戦う聖女さま!
トゥイマラ王国の聖女ウィルヘルミナ・カルティアラは、幼い頃からの憧れだった騎士となるべく、日々厳しい訓練を重ねてきた。
騎士養成学校に入ってからは、各種魔導武器の扱いも精力的に学んでいる。
そんな彼女の目の前に、現在ずらりと並んでいるのは、この国の王太子であるクラウスが王立魔導武器研究開発局から奪取――もとい、提供させたという、最新型の魔導武器の数々だ。
「ウィルヘルミナさまの身に何かあっては、私は軽やかに発狂いたしますので! 何があってもご無事にお戻りいただけるよう、どうかこれらをお守り代わりにお持ちください!」
ものすごく朗らかな笑顔でそんなことを言うクラウスは、しかし目がまったく笑っていなかった。ちょっと怖い。
王太子という立場上、彼が自らスタンピードの現場へ赴くことを許されないのは、仕方がないことだ。本人はものすごく不本意そうだが、ここは安全な王宮でおとなしくしていてもらうしかないだろう。
小さく息を吐いたウィルヘルミナに、クラウスはやたらとにこにこしながら重ねて言った。
「オスワルド殿下から指定されたウィルヘルミナさまの派遣先には、すでにウィルヘルミナさま専用の離脱機構を含め、騎士養成学校でシミュレーター導入されている大型魔導武器は、すべて万全の状態で配備済みですので! どうぞ、ご安心くださいませ!」
(……どうしよう。ウチの王太子殿下がアホ過ぎる)
我ながらいまだにその自覚があるとは言い難いけれど、ウィルヘルミナは今回聖女としてミロスラヴァ王国に赴くのだ。つまり、彼女自ら魔導武器を持って戦うことは、まったく想定されていない。
そして、ウィルヘルミナの聖女としての力を最も発揮する『叱咤激励』が、暴走する魔獣たちに対してどれほどの効果が出るのかは、やってみなければわからない、という状況だ。
おそらく現場は相当ひどいことになっているだろうし、ぶっつけ本番でトライするにはなかなかハードなミッションである。
「王太子殿下。お気持ちは大変ありがたく思いますが、そしてもしかしたらお忘れなのかもしれませんが、自分はこの国の聖女です。魔導武器による戦闘行動は、自分の任務ではありません」
正直なところ、聖女としての初陣で、任務外のことを考えている余裕などないのだ。
しかし、クラウスはそんなウィルヘルミナの至極まっとうな主張に、きょとんとして首を傾げる。
「ウィルヘルミナさまは、たしかに聖女でいらっしゃいますが……。だからといって、今まであなたが厳しい訓練の中で身につけてこられたスキルを、使ってはならないということにはなりませんでしょう?」
当然のようにそう言われ、ウィルヘルミナは小さく息を詰めた。
「あなたが現在、最も優先しなければならないのは、何よりもまずご自身の安全なのです。本当に……本当に、歯がゆくて情けなくも悔しくてたまりませんが! 聖女であるあなたに頼るしかない現実がある以上、私はこの国の王太子として、そしてあなたに焦がれるひとりの男として、あなたをお守りするための最善を尽くすのみなのです」
にこりと笑って、クラウスは言う。
「もちろん、我が国の魔導騎士団はこれから何があろうと、必ずあなたをお守りするでしょう。ですが――あなたは、あなた自身の力であなたを守れる。その事実を否定する必要が、いったいどこにあるというのです?」
「それは……」
ウィルヘルミナが、魔導武器を持たない理由。
――いくら魔導武器の扱いを学んでいようと、自分はいまだ騎士養成学校を卒業していない学生の身であったのだ、だとか。
聖女を守る魔導騎士団の面々との連携もないまま、下手をすればフレンドリーファイアを起こしかねない状況を作るわけにはいかないだろう、だとか。
たぶん、挙げていけばきりがないほど、それはあるのだと思う。
だが、なぜだろう。
今、それを口にしたくないと願う自分がたしかにいて、ウィルヘルミナはその事実にひどく戸惑う。
(自分は……聖女、で。聖女だから……)
幼い頃から、ずっと続けてきた訓練の日々は、その中で必死に身につけてきたスキルは、聖女に認定されたときから不要になったのだ、と。
誰に言われたわけでもなく、ただ『聖女を守るのは魔導騎士団の務めである』という現実の中で、ごく自然にそういうものなのだと思っていた。
もう、ウィルヘルミナは、自ら魔導武器を手に戦う必要はないのだと。
今、世界中から必要とされているのは、ウィルヘルミナの聖女としての能力だけで、それ以外は一切求められていないのだと。
そんなふうに、思って――。
「ウィルヘルミナさま。私はもちろん、あなたに暴れ狂う魔獣と戦っていただきたいわけではありません。ただ、大型魔獣を含むスタンピードという災厄の中で、あなたをお守りする力は、どれほどあっても多すぎるということはない。そう申し上げているだけなのです」
「……クラウス殿下」
騎士を志したときから、この国の王家のため、ひいてはこの国の民のために戦うことを、自らの誇りと定めて生きてきた。
それは両親が望んだことでもあったけれど、たしかにウィルヘルミナ自身が選び、求めた生き方だったのだ。
この国の騎士となるべく、たくさんの努力を重ねてきた。
魔力を持たないというハンデを覆すために、魔力を持つ者たちとは比べものにならないほど厳しい訓練に耐えてきたのだ。
ウィルヘルミナは、そんな自分自身を誇らしく思って――そして、聖女となったときに、その誇りをすべて失ったのだと思っていた。
けれど、クラウスはそれを違うと言う。
彼女が今まで重ねてきた努力を、否定する必要はないのだと。
……深く、息を吐く。
自分でも気付かないまま、ずっと胸の奥底にわだかまっていた何かが、薄れて消えていく心地がした。
顔を上げ、まっすぐにクラウスを見る。
「了解いたしました。殿下のお心遣い、ありがたく受け取らせていただきます」
ウィルヘルミナは、聖女だ。
けれど、ずっと騎士を目指して重ねてきた時間も、その中で身につけてきたさまざまなスキルも、消えてなくなるわけではない。
(うむ。なんだか気分がスッキリしたぞ)
自分は、自分だ。
たとえ歴代の聖女たちのような働き方はできずとも、自分なりのやり方で役目を果たすことができればいい。
そして、ウィルヘルミナの本質は結局のところ『守る側』なのだと思う。
(……いや。考えてみれば聖女というのも、人々をさまざまな災厄から『守る側』だったな)
聖女となったときから、周囲の者たちが揃って自分を守ろうとばかりしてくるから、ついそれを当然だと受け入れてしまっていたけれど。
無骨な、そしてしっくりと手に馴染む魔導武器を掴んで、小さく笑う。
「トゥイマラ王国の聖女として、そしてこの国の騎士を志した者として、必ずやミロスラヴァ王国の人々を救ってご覧にいれましょう」
なぜかクラウスが胸の辺りを抑えてうずくまってしまったが、彼のそういった不可解な振る舞いはわりといつものことなので、放っておくことにする。
――それから、オスワルドの指示の元訪れたミロスラヴァ王国は、想像以上にひどい状況だった。
騎士養成学校の授業の一環で、魔獣災害の現場を訪れたことはある。その中で、人の死に触れたことだって、幾度もあった。
けれど今、目の前に広がっている光景の凄惨さは、かつて経験したそれらとはまるで違う。
人の命だけでなく、その尊厳まで容赦なく踏みにじるような有様に、いやな汗が滲んでくる。
ウィルヘルミナの護衛として同行しているのは、魔導騎士団の団長バートランド・マグワイアと、第二部隊の面々だ。
彼らもまた、スタンピードに呑み込まれた街からほど近い丘の上、表情を硬く強張らせて黒い獣たちの狂乱を見つめている。
恐ろしいと思う。
哀れだと思う。
だが、それ以上に――。
「いい加減にしないか、この大バカ者どもが!!」
本当に、腹が立って仕方がない。
「どこのどいつかは知らんが、よくもまあこのような悲劇を引き起こして平気でいられたものだな!? まったく、恥知らずにもほどがある! いつかその腐りきった性根を叩き直してやるから、覚悟しておくがいい!」
出撃の直前まで、聖女に関する公式発表でのみ使用できる回線を使った、オスワルドとミロスラヴァ王国王太子の対話を確認していた。
――周囲に歪んだ魔力をまき散らす、融解寸前の魔導鉱石。
そんなものを利用して数え切れないほどの魔獣を狂わせ、人々を踏みにじらせようと目論んだ者たちがいるという。
「そもそもだ! 何か主張したいことがあるというなら、堂々とその顔を晒して自らの口で語ればいいだろう! それをせぬまま、このような卑怯な真似をして、なんの罪もない大勢の人々を巻きこむなど、言語道断! これほど浅ましく姑息で救いようのない所業を為すなど、おまえたちの精神はドブ川のように澱んでいるに違いない!」
ウィルヘルミナを含め、今回ミロスラヴァ王国へ公式に投入された聖女三名の様子は、すべて記録されている。
その記録映像が公表されるか否かは、各国の上層部の判断次第だが、これほどの大罪を犯す者たちだ。各国の中枢までその手が伸びているだろうことは、想像に難くない。
だからこれは、ウィルヘルミナから『彼ら』への宣戦布告だ。
「覚えておけ! トゥイマラ王国の聖女、ウィルヘルミナ・カルティアラは、今このときよりおまえたちの敵となる! せいぜい首を洗って待っているといい!」
ウィルヘルミナが腹の底から叫ぶたび、あからさまに魔獣たちの動きが鈍っていく。
黒一色だった群れの中にさまざまな色彩が入り交じり、次第にその割合が広がっていく中、壮絶な苦悶の声が響き渡った。
異常な動きを見せる、巨大な塊。
明滅する黒と白銀。
(あれが、この群れのトップか。……というか、なぜ魔獣たちが正常化しかけているんだ?)
今、ウィルヘルミナが怒りにまかせて叫んだのは、この事態を引き起こした者たちに対する宣戦布告。これから気合いを入れ直して『叱咤激励』に移ろうと思っていたのに、なんだか肩すかしを食らった気分になる。
ほかの魔獣たちがほぼ動きを止めている中、その小山のような塊は膨張と収縮を激しく繰り返しているように見えた。
四肢のある獣の姿をしたそれが、すさまじい苦痛に悶え、絶叫している。
鼓膜が破けそうな咆哮に、ウィルヘルミナは思わず顔を顰めた。
「やかましい! きさまはそれでも、誇り高き大型魔獣か!? これ以上眷属たちを苦しめたくないのなら、さっさと正気に戻らんか! この惰弱者めが!」
明滅する黒と、白銀。
その相反する色彩が明滅し、少しずつ白銀でいる時間が長くなっていく。
ずらりと牙の並んだ大きな口と、真っ赤な舌までが視認できるようになった頃、その巨躯が突然跳ねた。
まっすぐにこちらへ突っこんでくるその大型魔獣に、周囲を守る魔導騎士たちが次々に弾丸を撃ちこんでいく。
着弾のたび、あからさまに大型魔獣のまとう黒が薄くなっていくのがわかる。
その変化に、ウィルヘルミナは目を見開いた。
(これが、聖女ナギが正常化した魔導鉱石から作り出したという、弾丸の威力か……!)
大型魔獣を正常化するには、最低でも五百発は必要だという話だったが、ウィルヘルミナがある程度正常化に成功していたからだろうか。黒と入り交じっていた白銀が、見る見るうちに増していく。
それでも、この様子ではウィルヘルミナが『叱咤激励』を続けたとしても、完全に正常化するまでかなりの時間が掛かりそうだ。
ミロスラヴァ王国を蹂躙するスタンピードは、全部で八カ所。
聖女たちにしか収束できないそれらは、今も多くの人々の命を奪い続けている。
ウィルヘルミナは、使うつもりのなかった魔導武器を、強く握りしめた。
(救うと、誓ったんだ)
クラウスに。
そして、自分自身に。
改めて周囲を見回したウィルヘルミナは、クラウスが口にしていた『それ』が本当に配備されていたことを知り、思わず笑った。
待機中の今は小さな小屋程度の立方体だが、起動すれば瞬時に巨大な砲台が構築される、対大型魔獣専用魔導武器――通称『スルト』。
魔導騎士複数名での運用を前提として開発されたそれは今、ウィルヘルミナ専用魔導武器として換装され、膨大な数の魔導結晶ユニットが連結されている。
(……自分に、魔獣と戦ってほしくない、とおっしゃったのは、何かの冗談だったのですか? クラウス殿下)
魔導結晶ユニットのひとつに触れ、小さく息を吐く。
ここに内蔵されている魔導結晶が、聖女ナギが正常化した魔導鉱石から作り出されたものならば、この一撃ですべて片付いていたかもしれない。
だが、たとえ通常の魔導結晶ユニットであっても、問題はない。
ここにいる自分は、間違いなく聖女なのだから。
ウィルヘルミナは、通信魔導具に触れて口を開いた。
「傾注。これより、『スルト』を使用する。対象の腹をぶち抜いて核を露出させたのち、直接その正常化に入る。援護を頼む」
『……は?』
唖然とした声を返してきたのは、団長のバートランドだ。
同時に、ウィルヘルミナを中心に半円の陣を描き、対象を正確に狙撃していた魔導騎士たちが、射撃を続けたまま一瞬こちらに視線を向けてくる。
この場の責任者であるバートランドが何か言いかけた気がしたけれど、ウィルヘルミナは黙って『スルト』の操縦盤を起動させた。目の前に展開した、三面のスクリーンに対象の情報を入力し、標的として固定する。
対象との距離、大きさ、想定される質量。気温。湿度。風。重力。周囲に満ちる魔力と、その変化。
次々とスクリーン上に表示される情報を統合し、必要な魔力量を算出していく。
(……さすがに、シミュレーターとはだいぶ違うな)
だが、この程度の計算量であれば許容範囲内だ。
尋常ではないスピードであらゆる演算を終えたウィルヘルミナは、魔導騎士団の面々に対し鋭く命じた。
「総員、その場に伏せろ!」
直後、全員が指示に従ったことを確認し、最終安全装置を解除する。
「ファイア!」
すさまじい火線が、空中を迸った。
それは過たず黒と白銀に揺らぐ大型魔獣に命中し、その胴体の半ばを爆散させる。その衝撃でのけぞるように吹っ飛んだ巨躯の腹部に、わずかに輝く核が見えた。
ウィルヘルミナは『スルト』の隣に配備されていた、大型二輪単独飛行魔導兵装――クラウスが彼女の専用離脱機構として用意していたそれに飛び乗り、まっすぐに大型魔獣の核を目指す。
再び動きはじめた小型、中型の魔獣たちを、バートランドの指示の下、魔導騎士団の的確な銃撃が牽制する。
「おとなしくしていろよ……っ」
飛び散った血肉と、砕けた骨の中に着地したウィルヘルミナは、ミンチ状の肉に半ば埋もれていた核に、自分の右手を思いきり叩きつけた。
はじめは黒が勝っていたそれが、じわじわと色を変えていく。
その緩やかすぎる変化に、ウィルヘルミナはイラッとした。
「遅い! さっさと正気に戻れと言っただろうが!」
怒鳴りつけた途端、核の中で揺らいでいた白銀の光が、ぴゃっと跳ねた。
「おまえが正気に戻らんと、周りの者たちがみな迷惑を被るのだぞ! 大型魔獣ともあろうものが、愚かな人間どものいいようにされたままで構わんとでも言うつもりか!? まったく、情けないにもほどがある!」
手の中で、白銀の光が加速度的に強くなる。
やがて、一抱えほどもある核が一点の曇りもない新雪のような白さに変わった瞬間、ウィルヘルミナの目の前に現れたのはふっさりとした尾を持つ巨大な白狼だった。
目線の高さが、人間のそれと変わらない。
通常の狼の数倍はあろうかという体躯ではあるけれど、大型魔獣というにはあまりに矮小な姿である。
ウィルヘルミナは、首を傾げた。
「小さいな?」
「……仕方がなかろう。今の我に残された魔力では、この程度の肉体の維持で精一杯だ」
ものすごく不本意そうにぼそぼそと言う白狼は、その外観の特徴から推察するに、おそらくフェンリルなのだろう。
そのアイスブルーの瞳が、ウィルヘルミナをじっと見つめてくる。
「猛き聖女よ。我に触れてくれぬか。このような小さき姿であっても、そなたの力を我が眷属に届けるくらいのことはできよう」
「そういうものなのか? では、お手」
フェンリルが、固まった。
――沈黙。
何かまずかっただろうか、と内心首を捻っていると、やがてフェンリルの立派な前脚がぽふりとウィルヘルミナの手に乗せられる。肉球が硬くてゴツゴツしていて、ちょっと残念だ。
一呼吸おいて、フェンリルの毛並みがふわりと浮いた。
「感謝する」
銀色の風が、辺り一帯に渦を巻く。
瞬きひとつの間に、周囲を埋め尽くしていた禍々しい黒はすべて消え失せた。
(これは……)
ウィルヘルミナが驚きに目を瞠っていると、彼女の手からフェンリルの前脚がそっと離れる。
「……猛き聖女よ。そなたの力は、とても強いな。だが、どうやらその力の発露は、そなたの精神状態に強く左右されるようだ」
フェンリルの鼻先が、ウィルヘルミナの額に軽く触れた。
「そなたとは従魔契約を交わすことができぬゆえ、我からの守護を与えておく。――そなた自身の強さを、過信するな。強すぎる怒りは、ときに人の心を焼き尽くす。そなたの身を案じる者たちに、あまり心配をかけるものではないよ」
「……まったく、その通りですな。フェンリルどの」
ウィルヘルミナが答えるより先に、背後からおどろおどろしい声で応じたのは、先ほど何か言いかけていたバートランドだ。
「さて、ウィルヘルミナさま。今日はあなたさまの初陣ゆえ、多少の無茶は黙ってフォローさせていただこうと思っておりましたが――」
振り返ったウィルヘルミナに、すぅ、と深く息を吸ったバートランドが据わりきった目つきで言う。
「『スルト』の無申請使用、大型二輪単独飛行魔導兵装による独断専行。結果としてご無事だったからよかったものの、なぜこのような無茶をなさったのです?」
「うむ。魔導騎士団の最たる任務は、聖女の護衛だからな。常に聖女である自分の安全を最優先に考えなければならない以上、いくら事態を打開するための有効な手段であっても、団長はそれを選択できんだろう?」
バートランドの額に、びしりと青筋が浮く。
「ほほう。それゆえに、あなたさまが自ら判断して、危険を顧みずに飛び出した、と? 申し訳ありませんが、ウィルヘルミナさま。残念ながら、それは蛮勇と言うのですよ。このようなことはもう二度と、断じて、絶対に、しないでいただきたい!」
地脈の乱れに対応するため、各国の最高戦力として結成される魔導騎士団は、その任務のハードさゆえに、比較的若い人員で構成されることが多い。トゥイマラ王国でもその例に漏れず、団長であるバートランドもいまだ二十代の若者だ。
少し癖のあるミルクティー色の髪に、常には穏やかな若草色の瞳をした彼が、キリキリと眉を吊り上げる。
「ウィルヘルミナさま! 私の話を聞いていらっしゃいますか!?」
「聞いている。だが自分は、守れない約束はしない主義なんだ」
バートランドの目と口が、ぱかっと開いた。
それに、とウィルヘルミナはまっすぐに彼を見る。
「自分は、トゥイマラ王国魔導騎士団の強さを知っている。それこそ、自分が多少の無茶をしようと、必ず守れると知っているんだ」
何しろ、騎士養成学校で学んでいたときから、魔導騎士団の人々はウィルヘルミナにとって常に憧れの対象であり、いつか自分もその一員にと願う目標だったのだ。
それはほんの少し前のことであるはずなのに、もうずっと昔のことのように感じる気持ちを思いだし、ウィルヘルミナは笑って言った。
「だからこうして、聖女としての務めを無事に果たすことができた。貴殿らには、心から感謝している。――ありがとう」
「……っ」
バートランドが、両手で顔を覆って天を仰いだ。
いったいどうした、と思っていると、フェンリルが彼を見ながらぼそりと呟く。
「そなたらは……これからもさぞ、いろいろと苦労するのであろうのう……」
「怖いことを言うのはやめてください、フェンリルどの。あああぁあ……ウチの聖女さまが天然タラシ過ぎる……!」
なんだかよくわからないけれど、スタンピードが収束した以上、これ以上この場に留まる理由はない。さっさと次の現場へ赴くべく、気合いを入れ直す。
ウィルヘルミナは、フェンリルの顎をぽんぽんと軽く叩いた。
「それではな、フェンリルどの。一日も早く、貴殿が元の肉体を取り戻すことを祈っている」
「ふぬぅ……。そなたの手は、なんとも気持ちがよいものだな……ではなく! これ、聖女! 我を犬扱いするでない!」
フェンリルが不本意そうに喚くが、仕方がないではないか。
ウィルヘルミナは肉球に関してはぷにぷにの猫派だが、基本的には犬派なのだ。
ウィルヘルミナは、実戦の中でゾーンに入ったとき、もしくはキレたときに戦闘力――もとい、聖女力が大幅に跳ね上がる、大変脳筋タイプの聖女さまです。
もしかしたら、53万くらいあるかもしれません。




