185話 剣聖の兄
以前、シグルーンと決闘をした広場。
ソーンさんと試合をするため、俺達はそこへ移動したのだけど……
「へぇ、あの人が剣聖のソーン・フォールブラッドか。噂に聞いていた通り、ものすごく強そうだな」
「ねえねえ、どっちが勝つと思う? 私は、やっぱりガイさんかな」
「はいはーい! 賭けの締め切りはもうすぐですよ! 今のところオッズは、ほぼほぼ互角。なかなか厳しい勝負になるけど、ここで賭けずにいつ賭ける!?」
「肉串いかがですかー!? ピリッと甘辛の特製タレで焼いた肉串はいかがですかー!?」
街の人々が集まり。
いつの間にか屋台もできて、お祭り騒ぎになっていた。
「単純に試合をするだけなのだが、なぜここまでの騒ぎに……?」
「私がばっちり宣伝したからね!」
ユミナは、そこで誇らしげにしないでほしい。
「師匠は、エストランテの英雄って言われているくらい、慕われているの。兄さんは兄さんで名前が知られていて……そんな二人が試合をするとなれば、みんな、興味を抱いて当然よ」
「お祭り騒ぎになるのも理解できるのでありますよ。はぐはぐ」
ちゃっかりと肉串を買っていたノドカが、食べながら言う。
「調子が狂うが……」
とはいえ、こんな機会は滅多にないだろう。
相手は、アルティナのお兄さん。
そして、『剣聖』の称号を持つ偉大な剣士だ。
「ソーンさん、よろしくお願いします」
「……」
手を差し出すと、握手に応えてくれた。
力強く、温かい……そんな大きな手だ。
「……」
「……」
広場の中央に移動して、俺とソーンさんは同時に木剣を構えた。
瞬間、熱風が吹いた。
いや……
吹いたかのような錯覚を覚えた。
それは、ソーンさんの闘気だ。
熱く、冷たく、鋭く。
場を支配するかのような圧倒的な迫力。
これほどの圧を放つ剣士は、今までに見たことがない。
そう……
ある意味、おじいちゃんに似ていた。
「「「……」」」
アルティナ達も。
街の人々も。
いつの間にか騒ぐのを止めて、じっと俺達を見守っていた。
視線を交わす。
闘気を交わす。
意思を交わす。
そして……
「「っ!」」
俺とソーンさんは、ほぼ同時に前に出た。
駆けて、その勢いを乗せて剣を振る。
ギィンッ! と、木剣ではあるが鉄がぶつかったような大きな音が響く。
重い一撃だ。
たった一回。
剣を交わしただけで、手が痺れてしまう。
恐ろしい腕力。
ソーンさんが本来の剣を使い戦っていたら、俺は、剣ごと両断されていたかもしれない。
ただ力で押し切るのではない。
そこに技術が加わり、何倍、何十倍もの威力を生み出しているのだろう。
……真正面からぶつかれば、そのまま負けてしまうだろうな。
そう判断した俺は、ソーンさんの剣撃の威力を受け流す方針に切り替えた。
真正面から剣を振るのではなくて、やや角度をつける。
相手の攻撃は受け流して威力を減らす。
「む」
若干、ソーンさんの表情が変わる。
俺の作戦に気づいたのだろう。
ただ、それでもソーンさんの剣撃は変わらない。
威力と速度。
その二つを重視しているらしく、何度も何度も。
何度も何度も何度も剣を振る。
これは……
「くっ」
速い。
そして、なによりも重すぎる。
さらに威力が上がっている。
あまりの力強さに、うまく捌くことができなくなってきた。
技術で対抗しようとしたが……
これは失敗したかもしれない。
「っ!?」
カァンッ!
甲高い音がして……
俺の木剣が宙に舞う。




