171話 心眼
「……あなたは、いったい、なにをされたのかしら?」
改めて見るフェルミオンは、今までにない表情をしていた。
猛禽類と対峙したかのような。
いや。
まったく未知の生物を目の前にして、どう動くか測りかねているような。
そのような対応をされるのは、いささか不満というか不思議ではあるのだが……
一つ、痛い返しをすることができたようだ。
さきほどまでの余裕が消えている。
戦いを楽しもうとする様子が消えている。
俺を『敵』として認識するのではなくて。
『得体の知れない強敵』と認識してくれたのだろう。
迂闊に踏み込めない様子で、距離を取っている。
いい傾向だ。
そのままこちらを警戒してくれれば、その分、俺は戦いやすくなる。
派手な突撃を繰り返してくる相手は苦手だ。
慎重に戦う相手も脅威ではあるが……
ただ、フェルミオンはそういうタイプではない。
不可視の剣で圧倒する、パワータイプ。
そんな彼女が慎重に戦うとしても、慣れないスタイルのせいで、思うように動くことはできないだろう。
なので。
もっと警戒してもらうように、俺は、素直に手の内を明かすことにした。
「心眼だ」
「シンガン……?」
「おじいちゃん……俺の剣の師に教わった技術、とでも言うべきなのか? 目を閉じることで、不必要な情報を排除する。そして、気配を感じて、心の眼で敵を捉える……そんな技術らしい」
「そんな、ふざけた技術……」
「心眼は、眼で捉えるのではなくて心で捉える。だから、剣が不可視だとしても問題はない」
「……」
フェルミオンは絶句した。
とても信じられない、という様子だ。
アルティナとユミナも同じ様子で……
ただ、ノドカは、違う意味で絶句しているようだった。
「ガイ師匠は、し、心眼を使えたでありますか……?」
「え? ノドカ、今の無茶苦茶な技、知っているの……?」
「拙者の地方に伝わる、剣の奥義といいますか極意といいますか……選ばれた、ごく一部の者しか使えないと言われているのですよ。実際、心眼をきちんと扱える者は、数人に満たないとか」
「……師匠の切り札って、いくつあるのかしら? びっくり箱みたいで、とんでもないものが次々に飛び出してくるわね」
「お兄ちゃんだからね!」
「なんで、そこでユミナが得意そうにするのよ……」
アルティナ達は驚いていたが、そこまで驚くようなものでもないと思う。
俺のようなおっさんができたのだ。
アルティナ達なら、すぐに習得できるだろう。
「なるほど……なるほどなるほどなるほど。あなたは、とても素晴らしい剣士のようですね」
動揺を収めた様子で、フェルミオンが笑みと共に言う。
警戒だけではない。
他に、なにかしらの感情を抱いているようだ。
……興味、か?
「まさか、人間如きに、ここまでの力を持つ剣士がいるとは……さては、あなたは、剣聖などの称号を授かっているのでは?
「まさか」
「では、もしや剣神を?」
「ずいぶんと人間社会に詳しいな」
「敵のことを調べるのは当たり前でしょう?」
「俺は別に、そんな大層な称号は得ていない。ただの、新米冒険者だ」
「は?」
「あ、いや。そこそこ経つから、新米は卒業したと言ってもいいのだろうか? 遅れていた分、がんばり……その努力が実っているといいな」
「……なるほど。正体を明かす気はない、と。まあ、それもそうですね。私は、魔族。人間の敵……そのような相手に、人間の切り札であろう、あなた、という存在の情報を簡単に渡すことはしないでしょう。愚問でしたね」
「いや、そのようなことは……」
俺は、普通に本当のことを口にしているだけなのだが……?
「あなたのことは、要注意人物として記憶しておきましょう」
「その言い方は、ここで退いてくれるのか?」
「まさか」
フェルミオンの殺気が膨らむ。
「今後のために、なにがなんでも、ここで殺しておかなければいけません……私は、そう判断しました」
「まだ続けるか」
「あなたは、将来、魔族にとって大きな脅威となる……ならば、今のうちに殺す。とても合理的な判断でしょう?」
「ならば、迎え撃とう」
俺も、改めて剣を構えた。
今度は心眼は使わない。
あれは、極限の集中が必要とされるため、一日に何度も使えるものじゃない。
まだ余裕はあるが……
しかし、無茶をして疲労を溜めて、それで倒れるようなことになっては本末転倒だ。
「いきましょう」
「来い」




