118話 魔に魅入られし者
「……」
いつからそこにいたのか?
あるいは、瞬時に転移したのか?
気がつけば、二人の行く手を塞ぐように男が立っていた。
まだ若い。
それなのに、思わず寒気を覚えてしまうほどの、濃密な殺意をまとっていた。
ゼクス・レイ。
先日、一緒に作戦に参加した、将来有望な若手冒険者。
なぜ、彼がこんなところに?
なぜ、殺気を放つ?
その答えはすぐに判明する。
ゼクスは、右手に剣をぶらさげていた。
細く、長く。
そして、刀身は夜の闇を凝縮したかのように黒い。
おそらく、あれが封魔剣なのだろう。
聞いている特徴と一致している。
ただ、なぜゼクスが封魔剣を持っているのか?
そこに至る経緯は謎で、目的も不明で……
わからないことだらけだ。
「えっと……なにか用かしら?」
「あ、あなたは、な、なんでありますか?」
アルティナとノドカは町娘を演じ続けて、突然現れたゼクスに警戒の色を見せた。
一方で、ゼクスはなにも反応を示さない。
ただ、そこに立っているだけ。
でも、視線は二人に向いていて……
殺意。
それと、獣が見せるような荒々しい野生をぶつけていた。
明らかに様子がおかしい。
この数日で、彼にいったいなにが……?
「「……」」
アルティナとノドカは、互いの顔を見て頷いた。
ゼクスの様子がおかしいものの……
彼が、ここ最近、界隈を騒がせている犯人と判断したのだろう。
変装を解いて。
同時に、隠し持っていた剣をそれぞれ握り、構える。
「なんでこんなバカなことをしているのか、ちょっとは気になるけど……でも、ちょっとだけ。わざわざ聞く必要はないから、今ここで、叩きのめしてあげる」
「我が剣により、あなたの悪を断ち切らせていただくのでありますよ」
「……うぅ……」
アルティナとノドカのプレッシャーを受けて、若干、ゼクスが怯んだように見えた。
しかし、それは一瞬。
すぐに獣のように吠えて、濃厚な……そして、どこまでも深い殺意を振りまいた。
「これは……」
「来るのでありますよ!」
「ガァッ!!!」
ゼクスが駆けた。
速い。
獣を思わせる俊敏性を持ち合わせていて、一気に二人に迫る。
もう見ている必要はない。
背景はわからないものの、ゼクスを一連の事件の犯人と確定して問題ないだろう。
俺は隠れるのを止めて、前に出た。
同時にアイスコフィンを抜いて、ゼクスの一撃を受け止める。
「師匠!」
「ガイ師匠!」
「二人共、いけるな?」
「「はい!」」
ゼクスの一撃を弾いた。
カウンターを警戒したのか、彼は距離を取る。
ただ、逃げ出すようなことはない。
剣を構えたまま、こちらを睨みつけて……
殺気をばらまきつつ、攻撃のチャンスをうかがう。
「こいつ、なんて殺気なの……」
「くっ……拙者が飲まれてしまうなど」
アルティナとノドカは汗を流していた。
まともに切り結んでいないのに、相手の実力がとても高いところにあることを察したようだ。
ただ、そこに疑問がある。
ゼクスは、確かに優秀な冒険者だ。
将来を有望視されていた。
しかし、剣聖であるアルティナには遠く及ばない。
ノドカにも届かないはずだ。
それなのに、今は二人を凌駕するほどの力を得ている。
この短期間で、いったいどうやって?
「いや」
考えるのは後だ。
今は、ゼクスを無力化する。
それだけを考えよう。
「アルティナとノドカは援護を頼む」
「……わかったわ」
「気をつけてくださいでありますよ」
二人は悔しそうな顔をしつつ、後ろに下がる。
プライドが傷ついたかもしれない。
申しわけないと思うが……
しかし、今のゼクスと戦わせるわけにはいかない。
アルティナとノドカなら……とも思うのだけど、しかし、確証がない。
確率で言うのなら、勝率は半々といったところ。
そんな危ない賭けは、さすがに許可できない。
「いくぞ」
俺は剣を構えて、ゼクスと対峙した。




