禍福は糾える縄の如し
空に上がった経験などないため、現地出身の者達が一様に窓の外を気にし始める中で、皆を代表してレヴィアが遠慮がちに小さく挙手する。
「ね、もう良いかな?」
「えぇ、自由にしてくれて大丈夫よ」
「お兄様、私も構いませんか?」
「僕も空を飛ぶのは初めてだからね、一緒するよ」
仲良く連れ立った月ヶ瀬家の兄妹や琴乃も窓際に移動した結果… 簡素な長椅子には難しい顔つきで思案するライゼスとニーナ嬢だけが残留した。
なお、操縦席で舵を握るゼファルスの騎士長は “主が自慢したいだけ” と嘯いていたものの、それだけという訳でもないだろう。
此処までの流れを省みて、大まかな女狐殿の目的が理解できたのもあり、言われる前に本題を切り出す。
「飛空艇の技術を供与してくれるなら、まだ渡せる “精霊門の欠片” はあるぞ」
「やっぱり、すべて騎士国が回収していたのね」
大森林での戦闘後、暫く駐留させていた斥候小隊より、数名の武装集団を追い払ったとの報告が伝書鳩でなされ、急ぎ増援を送った記憶がその言葉に連動して蘇る。
事態の終息を見計らった絶妙なタイミングで浸透してきたことから、協力関係故に情報を共有するゼファルス領の手勢だと疑う者達はいたが、あながち間違いではないのかもしれない。
(まぁ、面と向かって聞くのもマナー違反か)
真相は藪の中でいいと割り切ってライゼスを見遣り、先ほどの提案に対する意見を求めれば、沈思黙考していた壮年の副団長殿は深く頷いた。
「近頃は金の掛かる話ばかりだが、悪くない。投資の価値はありそうだ」
「うちの御目付け役の同意は取れたな、どうする?」
「勿論、受けるわよ。好奇心に敗けて造ったものの、精霊石の目的外使用で帰還の研究が頓挫しているからね。後はどれくらいの量を分けてもらえるかだけど……」
瞳を細めたニーナと仔細を詰め、飛空艇の原理についても説明を受ける。
素人なりに理解した限りでは精霊門の欠片… もとい、精霊石に特定周波数の魔力波を共鳴させることで浮力が生まれるらしく、それを核にした前後二つのリアクターと軽硬化錬金製フレームを繋げば船体の揚力が得られるらとの事だ。
従って水平方向の動力は別物を用意する必要があり、一部の騎体にも搭載されている純粋な圧縮魔力の爆発を用いたバースト機構の改良版が組み込まれていた。
「予備知識なしで全体像だけ聞くと簡単な造りに思えるな」
「それは貴方が素人だからよ、開発資料はジャックス技官宛に届けさせるわ」
「分かった、宜しく頼む」
「ん、此方こそね」
差し出された繊手を取り、商談成立の握手を済ませて一息吐いたところで、窓に張り付いていたレヴィアが手招きしてくる。
元の世界にいた頃の経験から、雲ぐらいしか見えないだろうと考えて歩み寄れば、低高度飛行のため中核都市ウィンザードと近郊に広がる森林地帯が十分に見渡せた。
「あの小さく見える群れ、この辺りだとプレーリーファングかな?」
「地上で鉢合わせたら厄介だが、上から見る分には無害か……」
「だね、空の魔物で大型なのは個体数が少ないから、安全に移動できるかも?」
「現状では恐らく、高価極まる交通手段だけどな」
心臓部の原材料が製造不能な敵性鉱物であるため、飛空艇の量産体制を構築するなど望むべくもないだろう。
その貴重な資源を確保できたのを鑑みると、異形の怪物どもが国内に入り込み、秘密裏に精霊門の建造を試みていたのは不幸中の幸いとも判断できた。
(先王の死に繋がる以上、イザナの前だと口が裂けても言えない)
“禍福は糾える縄の如し” と謂えど、迂闊な発言で彼女を悲しませることがないように自戒しつつ、レヴィアと肩を並べて地上の風景を眺める。
やがて半刻ほどの遊覧飛行も終わりが近づいたのか、船首が領都の小城に向き、緩りと高度を下げていった。
「ん~、かなり人目に付いてるけど?」
「別に良いのよ、琴乃。自重するのは止めたし、どうせ誰も模倣できないわ」
「開き直るのは結構だが……」
清々しい態度の領主令嬢に不穏なものを感じて、審問会開廷から始まった皇統派の侵攻に対する落としどころを聞いた瞬間、凄絶な笑みを向けられてしまう。
やや引き気味となったポニテ少女が王を盾代わりに隠れる不敬な姿に構わず、帝国の一領主に過ぎない女狐殿が言い放つ。
「取り敢えず、迷惑なハイゼル候を潰して、最終的には下剋上ね」
「…… 討伐軍を返り討ちにした次は帝都ベリルに攻め入ると?」
「この戦、勝っても元老院から非難されるだけ、何の解決にもならないわ」
「幼い皇帝に纏わり付く、獅子身中の虫を排する訳だな」
そうなると何処まで騎士国が付き合うべきか、おっさん三銃士やイザナと話し合う必要があれども、今は目先の戦闘に集中しなければならない。
(ゼファルス領ほどではないが、負ければ確実に実害を被るからな)
故に意識を引き締めながら森林地帯への帰路に着いた翌日…… 他領との境界線に配されていたニーナ・ヴァレル麾下の斥候部隊より、リグシア領を中心とする討伐軍の侵入が伝えられる。
戦意発揚のため陣頭指揮を執る領主令嬢に従い、西方三領地から帰還させた派遣組を含む巨大騎士が二十六体、騎兵隊や魔術師などの通常兵科に加えて、輜重隊なども合わせた総勢千二百名に及ぶ領軍が速やかに小都市ベグニッツまで移動していく。
他方、戦場となる都市近郊の平原は東側に大きな湖があるため、存在を秘匿されたままの俺達は大々的に街道を進む友軍の影に隠れて、西側に広がる樹林地帯を目立たぬよう、密かに北上していた。
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