未来への抵抗
ジェスの奇妙な笑いを聞きながら、俺はユニがユニコーンの姿で走り去っていくのを見ていた。
……大丈夫だ。きっと、合流できる。……後は、ジェスだけだな。
本物のリアナとジェスが睨み合っている。どちらとも動かず、ただ相手のタイミングを図っているのだろう。
リアナとは博物館に行く途中で出会った。
大方ジェスが怪しいと思っていた俺だったから、もちろんその時も疑ってかかっていた。けど、彼女の武器を見て確信したんだ。彼女は敵じゃないと。
それから先は、ユニを助けるために一緒に来てくれた。もしもジェスが癇癪を起こしてユニを傷つけようとしたら、リアナが助けに入ってくる予定だった。
だが、ジェスは意外にも最後までユニを傷つけようとはしなかった。
彼の目的は『未来』を変えないこと。それならどんな手を使ってでも阻止しようしてきたはずだ。
それなら、ユニを人質に取ってきてもおかしくはなかった。
ジェスに向かって彼自身の陰謀と罠を解説している間、それが気にはなっていた。
まあ、他人の姿を借りてその人の評価を下げようとする輩の気持ちが、俺には分かるわけがないし、分かりたくもないな。
「久しぶりだよなリアナ。こうして殺し合いをするのは」
「……ジェス。未来でも話したけど、やっぱりレジスタンスの中での裏切りはあなただったんだね」
「ああそうだ。過去に戻って未来をやり直す? それは人間の行為を超えている。今あるべき未来を進む。その先で魔王を殺せば済む話だろうに!」
「ジェスだって知ってるだろう? レジスタンスを含めたボクたちの残り人数を……」
「それが自然というものだ。人間は滅びる運命だったってことだよ」
「そんなの……ボクは嫌だ! 魔王さえこの時に殺すことができれば……人間とモンスターが平和に暮らしている未来があったはずなんだ!」
「あのさあ……それが身勝手だと何故分からないのかな? お前の親友がどうなったか、知らないとは言わせないぜ? それを見てもその幻想を語るってのなら……リアナ。やはり、お前はお子ちゃまだよ」
「――それを言うな!」
リアナが銃口に何かを取り付ける。
すると、銃口から光の剣が伸縮してきた。これが未来の技術ってことか……。俺も負けてられないな。
リアナよりジェスの方が強いのだろう。
勇敢に立ち向かったリアナだったけど、ジェスはその動きを完璧に読んでいる。
彼の自慢である剣がリアナの銃を吹き飛ばすと、彼は舌なめずりした。
「二度目はない……これで終わりだよ、リアナ」
「くっ!」
「――待て」
振り下ろされる大剣。
俺は即座にジェスの前に立ってリアナを守る。
過去の剣と未来の剣がかち合い、鈍い金属音を立てる。
「邪魔をするなよ、ケイ。ここで傷ついたら、後が響くぜ?」
「安心しろ。俺は死なない」
「……死なない、か。……クックックッ……お笑いだなソイツはぁ!!」
「勝手に笑ってろ。俺は生きるし、守りたい人は全員この手で守ってみせる」
「どうあがいても、お前は『死ぬ』んだよ、ケイ。未来はそう決まってるんだからな」
「なら、その未来を変えてやるよ。……後悔するんだな! その未来を言った自分に!」
「今までのオレとは違うぜ? 仮にも魔王軍と戦ってきてたんだからな。それに変身してない本気のオレは強いんだぜ?」
「だったら……試してやるよ!」
その瞬間、俺が踏みしめている地面に魔法陣が描かれる。
これはジェスの持っている剣の力か。それを認識した瞬間、爆発が俺を包み込んだ。
「くっ!」
「どうだ? さすがに爆発の直撃じゃ耐えられないだろう?」
多分、体のあちこちに火傷の後がついたな……。
衝撃波によって地面を転がっている間、擦れたところに痛みが走ったしな。
相手にマウントを取られないように、すぐに立ち上がって頬を拭う。その時にも頬がヒリヒリするような痛みがあった。
「……少しは、な」
「ケイくん……!」
「リアナ……。ここは俺に任せてくれ」
俺の傷ついた姿がトラウマになっているのだろうか。
彼女の凛々しそうな顔つきは鳴りを潜め、いつも間近で見ているような影を帯びた顔つきになっていた。
だから、彼女を心配させまいと余裕のある笑みを見せたんだ。
「ケイ。『オレが』お前を殺したくないんだ。オレの目的はただ一つ。リアナの死だけだ」
「それなら尚更だ。俺を殺してからリアナを殺せ。出来るもんならな」
「……やれやれ。魔王との戦いに備えてもらいたかったんだがな。ケイには」
「俺の今はここにある。今はジェスと決着をつける方が先だ……!」
「まあ、こういう男だから伝説の人物なのかもしれないがな」
ジェスはそう言いながら、次々と魔法陣を描いていく。
木に張り付いた魔法陣。俺を取り囲むように配置された魔法陣。そして、空中に張り巡らされた魔法陣。
「魔法陣ばかりだな……」
「だが、これでお前の逃げ道はない。飛んでみるか? 電撃がお前を襲う。けど、そうしてその場に突っ立ってると、さっきの炎が五倍になって襲い掛かってくるぜ?」
「…………」
「魔法が使えるようだが、所詮はサマリの貰い物だろ? お前の弱点は一つ。お前より強い魔法で圧倒させればいい。フィジカルじゃ、勝ち目がないからな」
「よく分析しているようだな……」
「ああ。数日は一緒に居たからな。あの時はあの時で楽しかったぜ? ま、女言葉を使うのは少し辛かったがな」
「……お前と世間話する気はない」
久しぶりに、心の中で焦りが見え始める。油断したら死ぬ。死線を超えるための戦い。
けど、俺はただ一つの可能性を考えていた。
ここまで未来を守るために暗躍してきたジェス。それが何故今になって俺を殺しにかかってきているのか。
どうやら、俺は魔王と戦う運命を背負っているらしい。その運命を、彼は変えたいのだろうか。
答えはきっと違うはず。彼ほど未来にこだわっている人間はいない。
それはつまり……俺が死なない算段があるということだ。
……ここは、未来を変えない。俺も未来を守らせてもらうとする。
「奇遇だな。オレもだよ!」
ジェスの一言により、地面の魔法陣から一斉に炎が吹き荒れた。
どう考えても、この炎から逃れることは出来ない。直感で、俺は地面を蹴って空を飛んだ。
「おおっと! そっちは電撃だぜ」
「くっ――!」
空中に設置された魔法陣から不規則な電撃が走ってくる。
『偶然』俺は剣を構えて電撃を薙ぎ払う。その電撃は地面の下。つまり、炎の海へと落下していった。
すると、電撃は地面に直撃して土煙をおこし、その土は炎を巻き込んで辺りに飛散する。
当然、俺は空中にいるから被害を受けない。だが、下にいるジェスはどうか……?
彼はひどく咳き込み、喘息をおこしているようだった。
そのせいで集中力が消え去ったのだ。魔法は立ち消えて辺りに残ったのは余波の砂埃だけだった。
「はああああ!!」
空の上から、ジェスを突き刺すために剣を振り下ろす。
しかし、彼もやり手だ。涙目になりながら剣を構えて、俺の剣を受け止めたのだから。
「あれだけの魔法陣をもろともしないなんてな」
「ここじゃ『死なない』。そう確信したんだ」
「何だって? ……クックックッ。そういうことか」
「ああ。お前の言葉がヒントになったのさ」
「なるほど……お喋りも度が過ぎるとこうなるということか」
「これで終わりだ……ジェス」
「ったく……魔法陣を使っても倒せないとなると……やっぱりこっちだよなあ!」
ジェスは鍔迫り合いを止めたかと思うと、即座にリアナへ向かって行った。
俺も向かおうと思ったが、小癪にもジェスが木に張った魔法陣が効果を現した。
それは恐らく操りの魔法なのだろう。木がひとりでに立ち上がり、俺を捕えようと蔦を伸ばしてきたのだ。
一瞬にして、両手を後ろ手に縛られ、一番力の出ない体勢で俺を取り囲んでいく。……けど、そんなのっ!!
骨折しても構わないくらい、力尽くで蔦を引きちぎる。
少し脱臼したかもしれない。だが、今は関係ない。
俺は周辺の木々の位置を把握し、地面に落ちた剣を掴み取って投げた。
「リアナ!!」
剣は回転しながら大木にぶつかり、軌道を変えていく。変えた軌道の先にある別の大木へと当たった剣は、またしても別の大木を目指していく。それはあの時の挙動に似ていた。彼女を最初に見て、助けた時みたいに……。
ジェスがリアナの懐に入る。
彼の剣が彼女の首筋に近づく。だが、彼の剣は俺の投げた剣によって打ち倒されたのだった。
持っていた腕が切断されたことで落ちる剣。カラカラと切ない金属音で鳴きながら地面を転がっていく。
逆に、俺の剣は誇らしげに地面に突き刺さっていた。
「なっ、何!?」
「――今だ!」
冷静な顔を取り戻したリアナ。彼女は銃口から突き出ている剣を使って、ジェスの胸部へと突き刺した。
口から溢れ出てくるジェスの血。ジェスとリアナがいた未来はまだ、赤い色の血が流れているようだ。
彼はリアナの顔を恨めしそうに見ながら、血を吐きながら怨み節を呟いた。
「グフッ……! よくまあ、魔法を教えた『先輩』だってのに容赦ないよなあ……」
「ボクの中の先輩は、サマリただ一人だけだよ」
剣を引き抜いて、後ずさるリアナ。トドメを刺したようなものだが、彼の抵抗を恐れての行動だろう。
遂に膝をついて倒れたジェス。彼は止めどなく血が流れていく胸部を抑えながら、必死の形相で俺たちを見つめていた。
「ジェス。お前は何故ユニを人質に取らなかった」
「オレは未来と違う行動を取るのは嫌なのさ。ユニは未来でも生きていたからな。それをここで殺してしまえば、未来に影響が出る」
「やっぱり、そういうことだったか」
だが、ジェスのその信念が俺に逆転をくれるチャンスになったんだ。
……ユニはもうサマリたちと合流したはずだ。これが未来にどう影響するのか分からない。けど、着実に未来はいい方向へ進んでいると思いたい。
「……ジェス。これが俺たちの選択だ」
「フッ……フフフ。オレが殺されても、未来は変わらないさ」
「どういう意味だ」
「オレとリアナがいた未来へと動かす修正を、オレ自身肌で感じてたからさ。オレの計画は突拍子もなく、成功する確率だって低い。それが今までことごとく成功したのは、きっと未来は確定されているからだ」
「その力だって、俺たちは跳ね返してみせる」
「……無駄だ。お前じゃ『叶わない』んだよ……」
彼は最後に笑った。
自分自身の役目が全て終わった時の開放感。最後の表情にはその感情が詰まっていた。
ドサッと力なく倒れる、ジェスだったもの。魂のない彼の体は、もはや置物と変わらない。
「終わった……本当に……殺したんだ……」
ゼイゼイと息切れを起こしているリアナ。
彼女も未来での因縁に決着をつけることができて良かっただろう。
……さて、後は魔王を倒すだけだな。
魔王を倒し、世界の平和を取り戻す。いや、前より平和な日常にさせてみせる。
モンスターと人間が共に暮らし、生きていける世界へと……。
「……行こう、ケイ」
銃をしまい込んで、すでに準備は完了していると言わんばかりのリアナ。
……魔王の襲撃にはまだ少しの猶予がある。俺の役目は戦場に立って魔王を倒せばいい。事前の作業は特にないはずだ。
少しだけ、俺は彼女と話をしたかった。
本当の彼女と話せるのは、この時間くらいしかないんじゃないか。平和になればいくらでも時間があるにも関わらず、俺は何となくそんな気がしていたのだ。
「せっかく会えたんだ。歩きながら話さないか?」
「え? ……うん。いいけど」
俺の提案に面食らいながらも、彼女は同意する。
それから、彼女とのコミュニケーションが始まった。
「リアナ。実際のところ、未来はどうなってるんだ?」
「……聞きたい? きっと、聞けば後悔することになる」
彼女の顔の陰りが一層濃くなる。それほど暗い未来なんだ。だけど、俺はそれを知る必要がある。
どんな辛い出来事でも受け入れる。俺はその覚悟でリアナに言い放った。
「後悔なんてしない。その未来は……俺が変えてみせる」
俺の決意のおかげか、リアナは少しだけ顔を明るくしてくれる。
けど、未来を語る時になるとその顔も元に戻ってしまった。
「ウィゴを倒してからかな? しばらくしない内にユニちゃんが行方不明になったの。でも、ある日突然現れた。魔王襲撃の前にね。その時のユニちゃんはもう……ユニちゃんじゃなくなっていた。サマリは彼女と戦って……ボクを庇ったがために……」
「……そうか」
「魔王襲撃直後、この国は対策不足で後手に回った。そのせいでステル国は壊滅。……ケイも魔王と戦った時に命を落とした。そこから先は地獄だよ。人間は狩られ、全滅寸前。生き残った僅かな人間は地下に潜って反抗してきたけど……もう……」
考えられる最悪の未来。
これからそれが待ち受けているというのか。そして、彼女の未来では俺とサマリは死んでいることなる。
ユニだって生きてはいるが、何故か魔王側の存在になっている。それなら……彼女は……ずっと一人で……。
「……辛かっただろ?」
「最初は。でも、ボクが生き残ったってことは、何かしなければならないと思ったから、ここまで死なずにきたんだ」
ここで彼女をこう呼ぶべきだと思った。
何故なら、それを知っているのはこの世界で俺一人だから。ユニやサマリだって気づかなかった。だけど、俺はあの髪飾りで気づいたんだ。
彼女が……。
「頑張ったんだな。リアナ……いや、アリー」
「――!?」
目を見開いて俺を見つめるリアナ。まさか俺にバレるとは思ってもみなかったのだろう。
でも、俺は気づくことができたんだ。大人になっても……そして、ボロボロになっても、俺が彼女へ最初にプレゼントした髪飾りを大事に持っていてくれていることに。
「この髪飾り、俺がプレゼントしたものだろ? 装飾品は無いけど、形状がまったく同じだったよ」
「……それは」
彼女の手のひらに、髪飾りをしっかり持たせる。
大きな手のひらが、彼女が成長したことを実感させてくれる。
「最後まで守れなくて……悪かった。今、ここで謝っても遅いかもしれない。けど、過去の俺に謝らせてくれ」
「う……ううん! ケイが悪いんじゃない! ボクが……ボクが弱かったから……! それに、サマリお姉ちゃんも……!」
「そんなことない。だって、アリーはこうして立派に生きてるじゃないか」
「く……うぅ……!!」
彼女は涙を必死に堪えている。きっと、数十年分の涙が彼女には詰まっているのだろう。
それを今日、ここで流してほしいんだ。今まで泣けなかった分、思う存分ここで泣いて欲しい。
それが、未来で辛い思いをさせてしまった彼女に対する一つのお詫びになると思った。
「今だけは、子どもに戻ってもいいんだ。俺ならここにいるから」
「……い……いいの? 私……甘えても……」
「ああ」
「……くん。けー……くん……! けーくん!!」
抱きついてくるリアナ……いや、アリー。
俺は彼女を優しく包み込むように抱きしめた。大人になった彼女。だけど、今この瞬間はいつも知っているアリーとそっくりだ。
抱きしめた感覚。そして頭を撫でた時に触れた感触。その全てが俺の知ってるアリーと変わらないんだ。
だからこそ、こんな状態にまで追い詰めてしまった未来の自分が情けなく、悲痛に思った。
「寂しかったよ……!! けーくんもいない、サマリお姉ちゃんもいない……ユニちゃんは敵になって……。そんなんだから私、ずっとみんなから虐げられてた……! 悔しかった悲しかった許せなかった! だから私は……自分を殺して別人になろうと……!!」
アリーにこんな思いはさせない。いや……アリーだけじゃないな。
全ての人間とモンスターが共存できる世界を目指すため。……俺は彼女に自分自身の決意を語った。
「この未来は……俺が守る。絶対に……魔王には負けないから……!」
「うん……! うん!! 信じてる! けーくんが勝つ未来を!!」
「ああ。任せてくれ」
それからしばらくの間、俺はアリーのことをジッとなだめていた。
少しでも心の傷が癒えるように……。それだけを願って。




