166話 影と悪意はすでに内側に
「いやはや、本当に素晴らしい。まさか、私の傑作を、ああも簡単に破壊してしまうとは」
メイドはなおも拍手を続けている。
とても機嫌がよさそうに、にっこりと笑っていた。
ただ、その笑みは底が知れない。
見ていると不安になってくるような。
心が、ざわざわと震えてしまうような。
そんな不気味なものを感じた。
「……キミは?」
「あら。その問いかけに意味が? あなたは、もう気づいているのでは? 感じているのでは? 本能で悟っているのでは?」
「魔族……か」
「正解♪」
メイドが機嫌よさそうに頷いて。
その返事に、周囲がざわついた。
「な、なんだと……? 貴様、なにをバカなことを言っている?」
状況を理解していない様子で、アロイスがうろたえている。
それも仕方ない。
おとぎ話の存在と思われている魔族が実在した。
それだけではなくて、自国内に……
かなり深い部分にまで入り込んでいた。
そのようなこと、すぐには信じられないだろうし、受け入れることも難しいだろう。
ただ……
彼女は本物だ。
こうして対峙しているだけで震えてしまいそうになる。
心に槍を突き立てられているかのように、恐ろしい。
以前、魔剣を使ったゼクスが魔族に変異してしまったものの……
あれはまがい物に過ぎないことを知る。
放たれるオーラもプレッシャーも桁違いだ。
「……」
俺は、無言でメイドに向けて剣を構えた。
アルティナとノドカも、同じように彼女に剣を構える。
俺がそうしたから、ではなくて。
本能で危機を感じ取ったのだろう。
後ろのユミナは、剣はないものの、矢のように鋭くメイドを睨みつけている。
「おいっ、貴様ら、この私を無視して、いったいなにをしている!? この女がなんだかわからないが、ここから無事に逃げられると思っているのか!?」
「ちょっと、アロイス! あなた、この状況がわかっていないの!?」
「ユミナエル、キミは黙れ。おとなしく私の元に……」
「んー、私、空気が読めない方は嫌いなんですよね」
「は? なにを……」
アロイスが怪訝そうな顔で振り返ろうとして。
しかし、それは叶わない。
「なに……を……?」
アロイスの首に走る一筋の赤い線。
それはゆっくりと広がり。
血を流しつつ、左右にズレていき……
アロイスの頭部が地面に落ちた。
残された体は噴水のように血を吹き上げて……
ややあって、ごとりと倒れた。
なにが起きたかわからない。
誰も理解できない。
「ひっ……!?」
誰かのひきつるような悲鳴。
それを合図にして、多くの人が悲鳴を上げて、逃げ出して、恐慌状態に陥った。
「うるさいのも嫌いなんですよね」
「まっ……」
止めようとしたが、間に合わない。
メイドは、無手ですっと宙を手で薙いで……
それに反応したかのように、周囲で様子を見守り、逃げ出そうとしていたエルフの貴族達の胴が両断された。
なんだ?
今、なにをした……?
「な、なんだあいつは……!?」
「化け物だ! あいつは、本物の魔族なんだ!」
「ひぃいいいいいっ、た、助けてくれぇえええええ!!!」
さらなるパニックが広がる。
今度は、メイドは満足そうに頷いた。
「うんうん。うるさいのは嫌いだけど、でも、悲鳴は好きですよ♪ もっと綺麗に鳴いてくださいね。ほら、ほら」
さらに数人のエルフが犠牲となる。
なにをしているか、相手の武器もさっぱりわからないが……
しかし、これ以上、彼女を放置するわけにはいかない。
「やめろっ!!!」
前に出て、アイスコフィンで斬りかかる。
捉えた。
踏み込みの間合い、剣を振り下ろす速度と角度。
自分で言うのもなんだが、どれも完璧だ。
……そう思っていたのだけど。
「っ!?」
ゾクリと、背中が震えるような悪寒を感じた。




