計画段階
「はー、確かに凄い顔のパーツが整ってるねー」
「え、あ、きょ、恐縮です……」
どうやら姉は10代、20代なら多くの人が知る有名人らしい。
何でも若者でも真似出来る美容やファッションを中心としながら、モデル業としての活動もSNSを通じて発信しているのだとか。
また等身大ながら常に笑いを取りに行く配信がウケているよううで、気づけばたった1年半でフォロワー数は50万人超え。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いなのが俺の姉こと『ayumi』とのことだった。
「正直、そこまでのポテンシャルがあるとは思っていなかったな」
だがそれだけ努力を積み重ねていたということだろう。いくら顔が良くともそれだけで成功する世界ではないだろうからな。
「ayumiさんに変わった弟がいるというのは有名な話だが……それがまさかよりにもよって裕貴だったとはな」
「なんだ、姉はそんなことまで言い触らしていたのか」
「『モデルを始めたキッカケ』で必ず弟のことを話していたんだよ。小学生の時点で才能を見抜いた弟がいたって」
「まあそれは事実らしいからな」
「何なら彼女が小林高出身っていうのも一部の界隈には知られていたから、実は弟が誰なのかっていう噂も立っていたんだぜ」
「だったら苗字ですぐ割れていそうなものだが」
「一瞬疑われた時期もあったが『同姓なだけだろ』で終了だ」
随分な言われようだが、確かに日向を疾走する姉と日陰を練り歩く俺とでは中々一致させることは難しい気もする。
それに、姉も俺に迷惑をかけないよう根回しをしていただろうしな。
「よしよし、じゃあまずは化粧水と乳液から塗っていこうか、全くメイクはしてないみたいだけどやってことはある?」
「あ、はい! それは勿論」
そんな話をしていると、姉によるメイク講座が始まった。
緊張しているのか手越の表情はガチガチだったが、自らを奮い立たせるように頬を2度叩くと化粧水を手に取った。
「あんまりメイク前に頬は強く叩かない方がいいと思うけど」
「あ! ご、ごめんなさい!」
……あの様子だとすぐに終わることはなさそうだな。
ならばこちらもさっさと話を済ませておくとするか。
そう思い視線を首藤に向けると、先に口を開いたのは奴の方だった。
「……どうやら裕貴の感性は認めざるを得ないみたいだな」
「? 別にそんなことはどうでもいいがな。感性が違うことに対し理不尽さえ浴びせなければ、別にキワモノであろうと構いはしない」
事実少数派というのは総じてあまり評価されないものだ。
ただそれと横暴な扱いをしていいかは全く別問題である。
ましてや無関係の人間にまで手を出そうとするならば、黙って見過ごすつもりはない、それだけの話である。
「因みにだが手越は――猪頭さんに本当に勝てると思うか?」
「? 何を言っている、手越は最初からスーパーシードだ」
「……愚問だったな。ということはお前達はやっぱり」
「ああ、文化祭の演劇は手越をヒロイン役で立候補させる。そして少数派を多数派に変貌させることであの女の鼻っ柱をへし折る」
それが猪頭という女を黙らせる唯一の方法。
ただその為には確実に手越の身の安全を保証させる必要がある。
つまり敗北は言わずもがな、中途半端な結果となり全面戦争となるのは一番あってはならない展開なのである。
「だから裕貴、お前が二重スパイと自負するのであれば、こちらが完全に勝利する為の工作活動をしてはくれないだろうか」
「お前――それは、拒否権はないんだな」
「ある。当然お前にもリスクは伴う訳だからな」
「おいおい……そこは『ない』と言ってくれないと困るぜ」
「む?」
別に俺は選択肢はあるという事実を述べたに過ぎないのだが、何故かマゾ的な発言を繰り出した首藤は俺の肩にポンと手を置いてくる。
「いいか裕貴、ここは男として格好をつけさせてくれって言ってるんだよ」
「そうか、なら盾として割れるまで使わせて貰おう」
「え? いやそこまでは言ってな――」
「工作活動なら、別に卑怯者を使わなくても私の方にも一人アテがあるぞ」
キメ顔が相当にウザかったので俺は冗談を言ったつもりだったのだが、懸命にメイクをしていた手越がそれを聞いて割って入ってくる。
「おい! だから卑怯者はやめ――」
「無関係の人間を危険を晒したくはないのだが、因みに誰なんだ?」
「多分クラスで一番仲がいいんだけどさ、おしみーっていう」
「おしみー?」
「おしみーって、押耳さんのことじゃないのか」
「ん……何処かで聞いた気がする名前だな」
「見た目はお淑やかなんだが私の前だと結構毒舌が凄い子で、特に猪頭さんに対しては強烈だから、多分ノリノリでやってくれるかも」
「ワオ……峰口の奴、それ聞いたら気絶しそうだな」
その台詞を聞いて、その名がこの事件の発端となった話題に出てきたクラスメイトの一人であることを思い出す。
何とも数奇なものだな、ただの雑談に出てきた女が全員関わってくるなど。
「まあそうだな……協力を仰いでもいいが、ちゃんと危険性は伝えて貰えると助かる。手越は是が非でも守るが、彼女まで手が回る保証はないからな」
「分かった――ただ、あんまりそういうこと恥ずかしげもなく言うな」
そう言って俺達の方を振り向いた手越はまだ下地を塗り終えた段階だったが、既に彼女のポテンシャルは遺憾なく発揮され始めていた。
「ほう」
「! ……」
隣で息を呑んでいる首藤を見る限り、それは最早客観的事実だろう。
やはり、手越は学校一可愛い女の子である。
「ところでさ、手越さんはウチの愚弟のことはどう思ってんの?」
「えっ!? 何を急に――い、いや別に、ただの戦友というか……」
「ええー? でもさこの子結構いい顔してると思わない? それに癖はあるけど意外に義理堅い性格だし悪くないと思うんだけど」
「そ、それは――」
「大体こんな無茶苦茶なことさせてるんだからさ、責任取らせればいいのよ。何なら裕貴って奴隷根性はあるから使いようによっては――」
「あ、い、い、そ、そんなことは決して――」
「おい姉、あんまり手越を困らせるようなことを言うな」
「おい! 別に私は困ってないぞ!」
「おかしいだろ、なんで俺が怒られている」
「畜生!! 俺だって……俺だって頑張ってるのに!」
「は?」
姉のジョークをキッカケに、何故か阿鼻叫喚地獄と化す我が家。
だが発端である姉はその様子をただ笑って見ているだけの為、結局それが落ち着くまで無駄な時間を取ってしまうのであった。
結局、手越のメイクに時間をかける前にお開きに。
「全く……」
演劇の配役を決めるまで残り3日しかないというのに。
とはいえ、このまま何事もなく終わればそれが一番なのだが、この様子ではまた何か起きてしまうのではないかと、俺は危惧せざるを得ないのだった。




