい

「今回は、本当に申しわけありませんでした……!!!」


 盗賊達を捕縛して、アルティナを起こして……

 それから街へ戻り、後処理を。


 その後、ギルドに赴くと、リリーナに思い切り頭を下げられてしまう。


「ガイさんが請けた依頼主が犯罪者であったこと、見抜くことができなかったギルドの落ち度です! 謝罪して済むことでないことは重々に承知しているのですが……本当に申しわけありません!!!」

「あ、いや。そこまで気にしないでほしい。ギドは、色々な小細工をしていたんだろう? なら、気づくことができなかったとしても仕方ない」

「いえ、そういうわけにはいきません。冒険者ギルドは仲介料をいただく代わりに、冒険者の方々に適性で適切な依頼を紹介することが、その目的です。それなのに、その当たり前ができないなんて……ただただ恥じるばかりです」

「むぅ」


 俺としては、本当に気にしていないのだけどな。


 俺は無事、アルティナも無事。

 そして、盗賊達を捕まえることができた。


 ギドは取り逃がしてしまったものの……

 あの怪我なら、魔物に襲われているだろう。

 まず助かることはない。


 万が一、生き延びたとしても、情報は共有されて指名手配されるらしいから、もう悪事を働くことはできないだろう。


 結果オーライというやつだ。


「シグルーンさんの件もそうですが、ガイさんには迷惑をかけてばかりで……」


 リリーナは深く自分を責めているようだ。


 俺は気にしていないが……

 なにかしら慰謝料を要求しないと、けじめがつかないのかもしれないな。


「そうだな……なら今度、街の美味しい店を教えてくれないか? リリーナに案内してほしい」

「え? で、ですがそれは、私のご褒美になってしまうのですが……」


 なんで、案内してもらうだけなのにご褒美になるんだ?


 休日を使うことになる。

 休日出勤なんて、面倒なだけでしかないと思うのだが。


「まあ……それで足りないなら、なにか美味しい依頼を紹介してくれれば、それでいいさ。俺は、それ以上を求める気はない」

「し、しかし……」

「なら、これも追加で。あまり気にしないこと。気にしすぎるなら、俺は、許せなくなってしまうな。ほら、気にしないことが一番だ」

「そんな無茶苦茶な……」

「ダメかい?」

「……いえ。ガイさんの優しさに感謝します。本当にありがとうございます」


 もう一度、リリーナは深く頭を下げた。


「もう……本当に、ガイさんは優しいんですね」

「そんなことはないさ。俺だって……怒る時は怒る」


 盗賊達と戦った時のことを思い返した。


 あの時は怒りに飲まれ、鬼になりかけた。

 あれはダメだ。

 剣の道を見失ってはならない。


 俺もまだまだ修行が足りないな。


「ありがとうございます、ガイさん」

「いいさ」

「その……せめて、個人的な謝罪というか、許していただいたお礼というか……そういう感謝の気持ちを捧げたいのですが」

「気にしなくてもいいんだけど……わかった。俺は、どうすればいい?」

「少し顔を寄せてくれませんか?」

「こうか?」

「……んっ……」


 そっと頬に触れる柔らかい感触。

 これは……


「い、今のは……」

「ふふ。機会があれば、もっと色々なことをさせてくださいね♪」


 そう微笑むリリーナは、どこか妖艶に見えてしまうのだった。




――――――――――




「さて、今日はもう依頼って感じじゃないな」


 ギルドを後にして、空を見る。

 まだ陽は高いものの、色々とあって疲れてしまったため、休みにしよう。


 幸いというべきか、ギドと盗賊の一件で、かなりの報奨金をもらうことができた。

 しばらくは生活に困らないだろう。


「アルティナ、遅くなったけどごはんにしようか。なにか食べたものはあるかい?」

「……」

「ふむ」


 ギドと盗賊の一件以来、アルティナは元気がない。

 ギルドに赴いた時も、ずっと黙っていた。


 してやられたことを気にしているのだろうか?

 あるいは……


「アルティナ、どうしたんだ?」


 考えるよりも聞いた方が早いと、率直に尋ねてみることにした。


「元気がないぞ」

「それは……」

「もしかして、ギド達にしてやられたことを気にしているのか?」

「それは……少しあるわ」

「そっか。まあ、剣聖だろうとなんだろうと、失敗くらいする。要は、その失敗を次に活かせるかどうかだ。次、同じ失敗をしないようにすればいいんじゃないか?」

「……うん。ありがと、師匠」


 やっぱり元気がないままだ。

 他に理由が隠れていそうだな。


「元気がない理由はそれだけか? 師匠に話せないようなことか?」

「そんなことは……ない、けど……」


 迷うような間。

 ややあって、アルティナは泣きそうな顔をして、ぽつりぽつりと話す。


「あたし……師匠の足を引っ張っちゃった……」

「それは……」

「師匠の弟子として、一緒に戦わないといけないのに。足を引っ張るなんて、あっちゃダメなのに。でも、あたしは……」


 そっか。

 アルティナは、俺を危険に晒したと思い、それを酷く後悔して自分を責めているのだろう。


 優しい子だな。

 自分ではなくて、俺のことを一番に考えてくれている。

 なかなかできることじゃない。


「お願いっ、師匠! あたしに罰をあたえて!」

「罰?」

「このままじゃ、あたし、自分のことが許せない……あたしに都合がいい話っていうのはわかっているつもりだけど、でも、どうしても……だから、あたしをおしおきして!」

「むぅ」


 リリーナと同じで、アルティナも自分のことが許せないみたいだ。

 気にするな、で済ませるのではなくて、なにかしら罰を与えた方が良さそうだな。


 とはいえ、酷いことはできないから……


「じゃあ、笑ってくれ」

「え?」

「そんな泣きそうな顔をしないで、笑ってほしい。それが、罰だな」

「そ、そんなの罰にならないじゃない!」

「俺の裁量で決めることだろう?」

「だって、でも……そんなことじゃなくて、もっと酷いことでも、えっちなことでもいいのに! って、それはご褒美になっちゃうか……」


 今のは聞かなかったことにしておいた。


「あのな」


 ぽんと、アルティナの頭に手を乗せた。

 そのまま、ちょっと乱暴に撫でる。


「あっ、ひゃ……髪が」


 せっかく綺麗に整えた髪がぼさぼさに。

 でも、アルティナはされるがままだ。


「俺は大人だ」

「……あたしだって、大人よ」

「まだまだ子供だな。俺は、アルティナの倍以上生きているんだから、少しくらいの失敗は気にするな」

「でも……」

「なにかあった時は、大人を頼れ。必ずしも応えてくれるとは限らないが……俺は、絶対に応えてみせる。アルティナの師匠であることはもちろん、家族のように思っているからな」

「……師匠……」

「失敗を気にすることは仕方ない。でも、囚われすぎるな。そして、もっと周りを見て、自分を責めるのではなくて頼ることを覚えろ。それが、今回の講義だな」

「……はいっ!」


 アルティナはにじみかけていた涙を指先で拭い、とても元気な返事をした。


 うん。

 この様子なら問題なさそうだな。


「じゃあ、ごはんにするか。今日は、なにが食べたい?」

「あ、それなら、あたしに作らせて」

「アルティナが?」

「せめてものお詫びと……あと、感謝の気持ちよ」

「そういうことならお願いするよ」

「とびきり美味しいごはんを作るから、期待しててね♪」


 アルティナはにっこりと笑う。

 その笑顔は太陽のような輝きを取り戻していた。

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