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現れるリアナ

 リアナの存在が不安定になったその日から数日が経過した。

 その間、俺の前に彼女が現れることはなく、俺たちは普通の日常を謳歌していた。

 姿を出さないリアナに対して、リーダーが一部のギルド兵に頼み込んで捜索を開始させた。それがちょうど昨日の出来事だった。

 今日は平日。アリーは学校へ行き、授業を受ける。今日の授業はどんなことを学ぶのだろうか。それが彼女の生きる力になってくれれば幸いなんだが……。


 初日は警戒心を強めていた俺とユニも、さすがに数日経ってしまうと気が抜けてしまう。警戒心も次第に薄れていき、今は普段通りの生活を送っている。

 ……本日は俺もやることが無く、ユニと一緒に自宅で待機していた。


「ケイくん。暇なのー」


「俺はこれがあるから暇じゃないんだな、これが」


 居間でゴロゴロしているユニに、一冊の本を見せつける。

 これはこの間ユニがリーダーから借りた歴史が載っている本だ。意外と読み応えがあって参考になる。

 ちょうどステル国の歴史も知りたかったしな。

 昔、この世界を牛耳っていた存在によって世界は闇に閉ざされていた。その暗黒時代に現れた一閃の勇者。彼は伝説の剣を装備し、世界を救ったとのことだ。

 勇者が持っていた伝説の剣は何処へと行方不明になっているらしい。

 ……まあ、村によって出典が異なる昔話の一部だろう。どの村にも、こういう子どもに謳って聴かせる話がある。

 俺の村にもあったぞ。闇に閉ざしていたのは虎だったけどな。

 でも、こういった昔話に何か隠されてたりして……。今は分かる術がないのだが。


「ひーまーなのー」


「……ちょっと静かにしてくれ。俺は今、本を読んでいるんだぞ」


「えー、ケイくん、遊ぼうなのー」


「俺と遊ぶって、何をするつもりだよ? 追いかけっこか?」


「うーん……戦いとか?」


「ガチでやる気か?」


「でも、ケイくん恐いから嫌なの」


「ああ。そうしてくれ」


 とにかく暇を潰したいのだろう。ユニは取り留めのない話をして俺を使って時間を経過させたいようだ。

 だが、俺は本を読んでいる。これが俺の暇つぶしなんだから、彼女は邪魔でしかない。


「サマリのところに行ったらどうだ?」


「えー? 私はケイくんと一緒にいたいのー」


「お前はいつから甘えん坊になったんだ?」


「ケイくんが私の角を圧し折った時からなの」


「……嘘をつけ」


「バレたの」


 床に寝っ転がっていたユニは立ち上がって大きく背伸びをする。

 それと共に深呼吸をした彼女はトテトテと部屋の中を歩き始めた。

 ほほう。今度はウォーキングで時間潰しというわけか。

 まったく……。それをするならモンスターとの交流を考えればいいものを……。


「ケイくん」


「何だ?」


「……王様の計画、上手くいくといいの」


「どうしたいきなり?」


「王様の計画は今のところ、こうなの。魔物世界に直接出向くのではなく、村や国を襲っているモンスターを説得する。その遣いが私なの」


「そうか。まあ、悪くない計画だと思うが」


「私もそう思うの。でも……」


「でも?」


「ギルド兵さんたちが調べているんだけど、最近村や国を襲っているモンスターがいないらしいの」


「ああ。前にリーダーから聞いたぞ。だから兵士が休暇届をバンバン出しているらしいな」


「……私の仕事、このせいで無くなってしまったの。本来なら、もう行動に移しているのに、説得する相手がいないの」


「……そうだったのか」


 ここ数日の間に彼女は城へ何度も足を運んでいる。

 それはリーダーから本を借りることもあっただろうが、その多くは王様との打ち合わせだったのだろう。

 計画の立案は順調に進んでいった。しかし、肝心な相手が消え去った。だから計画が停滞している。

 最近の一連の彼女の行動はそんな遅々として進まない計画の不安を紛らわせるためだったのかもしれない。


「うーん……ケイくん。リアナさんの言ってたこと。本当に起こるかもしれないの」


「戦争、か?」


「なの」


「……俺が止めてやるさ。元凶は魔王なんだ。魔王さえ倒せば士気が下がる。それに、魔王がいなくなれば元々離反していたモンスターだって本当の心を取り戻すはずさ」


「……うん、なの」


「だから元気だせよ。俺はいつでもユニの味方だからな」


「ありがとうなの。ケイくん」


 その時、ノック音が居間に鳴り響く。玄関の扉に取り付けられている取っ手のついた金具の音だ。

 アリーが帰ってきたわけじゃない。まだ彼女は学園にいるはずだ。だとしたら来訪者?

 その人物も分からない。サマリならノックせずにまるで自分の家みたいに入ってくるはずだ。

 リーダーなら予め俺たちに予定を話すはず。だとしたら……。


 ユニと目が合う。彼女も俺と同じことを考えているようだ。

 それが分かる決意の眼差しだった。

 俺は緊張しながら玄関の扉を開け放つ。そして、目の前の人物の名前をゆっくりと言った。


「……リアナ」


「お久しぶりです……ケイさん」


 彼女はいつもと変わらない、はにかんだ笑顔をしていた。手を後手で組み、そのような表情をしているってことは少なからず後ろめたさがあるってことだな。

 ……彼女、一体何者なのか。それが今日判明するんだ。

 彼女の気分を損なわないよう、俺は努めていつも通りの調子を整えながら話していく。


「……一体どうしたんだ? 最近はお前の姿を見なかったんだが」


「えへへっ……ちょっと私を探している人たちがいたので、隠れてたんです」


「それはリーダーの差し金さ」


「あぁ……そうだったんですね。びっくりですよ。まるで私が犯罪者みたいに捜索してるんですから」


 その原因を作ったのが俺だということに心が少し痛む。だが、素性の分からない彼女が撒いた種でもあるのだ。

 俺たちに偽っていた職業。本当の職業は何なのか……。


「ここで話すのも何だ。部屋に入れよ」


「いえ……場所は私が決めたいんですけど……いいですか?」


 上目遣いで俺にお願いを申し込むリアナ。

 ……どうする? 相手の土俵に上がるべきか? ここで拒否して彼女が再び行方をくらましたら、永遠に会えないかもしれない。

 なら、ここは罠だと分かっていても敢えて踏み抜くか?


 一応、ユニに視線を送る。

 彼女は控えめに頷いてくれた。……つまり、虎穴に入って虎児を得ろってことだな。


「……分かった。お前の話しやすい場所で話そう」


「ありがとうございます。さすがはケイさんですね。あっ、ユニちゃんもいるんですね? なら……一緒に来てくれませんか?」


「え? 私も……なの?」


 俺から提案しようと思っていたのに、意外にもリアナから提案をしてくるとは。

 ユニもびっくりして面食らっている。

 まあ、願ったり叶ったりだ。ありがたく、ユニにも同伴してもらおう。


「じゃ、決まりですね。……私についてきて下さい」


 期待と不安を胸に秘めながら、俺とユニはリアナへついていく。

 彼女が指定した場所。そこは明らかに人の気配がない郊外だった。

 周りを見渡すと、廃墟ばかりが目に映っていく。朽ちた木材の建物。かつては高級だったレンガであっても崩れ落ちて家としての体裁を保っていない。

 大きな建物もなく完全に忘れ去られた土地なのだろうと思わされる。

 この土地を見守っているのは、国の中心に据えられた大時計だけだ。それだけはこっからでもハッキリと見える。


「ここは私の秘密基地なんです。兵士にも気づかれない絶好の隠れ家がここにはあるんですよ」


「なるほどな……。ちなみに、それはどこにあるんだ?」


「教えてしまったら、隠れ家にはなりませんよ?」


「……それもそうだな」


 やっぱり、そう簡単には教えてくれないか。

 ここには『隠れ家』がない可能性もあるけどな。


「……私のこと、調べちゃったんですか?」


 唐突に本題に入る彼女。どうやら、彼女にも時間がないらしい。

 俺は無駄話をすることなく、彼女の質問に答えることにした。

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