188話 ありがとうございました
「……」
「……」
数え切れないほど剣を交わして。
タイミングを測ったかのように、俺とソーンさんは同時に後ろに退いた。
剣は構えたまま。
相手を正面に捉えて、いつでも動けるように足に力を入れておく。
ただ……
「ふぅ」
俺は肩の力を抜いて、ゆっくりと木剣を下ろした。
同じように、ソーンさんも木剣を下ろす。
ここまで。
そんな感覚を抱いたため、試合を終えることにした。
ソーンさんも同じ考えのようだ。
「いいな」
「え?」
ふと、ソーンさんが呟いた。
「とてもいい剣だ」
「……ソーンさん……」
これほどの実力を持つ人に褒められた。
そのことが嬉しく誇らしく……
そして、自信に繋がる。
今の試合で、俺は、いつも以上の動きを出すことができたような気がする。
あれを自由に再現できるかと言われたら、なかなか難しそうではあるが……
ただ、入り口を見つけることはできた。
俺は、まだまだ強くなることができる。
そんな確信を抱いた。
「ありがとうございます」
「……ああ」
ソーンさんと握手を交わした。
瞬間、観客からワッと歓声が湧いた。
拍手に包まれる。
俺とソーンさんが軽く手を振ると、さらに歓声が強くなり……
しばらくの間、お祭り騒ぎのような状態になるのだった。
――――――――――
「改めて、ありがとうございました」
試合を終えて。
騒ぎが収まり。
宿の食堂に戻り、ソーンさんに頭を下げた。
「ソーンさんのおかげで、なにか……うまく言葉にはできませんが、さらに高みを目指すためのものを掴むことができました。まだ一端ではありますが、それは、確実に必要なもので……ソーンさんがいなければ、一生掴めなかったかもしれません」
「……」
「謙遜なんてことはありませんよ。先の試合で得られたものは多く、あれがなかったら、本当にどうなっていたことか」
「……」
「はい、とてもいい経験になりました。おかげさまで」
「……」
「え、名前で? それに敬語も不要なんて……」
「……」
「……わかりました。いや、わかった。これからは、同じ剣の道を歩む友としてよろしく頼む」
「……」
俺とソーンさんは、がっちりと友情の握手を交わした。
それをアルティナとノドカとユミナは……
「アルティナ殿。今、兄君殿はなんて?」
「わ、わからないわよ……妹のあたしでも、兄さんの言っていること、よくわからないことが多いんだから」
「お兄ちゃんは、なんか普通にやりとりできているけど……すごい剣士同士、通じるものがあるのかな?」
三人は、ソーンがなにを言っているかわからないらしい。
おかしいな?
やや寡黙ではあるものの、こうして話をしてみると、ソーンはけっこう明るい人ということがわかるのだが。
なにはともあれ、ソーンのおかげで、俺の剣にはまだまだ成長の余地があることを確認できた。
大きな収穫だ。
甘えることなく傲ることなく。
これからも剣の道を進んでいこう。
「……」
「え? これからの俺達の予定?」
ふと、ソーンがそんなことを尋ねてきた。
不思議に思いつつ、頭の中で予定を並べていく。
といっても、並べるほどの予定はない。
「特にこれといって大きな動きはないが……だよな、アルティナ?」
「ええ、そうね。特に依頼は請けていないし、なにか大きな依頼を請ける予定もないし」
「エストランテは平和でありますからな。問題が起きるということもなさそうでありますよ」
「強いて言うなら、甘いものを食べたいかなー」
「それは賛成でありますよ!」
「クレープ! パフェ! パンケーキ!」
「あぁ……想像しただけで、拙者、よだれが……じゅるり」
なかなか食い意地の張っている弟子達だった。
いや。
年頃の女の子なら、これくらいは普通なのか?
スイーツに目を輝かせるのは健康的……なのかもしれない。
「俺達の予定について、どうしたんだ?」
「……」
「ふむ、ふむ」
「……」
「なるほど、そういうことか」
一人納得していると、アルティナがちょっと不満そうに問いかけてくる。
「ちょっと。二人で完結していないで、どういう話をしているか、あたし達にも説明してちょうだい」
「わからないのか?」
「わかるか!」
なぜだ……?
「剣の達人同士、通じ合うものがあるのかもしれませぬな」
「感覚で理解するようなものかな?」
そこまで便利なものはないと思うが……
とにかくも、俺がソーンの通訳めいたことをしつつ、話が進められていく。
「……なるほど。なにもなければソーンが抱えている依頼を手伝ってほしい、か」




