199話 ただ戦うことを求めて
飄々とした様子を見せる魔族は目的を果たしたらしいけど、ここから逃げる様子はない。
かといって、襲いかかってくる様子もない。
単純に、じっとこちらを見ている。
……もしかして。
俺との会話を望んでいる、ということなのか?
「ところで、僕はあんたに興味がある。もう少し話をしないかい?」
「それは構わないが……」
本当に会話を望んでいた!?
「よかった、断られなくて。ああ、騙し討ちとかそんなつもりはないから、安心してくれ。まあ、完全に信用するなんて無理だろうから、構えたままでいいけどね」
「……いや」
俺は構えを解いた。
剣の柄から手を離す。
「話をするというのに、剣に手を伸ばすなんて無作法にもほどがある」
「へぇ」
「茶菓子を出してのんびり、といきたいところだが、それは勘弁してほしい。梨でもあればいいのだけど、このような状況なのでなしだ」
「?」
しまった。
魔族相手なら、と思ったのだけど、やはり親父ギャグは通じないようだ。
「そ、それで、話というのは?」
「あんたのことを知りたいな。まあ、のんびり話すような時間もなさそうだから……そうだね。剣のことについて聞きたい」
「俺の剣……のことだろうか?」
「ああ、そうだ。あんたの剣は、どんな剣なんだ? 流派は? 剣を始めて何年になる? 剣にも色々と種類があるが、得意なものは? 逆に苦手なものは?」
「ちょ、ちょっとまってくれ」
矢継ぎ早に質問されて、さすがに困ってしまう。
「ああ、すまない。僕の悪い癖だな。興味のあることは、ついついこうなる」
「そう……なのか」
「僕は剣が好きでね。剣で戦うことを、最高の喜びと感じている」
「ふむ」
わからない話でもなかった。
俺も剣の道を歩む者。
戦うことに喜びを見出したことはないが……
己を鍛えて、強くなることを楽しく、喜びに思うことはある。
それと似たようなものだろう。
「だから、最近は、ちょっとした気まぐれをしていたんだ」
「気まぐれ?」
「人間の冒険者とやらを誘い、勝負を繰り返していたのさ」
「それは……」
「そのために、ここの人間を利用していた。僕は、あまり人間の社会について詳しくない。その中で力を持つこともない。だから、個人で動くと都合の悪いことになりそうでね。軍を向けられると、さすがに面倒だ」
「……一対一の決闘をしたいから、人間と通じていた、と?」
「その通り」
その話を信じるのならば……
この魔族は、純粋に戦うことだけを求めていた、ということになる。
人間と通じていたことは、その目的を果たすために必要だから。
人間の中に魔族と通じている裏切り者がいる。
もしかしたら、なにか大きな企みが水面下で動いているかもしれない。
そんな警戒をしていたのだけど……
俺が勝手に想像を膨らませていただけで、実際の問題は、とても小さなものだったことになる。
……まあ、魔族の話を信じるのならば、という前提になるが。
「信じてくれないかい?」
「……なかなか難しいな」
「ま、そうなるか」
「ただ、俺個人としては、信じてもいいのかもしれない、とは思っている」
「え?」
「お前は危険な感じがするが……ただ、悪意は感じられない。嘘を吐いている感じもしない。勘になるが、信じてもいいのだろうな」
「……」
魔族は目を大きくして驚いた。
「すごいね……魔族である僕の言葉を信じるとか、あんた、本当に人間かい? 利用していたここの人間だって、なんだかんだ、僕の言葉をいつも疑っていたっていうのに」
「おじいちゃんは、まずは話をして相手を理解した方がいい、って言っていたからな。だから、こうして話をして……その結果、信じてもいいかもしれない、って思った」
「いい人間だね」
「もっとも尊敬している人だ」
「よければ紹介してくれないか? 今度、ぜひ話をしてみたい」
「もう亡くなっていてな」
「そうか、それは残念だ」
本当に残念そうに言う。
「って、僕のことばかり話しているね。あんたのことが知りたいんだけど……」
部屋の外が騒がしくなってきた。
みんなが追いついてきたのだろう。
「これ以上ここにいたら面倒なことになりそうだね。僕は、ここらでさようならとするよ」
「待て!」
「うん?」
「……お前がやっていること。人間と戦うことは止めないのか?」
「もちろん、止めるつもりなんてないさ」
魔族が笑う。
笑う。
笑う。
笑う。
「僕は、最高の戦いがしたいのさ。戦って戦って戦って。剣を振り、槍を突いて、斧で砕いて、弓を射って、魔法を唱えて、盾で防いで……そんな戦いがしたい。そう、それこそが僕の生きる意味であり、存在理由なのさ。それを止めるということは、死ね、ということに他ならない。ずっと泳いでいないと死んでしまう魚がいるように、僕は、ずっと戦っていないとダメなんだよ。心が、魂が満たされない。故に……戦うのさ」
魔族が求めるもの。
渇望。
その魂の根底にあるもの。
そこに触れて、少なからず理解をして。
同時に、説得は不可能と察した。
やはり、というべきか。
この魔族とは、剣で決着をつけなければいけないようだ。




