16「33筆 しろくろ中心グルリンだ!?」(2)
「ええい! 誰もイチバンファイブを倒せんではないか! これまで何枚のカードが無駄になった!? 兵士もただではないのだぞ!」
「考えなしのお前が、もっとも兵士を無駄にしているだろう……」
ヌリカ・エデンの神殿、ヌリツブ神聖画前。兵士に預言通りのライトカードを授け、ペッターに改造するその場所では、ある意味でいつも通りの光景が繰り広げられていた。炎や恒星のような形と真っ赤な体色の「ダンショック」は、氷や化石のような装飾を身に着けた青い「カンショック」にわめき散らしている。その理由もまた、いつも通りだった。
「チキューに侵攻を始めてはや半年以上、あちらの兵士を仕留めたのは一人だけ! 戦災難民すら発生しておらん! 同時展開作戦すら成功しなかったのだぞ」
「まったく無能ばかりで困るよねぇ! 絶望させるならその方がいいけれど」
「ホショックか。なんだ、考えでもあるのか?」
「前に改造したニンゲンのこと、覚えてる? 覚えてなくてもいいけど」
ああ、とダンショックはうなずいた。
「ニンゲンにしては見どころがあったな。もう少し強くしてから使えばよかった……」
「あいつがカードを使えたのは、カードに近しい心を持っていたからなんだ。考えなくても、使えればなんでもいいけどねぇ」
はっきりした二面性と、その両方に強く共鳴する過激さ。
「あいつはまだ、同じ力を使ってる。味方に手を出したこともある……なら、あいつを操ってイチバンファイブを壊滅させればいいんだよ。ああっ、とてもひどいことだよね!」
「寒いな……その考えにぴったりなペッターが、ちょうど今朝生まれた」
「おおっ! ならばさっそく投入すればいい! ほら、早くしろ!」
「ホショック。これは預言なのか?」
「違うよぉ。けれど正しい考えだよねえ?」
現れたペッターは、まるで扉のような仮面をつけていた。
幼稚園に、母親が息子を迎えに来た――わずかに混じる違和感に気付かぬまま、間南津はいつもの教室に向かう。別の仕事があったのだろう、職員室から戻ってくる担任の一人、大村と合流した。
「こんにちは、先生。あの子はどうしてますか?」
「ええ、いつも通りですよ。黙々と積み木を……あら?」
積み木を仕舞う箱の近く、いつも息子のトウミが積み木で試行錯誤を繰り広げている光景には、女の子がいた。
「リンカちゃん? ……って、積み木はあんまり」
「あら、いつもは男の子と混じってごっこ遊びしてるのに。……あら、トウミくん!?」
「えっ、あの子がおままごと……?」
「何かしら? 春山先生、どうしたの」
子供たちがおかしいんです、と教室から出てきた春山は蒼ざめている。
「お昼ご飯が終わってから、みんないつもとぜんぜん違う遊びを始めていて。全員です」
「どういうこと?」
「わかりません。ケンカもしないし、声をかけても反応が鈍くて……」
「何かしら、イチバンファイブに通報したほうが……?」
そのとき、園庭の方から悲鳴が聞こえてきた。
「ぬぅっふふふふふ……どうやら気付かれてしまったようですねェ! 私は「グルリン・ペッター」! 心をグルリンと反対に回すことができるのです……」
「は、早く! 早くイチバンファイブに通報して!」
「大丈夫だ、いま来た!!」
「早く避難しな、あたしは子供かばったりゃしないよっ!」
自信に満ちた青年とどこか頼りない青年、気弱そうな少女と道着の男性、そしてミリタリー風の過激な服装をした女性。
「ぬぅっふふふふふ……もう一度説明した方がよいでしょうかァ?」
「聞いてたから大丈夫だ! みんな、行くぞっ!」
『〈スター〉!』『〈カタナ〉!』『〈ピストル〉!』『〈アックス〉!』『〈ハチェット〉!』
「「「「「〈ドロー・チェンジ〉!!」」」」」
ライトブレスにカードを装填し、ボタンを押し込む――赤、青、黄、白、緑。変身した五人に、びしゃりと撒き散らされたバチャラたちが襲い掛かる。
「くっ、バチャラたちが建物の方にも!」
「向かいますっ!」「あたしも行くよ!」
ブンキーロ/マリカとシブッチャー/ジェノンが、幼稚園の建物の方へ向かった。園庭にいるペッターとバチャラたちを相手取った男性陣は、どうにか敷地内から敵を追い出そうとするものの、じわじわと建物の方に追い込まれていく。
「数が多い……! コウジ、ヒョウドウ、どうする!?」
「子供たちがいるんだ、オ=ノワールにはなるな」
「あのカードは預けちまってるからなぁ、気合い入れてぶつかるしかないな!」
「わかった……!」
無尽蔵に異常な数が湧き続けるバチャラたちによって、徐々に戦場は分断されていった――そして、射線が開いてしまう。
「ぬぅっふふふふふ……さて、浴びてもらいましょうかァ! 〈グルリン波〉!!」
「みんな、伏せろッ!」
「コウジっ!!」
とっさに子供たちをかばったシブッチャーと、主戦力を奪われてはならぬと判断したオ=ブランは、グルリン・ペッターの放った怪電波をもろに浴びてしまった。
「あら、あたしったら……。レディがこんなものを手にするなんて、はしたない」
「えっ、ジェノンさん!?」
荒々しい言動と過激な衣装、それこそがジェノンの特色だったはずが……まるで大和撫子のような言動を始め、変身を解いてささっと奥に引っ込み、和服に着替えて戻ってきた。子供たちの前にはいるものの、戦う気などないようであった。
「――おい、サクヤ。大丈夫か?」
がくりとうなだれたサクヤ/オ=ブランは、ライトブレスからカードを抜き取る。それは、ある変身を行うときの動作だった。
「……〈反転〉」
『〈アックス〉!』
白の面ではなく、黒の面を読み取り機構に向ける。装填し、ボタンを押したサクヤは、恐怖の力を開放した。
「ダメだっ、やめろ! この場でオ=ノワールになったら……!!」
白装束に黒いたすき掛けを思わせるスーツが、漆黒に白のラインが走ったものに変わる。まるで、首切り役人のような――。
「イチバン悪いやつを斬る。オ=ノワール」
ザンッ、と瞬時に薙ぎ払われたバチャラたちが霧散した。そして漆黒の処刑人は、猛然と怪人に襲いかかった。




