18「33筆 しろくろ中心グルリンだ!?」(4)
いつもの和装、どちらかと言えば作務衣に近く見えたスーツが、白と黒の調和した裃のような形に変わっていく。マスクの額に三日月のようなツノが装着され、きらりと光った。
「オ=ノワール、……セレクト・ワン!! お前を、斬るッ!!」
「ぬぅっふふふふふ……食らえ、〈グルリン波〉!」
「はぁッ!」
「なんとォ!?」
白黒が美しく配置された斧が、怪電波を切り裂いた。
「斧は道具だ、表も裏もない。みんなだって、きっと」
コウジは最初、ライトブレスを不正使用して変身した。身元を隠したまま活動を続け、兄の失踪を追い続けて……絶望の真実を知ったのちも、大ぼらを吹くことは少なくなかった。少なからぬ罪悪感があるのだろう。
ヒョウドウとて、戦いの中に見出した真理はとても穏やかなものだった――血に狂うことだけが剣の道ではないと、彼は最初から知っている。彼が剣を捨てる日も来よう、その日がいつになるかは別として。
ジェノンは、ときおり不思議な高貴さを漂わせることがある。わざとらしい振る舞いは、きっと彼女の奥底にある何かを隠しているのだろう。無理やり暴き立てられたそれを見てしまったとしても……サクヤには、それを追及する気はない。
「表裏じゃない。俺は刃を使う」
斧は広いが、面など使わない。斧の価値はただ、刃にある――自らの限界を超えて斧と共鳴した力は、とくに大したものではない。ただ、オ=ブランとオ=ノワール、白と黒という二人分の力が合算されただけのことだ。常人ならば持ち上げることにさえ苦労する大斧を、木の棒のように振り回せるだけである。
空気さえ切り裂くその膂力は、音や視界さえ歪ませる。それゆえ、もはや彼に〈グルリン波〉は通じない。
「なんということでしょう! それならばァ、私も自分でグルリンっ!」
「顔が開いた!?」
「サポートしますっ!」
「ありがとう、マリカちゃん!」
扉の閉じていた穏やかな顔が、まるで鬼瓦のように恐ろしいものに変わった。
「この姿のオレは! グルリンパワーを自在に発動できるのだァ!」
「くっ、なんだっ!?」
飛んできたグルリンパワーの光弾を受けた斧は、ぐるぐると回転を始める。
「な、どういう……!?」
「わわっ!? 止められません、どうしましょう!」
ブンキーロが弾丸を撃ち込んでも、斧は回ったままだった。うかつに近寄れば、大けがをしかねない――どうにか接近しようとしたオ=ブランは、敵の狙い通り、まんまと次の光弾を受けてしまった。
「ま、まずい! おえっ、気持ち悪い……!」
「はっ、そうだ! サクヤさんっ、斧をそっちに移動させます!」
「んん? はっ、そういうことか!」
「なんだァ、お前もグルリンとしたいのか?」
おどけるように歩み寄るペッターに向けて一発、そして斧に向かって一発。ブンキーロの撃った弾丸は、斧をすすすっとスライドさせていく。牽制するような、さほど威力のない弾丸ばかりを手のひらではたき落として、ペッターは嗤う。
「こんなことをしても、仲間をケガさせるだけだぞォ? お前もグルリンしてやる!」
「それはどうかな!」
前転を続けるオ=ブランは、いつの間にかその手で大斧を操っていた。
「な、なにィ!?」
「止まりはしないなら、利用させてもらうぞ。さあ、お前も味わえ! 二倍グルリンパワーだッ!」
「い、いかん!」
戦士の回転と斧の回転は、勢いが合流してパワーを増した。どうにかして勢いを止めようとした光弾も、パワーの合算にしかならない。防御しようとクロスさせた両腕は、しかし脇腹に命中した弾丸に崩された。
「ぬごっ、あ、ぐわあああああ!!?」
高速回転する斧は、グルリン・ペッターの堅固な体を深々と切り裂いた。許容量を超えたヌリカ・エネルギーの奔流が、怪人の体を駆け巡る。
「裏表は、どちらも本人と、いうことかァーっ!!」
怪人の起こした大爆発は、事件の終息を告げる合図となった。
基地に戻ったイチバンファイブたちは、それぞれ正気に戻ったことを確認している。
「はぁー……あたしがいいようにやられちまうなんてね。あーんな似合わない服なんか着ちゃってサ、何なのほんと」
「いえっ、すごく似合ってましたよ! お茶のお師匠さまみたいでした!」
「はーやだやだ、あたしゃお嬢さま暮らしに憧れる小娘じゃないってーの」
「は、ははは……」
敵の力は「回す」であって「変える」ではない。その意味はなんとなく分かっていたが、サクヤはそれを口にしなかった。
「にしても、すごいぜ! あのカンショックまで一人でぶっ倒すなんてな!」
「ん? 俺はあのペッター一人だけしか倒してないぞ」
「なに? あれだけ重要な作戦のように言って、手助けまでしておきながら、俺たちが全滅間近のときには油断したっていうのか」
「おかしいな。カンショックは、そういうとき手抜きはしない性分だろ?」
そういえば、とサクヤは思い出す。幹部たちはそれぞれ強力な力を持っており、それぞれの性格もある。カンショックはペッター怪人を手厚くフォローし、作戦を完遂間近に持って行くことも多かった。イチバンファイブが全滅しかけた今回の作戦も、カンショックがいれば成功していたはずだ。
それに加えて、最強の敵「フェイクペッター」も出てこなかった。三人が相手なら、何が起きていたやら想像もつかぬほどの脅威だったはずである。
(……全世界を洗脳するチャンスだったのに、どうして……?)
ヌリカ・エデンの神殿、ヌリツブ神聖画前。いつもなら、独特ながら和気あいあいとした(?)雰囲気が漂っているはずの場所には、厳かな沈黙だけが満ちていた。
赤、青、暴力的色彩は揃って頭を垂れている……その先には、己の手で首を絞めるかのごとき恐ろしい被り物をした、黒い女性型の異形「ヤミーロ」がいた。
「侵攻がちっとも進まないと思っていたら、国賊に情報を流され、ヌリカ・エネルギーまでも利用されていたと。この愚か者!! なぜ報告しなかったのですか!」
「ああっ、ごめんなさい! あなたが死んじゃうからだよぉ」
隣同士が補色、気味の悪い色彩に覆われた預言者・ホショックは、そう告げた。
「神は言っている。お前の想いは神に届かないと。信じなくても叶うよぉ」
「口が過ぎますよ、ホショック! 今この手で始末してもよいところを、たった一人ヌリツブ神のお言葉を聞けるからと生かしているのに」
「お姉ちゃん、こいつ馬鹿にしてるんだよ! 蹴っ飛ばしていい? ね?」
「ダメよマシロ、我慢しなさい。神のお言葉を聞けなくなってしまうわ」
皇女であるヤミーロとマシロは、衰えた大皇帝ブッチマーケの後継者であり、チキュー侵攻の責任者でもある。二大将軍ダンショックとカンショックは一向によい報告を持ち帰らず、預言者ホショックもチキューから戻らず、あげく送り込んだスパイは「将軍たちがニンゲンを神の間に連れ込んだ」とまで言い出した。
ホショックの言葉は前後でかき回されるが、つねに真実である。神に触れるために混沌を宿した結果、正しい言葉だけを伝えられなくなってしまったのだ。
「何かおかしな気配がすると思ったら。その女が皇女さまか」
「噂は本当だったのね。弁解は手短に済ませなさい、将軍!!」
「ま、待ってください! こいつは改造したニンゲンの完成品です、ペッターなのです!」
「何をでたらめなことを! 証拠を見せなさい!」
「これのことかい」
金色の腕輪は、明らかにヌリツブ神の力を宿していた。
「うう、寒い。三枚のカードを使える、切り札です」
「フェイクペッターだ。仲良くしてくれ、皇女さま」
獅星コウジ/マッカーワンと似た雰囲気の顔が、にこりと笑った。
これ4話一日半で書いたんだよね……学生時代はもっと書いてたのか。ヤバいな。




