191話 人でありながら人の心をなくしている
「敵は魔族だけなのでしょうか?」
ふと、そんな疑問が口から飛び出した。
「師匠、どういうこと?」
「ソーンさんの話を聞いていて、少し違和感を覚えてな」
魔族は一人。
居を構えて、辻斬りのようなことを繰り返している。
被害は五十人超。
……普通に考えて、討伐隊が結成されないだろうか?
このような厄介な存在、国としても放置できるはずがない。
今は個人の被害にとどまっているが……
突然、魔族の気が変わり、街で暴れ出すかもしれない。
城に攻めてくるかもしれない。
伝承によると、そういうことを平気でやらかすのが魔族だ。
事実、魔族は、たった一体でエルフの国イルメリアをめちゃくちゃにした。
そんなことにならないように討伐するのが当たり前の流れだと思うが……
ソーンさんの話を聞く限り、その状況には至っていない様子。
当たり前のことが成されていない。
つまり……
当たり前のことができない状況にある、ということではないか?
その原因になっているのは……
「勝手な想像ですが……魔族に力を貸している者がいるのでは?」
「「「えっ」」」
弟子三人が驚きの声を上げた。
ただ、ソーンさんは冷静なままだ。
「……よく気づいたな」
つまり、それが答えということ。
……ソーンさん曰く。
何者なのかわからず。
目的もわからない。
ただ、魔族に協力している者がいるという。
その者の妨害に遭い、討伐は思うように進まない。
時に先を越されてしまい、被害が出てしまうことも。
「……ガイ達は裏切り者を探してほしい」
「ソーンさんは?」
「……これ以上、被害が出ないように魔族を押さえておく」
倒す、と言わないのは魔族の協力者の妨害などを警戒しているのだろう。
ここで逃がしたら、次がどうなるかわからない。
いつものように場所を移すだけならいいが、そうではなくて、雲隠れしたら?
脅威が残ったままとなり、より事態は深刻となる。
それを避けるために、確実に仕留められると判断するまでは動かないのだろう。
そして、その判断を得るためには、魔族に協力する人間の裏切り者を探し出さないといけない。
「ソーンさんは一人で大丈夫ですか?」
「……問題ない」
「いい鍛錬にもなる」とも聞こえてきたのだけど……
そういうところはアルティナのお兄さんなのだな、と苦笑した。
「それにしても……」
魔族に協力する裏切り者……か。
魔族は人間の天敵のようなもの。
それなのに協力をするということは、その者は、まともな倫理観や常識は持ち合わせていないのだろう。
しかし、愚者ではないだろう。
これほど大きな事件を引き起こしている魔族に協力しておきながら、表に名前が出てくることはない。
怪しまれていることもない。
狡猾でずる賢い。
……ある意味で、魔族よりも厄介かもしれないな。
「……これが手がかりだ」
ソーンさんは、一冊の手帳をテーブルの上に置いた。
その手帳はボロボロで、一部に血のような染みがついている。
「これは?」
「……最近、魔族と交戦して命を落とした冒険者のものだ。彼は、魔族に狙われていた」
「狙われていた……なるほど」
「???」
ノドカが疑問顔に。
「もう、ノドカはそんなこともわからないの?」
「どういうことなのでありますか? アルティナ殿、説明してほしいのでありますよ」
「それは、えっと……ユミナ!」
「あはは……つまり、普段は自分から動かない魔族が、なぜかその冒険者に対しては自分から動いて交戦した。冒険者が生きていたら困るような、なにかしら不都合なことがあったんじゃないかな?」
「おぉ!」
ノドカは納得顔で、手の平をぽんと叩いた。
話は先に進む。
「魔族にとって不都合な情報……この場合、可能性が高いのは裏切り者についてだろうな」
その情報がこの手帳に記されているかもしれない。
とても重要な手がかりだ。
俺達は緊張しつつ、そっと手帳を開いて……




