六根清浄とはいかずとも
※六根清浄……心身に起因する欲望を断ち切って、清らかになること
いずれは自身も望郷の念が強まっていくのだろうかと、日本のそれより葉っぱが大振りな西洋紅葉を眺めて物思いに耽る。
(確か、ニーナ・ヴァレルは自世界への帰還を諦めないと嘯いていたな)
ただ、平行世界を渡る方法は不明極まりなく、魔術師長のブレイズに頼んで調べてもらった範囲だと、稀人が現世界から帰還した明確な記録は存在しなかった。
故に天寿が尽きるまで生き抜いて騎士国に骨を埋めるか、若しくは戦場で力及ばず朽ち果てる覚悟は決めたものの、秋空の如く人の心は移ろいやすい。
「六根清浄など程遠い……」
「なにかの気掛かりや迷いでも、旦那様?」
「例え現状は不惑であれど、先のことは断言できないと思っただけさ」
「ふふっ、実に人間らしいじゃないですか」
きゅっと絡めている細腕に力を入れた少女の温もりや色香のせいで、舌の根が乾かぬうちに戸惑いながらも左手に掴んでいた革水筒を傾け、やや渋みのある香草茶で喉を潤す。
乾燥させたレモングラスとペパーミントに加え、適量のローズマリーを独自にブレンドしたというフィーネ謹製の逸品は深い味わいがあり、ほど良く気分を落ち着かせてくれた。
「イザナも飲むか?」
「はい、ありがとう御座います♪」
上機嫌で手渡した革水筒に口づけ、艶やかな黒髪を微かに揺らせて御茶を含んだ直後… 何故か、少しだけ残念そうな表情をされてしまう。
「うぅ、甘くない… 蜂蜜が入っていません」
「こっちの方が嗜好に合うからな、抜いてもらった」
苦笑を押さえ込んで馬車の客席後部に置いてある荷物など漁り、蜂蜜仕立ての香草茶が入っている革水筒を差し出せば、両手で受け取った甘党の少女は少しずつ、ちびちびと中身を啜り始めた。
その小動物のような愛らしい姿を何気なく観察していると、不意に綺麗な翡翠色の瞳と視線が交わって微笑みを向けられる。
「中核都市レイダスでの音楽祭、凄く楽しみです」
「あぁ、良い機会だから堪能させてもらおう」
曲がりなりにも王と名の付く立場上、芸術関連の造詣も必要になるため、個人的な興味が薄いからと避けては通れない。
それに “これって二人の新婚旅行だよね?” と言い出して王都に居残った相棒のためにも、有意義な時間を過ごしたいと願っていたら、少し目を細めたイザナが言葉を重ねてくる。
「時に帝国領と言えば、巨大騎士を生み出した “救世の乙女” が御高名ですね。とても聡明で蠱惑的な令嬢と聞き及びますが、実際の印象は如何でしたか?」
「そうだな、同盟国全体の利に拘り過ぎて、身内の帝国貴族から警戒されているが、心根は義に厚く情け深い淑女だよ、ニーナ殿は」
同胞たる稀人らにとっては善き領主であり、彼らを差別的に扱う皇統派の反感があると理解した上、敢えて救いの手を差し伸べる姿勢には危うさも覚えた。
などと、主観に寄った意見も踏まえて女狐殿の人となりを伝えれば、傾聴していたイザナは少々不満げな様子を見せる。
「思いの外べた褒めですね、クロードは彼女に特別な感情を……」
「あくまでも同盟国の領主に対する評価だよ、悪感情を持ってたら組めないだろ」
「むぅ、それは本当ですか?」
「察してくれ、無骨な俺に女狐殿の相手は荷が重過ぎる」
良いようにあしらわれる姿が容易に想像できたので、思わず自嘲気味に口端を歪めてしまうも、依然としてジト目は向けられたままだ。
この場合はどういう対応が最良なのか、隻眼の魔術師サリエルより教授された色恋沙汰の知識を総動員したところで、同一人物から薫陶を受けている黒髪少女が相手だと一筋縄にはいかないだろう。
「私の旦那様は無為に人を惹きつける部分があって、心配なのです」
「いや、寧ろ騎士王の絡みで誘引されているだけでは?」
此方に迷い込むまで、幼い頃の過酷な修行時代を除けば至極平凡な人生を送ってきた記憶しかない、つもりではあるが… 似たようなことを折に触れて、友人や同僚から言われていた気もする。
僅かばかりの魅力でも備わっているのかと頭を捻り、当時の状況を思い出しても肯定する材料など皆無だ。
そもそも日常生活での経験則に従うなら、周囲の耳目を集めるのは何かしらの失敗をやらかした時と相場が決まっている。
(単に粗忽だから悪目立ちしていただけか、情けない話だ)
そう思い至って伝えると不思議そうな表情でイザナは小首を傾げ、城内の侍女達や騎士らが口にする王の評価を教えてくれた。
事実として、彼らが騎士王と斑目蔵人を完全に分けて考えるのは難しく、職務上の利害によって批判的な態度を控えることから、すべての聞かされた言葉を鵜呑みにはできない。
されども純真無垢に育てられた高貴な少女は、自身の猜疑心を不埒だと切り捨てる傾向があり、胸裏に負の感情が蓄積されないよう慮っているため、無粋なことは言わずに合わせておく。
そんな風に会話を交えたり、護衛役の月ヶ瀬兄妹や琴乃と一緒に食事を取ったりしながら数日間の旅路を歩み、帝国民を中心に近隣の人々が集まっているフォセス領の中核都市まで辿り着いた。
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