173話 正と負の決着
「あなたは、いったい……!?」
フェルミオンは焦りの表情を浮かべつつ、不可視の大剣を振り回す。
しかし、それがガイに当たることはない。
剣で防ぐ必要はなくて。
ただ、避けるだけでいい。
「……ねえ、ノドカ。師匠、相手の攻撃を完全に見切っていない?」
「え、いや、そんなまさか……見えない剣なのですよ? そのようなもの、いくらなんても初見で対処することは……」
「でも、お兄ちゃんだし?」
「「……」」
謎の説得力がある言葉に、アルティナとノドカは納得してしまう。
ガイだから。
適当な言葉に思えるが……
しかし、それは三人がガイのことを深く知っているからだ。
お人好しで。
謙虚で。
でも、人の何倍も……いや、何十、何百、何千。
何万倍も努力を重ねてきた。
それを知っているからこそ。
ガイが、常識の遥かに超えた偉業を成し遂げたとしても、なるほど、と納得してしまう。
「どうして、私の剣が……!?」
フェルミオンの焦りはどんどん強くなっていく。
アルティナ達はよくわかっていないが、大ぶりの攻撃が増えて、隙も増えていた。
不可視の剣だ。
それ故に、普通の剣士の動きとも違うから、相手の動作を見て攻撃を予測、回避することは難しい。
初見ならば、まず必殺となる攻撃。
それなのに……
「なぜ当たらないのですか!?」
ガイは冷静に答える。
「お前の剣は、確かに脅威だ。見えない剣……しかも形状を変えることができて、魔力で自由自在に操ることができる。恐ろしいな」
「ならば、なぜ……!?」
「剣は、魂を宿すもの」
ガイは、静かに剣を振り上げた。
大上段。
天を貫くかのような構えだ。
「ただの武器ではない。己の体の一部であり、心を宿す器であり……そして、武人のパートナーだ」
「なにを……!?」
「不可視にする、魔力で操る……そのような小細工をするだけ。それでは意味はない。剣と心を通わせて、己の魂を預ける……そうすることで、剣士は本当に剣士たりえるものだ」
「訳のわからないことを……!」
「まあ、これは、おじいちゃんの受け売りだがな。今、少しだけではあるが、その意味を理解できたような気がするよ」
静かなガイの言葉。
それが、フェルミオンは無性に癪に触った。
お前では勝てない。
退け。
そう言われているかのようで……
「お前は……ここで殺す!!!」
フェルミオンは全力で地面を蹴る。
ありったけの魔力を剣に。
己の全てを賭けた一撃を繰り出した。
それは、抗うことのできない破壊。
避けられることのできない混沌。
受ければ死。
避けることも不可能。
確定的な終わりが待っている……はずだった。
「さようならだ」
ガイが剣を振り下ろした。
リィンッ……!
鈴のなるような、透き通る音。
わずかに風が吹いた。
「……」
フェルミオンは動かない。
ありったけの力を込めた不可視の大剣を叩きつけようとして。
しかし、その前に動きを止めて。
ややあって、その顔に歪な笑みが浮かぶ。
「……素晴らしいですね」
口調が元に戻っていた。
戦いが終わったことを悟り、落ち着いて、いつもの自分に戻ったのだろう。
「まさか、人間にここまでの力を持つ者がいるとは……」
「あんたも、魔族にしておくには惜しい。もっと剣を学べば、俺では勝てなかっただろう」
「それはどうでしょうね。私が真面目に剣の鍛錬をしたとしても、何年をかければ追いつけるか……」
「一応、ありがとうと言っておく」
「ふふ、こちらこそ。最後に、とても楽しい時間を過ごすことができました。惜しむべきは、あなたという存在を仲間に伝えて警告できないことですが……まあ、それは仕方ありません」
フェルミオンは、優雅に一礼する。
「それでは……さようなら」
その体は一瞬で塵となり……
風に吹かれて消えた。
寂しくて。
虚しくて。
でも、どこか静かな光景だった。




