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168話 見えない刃

「撃てっ、ヤツを生きて返すな!」

「帰るつもりなんてないんですけどね」


 エルフの兵士達は、一斉に遠距離攻撃をしかけた。


 矢、スリングショットの石、魔法……ありとあらゆる攻撃を放つ。


 しかし……


「んー、惜しいですね♪」


 やはり、メイドの元に攻撃は届かない。

 すっと手を上げると、それだけで自身に迫る攻撃を全て防いでしまう。


 ……いや。


 防いでいるのではなくて、迎撃しているのか?

 矢や魔法が断ち切られているように見えた。


「ほらほら、もっとがんばってください。私はまだ、なにもしませんよ」

「ふざけているのか、貴様!?」

「大真面目ですよ。私は適当にして、あなた達は全力でがんばる。でも、なにもできない……その時の恐怖と絶望は、とても素晴らしいものになるでしょう。あぁ……考えただけでお腹が空いてしまいます」

「化け物め……! いくぞ!」


 遠距離戦では方がつかないと考えたらしく、エルフの兵士は突撃を始めた。


 細い剣……レイピアを手に駆ける。

 力強く踏み込みつつ、連続で突きを放つ。


 それを時間差で三人連続。

 回避も防御の隙を与えない、見事な連携だ。


 ……しかし。


「いいですよ、もっとがんばってください」

「なっ……!?」


 これなら届く。

 そう考えていたであろうエルフの兵士は、愕然とした。


 渾身の一撃。

 それなのに、メイドにはまったく届いていない。


 見えない『なにか』に阻まれて、全ての攻撃が防がれている。


 結界?

 いや、そのような感じではない。

 剣と剣がぶつかったかのような、硬質な音が響いて……


「……なるほど」

「ん?」

「あんたの攻撃と防御の正体、見えてきた」

「へぇ……」


 メイドは、一度、エルフの兵士達と距離を取ると、興味深そうにこちらを見る。


「その言葉、ただのハッタリなのか、それとも本当なのか……確かめさせていただきましょうか」


 メイドは笑う。


 その笑みは嗜虐的で。

 子供が無邪気に残酷に虫を潰すようなものに似ていて。


 そして、殺気が襲ってくる。


「……」


 慌てるな。

 冷静になれ。


 メイドの攻撃については、大体、予想ができた。

 ならば、あとは事前に思い描いていたイメージ通りに剣を振るだけだ。


 まっすぐに剣を構えた。

 両手でしっかりと柄を握りしめて、軽く上げる。


 心の中でタイミングを刻み……

 ここだ、というところで剣を振り下ろした。


 ギィンッ!


 刃に届く固い感触。

 重い。

 ただ、弾かれるほどではない。


 俺はさらに体を捻り、横に刃を薙ぐ。

 再び届いてくる剣撃の感触。

 最後に強く前に踏み込み、剣を払う。


「あら」


 メイドは目を大きくして驚いていた。


「驚きました。ハッタリではなかったのですね」

「そういう芸当は苦手でね」

「なるほど、なるほど……これは素晴らしい。あなたは、とても美味しそうですね」

「ちょ……師匠、あいつやばいわよ!?」

「拙者の後ろへ!」

「お兄ちゃんは渡さないよ!」


 アルティナ達が、よくわからないけど焦っていた。

 どうしたのだろう?


「ってか……今、師匠とあいつ、いったいなにをしたわけ? なんか、切り合っていたように見えたけど……」

「もしかして、でありますが……ヤツは、見えない刃を操っているのでありますか?」

「あら。勘のいい子がもう一人、正解ですよ」


 メイドは不敵に微笑みつつ、軽く手を動かした。

 その軌道の先にある草木が綺麗に断たれる。


「この通りです。私の刃は目で捉えることは叶わず、そして、一本だけではありません。通常の剣と異なり、柄を握る必要もないため、軌道も変幻自在。大抵の者は、本気を出さずとも、戯れの一撃でその全身を血で染めるのですが……」


 メイドの視線がこちらに向いた。

 ニヤリと、さらに笑みを深くする。


「あなたは、全て防いでみせた。見えないはずの斬撃を。軌道を予測することができないはずの斬撃を。とても、とても興味がありますね」

「そいつはどうも」

「お名前を教えていただいても?」

「……ガイ・グルヴェイグだ」


 当たり前の話ではあるが、エルフ達にも名前を知られてしまう。

 それでも、俺はメイドをまっすぐに見つつ、名乗った。


 彼女は魔族ではあるが……

 しかし、剣士のような芯を感じることができた。


 種族はどうあれ、剣に対して真面目に向き合っている。

 だからこそ、不可視の剣という、とんでもないものを生み出して、それを完全に操ることができているのだろう。

 彼女もまた、剣士なのだ。


「ありがとうございます。私は、フェルミオン。人間でいう姓はありません」

「フェルミオンか、いい名前だ」

「そう言っていただけると嬉しいのですが、少しためらってしまいますね」

「なにを?」

「殺すことを、ですよ」


 笑みと共に、フェルミオンが前に出た。

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