160話 欲する
「私は、なにも持っていなくて……こうする以外に、なにも求められていなくて……私の価値なんて、なにも、なにも……!」
ユミナは子供のように泣いていた。
現状をそのまま受け入れたくなくて。
でも、どうすればいいかわからなくて。
胸に抱える想いをうまく言語化できず、未来を見通すこともできず、ただただ泣いていた。
その涙は、ユミナが今まで抱えてきた、孤独と虚無感の現れなのだろう。
王女という立場が、彼女をここまで追い詰めていた。
とても大きな負担になっていた。
たぶん、そういうことなのだろう。
……しかし。
「価値はあるさ」
俺は、改めてユミナに手を差し出した。
「お兄ちゃん……?」
「ユミナに価値がない? なにも求められていない? そんなことはない。それは、ただ気づいていないだけだ」
「だ、だって、私……王女であること以外、今まで、なにも……」
「聞こえないか?」
「え?」
「ほら、耳を澄ませてごらん」
そうしたら、聞こえてくるだろう?
「ユミナーーー! あたし達が絶対になんとかしてあげるから、待ってなさい!」
「ガイ師匠だけではなくて、自分達も、味方でありますよーーー!!!」
「アルティナさん、ノドカさん……」
聞こえてきた二人の声に、ノドカは声を詰まらせた。
「アルティナとノドカがいる。もちろん、俺もいる」
「……ぅ……」
「だから、なにもないなんて言わないでくれ。そんなことを言われたら、あまりにも寂しいじゃないか」
「……あ、ぅぅぅ……」
「それでも、まだわからない、っていうのなら……俺が欲するよ」
差し出した手を前に。
ユミナは小さく震えるものの、逃げることはしない。
すがるような感じで、じっと俺の手を見つめていた。
「ユミナは、俺の大事な弟子だ。だから、他の誰にも渡さない」
「……お兄ちゃん……」
「一緒に行こう」
ユミナは、瞳にさらなる涙を溜めて。
ぐっと息を飲んで。
でも、とびっきりの笑顔を浮かべて……
「うんっ!!!」
俺の手を取ってくれた。
――――――――――
「貴様っ、ユミナエルから離れろ!!!」
スライムから逃げられたらしく、アロイスが憤怒の表情で怒鳴りつけてきた。
他にも、複数の兵士が駆けつけてくる。
怒り心頭といった様子で、アロイスが刃を向けてきた。
「よくも私の花嫁を汚してくれましたね!」
「うん? 俺は、さらいにこそ来たが、汚してなんていないが……」
「私以外の男に触れて、抱きしめられて……なんという愚かな。とても最悪な気分ですよ」
「おいおい……」
さすがに引いてしまう。
男女の関係を持ったならともかく、ただ触れただけで汚れたとか、どれだけ独占欲が強いんだ?
恋愛に疎い俺ではあるものの、ここまで酷い男はそうそういないということはわかる。
「そもそも、誓いの言葉はまだだろう? なら、二人の婚姻は成立していない。ユミナは、キミの花嫁になったわけじゃない」
「貴様が邪魔をしたからだろうに!! そもそも、いったい、なんのつもりですか? 貴様は、なにも関係ないだろう!」
「……そうだな、関係はないな」
ユミナは弟子のようなものだけど……
ただ、それだけ。
他人と言われてしまうと、他人だ。
ただ。
彼女は泣いている。
大きく表に出していないものの、今回のことで心を痛めている。
なら、放っておくことはできないだろう?
世界の全てを助けるなんて、そんな大層なことは言えないが……
でも、目の前で女の子が泣いているのなら、手を差し伸べたい。
それが、大人としての義務だ。
「でも、やっぱり邪魔をするさ。大事な弟子がかどわかされそうになっているのに、それを見過ごすことなんてできないからな。このまま結婚しても、ユミナは絶対に幸せになれないし、いいように利用されるだけ」
「なっ……!?」
お前では幸せにできない。
暗にそう言ってやると、アロイスはさらに顔を赤くした。
「貴様……我らエルフを敵に回すつもりですか? 今後、安住の地を得られるとでも?」
「難しいだろうな」
現時点で、俺は、大事な式を妨害した重罪人だ。
捕まれば、よくて奴隷堕ち。
悪くて極刑だろう。
……だとしても。
「人には、時に、決して譲れないものがある。俺にとって、それが今というだけだ」
俺の剣は守るためにある。
それは、体だけを指しているのではなくて、心も含まれていると思う。
ユミナを守る。
その心も守る。
「押し通らせてもらおうか」




