第6話「変化」
俺は朝食を食べ終わると二人に書斎の件を全て話した。
二人は俺が無詠唱かつ高威力の魔法を使ったことに驚いていたが、俺が故意的に行ったことではないのを素直に信じてくれた。
いや、むしろ俺の話を聞いて壁の大穴なんかどうでも良いような喜びと期待に満ちた表情をしている。
親の気持ちってのは分かるようでよく分からないな・・・。
「あなた!やっぱりクリスは天才よ!」
「あぁ!クリスは本当にすごい子だよ!」
二人は俺が天才だと騒ぎ始めた。
だが一つ訂正したい。
俺はただ魔法の才能が並外れてあっただけなのだ。
天才と言うにはその才能を使いこなしてから、ようやくそう言えるのではないだろうか。
「でもどうしましょう。こういう場合は専門の学校に行ったり誰かの弟子にしてもらった方がいいのかしら。」
「あぁそうだな。できるだけ早い段階の方がいいと思う。何でも子供のうちにやらしておいた方が後々のためだ。いっそヴァルカン王国かメルアー帝国に留学させてもいいかもしれないな。」
だが二人はそんなことお構いなしにどんどん話を進めていく。
普段は二人ともこんなに感情的に話を進めていかないんだけどなぁ。
それだけわが子は可愛いのだろうか。
それには何となく理解できそうなのだが、俺にも言いたいことはあるのだ。
「お父さん、お母さん。僕は学校にも行きたくないし、誰かの弟子にもなりたくなよ。ただ二人と一緒にいたいだけだよ。魔法なんか自分で勝手にやってる。だからそんなことでお父さんお母さんと離れたくない。三人一緒に暮らそうよ・・・。」
俺は上目遣いで二人に言った。
俺は内心、あざとすぎたかなぁ。そう思った。
しかしこれは俺の本心であり嘘の気持ちなど何一つ入っていないのだ。
それだけ今朝の一件は前世も含めて俺の世界観を大きく一変させた。
俺はオリヴィア、シリルに対して親という存在以上に尊敬して感謝している。
二人はいい親だ。
また人間としても非常にできている。
俺はあの時、この二人に対して一生をかけて恩を返すと決意したのだ。
また、俺は愛情というものをあまり知らない。
前世では親の愛情という重要さに気が付いたときは遅すぎたのだ。
もうあんな後悔はしない。
したくもない。
だから俺は子供のうちに二人から離れるなど絶対に嫌なのだ。
そもそも俺は自分がどれだけ魔法が使えるか分からない。
まずは自分一人で魔法の練習や魔力制御をしてからでも遅くはないだろう。
シリルとオリヴィアは俺を凝視していた。
それが驚きによるのものなのか感嘆によるものなのかは俺には分からなかったが。
「あなた・・・。」
「オリヴィア・・・・」
二人は互いの方を向いてそう呼び合い、俺の方を再び向いた。
「ごめんね、クリス。お母さんが間違ってたわ。はぁ、あなたと離れるなんてことをなんで私は言ったのかしらね・・・」
「ああ、済まないクリス。父さんが間違っていた。まだこんなに小さいお前を外の世界へ行かすなんてな・・・」
二人はどうやら分かってくれたようだ。
やっぱりいい親だと思う。
「いいんだよお父さんお母さん。それよりね、僕、魔法の練習がしたいんだけど、家の中じゃまた書斎みたいになっちゃうでしょ?だから外で練習したいんだ。庭じゃないところがいいな。どこかいい場所ない?」
「え?クリス、外に行くのか?」
「うん。もういつまでも家の中に引きこもってちゃダメだって分かったんだ。」
「そうか・・・。そうだよな。よし、それなら家の裏道を通って山の麓まで行くと、周りが木に囲まれた小さな広場がある。あそこなら多分人もいないだろうから邪魔にならない。それに街の中を通らないし、この辺の人しか知らない小道を通るから変な人もいないだろう。」
「ありがとう、お父さん。」
にしてもシリルは驚いてたな。
まぁオリヴィアも声には出さなかったが驚いた顔をしていた。
なんせ俺が生まれて初めて家の外に出ると言ったんだ。
今までも家の庭までなら出たことがあるが、それ以上は一切ないのだ。
二人が出かけようと言って誘っても、俺が頑なに拒んできたからだ。
それに街の中を通らないというのはありがたい。
俺は正直、未だにシリルとオリヴィア以外の人と接するのが怖い。
だけど、それをいつまでも引きずっていては変わることができないのだ。
いつかは転機とし自分で行動を起こさなければいけない。
俺は二人からそう学んだ。
「だがクリス、決してその広場より山の奥地へ進んではいけないよ。父さん達が定期的に魔物を狩っているとは言えあの辺りが丁度、人間と魔物の境界付近なんだ。」
「分かったよ。あと、お母さん。一つ頼みたいことがあるんだけど・・・。」
「なあに?なんでも言って。」
うん、じゃあ言わせてもらおう。
「えっと、じゃあね。僕に青以外の服をちょうだい!さすがに全身青で外に行くのは恥ずかしいっていうか・・・。できれば黒色がいいな。」
オリヴィアは少し残念そうな顔をしていたけれど快く了承してくれた。
シリルは俺の言葉を聞いて笑いを堪えていたが。
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翌日の朝、オリヴィアは朝食を食べ終わった俺に、昨日買ってきたという服を渡してくれた。
渡された服は紺色の少しゆったりとした長ズボンと淡い青色をベースにして白色の模様が入ったセーター、そして真っ黒な俺の足首までありそうな大きな外套だった。
セーターに青色、しかも俺とオリヴィアの髪色である淡い青が入っていることから、オリヴィアはよほど俺に青色の服を着せたいのだろう。
正直たかがもうすぐ5歳児になるような子供の服なのによく見つけられたな、とオリヴィアに思う。
だが後々シリルに教えてもらったのだが、あのセーターはオリヴィアの手編みなんだそうだ。
俺が服がほしいと言ったあの日、すぐに材料を買ってきて編んでくれたらしい。
本当にオリヴィアには頭が上がらないなぁ。
俺は早速その服に着替えて作ってもらった弁当を持ち、昨日シリルに教えてもらった広場へと向かった。
幸いにもシリルの言ったとおり人通りは少なく、俺も思ったより抵抗なしに進めた。
まぁ時々すれ違う人から『あの子誰だ』的な視線が来るが、無視をすればいいのだ。無視を。
ちなみに今までこのシーモア自治地区の町並みは窓からぐらいしか見たことがなかったが、今こうやって山の麓付近で高地になっている所に来ることで街全体が見渡せる。
今俺がいる所から街を見渡すと一番奥に見えるのがラーク海洋、そして海辺から俺の家付近まで中世ヨーロッパのような家々が建ち並んでいる。
前世では歴史が好きだった俺としてはまさに夢のような光景だった。
あぁ、15歳になって成人したらこの世界を観光してみたいな。
きっと俺の想像もしないような世界が広がっているはずだ。
俺はそう心に刻み再び広場へと進んだ。
それから20分ぐらい歩いただろうか、俺は広場に着いた。
シリルは小さなと言っていたが、今の俺の体の大きさから見た広場はあまり狭いとは感じなかった。
広場は入り口から見て奥側に小さな丘があり、その手前のスペースが平地となっている。
ふむ、確かに人は誰もいないな。
これなら思いっきり魔法が使えそうだ。
そう思って俺は丘の上に弁当を置き、いよいよ魔法の練習を始めるのだった。




