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反撃の切り札――カウンター――

 俺が迷っている間にも、俺を復讐の対象と勘違いしている彼女は地面に落ちていた剣を拾って構えた。

 ああ、その構え方はいつだか教えたものと同じだな。あの時は彼女の成長を頼もしいと思ったが、今はちょっと後悔。

 それに、俺と違ってアリーは魔法も使えるんじゃなかったか? しかも、サマリ先生のお墨付きじゃないか。

 皮肉なサラブレッドを相手に戦うものだな……。

 彼女の猛攻を防ぐ意味で、俺も剣を引き抜く。


 その行動だけで、彼女の怒りは更に増していた。


「その剣で旅団のみんなを殺したんだ! 絶対に許せない……!!」


「何を勘違いしているのか分からんが、俺は君の旅団なんか知らない」


「嘘だ! あの人が教えてくれた! あれはけーくんが全て仕組んだことなんだって! そのせいで……そのせいで私は盗賊団に捕まって奴隷になったんだ!! ……許せない。私を一番近くに置いて、嘲笑ってたんだ!」


「気の済むまで戦うといい。俺は絶対に負けたりしないからな」


「うわあああ!」


 アリーは悲痛な叫びと共に俺に向かって剣を振り回してきた。

 一応、前に俺が教えた時の型を使ってはきているが、所詮は素人。俺は難なく剣で弾いていく。

 だが、こうして防戦一方では彼女の催眠は解けることがない。何か策を考えなくては……。


 最初は意気込んでいたアリーも体力には勝てないのか、時間が経てば息を切らしていた。


「くっ……!!」


「どうしたアリー? もう終わりか?」


「そんなこと!」


 大きく振りかぶり、再度俺に突撃してきそうになったアリーを、誰かが止める。

 その声は初老の人間のようなしわがれた声だった。


「落ち着け。アリー」


「……はい」


 その声を聞いた瞬間、アリーの感情が消失した。

 剣を大人しく下ろし、声に聞き惚れているようにも見える。


 声の主は暗闇から這い出てくるように、ゆっくりと正体を現した。

 声の通り、初老の男だった。ただ、紳士服を着ていて、みなりはどこかの貴族のような礼儀正しさとふるまいがあるように思える。

 が、こいつは恐らくアリーに催眠をかけた人間なんだ。

 初対面だというのに、俺はあからさまに敵意を向けた。


「貴様がアリーを操ってるんだな……!」


「そうだ。アリーはすでに私の手の中にあるということだ」


「アリーを元に戻せ。さもなくば、お前を殺す」


「ふふふ、野蛮だね人間は。それに、もう私の娘から聞いているんじゃないかね? 彼女の戻し方を」


「……強いショックを与えれば、か」


「その通り。正解だ。知ってるじゃないか。そう、私の催眠はあの娘の時とは違う。角を折って戦闘不能にしただけでは解けないのさ」


「俺が貴様の世迷い言を信じると思ってるのか?」


「信じるも何も、信用しているユニコーンからの情報じゃないか。アリーの心臓を一突き。それで彼女は催眠から解き放たれる」


「ふざけるな!! 見くびるなよ……! 俺がそんな条件を呑むと思うな!!」


「なら、アリーは永遠に私のしもべだ。残念だね、君はあの子の成長を見守ることなく私の『調整』にかかってしまうのだから……」


「調整? ファーマ村の人も言ってたが、やはりお前が!」


「そうだ。その名も通り、その村で『調整』したのだよ。国と村の友好を結ぼうとする哀れな女と男をな。満身創痍の男を虐殺させたのさ。私が村人の心を操ってな。それにしても、生き残った女の方は滑稽だったな。村と仲良くなれないことに絶望して、望みを反転させたんだからな」


「……貴様!」


「国と村が力を合わせてもらっちゃ困るんだよ。出来損ないのモンスターは人の命を縄張りとしている。そのバランスが崩れてしまっては彼がお怒りになるからね」


「『彼』が誰だか知らないが俺はお前のような人の命を何とも思っちゃいないモンスターを殺すために生きてきた!!」


 そう、こいつを殺せばアリーの催眠は解ける。だから、狙いはこいつ一人でいいんだ。

 ユリナ隊長の意思をバカにされたこと、そしてそれがユリナ隊長の運命を歪ませた張本人からの言葉ということに、俺は自分を見失いそうになるほどの怒りに支配される。

 目の前の男だけに集中し、俺は剣を構えて突進する。コイツを殺せば……全てが終わるんだ!

 剣を空高く掲げて、男の脳天に向けて振り下ろそうとする。その直前だった。


「うおおおお!!」


「やれやれ。アリー、私の前に」


「なっ――!」


 男の命令に従って、生気のないアリーが男の前に立ちふさがったのだ。

 命令のままに行動する、言わば人形のようになっている彼女。俺はアリーの顔を見て、何とか自制心を取り戻す。

 だから、剣をアリーの眼前で止めることができた。

 俺が攻撃をためらった瞬間、アリーの表情が歪む。そして、手元に持っていた剣を前に突き出した。


「くっ!」


「あはは! やった! やったよみんなあ! 私、ちゃんと仇を取れた!」


「さすがアリーだ。復讐を達成できそうだね」


「うん!」


 剣で貫かれた俺の腹部。そこからは珍しくも赤い液体が流れ出ていた。

 意識が霞む。血を流しすぎたからじゃない。操られているにしろ、アリーが俺を攻撃したからだ。

 くっ……! 違う! 今のアリーは本当の彼女じゃない! 何でそれが分からないんだ俺のバカ!


 アリーの剣から逃れるため、俺は後ろに下がって剣を引っこ抜く。

 水が入ってパンパンに張った袋が破けたように、俺の腹部から更なる鮮血が吹き出す。

 剣を持ちながら、俺は片手で腹部を抑える行動を取らざるをえない。


「私としてはどっちが死んでも構わないんだがね。ケイが死んだ場合、アリーが罪の意識からユリナと同じ運命を辿るだろう。アリーが死んだ場合は……ケイはどうするのかな?」


「……お前のシナリオ通りにはならないぜ。俺は死なないし、アリーは俺が守るからな……!」


「今のところ、私のシナリオ通りだ。説得力はないに等しい」


 最悪にも、コイツは俺の行動を完璧に封じている。この国に来た時から俺の行動を監視しているように。アリーに愛情を抱き始めたこのタイミングを狙ったのも、男の計画の一部だろう。

 この元凶である男を殺そうにも、前にはアリーが立ちはだかる。かと言って、彼女を傷つけるような勇気が俺にはない。もう、それができない関係にまで仲良くなってしまった。

 ならば、俺はもうアリーに殺されるしかないのか? ふざけるな。弱気になるな……! チャンスは必ず生まれる……!


 アリーの冷たい眼差しを見ていると、彼女と楽しく過ごしていた記憶がふと蘇った。

 最初は無口だと思ってた彼女。しかし、打ち解けてからはかなり甘えん坊になったよな。

 俺の役に立ちたいって言って、学校にも通っている。今は俺を困らせてるけどな。

 そして……アリーはユニを信じていた。俺がアリーを救った時みたいに、ユニを救いたいと言ってくれた。

 ユニはアリーに催眠をかけることもあったけど、俺が雑誌とかを丸めて彼女の催眠術を解いたこともあったっけ……。


 ……待て。今、俺は回想で何をしていた? アリーの催眠術を解いて、た?


「……まさか」


 目の前で嘲笑している男がユニの父親で、二人の仲が悪いなら、ユニは何度もアリーに催眠術をかけていた理由があった?

 ユニの催眠術自体は小さなショックで消えると言ってたのに、彼女は一度も自分で行うことはなかった。全部俺に任していた。何故アリーにかかった催眠を俺が解除するよう促したんだ?

 このタイミングで、ユニはなんで俺とアリーに接触してたんだ?

 もしかして……自分の父が俺とアリー狙うことを最初から分かってたのか!? だから、父から俺たちを守ろうと……!

 その切り札が……アリーの催眠を解除する方法――一定の動作を与えることで催眠から目覚めさせる癖を付ける方法――だとしたら!!

 そう言えば、ユニは俺と別れる間際に伝えたいことがあるって言って気絶してた。それが、この方法ならば……!

 ええい、迷っている暇はない。俺はそれに賭けさせてもらう、ユニ!


 ちょうど良く、ここには古新聞がいくつも転がっている。……老人。ここを選んだお前の負けだ!

 俺は剣を鞘に収めて、地面にしゃがんだ。そして、地面に無造作に置かれてある新聞を一部手に取って丸める。


「あれれ? どうしたのかなけーくん。もう、諦めちゃった?」


「……さあ、どうだかな。今まで一緒に暮らしてきたのに、俺の感情も読めないのかい? アリーは」


「……どうやら、本気で殺されたいみたいだね。けーくんは」


「一つ言っておく。俺はアリーに殺されない。かと言って殺すつもりもない。ただ守る。それだけだ」


「ふざけないで! もういい! 死んで!!」


「俺は――死なない!」


 アリーが剣を振り回す。彼女の剣の太刀筋くらい、見切れる。

 俺はその一瞬をついて、丸めた新聞をアリーの頬に向かって叩きつけた。

 紙が肌に接触する乾いた音が鳴り響き、アリーの持っていた剣が地面に落ちる。


 彼女は呆けながら叩かれた頬をそっと撫でていた。その目には気力が満ちている。


「……あれ? 私……何を……して」


「戻ったんだな、アリー」


「……え? け、けーくん。私……あ、あぁ……!!」


「気にするな、全てはあいつが悪いんだ」


「でも……私……けーくんに酷いことを!! ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい!!」


「いいんだよ……君が無事なら、俺はそれでいいんだ」


 操られていた記憶は残っているのか、アリーは俺の温もりを確かめるかのように俺に抱きついて謝った。

 大量の涙が彼女の頬を伝って俺の服を濡らす。

 いいんだ。君が正気に戻ってくれたのなら……。後は目の前の男を始末するだけだからな。

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