※リアナの正体
「……?」
懺悔も終わりに近づいた頃、草むらを踏みしめる音が鳴った。
誰かがここに近づいてきたのだろうか。
助けに……来たとは思えない、女の子の声が私の耳元で聞こえてきた。
「ふふふ……ユニちゃん」
「……リアナさん、なの」
こうして目を閉じて耳だけで彼女の声を聞いていると、どこかで聞いたことのあるような声として認識される。
これは……アリー? どうしてリアナさんの声を聞くだけで彼女が脳内に浮かんでくるのか。
とても腹が立つことだけど、アリーの声色を低くしたら、リアナさんの声色に近くなるんだろう。
「そうだよ。……目、開けてみる?」
私の頭から布が外される。そして、私の瞳は光を見ることができるようになった。
日差しが眩しく、思わず細目になってしまう。そんな私の様子を、リアナさんは薄気味悪い笑顔で見ている。
「ねえ、これからどうなるか気になる?」
「……気には、ならないの」
「へぇ、どうして? ここで死ぬかもしれないんだよ?」
「私は死なない……そんな気がするの」
「これも、運命なのかもね」
「……?」
「まあいいや。もう少しだけ待っててね。あと少しで来るから」
「な、何が……なの」
「それは見てからのお楽しみ♪」
「……くっ」
気にならないと言った手前、改めて質問するのは恥ずかしい。
一体、リアナさんは何が目的なの?
私をこんな場所に捕えて、まだ他に何かがあるというのか。
これも……全部私が悪いんだ。恐怖心に負けたから……こんな事態になってしまったんだ。
ワタシガ……コノセカイヲコンランサセタ……ゲンキョウ……。ダカラ、ジブンニバツヲアタエナケレバ――
「――ようやく見つけたぜ……リアナ」
「……え?」
……聞き間違いでなければ、今、この場で一番頼りになる人物が私を見つけてくれたということになる。
も……もしかして……ケイ……くん?
声のした方向に顔を向けると、そこには変わらないケイくんが立っていた。私の希望……ううん、多分、この世界の希望が私を助けに来てくれたんだ。
「……ケイ、か。まさかこの場所を見つけてくるなんてねえ」
「ああ。時間はかかっちまったけどな。でも、まだ大丈夫みたいだな」
「意外だよ。どうしてこの場所を?」
「……それより、もういい加減にしたらどうだ? その臭い芝居をな」
「芝居? 何のことかな?」
ケイくんは何を言っているのだろう。リアナさんが芝居?
それは前のことを言っているのかな? でも、今のリアナさんが本性だと彼女自身も言ってたし……。
「サマリのおかげで、俺は気づけたんだ」
「何だって?」
「……ユニ。リアナはお前が到着した時には、すでにアリーに襲いかかってたんだな?」
「え? うん……なの」
何故、今そのことを?
だけど、ケイくんは構わず言葉を続けていく。
「まず、そこがおかしかったんだ」
「おかしい? どうして?」
「あの場所から学園にたどり着くまで、ユニの足だと、時計塔の鐘が一回鳴り響くまでには到着する。でも、人間の足じゃどう頑張っても二回鳴るまでは到着できないんだ。俺やジェスが同じタイミングで到着したようにな」
「ボクの足が早かっただけさ。未来人は足が早くてね」
「どこかで聞いたぜ。未来人も今の人間も、身体能力は変わらないってな」
「……残念だけど、転移魔法なんてものがあるんだよ」
何故か焦りだすリアナさん。
それと対照的に、理路整然として淡々と事実を述べていくケイくん。彼はすでに、リアナさんの奥に潜む何かを見据えているように見えた。
「無いな。そんなものは。『お前たち』の話を聞けば聞くほど、戦争の真っ只中の未来なんだろうと思う。そんな状況下で、新たな魔法を作り出す暇があるのか? 魔法を扱える人間は未来にはいないんだろ? ただでさえ石の魔力を抽出して戦ってるぐらいだからな」
「……ケイ。何が言いたい?」
「さっきも言ったぜ? ……もう、芝居は止めろって言ってんだよ『ジェス』。お前は、本物のリアナを俺たちの敵だと誤認させていたんだ」
「ジェ……ジェスだって!? ボクが!? ハハッ、お笑いにもならない!! そんなことできるわけが――」
「出来るんだよ。それが」
「なっ……!?」
次第に、リアナさんの更に隠された皮が剥がれていく。
そのように錯覚させられるくらい、彼女の表情は固く強張っていた。
「……確かに転移魔法はない。けどな、変身魔法はあるんだよ。すでに」
「へ、変身魔法!? へぇ……さすがだねケイ。今更そんな思いつきを」
「リーダーから聞いたさ。変身魔法の使用方法についてな。すると彼女はこう答えた。『魔法陣を描けるくらいの熟練者なら、簡単に扱えるだろう』とな。ジェス、お前は魔法陣を描ける剣を持ってるだろう? リアナと同じ剣を」
「ボクはリアナだけど……確かに、これは部隊で支給されたものさ。ジェスだって同じものを持っている」
「そう。その魔法を使ってお前はリアナに成りすました。いつから? 俺の故郷で出会ってからだ」
こ、故郷の時から!?
そんな!! 自分自身の言葉を確かめて一言ずつ区切って質問する。
「そ……そんな前からなの? じゃ、じゃあ……今まで私たちが接してきたリアナさんは……」
「ジェスが化けた偽物ってことだな」
「ぐっ!? ……ボクがジェスだってことで、君たちに何か不利益があるとでも思うのかい?」
「ある」
「……え?」
「ジェスは俺たちに対して味方ヅラしてきていた。そして、リアナは『未来を変える』悪だと言いふらしてな。ここでジェスが俺たちの敵だとしたらどうなるか……?」
ケイくんは私を見つめる。
私に答えを出せというのだろう。でも、考えなくても分かる。これはつまり……。
「も、もしかして……本物のリアナさんは……私たちの味方? 未来を変えるのは……良いことなの?」
「ふ、二人が共犯だって可能性は――」
「それじゃ、ジェスがリアナに化けた意味がなくなる。わざわざ、自分が疑われるような行動を取るのか?」
「ケイくん……」
リアナさんがケイくんを睨みつけている……が、同時に目も泳いでいる。
どうにかいい理由探しをしているみたい。でも、それが見つからないのだろう。
「観念しろ。お前の正体は完全に暴いた」
「……ねえ、ケイ。さっきから聞いていれば、このボクがジェスの変身後の姿だと『決めつけている』ようだけど、証拠はあるのかい?」
「証拠?」
「ああそうさ。別にボクはジェスだろうとなかろうと関係ないけど、そこまでして断言できる証拠はあるのかと言ってるんだ。もしあれば、今までのことを全部認めてやろうじゃないか」
「……フッ」
ケイくんが笑った。それはつまり……。
「あるさ。だから前にも言っただろ? 確証がなくて話をするのかってな」
「なっ!? そ、そんなバカな!」
「……証拠はお前の武器だよ。ジェス」
「ぶ、武器!? そんなの、何の証拠に!」
「それともう一つ。俺の手の中にある」
「――っ!?」
ケイくんがポケットから取り出したモノ。それは前にリアナさんが落としていった髪留めだった。
これが何の証拠になるのだろう。
「さっき言った変身魔法。変化出来るのは『体だけ』らしいな」
「何?」
「これは本物のリアナの髪留めだ。そして、本物は持っている武器が違う。本物が持っていたものは大剣じゃない。別のヤツだ」
「ボ……ボクが武器を二つ持っていたんだよ!」
「例え二つ持っていたとしてもだ。リアナの得意な武器はアリーとユニを襲った方の武器だ。暗殺する俺には、大して得意じゃない大剣で挑むのか? 後ろから襲いかかる。それって確実に仕留めたいってことだろう? だったら、得意な武器で確実に仕留めなければおかしい」
「ケイくん。リアナさん……いや、ジェスが変身してケイくんに襲いかかったのって……」
「リアナを疑うように仕向けたんだ。わざと暗殺を失敗し、学園へと逃げるフリをする。どうやってリアナが学園に現れることを事前に察知したのかは今の段階では分からないが、そうすることで、俺たちはリアナの印象を『作り変えられて』しまったんだ。未来を変えるためならどんな卑怯な手でもためらわない。そんな非情な性格としてな」
「そ、そんな……!! たったそれだけで……!!」
「まだ否定するってなら、お前流の考え方で論破してやるよ」
「何だって?」
「リアナは……俺の大事な子どもだ。その彼女の素性を知っている『過去』があるなら……俺を殺そうとする『未来』は無いんだよ!」
リアナさんの信条で言い切られたのが効いたのだろう。
彼女はその場にヘタれて座り込んでしまった。
これで、リアナ……ううん、ジェスの計画は潰れたのだろうか。
ケイくんは私を助けるためにこちらに向かってきている。彼の行動から全てが終わりを告げたと思ってもいいの……?
「大丈夫だったか? ユニ」
「ありがとうなのケイくん。ケイくんが来てくれなかったら私……」
「待ってろ。今縄を解くから……っと」
大木の後ろに周って、ケイくんは私を縛っている縄を解こうとする。
でも、その時、リアナさんの姿をしているジェスが気味の悪い声を出して笑い始めた。
壊れた……の? ゆらりと立ち上がったジェス。彼はリアナの変身を解いて本物の姿を晒しだした。
「……ケイ。これで勝ったと思わないことだ」
ジェスが私に剣を向ける。その剣は私に向かって振り下ろされる。
「――ああ。もちろん、そう思ってないさ」
「何だと?」
思わず目を瞑って顔を振る。この状況からしたら無意味だと思うけど、反射的に行ってしまった。
……でも、私の体に『痛み』という感覚はなかった。
そーっと目を開けた私の眼前には、見慣れた姿の彼女がいた。……いや、違う。『見慣れている』けど彼女は正真正銘の本物。本当のリアナさんだ。
彼女は拳銃でジェスの剣を受け止めている。
「なるほど。そうやってボクの姿を真似てたのか」
「リアナ……!!」
「あの時に殺したと思ってたのに……随分しぶといんだね。ジェス」
「……クックックッ。あの瞬間、オレはどさくさに紛れてお前と一緒に過去へ飛んだんだよ」
「迂闊だった。……今度こそ、殺す!」
「出来るものなら、やってみろよ!」
弾くと飛び散る火花。そして、距離を取る二人。
いつしか、私の縄は解けていた。
「ユニ。すぐにサマリたちと合流するんだ」
「ケイくんは?」
「俺はジェスに引導を渡す。とにかく、ユニは戦術の『要』なんだ。早く合流してあいつらを安心させてやれ」
「……分かったの。ケイくん、死なないでね」
「当たり前だろ?」
ケイくんが力強く頷く。それで安心しきった私はユニコーンの姿になって地面を駈ける。
離れていくにつれ、ケイくんの体が小さくなっていく。頑張ってケイくん。私も頑張るから。
それから先は振り返らずに、サマリさんたちと合流するために全速力で走っていったのだった。




