初陣の女狐と有視界戦闘
他方、迎え撃つゼファルス領の軍勢は既に布陣を済ませており、やや後方には戦闘を想定して改修された飛空艇がぷかりと浮かんでいる。
横幅が狭い船室内の窓際に立ち、艶やかなダークブラウンの髪を指先で弄りつつ、士気高揚のため自ら出陣したニーナは西側 4㎞ほどにある森林の入口を眺めていた。
その浅い部分は小都市ベグニッツに根差す猟師らの庭だが、深入りすると中型種の魔獣フェルム・クーガーや、少ないながらも大型種に分類される巨躯の蛇アヴァルスなども巣くう。
「中々の難所ですけど、Mr.ブシドー… ではなく、騎士王殿は大丈夫でしょうか?」
「別に言い直さなくても良いわよ、恐らく彼の本質は武士だから」
遠慮がちに声を掛けてきた侍従兵の少女がアイウス帝国生まれの日系人で、呪錬刀 "不知火” を携える軍服姿のクロードに感動していたなと思い出し、領主令嬢は好きに呼称して構わないと嘯く。
若干、恥ずかしそうに頬を染めた大和の系譜に連なる娘を見遣り、僅かに考える素振りを見せてから、こともなげに微笑んだ。
「ま、問題ないでしょう。ジャックス技官の報告だと、人間を辞めかけているような強さみたいだし… 騎体と神経節で繋がって、魔導炉の影響でも受けたのかしら?」
“熟練の操縦者が生身での運動能力を向上させている” という興味深い報告は自領に於ける騎士長のアインストからも聞いており、とりわけ最前線の西方三領地で顕著になっている現象らしい。
ただ、銃弾を連続して躱すとか、戦場に出られる水準の魔術師が放った炎弾を刃で平打ちするとか、思わず疑ってしまう類の内容は含まれていなかった。
(ん~、積み重ねた鍛錬による幾つかの要素が有機的に組み合わさって、ある閾値を超えたら、人の枠を外れるような覚醒に至る?)
学問の領域でも試行錯誤を繰り返した末、途上で明らかになった客観的な事実を並べて、より高度な次元の推論に到達するのは珍しくない。
それがフィジカルな分野でも起こり得るのか、一抹の疑問が残るものの専門外であるニーナには解明できない事柄だ。
「はぁっ、結論としては考えるだけ無駄ね」
「えっと……」
「気にしないで、単なる独白よ」
少々思索に耽ってしまったのもあり、手持ち無沙汰となっていた侍従兵の少女に一言添えてから意識を窓の外へ戻そうとすれば、艦橋で双眼鏡を覗き込んでいた斥候兵の振り向く姿が視界に映る。
「リグシア及びエイドス領の編隊らしき騎影、凡そ距離 32~36kmの地点に確認しました。此方と同じく徒歩の一般兵科を残して、巨大騎士だけで先行してきた場合、半刻足らずで交戦域に入ります」
「ありがとう。彼方も軽率な人的被害は出したくないでしょうし、勝敗を決めるのは騎体同士の戦い、市街地制圧が主目的の随伴兵は後方に待機させると思うわ」
代々猟師を生業としてきた家系の斥候兵に歩み寄り、受け取った双眼鏡で眺めるも… 研究資料の編纂等で視力を落としたニーナでは、未だ小さな点の集まりにしか見えない敵勢を捕捉できなかった。
やはり戦闘指揮を執るのは不向きだと密かに嘆きつつ、水平線の存在で視野が飛空艇よりも短い地上部隊と情報の共有をするため、念話装置の前に陣取った兵卒へ指示を与える。
「アインストに彼我の距離と接敵までの予想時間を伝えなさい」
「了解、通信回線を騎士長に繋ぎます」
「斥候兵、敵騎の数は判断できる?」
「やってみますが、取り敢えずそれをください」
何気に握り締めたままだった観測役の商売道具を返却して、継続的な報告など言付けてから、領主たる令嬢は内装の変更時に設えさせた自席へ戻った。
俄かに緊張感が高まっていく最中… 普段は冷静沈着な女狐殿も初陣に気を急かせたのか、まだ 10km前後の距離がある段階で、動力制御を担当する二人の女魔導士に積層障壁魔法の構築が命じられる。
この世界では有視界戦闘が常識であり、命中精度を鑑みた巨大騎士の実質的な魔法射程は 1km前後にも拘わらず、高度な術式を発動段階で長時間維持しろと無茶振りされた当人らはフリーズしてしまう。
「あのぅ、非常に申し上げ難いのですが、逆に危険です」
「何かの拍子に精神集中が途切れたら、暴発しちゃいます」
「…… 御免なさい、魔法には疎いの」
ある種のアルゴリズムだと認識していても自身が扱えない限り、予期せぬ事態での危険性などは理解が深まらない。
上手くいかないものだと溜息を吐いていれば、敵騎の動向に傾注させていた斥候兵が会話に割り込んできた。
「敵方の軍勢、5~6kmほどの地点で停止」
「丁度、騎体の疑似眼球で互いにある程度はっきり… 目視できる?」
頤に手を添えたニーナが言葉を切り、先の懸念事項である長距離射撃の可能性を再検討するも、注意を喚起する暇もなく紫電の閃光が迸る。
眼下で陣形を組んでいた騎体のうち、クラウソラス後期型の二体が把持する対魔法兵装の盾ごと轟音を響かせて爆散、その余波を受けて斜め後方にいるベガルタも一騎が擱座させられた。
『ッ、魔力炉に損傷… 駄目、緊急停止します』
『畜生、破片の当たり所が悪い!!』
開戦早々に脱落した残留組の騎士が悪態を吐き、彼の同輩達も出端を挫かれて動揺するのと対照的に、西方三領地で様々な異形と切り結んできた派遣組の数名が鋭く目を細める。
『あの距離から撃てるのか、実に素晴らしいな』
『えぇ、最前線に持ち帰りたいですね、何人の命が賄えることやら』
『お前ら自重しろよ、初っ端から殺ってくれた礼を返すぞ』
『騎士長、号令を……』
歴戦の猛者らに促されたアインストは自騎を頷かせると、躯体に組み込まれている外部拡声器から激を飛ばす。
『あの威力で連発できるとは考え難い、二の足を踏んでも撃たれるだけだ。各騎、散開しながら吶喊する! 砲撃仕様の敵騎とは正対するなよ!!』
『『『おぉおおぉ――ッ!』』』
気迫の籠った喊声が響いた刹那、二十数体を越えるゼファルスの巨大騎士が一斉に駆け始めて、待ち受けるリグシアの軍勢に突撃していった。
戦車砲の射程とか、3㎞ほどらしいですね(*'▽')
水平線の都合で見通しがつく限界距離を考慮すると長い射程は要らないそうです。
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