17「33筆 しろくろ中心グルリンだ!?」(3)
しかし――その一撃は、割り込んだ青によって阻まれた。
「ああ、寒い……なんと冷たい一撃だ」
「カンショック!? お前か、今回の一件を仕組んだのは!」
「頭がよく冷えていないな。今こいつを倒されるわけにはいかない」
「逃げるなっ、卑怯者!」
カンショックは、グルリン・ペッターを氷の壁で隠し、自分もろとも瞬時に発生した猛吹雪の中に連れ去ってしまった。
と、なれば。
「……、」
「やはり、感情を失っているのか!」
黒い恐怖は、ヒョウドウ/イアイシーとコウジ/マッカーワンに向けられることになった。恐るべき速度と精度、すさまじい膂力で以て振るわれる大斧をどうにかさばき、バチャラを始末し終わったブンキーロも合流して、どうにかオ=ノワールは鎮まった。
基地に戻った仲間たちの前で、サクヤは土下座して謝罪していた。
「すまなかった……!! また、またっ……!!」
「あれは敵のせいだぜ! お前の力が悪いわけじゃねえ、気にすんな!」
「し、しかし……」
「逆に考えろ、カードの力で洗脳を逃れたんだ。変身はしない方がいいだろうが……」
いつもの蓮っ葉な言動はどこへやら、基地の和室で正座して緑茶をすすっているジェノンは、まったく戦えない状態になってしまっていた。あれに比べれば、戦闘要員としてはまだ理性を残し、戦えるだけマシである。
「キナリ、調整はまだ終わらないのか?」
「この老いぼれからはなんとも。それに、サクヤさま。今の状態で戦えますかな?」
「……診察結果は問題なかった」
「いま少し、様子を見ましょう。ほんとうに危険な状況になりかねません」
自室で休んでいるようにと指示されたサクヤは、ライトブレスを指令室に置いて、おとなしく自室へと引っ込んだ。見送ったヒョウドウは、沈んだ表情のままだった。
「誘拐されて怪人にされて、あいつも怖いだろうに……俺たちは、あいつに重荷を背負わせすぎじゃないのか?」
「サクヤさんには、あの人なりの覚悟があるんですよっ。私がお姉ちゃんの敵討ちでイチバンファイブになったみたいに……理由が」
マリカは、もともと情報班の人間だった。しかし、初代ブンキーロだった姉がツバキ・ペッターに殺害されたことで、敵討ちのために自らが二代目ブンキーロとなった。そして「ドアー」カードを使い、「ブンキーロ シュート・ワン」へと到達した……彼女の中に、もはや復讐という言葉はない。因果の起点を撃ち抜き、誰ひとり復讐の道に堕ちぬよう人々を守る戦士となったのである。
彼女もまた、もともと戦う覚悟など持ってはいなかった。しかし、姉の葬儀で泣いているのは自分だけではないと気付いた……誰より強い人だと思っていた父が、ひょうきんで人を笑わせるのが好きな母が、泣いていたのだ。遺体が崩れてしまうため、親族は彼女の顔を見ることさえできなかった。花だけが詰まった棺の前で、彼女は戦いを決意した。
――泣いてるよっ!! 涙止まんないよっ!!
――でもいい!! このまま戦う!! だって……
――次に誰かを泣かせたくないもん!!
「サクヤさんの覚悟、きっとすごく強いものだと思うんです。トラウマで引きこもっても、戦わなくても誰も責めないのに、戦ってくれてる」
「素晴らしい方ですわね。人を守る責務を果たしてくださるのですもの」
「ジェノンさんは、ほんとに戦わないんですか?」
「はしたない真似はできませんの」
すっかり考えがグルリンと回って、「戦いこそ本分」といういつもの彼女が、「戦うなどはしたない」と主張するようになってしまっている。またペッターが出ても、次は三人で出るしかない状態だった。
また警報が鳴る――
『G六番地区にペッター出現! 急行してください!』
「行きましょう!」
二人欠けたイチバンファイブは、出動していった。
一方、自室にいるサクヤは、警報にばっと立ち上がって……しかし、またベッドに座り込んだ。
(ライトブレスがなきゃ、俺は一般人で……適正値が低かったら、ペッターにされることもなかったんだ)
ただの人間なら、と意味のない仮定を浮かべたサクヤは、しかし即座にそれを否定した。
(みんな人間だ。特別なのは適正値だけで、今までふつうの人生を送ってきた。……俺と、同じように)
人間はヒーローにはなれないのか。そんなわけはない。最初からヒーローという生き物がいるのなら、人はそれを飼育して増やして、ペッターにぶつければいいだけだ。そうではないからこそ、人が戦わねばならぬときが来る。
『お前は何のために戦っているんだ? あれほど訊かれて、あれほど迷惑をかけて。どうしてまだ戦場に立とうとするんだ』
自分の影が尋ねてくる。幾度も自問自答したことであるはずなのに、今はもやもやとして答えが見えない。だが、逸る気持ちだけは抑えられない。気付けば部屋を飛び出して、指令室にあったライトブレスを引っ掴み、ひた走っていた。
(分からない! 分からないのに……! どうして俺は戦おうとしているんだ!?)
『どうして走る? 仲間たちが戦っているんだ。それで終わるだろう。お前が何もしなくても』
「三人が危ないんだ! ペッターは、きっとまた……!」
敵のやり口はすでに分かっている。バチャラを大量に配置し、動きを妨害して一人ずつ確実に洗脳していく。こちらの人数が減れば減るほど、敵はやりやすくなる……危険度は、先ほどと比較にならないほど跳ね上がっていた。
到着した商店街のはずれは――
「うわあぁあああん! ごめんよぉおお! オレ、ずっとウソついてたんだぁああ!!」
「穏やかに過ごそう……剣なんて握っても、しょうがない」
「うわー! もうだめ、全員洗脳されちゃうよー!」
「ッ、……!」
ひどい状態だった。ブンキーロがギリギリで持ちこたえているが、時間の問題だろう。バチャラはもはや誰を襲うこともなく、洗脳された人々を小突いているだけだった。
「ぬぅっふふふふふ……また来たのですかァ? 次こそ完全に、戦うだけの化け物になるかもしれないというのに!」
「そんなことはどうでもいいッ!!」
敵の言葉で、気付いた。
「俺はどうなってもいい。何も怖くない!」
「意味が分かりませんねェ? 化け物に成り果てて、私を倒すとでも?」
「俺が怖いのは、誰かが傷つくことだけだ。だからッ!!」
『〈アックス〉!』
変身したオ=ブランは、斧を地面に打ち付けた。
「来い!!!」
手元に瞬間移動してきたカードを、起動する。
『〈ドアー〉!』
『限界!! 消却!!!』
「俺にはもう! 怖いものなんてないッ!!」
光が満ちた。




