200話 また
「それじゃあ、僕はいくよ」
もはや引き止める必要はない。
次に会う時は、たぶん、戦場だろう。
ただ……
「すまない。もう一つだけいいだろうか?」
「なんだい?」
「名前を教えてもらえないだろうか」
不思議と、彼の名前を聞いておきたいと思った。
「俺は、ガイ・グルヴェイグだ」
「ノアだよ」
微笑み。
ノアは、蜃気楼のように消えた。
――――――――――
人間が魔族と通じていた。
その事件はとてもセンセーショナルなものだけど……
それ故に、公にすることはできない。
このような事件が表に出れば、人々は大きな不安と恐怖を抱くだろう。
それだけではなくて、もしかしたらあの人も、という疑心暗鬼に陥ってしまうかもしれない。
そのような事態を避けるため、今回の事件は箝口令が敷かれることになった。
俺達は、魔法騎士団へ。
そこで箝口令についての書面にサインをすることに。
アルティナ達は不満そうにして。
プレシアは申しわけなさそうにして。
ただ、これはこれで仕方のないことだと、俺は納得していた。
そして……
――――――――――
「……と、いうわけです」
後日。
ソーンさんと合流して、事件のあらましを説明した。
裏切り者はいたが、プレシアの協力で逮捕することができた。
魔族の名前はノアで、彼は純粋に戦うことだけを望んているように思えた。
裏の繋がりは絶ったため、この後、わりと自由に行動できるだろう。
……そう伝えると、ソーンさんは難しい顔に。
「厄介だな」
「ですね」
「どうしたの、二人とも?」
アルティナが不思議そうな顔に。
「裏切り者は排除できたんだから、後は、そのノアっていう魔族を討伐するだけでしょう? 国の協力を得るなりして、大規模な部隊を派遣すればいいんじゃないの?」
「で、ありますね。話を聞いたところ、相手は一対一を望んでいるようでありますが……」
「わざわざそれに付き合う必要はないよね。人死にが出ている以上、呑気に試合なんてしていられないし」
三人の言うことはもっともな話だ。
大規模な攻勢に出て、一気に排除してしまうのが好ましい。
……排除できれば、の話になるが。
「みんなが言ったようなことは、誰でも考えられるようなことだ。当然、ノアという魔族も考えていないはずがない」
「その魔族は、それを承知しているのだろう」
「つまり……?」
小首を傾げるノドカに、俺なりの考えを伝える。
「ノアは、大規模な部隊が派遣されたとしても、そこで倒れるつもりはなくて、むしろ、全てを返り討ちにするだけの自信があるんだろう」
「そんなこと……」
アルティナが顔をしかめた。
ユミナも似たような反応だ。
俺が荒唐無稽な可能性を口にしているということは理解しているつもりだ。
ただ……
ノアと相対した時に感じた、本能的な危機感。
それと、恐怖。
間違いなく彼は強い。
俺よりも。
そして……たぶん、ソーンさんよりも。
そのような魔族なら、大規模な部隊を一人で相手することも不可能ではないかもしれない。
むしろ、当たり前なのかもしれない。
まだ確たることは言えない。
ただの予測で、それが外れている可能性もある。
ただ……
ノアという魔族は、決して侮っていい相手ではない。
欠片も楽観できず、ありとあらゆる最悪の事態を想定して動くべきと考えていた。
PCトラブルの影響で、次の一回、更新を休みます。




