責任の取り方
「ふむ……これは大したものだな」
俺は押耳が用意した衣装を身に纏いながらそう呟いていた。
今日は文化祭当日。
我ら2年生が演劇を披露する日である。
どのクラスも本番に向けて意気込んでおり、特にこの1週間は小道具作りに練習と大勢の生徒が下校時間ギリギリまで残っている程だった。
「まあね……私だってやるからには手は抜かないわよ……」
すると押耳は目の下にたっぷりとクマを蓄えながら力なく答える。
実は今回の劇において、押耳はメインの衣装作りと脚本を兼任するという中々ハードな役割を担当していた。
正直彼女にはインドアな印象があった為、こういった行事には関心がないのかと思っていたが、どうやら誰よりもやる気があったらしい。
「私の目にはね……最初から完璧なビジョンがあったのよ……だからこそ猪頭なんぞに汚させる訳にはいかない……これは執念みたいなものね……」
「あ、ああ……その思いはしっかり届いているぞ」
実際、押耳が制作した衣装はいち高校生が作るレベルを軽く超えていた。
俺が着ているのは白と黒を基調とした貴族の衣装なのだが所々に金色の刺繍が施されており、そのクオリティが尋常ではない。
加えて肩章といった装飾品も実に精巧に作られている。決して口にはしないが実は歌劇の舞台衣装を盗んできたのでは疑いそうになる次元だった。
どこからどう見ても本物の王子だと形容するしたくなる程の仕上がり。
……そう、誰がどう見ても王子、なのである。
「……何故俺が、主人公役である第六王子など――」
急に我に返った俺は押耳とは違う意味で力なくそう呟く。
手越がメインヒロイン役となったあの日、俺は何故か主人公役に抜擢されていた。
無論俺が自発的に立候補した訳ではない。ではどういう経緯でそうなったのかと言えば全てはこの押耳による裏工作である。
「まあでもそれは仕方ないわよね、だって世の中は全て多数決で回っているのだから。第一不可逆的なものに不平を述べても仕方ないでしょう?」
「こいつ……」
どうも押耳が思い描く作品を形容するには俺が不可欠だったらしく、事前に首藤を使ってクラスメイトに話を振っていたらしい。
だが流石にその程度で俺が主人公役になる筈がないと思ったのだが、どうやら俺が猪頭に見せた振る舞いは想像以上に好意的だったらしく、必然的に足達しかいないのではという流れに。
一応何を血迷ったのか俺以外に田口くんが立候補してくれたのだが、当然ながら相手になる筈もなく、投票の結果この有様である。
「というか遥を超える主人公役なんて存在しないのだから、馬鹿の田口を除いたら誰も立候補する筈がないじゃない。ならその責任は取って貰わないと」
「……ぐうの音も出ない正論ではある」
「まあまあ、これでも作品は事前にwebサイトに公開して高評価を得たお話だから、流石に恥をかかせることはない筈だから安心して頂戴」
「何処までも周到な女だ……お前が猪頭だったら今頃俺は泣かされていたかもしれん」
とはいえこの執念に助けられたことも事実ではある。
だからこそ面倒ではあるが、義理を返す意味で今日まで真剣に練習を積み重ねてきたのだ。
「クロワ殿下入りま~す」
すると、そんな声が聞こえて来ると同時に二人の女子生徒が教室内へ入ってくる。
その内の一人はあの溝口。
実は今彼女は今衣装作りとして押耳の補佐をしているのである。
無論色々思うことはあるとは思うが、結論から言えば彼女は現在猪頭とは少し距離を置いており、今は禊に近い形で積極的に文化祭の手伝いに奔走していた。
まあ彼女なりに行動で示すということなら口を挟む意味はない。それに意外と押耳とも相性はいいようなので、根っからの悪人という訳でもないのだろう。
「お、おいミッチー……! だからその言い方は止めろって……!」
そしてそんな彼女に押されて出てきたのは、クロワというヒロイン役を演じる手越。
押耳お手製の赤と黒を基調としたドレス姿で現れた彼女は金色のウィッグに少し派手めのメイクをしており、実に王女らしい雰囲気を醸し出している。
「わ、悪い足達……おしみーが絶対にカラコンを入れるべきっていうから、付けるのに手間取ってしまって……」
「俺も同じだから気にするな。まあこいつの拘りは尋常ではな――む?」
「モニターがある訳じゃないからそこまでしなくても――あれ?」
俺は押耳にも話しかけたつもりだったのが、全く反応が無い為振り向くといつの間にか教室から姿いなくなっていた。
何なら、ドレスのスカートを持っていた筈の溝口の姿もない。
「何だ、急用があるなら一言声をかければいいものを――」
「でもなんかさ……この格好で二人残されるとちょっと照れくさいな……」
「む? それは確かに――一理あるな」
俺と手越は窓に映ったお互いの姿を見ながらそんなことを口にする。
「まあ心配することはない。お前が可愛いことは今や誰の目から見ても明らかとなったからな、確信を持って本番に臨めばいい」
「そういうことじゃないんだが……でも、まさかこんなことになるなんて夏休みが開けるまでは思いもしなかったな」
「ん? まあ俺が迷惑をかけていなければ平穏無事に過ごせていた訳だからな、その点に関しては申し訳ないとは思っている」
「それは絶対にないから」
窓越しに手越が俺の方を向いてそう言う姿が見えた為、俺は視線を彼女の方へと移す。
その目は真剣そのものだった。
「私は可愛くなりたいとずっと思っていたんだ。でもいつも言い訳を作って逃げてばかりで……足達がいなかったら絶対私は前のままだった」
「そんなことはないだろう。大学生になればお洒落の自由度も広まる筈だ、遅かれ早かれという話でしかなかったと思うが」
「そういう所は分かってないなぁ、足達は」
別にそれが至極自然だと思い言ったのだが、手越は苦笑しつつこう返すのだった。
「私はメイクをしようと決意するまで5年以上かかっているんだぞ? しかも背中を押されてようやくだ。そんな奴が大学生になったぐらいですると本当に思うか?」
「ふむ……それは否定出来んな」
「つまり私は臆病なんだよ。もしメイクをして笑われたらどうしようとか、皆が望む自分でいないと失望されるんじゃないかって思うと前に進めなくなる、そういう人間なのさ」
「成る程な」
「だから自分に都合の良い言い訳をして避けていた――でもそれじゃ駄目なんだよな。本当にやりたいと思うなら、それがいいと思うなら絶対やるべきなんだ」
実際、皆も凄く好意的だったし、と手越は嬉しそうに笑って見せる。
「それを教えてくれたのは足達、お前だよ。だから迷惑なんて言わないでくれ、色々あったのは事実だけど、私は足達と会えて良かった以外の気持ちはないんだから」
「――それはすまかった。どうやら野暮なことを言ってしまったようだな」
「そ、それにだな……」
と、今度は急にやけにモジモジとした態度を取り始めると、俺に視線を合わせては逸らすというよく分からない動作を繰り返し始める。
すると、ギュッとスカートの裾を握った手越はこう言うのだった。
「こ――……これからもお前にいて貰わないといけねーのに、迷惑を掛けたなんて思われたくねーからな……」
「む……?」
全て滞りなく終わった今、そんなことは決して無い筈なのだが――
ふむ――しかしあれか、学校一可愛い存在になったことで、かえって面倒事が増えるということは十二分に考えられる話ではある。
きっかけを作っておきながら、後は知らぬ存ぜぬではあまりに薄情なのは事実。
ただ、その先ということになれば。
「しかし今のお前であれば、わざわざ俺でなくとも――」
「ばか。誰がどうとか、そんな話はしてないだろ」
プクリと頬を膨らませ、誤魔化すなと言わんばかりの声をあげる手越。
その姿は本当に王女が拗ねているようだった。
「な、なら聞くけどよ、お前は……一番好きな有名人が同じこと言っても自分じゃなくても他にいるだろうとか言えんのかよ」
「男に誓って有り得んな」
「じゃ、じゃあ、学校一可愛い女の子が同じこと言ったら――」
俺よりもよっぽどいい男がいるから止めておけ、などと言う馬鹿はいる筈がない。
そんな無駄な格好付けなど男が廃るだけである。
では俺はどうなのか。
建前が不要であれば答えは一つしかないだろう。
「…………」
俺は居住まいを正すと、視線を今一度手越に合わせる。
彼女はかなり顔を紅潮させていたが……それでも俺の目をしっかりと見ていた。
全く、キワモノとと呼ばれた俺に、こんな日が来ようとはな。
「――手越」
「な、なんだ」
「お前を学校一可愛くした責任は誰にも渡さん、付き合ってくれ」
これにて本編は終わりとなります。ここまで読んで頂いた読者の皆様に心からの感謝を。
とはいえ、毎度のことながら好き合ってからのお話を書かない理由はありませんので、もう少しだけお話は続きます。引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。




