現場に到着したけども……
今、サマリの家の周りが騒然としている。何故なら、非番のギルド兵たちが各々の武器を持ってサマリの家を取り囲んでいたからだ。
その理由はもちろん、サマリの家の中で起こっていることについてだ。この騒動の仕掛け人……もとい、事件発見者はアリーとユニだ。彼女たちによると、なんとサマリの家に猛獣が潜んでいるという。
もしやと思い、彼女たちはすぐにギルド兵へと助けを求めたらしい。
最初は信じられないといった口ぶりのギルド兵もサマリの家から聞こえてくる猛獣の威嚇している声には本当だと認めざるを得ない。
サマリの所在を確認したところ、出歩いているところを見た人間が皆無ということで、彼女は家にいる――人質にされている――可能性が高いことになった。
そして最近、ユニコーンやネクロマンサーの暗躍があったことで、国の方も動きが慎重になってきている。
特にサマリはそのどちらにも関わっていた人間であるから、彼女が新たな脅威に狙われた可能性が高い。その判断をリーダーが下したらしく、こんな大事にまで発展しているということだ。
俺もアリーとユニからこの話を聞いて、任務を速攻で終わらせてサマリの家に向かったのだった。
アリーの方はただサマリを心配しているような素振りだったが、ユニの方は深刻そうに悩んでいた。それもそうか。せっかくユニの父を倒したってのに、脅威の展開がこうも早いと心配になるだろう。それに、アリーから聞いたことだが、本当は彼女、父が倒されたその日に俺たちの家を出る予定だったらしい。
目的は脅威を調べ、打ち倒すこと。俺たちには迷惑がかかると判断して、最初は出ようとしたがアリーがそれを引きとめたということだ。
ユニの唇を噛みしめる表情から、サマリを守れなかった悔しさがにじみ出ている。だが安心してくれ。サマリは俺が助け出す。
「ごめんなの……。私がもっとしっかりしていれば……」
「ううん、ユニちゃんのせいじゃないよ」
「そうだ。お前が気に病むことじゃない。後は俺に任せておけ。な?」
「……うん」
現場に到着した俺が見た光景は、二人から聞いてたものよりずっと凄い光景だった。
何やら数人のギルド兵士たちがメガホンを持っている。そして、大人一人分はあろうかという大きな鉄の盾を装備し、それでサマリの家を取り囲んでいる。まるで鉄の壁だ。
ギルド兵士の後ろにはなぜかビニールテープが敷かれている。関係者以外立ち入り禁止という感じだ。
さらに、ギルド兵士たちはメガホンで力の限り家に向かって、いや、家の中にいる猛獣に向かって叫んでいた。
「こーらー! 早く出てきなさーい! 君の要求はなんだー!? サマリさんを解放しなさーい!」
「あ……あの、何をやっているのでしょうか?」
「あ、これはケイさん! お疲れ様です!」
とりあえず、邪魔なビニールテープを乗り越えて、近くの兵士に話しかける。というか、このビニールテープ誰が用意したんだよ。ご丁寧に文字まで書かれている。
『ここから先は入っちゃダメ!』
なんて文字だ。まるで幼い子供が言うような台詞じゃないか。
……何故に?
「この大げさに大げさを重ねたような大げさは一体何が起こってるんだ?」
「ええ。これはサマリさん宅にモンスターが侵入し、サマリさんを人質にとっているからです」
「ここまでする必要、ある?」
「全て護衛隊のリーダーの提案によるものです! こうした方が犯人も要求に応じてくれるとのことで! ちなみに、あのテープはリーダー手作りらしいですよ!」
「は……はぁ……」
リーダーのあの女の子はどこかズレているような気がする……。
「一応、こちらでも呼びかけを行っております! おーい! いつまでそこにいるつもりだー! 故郷のお母さんが泣いてるぞー!!」
「効果……あるのかい?」
「人情に訴えかけて、人質を解放してもらう作戦となっております! さすがは護衛隊のリーダー! 立てこもっている猛獣を説得して被害を出さないような作戦を考えられるとは……ケイさんはいいリーダーをお持ちですね!」
「ハ……ハハ。ありがとう」
しかし、いくら無害な説得を続けていたとしても、猛獣が何も反応を示さないということはこの行動は無意味ということになる。
俺が出るしかないか……。しかし、どうやって猛獣を倒せばいい?
サマリを人質にしていることから、知能は高いモンスターになる。下手に動けば、サマリの命がなくなってしまう。前にもアリーが盗賊によって人質にとられたこともあったが、あれは戦闘中の『流れ』が存在していた。すでに武器を持っていた。相手の人数も把握でき、対面していた。しかし、今回は違う。俺はまだ剣を引き抜いていないし、猛獣がどのような姿をしているのかさえ把握できていない。
アリーとユニなら覚えているだろうか。
俺はテープを乗り越えようかどうか迷っている二人を手招きし、こっちに引き寄せる。
依然として不安げな表情を拭えない二人に対して、俺は遭遇した時の状況の説明を求めた。
「なあ、どんな姿をしてたか覚えてるか?」
「うーんと……確か、全身が毛むくじゃらだったと思う」
「そうなの。あとは、耳が尖がってたと思うの」
「尖がってた? ……ふーむ」
耳が尖がっている毛むくじゃらの猛獣。……あいつ、確か獣人族だったよな? ユニコーンが出来るんだし、サマリだって……。も、もしかして……。
「それって、狼みたいにか?」
「確か、そうだったの」
「なるほどな……アリー、ユニ。俺と一緒にサマリの家に行かないか?」
「え? で、でも……危なくないかな? それに、下手に刺激したらサマリお姉ちゃんが……」
「なるほどなの。つまり、ケイくんはこういうことをするってことなの!」
何を勘違いしているのか、ユニはアリーからプレゼントされている角を手に持って何やら誇らしげな顔をしている。
違う、そうじゃない。猛獣とは戦わないぞユニ。
「とにかく、危険性はないはずなんだ。もし何かあったら、俺が責任を取る」
「……分かった。けーくんがそう言うなら、私も覚悟を決めるよ」
「安心してアリー。この角で守ってあげるの」
「う、うん。ありがとうユニちゃん!」
「じゃ、行くぞ……」
双方で頷き合い、俺たちは家の玄関へと足を進める。……が、当然ギルド兵士が止めた。
「待ってください。侵入する気ですか?」
「兵士さん。ここは俺を信用してもらえませんか? 一応、これでも護衛隊の一人なんです」
「確かに……分かりました。ただ、こちらも呼びかけを続けていきます。タイミングはそちらの方に任せますが……」
「ああ、ありがとう」
兵士の了承を得て、俺たちはようやく歩き出すことができる。その間にも、懸命?な呼びかけは続けられていた。
「我々はー! 君の要求を実現できる程度の力は持っているはずだー! このまま黙っていても時間を消費してしまうだけだろー!? そろそろ話してくれないかー!」
「……効果ありませんね」
「……うむ。違う方法を取ってみるか」
「あ、俺ちょうど良い指南書がありますよ。こういう状況にうってつけですよ!」
「何々? フム……。おーい! この糞野郎ー!! ぷっしーきゃっとー!! お前のかーちゃんでべそー!! どうだ?」
「あっ、これ人を怒らせる100の暴言って書いてある」
「何ぃ!?」
「すいません! 間違えました!!」
「……いや、多分大丈夫だ」
「というと?」
「我々は猛獣に対してまだ二つしか暴言を吐いていない。この本は全て実践すれば百パーセント相手が怒るという書籍。つまり、猛獣が怒ったとしてもまだ二パーセントでしかないのだよ」
「な、なるほど!! しかし……ちょっと待って下さい」
「何だ?」
「さっきの暴言……三つ言ってましたよ?」
大して効果のないやり取りが背後で行われていることに呆れながら、俺たちは玄関のドアを開け放ったのだった。




