陛下のばかー! おたんこなすー!
ルジェンダ王国の魔導騎士団本部。
団長のアイザック・リヴィングストンの私邸でもあるそこで、ソレイユとセイアッドは、談話室に設置してある大型魔導スクリーンをひたすら見つめていた。
魔導騎士団の一員とはいえ、いまだ未成年の見習いにすぎないふたりに、出撃命令が下ることはない。
スクリーンに映し出されているのは、ミロスラヴァ王国の俯瞰立体地図。
先ほどまでは、スタンピードの発生状況を示す赤い光ばかりが不気味に増殖していたそこに、ルジェンダ王国魔導騎士団の存在を示す金色の光が混ざった。
その直後、市街地を呑み込んでいた赤い光が目に見えて減っていく様に、ふたりは無意識に詰めていた息をそっと吐く。
魔導騎士団内で共有されている情報は、ふたりともすでに把握している。
聖女であるナギは、これから市街地で発生しているスタンピードを鎮めにいかなければならない。それが、この国の王宮が下した判断だ。
その判断に、異を唱えるつもりなどない。
ただ、いくらルジェンダ王国の魔導騎士団の強さを知っていても、ろくな戦闘訓練も受けていない同い年の少女が、これほどの災厄の中に赴かなければならない事実が、ひどく苦しかった。
「ナギちゃん、大丈夫かな……」
「ルバルカバ砂漠のときとは、わけが違う。人的被害が大きな場所では、救援に入ったほうもトラウマになりやすい。しばらくの間は、おれたちのほうでも注意して様子をみていたほうがいいだろうな」
この国の魔導騎士団が――何より、ナギの護衛騎士であるシークヴァルトが、彼女の心身を危険に晒すような真似など、絶対にしないことはわかっている。
それでも、大勢の人々が亡くなった場所で、その死のにおいを直接感じて、まだ十五歳の少女が平気でいられるわけがないのだ。
表情を曇らせたソレイユが頷き、ぎゅっと両手を組み合わせる。
「そうだよね……。いくらナギちゃんが、あの見た目からは想像もできないほど元気で図太くて逞しくて、キレると何をしでかすかわかんない女の子でも、きっとものすごいショックだよね……」
「おまえ、結構ひどいな?」
姉妹同然の同輩に、セイアッドが思わず胡乱な眼差しを向けたときだった。
それまで、ミロスラヴァ王国の状況を表示していたスクリーンが乱れたかと思うと、突然耳を劈くような大音量で、少女の泣き声が響き渡る。
『うわああぁあああん! あたしも、行くったら行くったら行くのー! ほかの国の聖女のお姉さまたちが、みんな頑張ってるのに! あたしだけ安全な場所でぬくぬくしてるとか、絶対絶対イヤなんだからー!』
『クリスティーナさまー! お待ちください、クリスティーナさまー!』
どうやら、送信中の通信魔導具を所持している誰かが、ものすごい勢いで走っているようだ。チラチラと映り込む周囲の様子からして、現場はかなり豪奢な屋敷の中のようだが――。
『あたしだって、あたしだって聖女なのに! こんなときに、サボっていていいわけないと思うの! 陛下のばかー! おたんこなすー!』
そのとき、「……は?」とソレイユとセイアッドの声が揃ってしまったのは、別にふたりがきょうだい同然の幼馴染みであるからではないだろう。
改めてスクリーンの端を確認してみれば、現在そこに繋がっているのは、やはり聖女に関する公式発表でしか使用を許されない回線である。
ふたりが揃って目を丸くしていると、どうやら通信魔導具の持ち主が無事に追っ手を振り切ったようだ。勢いよく扉が閉まる音がして、画面がひどく乱れたかと思うと、芸術的な意匠を散らした壁を背景に、大変可愛らしい少女の姿が映った。
ふわふわと波打つ明るい栗色の髪に、こぼれ落ちそうなほど大きな若草色の瞳。ふっくらとまろやかな頬は薔薇色に上気しており、はふはふと荒れた呼吸を繰り返しているところからして、随分気合いを入れて走っていたらしいことが窺える。
少女は大きく深呼吸をしたかと思うと、キリッとした表情で口を開く。
『みなさま、はじめまして! レングラー帝国の聖女、クリスティーナ・エザリントンと申します! えぇと、ミロスラヴァ王国の王太子殿下? さま? に、お願いがあります! あたしにも、ミロスラヴァ王国への入国許可がほしいです!』
そのときソレイユは、「こんなわけのわかんない状況で名指しされるミロスラヴァ王国の王太子殿下、可哀相」と同情し、セイアッドは「レングラー帝国の聖女は、随分元気なんだな」と感心した。
――十秒経過。
レングラー帝国の聖女が、こてんと首を傾げる。
『えぇっと、ミロスラヴァ王国の王子さま? 聞こえますかー? レングラー帝国の聖女ですー。聖女の、クリスティーナ・エザリントンと申しまーす! ……あっ、こんにちはー! あれ、もうこんばんは?』
ソレイユは、ぎこちなくセイアッドを見た。
「レングラー帝国の聖女さまって……。たしか、十二歳なんだっけ?」
「ああ。『おたんこなすー!』という罵倒を口にするのは、幼い子どもにのみ許された特権だと思う」
その『おたんこなすー!』という愉快な罵倒を向けられたのが、この大陸でもトップの国力を誇るレングラー帝国の皇帝その人かもしれないという可能性からは、ひとまず目を逸らしておくことにする。
と、そこでスクリーンがぱっと左右二面に別れ、その一方にひどく困惑した様子のミロスラヴァ王国王太子、ユーリウスの姿が映った。
胸に手を当てた彼は深々と一礼し、ぎこちなく口を開く。
『……お初にお目に掛かります、レングラー帝国の聖女。私はミロスラヴァ王国王太子、ユーリウス・マレク・ザハ・ミロスラヴァと申します』
『はい! はじめまして! レングラー帝国の聖女、クリスティーナ・エザリントンです!』
にっぱー! とまるで邪気のない、明るい笑顔でクリスティーナが応じる。
ソレイユとセイアッドは、その様子を見てもしやと思う。
「ひょっとして……。レングラー帝国の聖女さまって、平民階級のご出身なのかな?」
「このご様子からして、その可能性は高いと思う。もしくは、貴族の庶子でいらっしゃるか……。いずれにせよ、幼少期から厳しい貴族教育を受けていらっしゃる可能性は低いだろう」
貴族の家に生まれた少女は、十歳になる頃には公の場での振る舞い方を、完璧に身につけているものだ。
少なくとも、一国の王太子と挨拶をする際に、胸の高さでぎゅっと両手を握りしめたファイティングポーズを決めている、ということはありえない。
今までの歴史の中で、聖女となったのはほとんどが王族や貴族階級の少女だった。それは、元々魔力持ちの人間が、そういった階級に多く生まれるからだろう。
平民階級出身の聖女がゼロだったわけではないが、非常に珍しいことには違いない。
それにしても、とソレイユは感心する。
「ファイティングポーズって、可愛い子がすれば可愛いんだねえ」
「なるほど。この聖女は『可愛いは正義』という真理を、自ら体現しているんだな」
幼い聖女の可愛らしさに、ふたりがほこほこした気分になっていると、画面の向こうで何やらガタガタという音がした。
その直後、バン! と大きな音が響いて、クリスティーナが驚いた様子で横を見る。
『クリスティーナ……! そなたは、いったい何を……!』
上擦った男性の声が入り、むっと顔を顰めたクリスティーナが、握りしめた両手をぶんぶんと上下に動かす。
『陛下が、あたしのお願い聞いてくれないからだもん! あたしだって聖女なんだから、聖女のお姉さま方と一緒に頑張りたいもん! 陛下からも、ミロスラヴァ王国の王子さまにお願いして!』
『落ち着いてくれ、クリスティーナ。気持ちはわかるが、そなたの力がまだまだ不安定なのは、わかっているだろう? いまだ『聖歌』よりも、直接接触のほうが効率的に力を発揮できるような状態なのだぞ。そんなそなたを、今のミロスラヴァ王国に赴かせるわけにはいかないのだ』
ソレイユとセイアッドは、再び顔を見合わせた。
「今、陛下って言った……?」
「言ったな……?」
レングラー帝国において『陛下』と呼称されるとなれば、当代皇帝クロヴィス・エリク・ジル・レングラー以外にはありえない。
しかし、レングラー帝国の皇帝といえば、常に自国の領土を広げんとする野心家にして、自らの地位を守るために実弟であるシークヴァルトを暗殺しようとした、『アナタの血の色は何色デスカ?』という人物であったはずである。
なのに今、スクリーンの向こうから聞こえてくる男性の声は、まるで子どものわがままに途方に暮れる、どこにでもいる平凡な父親のようだ。
『でも……でも……っ』
『そなたの他者のために働きたいと願う気持ちは、尊いものだと思う。だがな、わかってくれ。クリスティーナ。そなたは聖女である以前に、まだまだ守られるべき幼い子どもなのだ。私にとって、そなたの安全以上に守らねばならぬものなどないのだよ』
クリスティーナの顔が、くしゃりと歪む。
そのままぼろぼろと泣き出した彼女の頭に、大きな手がのる。
うわぁん、と声を上げたクリスティーナが、その手の持ち主の胴体にしがみつく。
スクリーンの画角が、少し変わった。
そこに映ったのは、長い黒髪を左肩に掛かる形でひとつに括り、金色の瞳にどこか憂いを滲ませた――。
「長髪お色気マシマシのシークヴァルトさん!?」
「え……。レングラー帝国の皇帝って、たしか三十二歳じゃなかったか? いくらなんでも、若作りがすごすぎないか?」
三十二歳のおっさんが、二十歳そこそこの弟と見間違いそうなほどの若さをキープしているとは、これいかに。
改めてよく見てみれば、クロヴィスは妖艶とも言えるほどの中性的な美貌の持ち主で、男らしく精悍な美形であるシークヴァルトと、顔立ちそのものはあまり似ていない。
けれど、髪と瞳の色がまったく同じであるからだろうか。ぱっと見の第一印象で『あ、おふたりは兄弟なんですね』とわかるほど、血の近さを感じさせるのだ。
ソレイユとセイアッドが混乱している間に、レングラー帝国の皇帝陛下は、腹回りに自国の聖女をひっつけたまま口を開いた。
『聖女に関する大陸国際条約加盟国の方々。私はレングラー帝国皇帝、クロヴィス・エリク・ジル・レングラー。このたびは我が国の聖女がお騒がせしてしまい、申し訳ない。そして、ユーリウス殿下。こたびのミロスラヴァ王国におけるスタンピード災害について、心よりお見舞い申し上げる』
『……はい。ありがとうございます』
そのときふたりは、ユーリウスに心の底から同情した。
こんなわけのわからない状況に即応しなければならないとは、一国の王太子というのはつくづく難儀な商売であるようだ。
何しろクロヴィスは、至極真面目な表情でユーリウスに語りかけながら、自分の腹に巻き付いて泣いている聖女の背中を宥めるように、優しく撫でているのである。
クリスティーナはなかなかの腕力の持ち主であるらしく、レングラー帝国皇帝の腹回りは、見ているほうが不安になるほどぎっちりと締め上げられていた。なんだかものすごく苦しそうなのだが、クロヴィスの表情は小揺るぎもしない。
ソレイユとセイアッドは、細身に見えながら随分と頑丈らしい皇帝の腹筋に、感心した。
そんな彼らに対するツッコミどころが脳内で渋滞してしまったのか、ユーリウスが死んだ魚のような目になっている。気の毒に。
沈黙を保つユーリウスに、クロヴィスが淡々と語りかける。
『誠に申し訳ないのだが、我が国の聖女はいまだ十二歳と若年ゆえ、こたびのスタンピード災害に派遣することは叶わない。しかし、他国の聖女さま方が懸命に働いてくださっている中、同じく聖女を擁する我が国のみが何もせぬというわけにはいかぬ。スタンピードの収束後、我がレングラー帝国は貴国の復興事業に対し、最大限の資金的・人的援助をさせていただきたい』
ユーリウスが、は、と目を見開くのと同時に、クリスティーナが勢いよく顔を上げた。
『本当!? 陛下!』
『ああ。もちろん、ミロスラヴァ王国側が受け入れてくだされば、だがな』
『ありがとう、陛下ー! 大好きー!』
ぴょん、と飛び跳ねて、ますますぎゅうぎゅうとクロヴィスに抱きつくクリスティーナは、まるで飼い主に全力で尻尾を振る仔犬のようだ。……皇帝の腹筋は、大丈夫なのだろうか。
クロヴィスは困った表情を浮かべて少女を見たあと、改めてユーリウスに問う。
『我が国からの援助を、受け入れてくださるだろうか? ユーリウス殿下』
『も……もちろんで、ございます。クロヴィス陛下。我が国の民を代表して、心よりお礼申し上げます』
いくら聖女たちがスタンピードを鎮めても、それまでに受けてしまった壊滅的な被害が消えてなくなるわけではない。
ある意味、スタンピードが収束してからが、ミロスラヴァ王国にとってははじまりなのだ。
完全に破壊されてしまった主要都市、各地を繋ぐ交通インフラをどう復旧させていくか。何より、亡くなってしまった人々の追悼と、遺された人々への支援と保障。
そういったすべてを進めていくうえで、中央を支配する大国レングラー帝国からの支援は、非常に大きな救いとなるだろう。
ソレイユは、ぼそりと呟いた。
「……なるほど。つまりレングラー帝国は、自国の聖女さまの安全を、めちゃくちゃ高値でお買い上げになったってことかあ」
「この状況で、いくら未熟とはいえ聖女を擁していながら何も動かないとなれば、諸外国からの非難がとんでもないことになっていただろうからな」
セイアッドが、少し考えるようにしてから言う。
「ただ実際、ミロスラヴァ王国にとってはこれがベストだったと思う。ナギも含めて、すでに四人もの聖女がスタンピードの制圧に向かっているんだ。あれほど幼い聖女がそこに加わっても、むしろ現場が混乱して足手まといになるだけだっただろう」
「まあ、十二歳じゃねえ。でも、未成年で聖女の力が不安定っていうなら、ナギちゃんも同じ条件のはずなのに……」
はあぁ、と深々と息を吐いたソレイユが、思いきり顔を顰める。
「いや、そもそも今の聖女さまたちは全員、十代の女の子なわけで。つくづく、理不尽だよね」
「……まあ、うん。なんだか全員、個性がバラバラの方向に全速力で突っ走っているような気もするが。大雑把な括りで言えば、みな十代のうら若き女性たちだな」
そんなことを言い合っている間に、レングラー帝国とミロスラヴァ王国の間で、スタンピード収束後の援助について、一定の合意が得られたようだ。
『それではユーリウス殿下。これ以上の長話はご迷惑になるだろうゆえ、ここで失礼させていただく。貴国の方々が一日も早く安寧を取り戻されることを、心より祈っている』
『ありがとうございます、クロヴィス陛下。そして、レングラー帝国の聖女。おふたりの未来に幸多きことを願っております』
ユーリウスの言葉を聞いたクリスティーナが、キラキラと大きな瞳を輝かせる。
『ありがとうございます! ミロスラヴァ王国の王子さま! あたしと陛下の結婚式には――もがっ』
何か言いかけたクリスティーナの口を、瞳からハイライトを失ったクロヴィスの手が無言で塞ぐ。
『……それでは、失礼する』
『は……はい。失礼、いたします』
ふたつに別れていたスクリーンが一瞬ブラックアウトし、再びミロスラヴァ王国の地図が現れる。
スタンピードを示す赤い光は、この短時間で当初の半分以下にまで減っていた。
そのことに安堵しつつ、ソレイユとセイアッドは同時に首を傾げる。
「なんか……。レングラー帝国の聖女さまって、皇帝に対してめちゃくちゃ好意的だったねえ」
「ああ。少なくとも、皇帝との婚約を無理強いされた感じではなかったな」
それどころか、クリスティーナはクロヴィスにものすごく懐いていたし、むしろクロヴィスのほうがかなり押され気味のような雰囲気だった。
自国の聖女に対し、その国のトップが最大限の敬意を払うのは、至極当然のことではあるのだが――。
「全部が落ち着いてから、さ。シークヴァルトさんが今の映像記録を見たら、ものすごく混乱しちゃいそうじゃない?」
「まあ……とりあえず、自分の兄貴がロリコンじゃなかったかもしれないってのは、いい知らせなんじゃないか」
レングラー帝国の皇帝と聖女の婚約が今も継続している以上、皇帝のロリコン疑惑が消えてなくなるわけではない。
ただ、ほんのわずかな映像から見て取れるだけでも、レングラー帝国の聖女が非常に精神的に健やかな状態であることは察せられた。
そのうえ、彼女の中には明らかに、クロヴィスに対する甘えがある。
多少のわがままや、しがみついて泣きつくことを拒否されない、という確信が持てる程度には、日頃から大切にされているわけだ。
「レングラー帝国の皇帝って、見た目だけは超絶美青年だし。もしかしたらあのお二方の婚約も、聖女さまのほうから言い出したものだったりしてねー」
「だとしたら、大陸中からロリコン疑惑を受けている今の状況は、皇帝にとってはものすごく不本意なのかもしれないな」
ふたりがのほほんと適当な推察を語っていたとき、セイアッドの通信魔導具に着信が入った。その相手を確認し、手早く通信を繋ぐ。
「セイアッド・ジェンクスです。何かありましたか? エリアスさん」
『突然すまない、セイアッドくん。今、ステラに彼女が眠っていた間のことを、一通り説明していたところなんだが……。魔導騎士団の方々がミロスラヴァ王国から戻られたなら、至急確認していただきたいことがあるんだ』
唐突な要請に戸惑いながら、セイアッドは相手の声がソレイユにも聞こえるようにしながら、先を促す。
「はい。あちらの状況が落ち着き次第、こちらからお伝えさせていただきます。なんでしょうか?」
『ありがとう。――聖女ディアナさまの夫君でいらっしゃる、イグナーツ・ザハールカどの。確認していただきたいのは、彼の年齢と出身地だ』
想定外すぎるその内容に、ふたりは思わず顔を見合わせた。
セイアッドは、困惑を隠せないままエリアスに問い返す。
「申し訳ありません、エリアスさん。なぜ、そのようなことを?」
『もし、イグナーツどのの年齢が十九歳で、出身地がルジェンダ王国であるのなら、おそらく彼は俺たちと同じ、ノルダールの孤児院出身者だ』
「………………は?」
ソレイユとともに、間の抜けた声を零して硬直するセイアッドに、エリアスは淡々とした口調で言った。
『もちろん、同名の別人である可能性もあるだろう。ただ彼は、一国の重鎮と言われる貴族の屋敷から、その総領娘だった女性をたったひとりで連れ出した挙げ句、一年もの間その追っ手から逃げおおせてきた人物なんだろう?』
ひとつ息を吐いて、エリアスは続ける。
『そんな非常識極まりないことが可能な人間を、俺もステラもイグナーツ以外に知らない。イグナーツは、攻撃系魔術の適性がそれほど高くなかったから、俺たちのような使い方はされなかったようだが……。彼の幻術系魔術と防御系魔術の精度は、孤児院の中でも異常、異端と言われるレベルだった。おそらく、本人に間違いないと思っている』




