第24話「同行者」
翌日の朝、俺は目が覚めた。
時計を見ると、日付は1月29日、時刻は6時であった。
俺とシャルは今、ヴァルカン王国内のアクスポートという街のとある宿屋にいる。
この街に到着した後、宿屋を探してそこそこ良いところを見つけたのだ。
あとちなみにだが、目的地の王都には、手続きの時間も考えて3月の初め頃までに着けばいい。
まだ一ヶ月もあるので、焦る必要はない。
直線距離的には遠くないが、ゆっくり向かえばいいのだ。
というか近くを観光して回ってもいいかもな。
幸い資金は大量にあるし。
そう俺が考えてると、ベッドの外からシャルに声を掛けられる。
「あ、クリス起きた?ちょっと待ってね、今朝ご飯準備してるから。」
「ん、おはようシャル。今日は起きるの早いんだね。」
「んー、まぁここにはお母さんもいないしね。クリスは宿屋探しを頑張ってくれたから、私にできるのはこれぐらいだよ。」
シャルは苦笑いでそう言った。
そしてその手は簡単な調理を行っていた。
うん。
やっぱシャルは良い子だな。
昨日みたいに時々暴走することはあるが、基本は優しく他人思いなのだ。
俺なんかを好きって言ってくれたり、こうして自分から進んで物事に取り組んでいるのが良い証拠だろう。
「シャル、ありがとな。」
「え?どうしたのいきなり。そんな堂々と言われると恥ずかしいよ・・。」
俺は真面目な顔でシャルに感謝の念を言った。
だがシャルは不意打ちを喰らったように、恥ずかしそうに顔を赤くした。
そしてその様子は、調理の手を止めて両手で頬を押さえるというなんとも微笑ましいものだった。
あぁ、そんなシャルも可愛いな。
というか、俺はもうシャルの全部が可愛く見えるよ。
なお、前世で俺が対女性の経験が全くないことを差し引いても、シャルの可愛さは飛び出ているだろうと思う。
この世界では基本、美男美女が多いが、それでもだ。
まぁなんせ不名誉きわまりないことだが、いい年した男が欲情するぐらいだしな。
それだけ周りから、俺から見てもシャルは可愛いのだ。
俺はそうして、何気なくいつも心の中に思っていることを口に出して呟いた。
「いやぁ、シャルは今日も可愛いなぁ。」
「ふぇ!?」
しかし、シャルの反応は予想外だった。
シャルはいつも以上に可愛い声をだして、その小さな体を飛び上がらせる。
はて。
なんでそんなに驚かれるんだろう。
「え、えっと、クリス・・?今日は熱でもあるの?」
「ん?熱なんてないよ。っていうか、なんでそんなこと思ったのさ。」
「え・・。だって普段クールなクリスが、私のことを可愛いだなんて大胆に言ってくれるんだもん・・。」
あれ?
俺っていつもシャルにそういうこと言ってなかったっけ。
それに俺がクールって・・。
シャルにはそう見えてるのだろうか。
俺は思わず苦笑いをした。
あー、でもそうかもな。
思い返してみると、意外と言ってないかもしれない。
たしかに俺は、その思いを昔から無意識に心の中だけにとどめるようにしてた気がする。
まぁ前世のときに、子供のうちから本人に「可愛いよかわいいよ」と言い続けるのは良くないことだって知ってたしな。
そしてそれを続けた結果、どうやらシャルには俺の本心が伝わってないようだ。
うーん、でもなぁ。
もう俺たちも成長したし、これ以上その思いを隠さなくていいよな。
というかむしろ、シャルが堂々と俺のことを好きと告白してくれたんだし、俺も言わなくてはいけないだろう。
俺はそう思ったが、いざ言おうと思うと恥ずかしく、視線を少し横にずらして頬を指でかきながらシャルに言った。
「んー、あのさ、シャル。俺はいつもシャルのこと可愛いと思っているよ?それを今まで言ってなかっただけで、俺はシャルのこと・・・ぐぬっ!」
しかし俺はその言葉を言い切る前に、シャルにダイビングハグを決められた。
そして、俺は今までベッドに座っていたが、その勢いで後ろに押し倒される。
「あぁ、もう!クリス可愛すぎるよぉ。よしよし、いい子だねぇ。よく言えました!まぁ、これで両思いと分ったんだし、もう大人まで我慢しなくて良いよね・・!?」
シャルは早口でそう言って、俺の頭を撫でる。
いや、これはもう撫でるではなく、掻き回すといった方が良いな。
そしてシャルは「はぁはぁ」言いながらその目を光らせていた。
やばい。
シャルがまた暴走し始めた。
というか家を出てからシャルの様子が変豹しすぎだろ。
ここ数日で分ったが、シャルは性感情になるとすごい敏感らしい。
今までは親の前だったから、ずっと我慢してたのかな・・・。
しかし、そうこう考えてるうちに、俺の上半身が裸にされた。
シャルはどうやら本気らしい。
アカン。
これはマジでやばいパターンだ。
本格的に貞操の危機を感じるぞ。
「ちょっ、まってシャル!ダメだから!まだダメなんだって!!」
「ごめんねクリス。私、もう本当に我慢できないの・・。」
シャルはすごい力で俺を裸にさせようとしてくる。
まったく。
この華奢なシャルの体のどこからそんな力が出てくるんだろうか・・・。
俺はもう、勢いのあるシャルに力で抵抗できないと思い、しぶしぶ《静寂ノ雷》を使った。
「うぅ・・。」
シャルはそう呟いて意識を落とす。
ふぅ。
なんとか貞操を守れた。
でももうこんな出来事はそうそう経験したくないぞ・・。
いつまで俺の理性がもつか分ったもんじゃないし。
むしろ、こういうことは俺も成人になってからなら大歓迎なんだけどなぁ。
今の段階ではシャルが肉食系になって嬉しい反面、困る気持ちにもなってしまう。
まだあと数年はあの可愛いシャルちゃんのままでいてほしいものだよ・・。
俺は小さくため息をついた。
しかし一つ気になることがある。
シャルはなんでこんなに我慢弱くなってしまったのだろう。
ムラムラする気持ちを解消する方法はオリヴィアに教えてもらったんじゃないのか・・?
昨日の船の出来事がオリヴィアから教えてもらったなら、シャルは知っていても良いだろうに。
それともオリヴィアはわざとシャルに解消法を教えなかったのだろうか。
・・・もしかして俺が相手をすると踏んでいたのか。
まぁたしかに、俺もそういうことはしてみたい年頃だが、さすがにリスクは顧みるほどの知性はあるんだけどなぁ・・。
というか、オリヴィアに俺がそう思われていると思うとちょっとショックだよ。
しかし俺がそう考えていると一気に寒気がした。
「ふぇっくしゅんっ!」
あー、さぶい。
いくらこの世界の冬は前世の冬ほど寒くないとはいえ、俺は上半身裸で寝間着姿なのだ。
このままでは風邪をひいてしまう。
抱きついたまま気絶しているシャルの体温が温かく感じるぞ。
思わず抱きしめ返したくなるが我慢だ。
俺はシャルを優しくベッドに寝かせ、上着を着る。
そしてシャルが作りかけだった朝食、サンドイッチを頬張った。
あぁ、美味しいじゃん。
しかも俺が食べやすいように小さく切ってある。
俺はベッドの上で寝ているシャルに優しい視線を送った。
シャルも一途なだけなんだよなぁ・・。
まぁ10歳とは思えない行動をすることがあるけど、それは俺という異性と長い間いたせいだろうしな。
だから決してシャルは悪い子ではないのだ。
俺はそのことになんだか責任を感じつつ、シャルを宿屋において街へと出ていった。
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俺は街の中央街を一人で歩いている。
すれ違う人の量が半端ない。
そういえばこうやって一人で歩くのも久しぶりだな。
いつもは必ずシャルがくっついてきたから、一人が新鮮に感じる。
「なぁ嬢ちゃん。なんだ一人か?よかったらこっちきて俺らと・・・グハッ!」
ん?なんか歩いてたら聞こえたな。
そして勝手に気絶していったぞ。
まったく。
そんな一人芸はつまんないから止めてほしいものだな。
絡まれるこっちの身になれっていうの。
まぁ何故か周りが俺とソイツを見ているが気にしないでおこう。
気にしたら負けだ。
その後、俺はしばらく歩いて目的の建物に着いた。
その建物はかなり大きい。
そしてそこに出入りしている人は皆、厳つかった。
そう。
ここは冒険者ギルドと呼ばれる組織の支店だ。
なお、この世界における冒険者ギルドは全世界で共通らしい。
まぁかつては戦争を起こしていた人間族と魔人族だが、300年の月日の間にそんないざこざもなくさないと世界が荒れるしな。
和解というやつである。
俺はその建物に入る。
中は酒場のような場所とカウンターの受付が混合している造りとなっていた。
ちなみにだが、俺がここに来た理由。
それはここで王都までの陸路の移動手段を聞いて、もし準備してもらえるならそれを借りようと思ったからである。
冒険者ギルドでは、単純に民間から依頼が入ってそれを冒険者達がこなしていく他に、このようなサービス・手配も行っているのだ。
前世でもそうだったが、要は企業の慈善活動だな。
どの世界でも世間体の組織に対するイメージは重要なのだろう。
だがまぁ実際入ってみると、無法者みたいな連中が屯しているわけだから、イメージがどうなっているのかは俺は知らんよ。
そう思って、俺がサービス用の受付に向かうと、なにやら隣の冒険者用の受付でトラブルが起こっていた。
どうやら俺ぐらいの子がそっちで酔っ払い数人に絡まれているらしい。
そして、その子は俺と同じ青髪をしていた。
しかしまぁ、いつの時代もこういう子供をバカにする風潮は良くないぞ。
絡んでるお前達だって夢を見た子供時代はあっただろうが。
きっとその子も冒険者になりたいのだろう。
それをバカにしないで、自分の子供時代を思い出してほしいものだな。
「だからよぉ、お前みたいなガキが冒険者とか無理だからさぁ。さっさと家に帰ってママのおっぱいでも飲んでろよ。」
「・・・。」
んー、どこかで聞いたセリフだな。
というか、なんか聞いてると俺もバカにされている気分になるぞ。
それに絡まれてる子は黙ってる。
しかしその子は怖さで黙っているというか、どことなく眠そうな顔で黙っていた。
なんていうか、肝が太いなぁ・・。
普通10歳ぐらいなら思わず泣いてもいいぐらいだと思うんだが。
まぁその様子が逆に酔っ払いの男たちの不興を買っているみたいだが。
「おい、いつまで無視してんだよ!俺はよぉ、わざわざ警告してやってんだ。わかったらさっさとここから消えやがれ!!」
男の一人がどんどんヒートアップしている。
そんなもん、10歳の子供に言うセリフじゃなかろうに。
酒が入っているとはいえ、あまりに大人げなさ過ぎるぞ。
それに、なんか俺もコイツの言動を見てると腹が立ってきた。
「おい、てめぇも何見てるんだよ!それともなんだ、このガキの友達か?お友達の面倒ぐらいしっかり見ておきやがれ!」
だがそう思っていると、男は何故か俺にも怒りを飛ばしてきた。
しかしまぁ、ただ見ているだけでその言いぐさはないだろ。
そして、その同じ子供=お友達の理屈でいくと、子供で溢れかえっている学校なんて一体どれだけ面倒を負わされるんだよ。
それが義務教育の先生大好き、連帯責任ってやつか?
これから行く国立学校は大学機関のようなものだから、そんなことないと思いたいんだが・・。
「はぁ、コイツも無視かよ・・。一体最近のガキはどうなってんだ。親の顔が見てみたいものだぜ。」
「おい、まぁ待てヴォルギン。こんな十分に教育されてないガキども相手にしてても埒があかねぇ。さっさとギルドを通じて追い出してもらえばいいだろ。」
あぁ?
おいお前たち、今シリルとオリヴィアをバカにしたのか?
俺の前でそれだけは言ってはいけないぞ。
それに大体、お前らの頭の中はお花畑なのか?
いくらギルド登録の冒険者といえども、個人の一存で他の利用客を追い出せるわけないだろう。
無論、なにか暴動を起こしているなら別だが、俺も絡まれている子も何もしてないのだ。
そんなこともわかないとはよほど脳筋らしい。
ちなみに一連の流れを聞いている受付のお姉さんを見ると、どうしたものかとあたふたしている。
どうやら解決は職員に期待できない。
はぁ・・・。
めんどくさい気もするが、俺がなんとかするしかないのか。
だけど案外、丁度いいかもしれない。
まぁコイツらはもう重罰だと決まっているけどな。
シリルとオリヴィアをバカにしたことはそれだけ許せないし。
ここはかなりの痛みを感じる魔法を使ってあげよう。
よし。
そうと決まればそうだな。
ここはコイツらが怒るようなことを言って、こっちを襲ってきたところを正当防衛と称して倒すか。
このパターンが俺も一番スッキリするし、あとで文句も言われないだろう。
そう決めて、俺は精一杯の可愛らしい笑顔でハッキリと言った。
「あのーすみませんねぇ。こんなガキがここに来ちゃって。でもそれに悪態をついてるあなたたちはそのガキ以下の脳筋ゴミクズだと思うんですけど違います?酒が入ってるとはいえ、人間失格ですねー。それに考えてる内容からして、脳内欠陥だらけじゃないですかぁ。まぁだからそんな筋肉だるまの能ナシさんは出て行ってもらえます?ほら、息を吸ってるだけで周りの人のご迷惑ですよ。」
男達はそれを聞いて一瞬無表情になって動きが止まったが、やがて俺が言ったことが理解できたのか、頭に太い血管を浮かび上がらせ俺に殴りかかってきた。
だが俺は焦らず、いつもの《雷ノ適応》と《迅雷ノ王》を使う。
男達は俺を殴ろうとするが、俺はもうその場所にいない。
俺は男達の懐に潜り込み、新しく作った魔法である《苦痛ノ体》を使う。
この魔法は対象の生命体の血液に電流を流して、『全身に痛みを感じさせてあげよう☆』という魔法である。
もっとも、血液中のイオン濃度はそこまで大きくないので電流の抵抗はかなり大きい。
だが血液は水のような絶縁体でもないので、大きな電流を流すと電気が流れるのである。
それにはかなり魔力が必要なのだが、俺の魔力量的には些細な問題なのだ。
「ああああああああああああああッッ!!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!」
「おいどうなってんだあああああああああああッッ!!」
魔法を喰らった男達は大きな悲鳴を上げて床に転がり回る。
尋常ではない痛がり方だ。
下手な物理魔法より全然ダメージが大きいようだ。
というかやばい、この魔法めっちゃエグいぞ。
発想は『こんな魔法あったら強そうじゃね』ぐらいだったんだが、よく考えるとたしかに喰らった方の痛みは計り知れないよな。
この場で他の誰より使った俺が最もびっくりしてるよ。
しかし、まだ誰にも試したことなかったから実験感覚で使ってみたんだが、こんな人目につくところでするんじゃなかった。
周りの視線から驚きと恐怖を感じる。
俺はそれを感じてすぐ魔法を解いた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・。」
「ひぃぃぃぃッッ」
「怖い怖い怖い怖い怖い・・。」
男達はさっきまでの威勢をなくして、落ち着きを取り戻すと一目散に冒険者ギルドの建物から逃げ出していった。
また、これらを見ていた建物内のほぼすべての人たちも俺に警戒態勢をしていた。
「君、一体何をしたんですか・・?」
受付のお姉さんが恐るおそる俺に聞いてくる。
しかしその声は震えていた。
「いや、待って。お、俺は・・。」
だが俺が一番動揺していた。
軽く懲らしめてやろう程度に思っていたが、まさかこんな事態になるとは。
俺はバンバン自分の想像で魔法を生み出して使っているが、もしかして禁忌の魔法とかもあるのだろうか・・・。
そしてそれがさっきの《苦痛ノ体》みたいな精神的な魔法だったりしたら、俺はどうなってしまうんだろう。
怖い。
視線もそうだが、自分が調子にのった結果こうなってしまったことが一番悔やむ。
はは。
なんだか体が震えるよ。
俺はバカだな。
またもや前世の戒めを忘れたのかよ。
もっと慎重に行動すべきだった・・。
しかし、俺がそう考えてると受付の奥から50代ぐらいのどこか風格を感じる初老の男性が出てきた。
「ほう、これは一体どういう状況かな。いつも騒がしいこの場所がまるで誰もいないように静かとは。」
「あ、ギルド長!いいところに来てくれました。実は・・・」
受付のお姉さんは今の出来事を事細かく、ギルド長と呼ばれた男性に説明した。
おそらくこの男性がここで一番偉い人だろう。
その人は落ち着いた顔で説明を聞いている。
しかし、やがて説明が終わったのか、俺と未だに眠そうな顔をしている子に近づいてきた。
「まぁ大体の事情は分った。とりあえず君たち二人は奥に来なさい。ゆっくり話を聞こう。」
その男性はそう言って、俺たちを奥へと案内した。
なお、その間、俺は隣で歩いている眠そうな子を改めてよく見ることにした。
さっきは酔っ払いの男達がいたからあまりよく見れなかったが、おそらくこの子は女の子だろう。
髪色は俺と同じ青色で、目の色は赤色をしている。
そして髪はショートカットだが、軽くその髪で片目を隠していた。
そのため顔つきはよく見えないが、おそらくかなり整っている。
というか、俺の感性でいうとかなり可愛いよ。
もしかしたらシャルぐらい美少女かもしれない。
しかしそう思っていると、そのギルド長は突き当たりの部屋の前で立ち止まった。
どうやら着いたらしい。
「さ、ここに入ってくれ。なに、悪いようにはしないさ。さっきも言ったが、ちょっとだけ時間を取らせてもらうだけだ。一応説明は聞いたけど、君たちの口からも色々聞きたいからね。」
俺はそう言われて部屋に入る。
もちろん、その女の子もだ。
部屋は普通の応接間だった。
真ん中にテーブルがあり、そのサイドに広めのソファーがある。
初老の男性は入り口から見て奥のソファーへ、俺とその女の子は手前のソファーに座った。
「さて。なにから話そうか迷ったんが、時間もそんなに取らせたくないしね。簡単に自己紹介させてもらうよ。私は冒険者ギルド、アクスポートの支店長をさせてもらってるマルクという者だ。そして単刀直入に聞くことにする。青髪の僕、君は魔法を使ったのかい?」
ほう、俺を男だと気づいてくれたのか。
あ、いやでもあれか。
さっき自分で俺って言ったんだっけ。
そのことを受付のお姉さんから聞いたのかもしれない。
そうすると、別に自分で気が付いてくれたわけではないのか・・・。
ちょっと残念だ。
だがまぁそんなことより、真面目に質問に答えなければ。
ここをどう答えるかでこの先、この初老の男性、マルクさんの対応も変わってくるだろうし。
しかしそう考えると、俺が魔法を使ったことは隠す意味がないよな。
第一、俺の目的地が魔法を学ぶための学校なんだから。
それは俺が移動手段をもらうために言うつもりだったしね。
ここは正直に答えるとしようか。
「あぁ、その通りで合ってるよ。俺は魔法を使った。」
「ふむ、やはりな。一応受付の子からは、君がわけのわからない技で自分よりも何倍も大きい酔っ払いの男を倒した、それもかなりエグそうな技だった。と聞いていたものだから、もしやとは思ったんだがな。」
「あれは雷魔法だよ。一応技の仕組みとしては、血液の中に強い電流を流すんだ。血液はあまり電気を流さないから強い電流じゃないと意味がない。だけどあの技を使うのは初めてだったから、その調節が上手くできなかったんだ。」
「なるほどね。その結果がランク4の冒険者を酔っ払っていたとは言え、あれだけ叩きのめした。というわけか。」
へ?
あれがランク4・・?
あんまり冒険者のランクの仕組みは分らないけど、なんかそこそこ高そうだぞ。
「えっと、そのランクとかってどういう仕組みなんですか?」
「ん?あぁ、ランクというものは1~5まであってね。初心者が1、最高クラスのベテランで5となってるんだ。」
んーっと、つまりあいつらは結構強かったってことか?
全然そうには見えなかったんだけど・・・。
「まぁそういうランクシステムがあるから、見てる人たちは誰もその冒険者達を止めれなかったんだろうね。まぁ聞いたところによるとヴォルギンのパーティーだったか。あいつらはランクこそ高いが、結構野蛮でね。それを君が圧倒的に倒しちゃうものだから皆怖がってたんだろう。」
なんだそのジャイアン的なポジションのヤツらは。
というかあれは俺の魔法を怖がってたわけじゃないのか。
魔法が禁忌とかじゃなくて良かったよ・・。
まぁ俺個人を怖がるぐらいなら全然いいのだ。
むしろ、この可愛らしい見た目のせいで舐められるから、多少怖がられる方が良いのかもしれない。
だが俺がそう思って安堵していると、マルクさんが続けてこう言い出した。
「では君の名前と出身地、あとこの街にいる目的を教えてくれ。君の冒険者ギルドのカードを発行しよう。」
あれ。
何故にカード発行なんかするんだ?
俺はただ単に移動手段が欲しいだけなんだが。
「えーっと、なんで俺のギルドカードを発行するんですか?」
「ん、そんなの決まっているじゃないか。私たちとしても君のような人材を放っておくと思うかい?」
マルクさんはそう笑顔で俺に言った。
えー、なにそれ。
なんかめんどくさいことに巻き込まれそうなんだけど・・。
俺はごく普通の人生を生きたいだけなんだけどなぁ。
東の大陸に行って強い魔物を倒してこい、とか言われるのは絶対嫌だよ?
俺は嫌そうな顔を隠そうとせず、さらけ出した。
だが、それを見たマルクさんは笑いながら説明してくれた。
「なに、そんな顔をしないでくれ。別にカードを発行したからって強制的に依頼を受けないといけないわけではないよ。むしろこれは身分を証明するために発行するのが基本なんだよ。我々冒険者ギルドとしてもサービスを受けてもらうときには必ずそうしてもらうからね。」
なんだ、そうなのか。
それを聞いて安心したよ。
じゃあ別に俺の個人情報を言っても問題ないかな。
そう思い、俺はマルクさんに名前や出身地、ヴァルカン国立学校へ行くということを伝えた。
マルクさんは軽く書類を書きながら聞いていた。
おそらくはカードの発行に必要な事項だろう。
「よし、これでクリス君は問題ないだろう。移動手段もいくらかの対価は必要だがこちらで手配しよう。さて、次はそこの眠そうなお嬢さんだが・・。」
そう言ってマルクさんは俺の隣を見た。
そしてその子は初めて喋った。
「あ、はい。ちなみに言っておきますが、私は別に眠くありませんよ?元々こういうものなんです。」
「そうか、それは失礼なことを言ってしまったようだ。すまない。しかし一応お名前を聞かせてもらってもよろしいかな?」
あ、別に眠いわけではなかったのね。
口には出してないけど、心の中で思っててごめんなさい。
というか可愛い声してるな。
「はあ、私はソフィアと言います。出身地はちょっと言えませんが、私もこのクリスさんと同じくヴァルカン国立学校に行くため、この街に滞在してました。」
ん?
俺と目的地は一緒なのか。
はて、だとしたらなんで冒険者用の受付にいたんだろうか。
それは俺と同じくマルクさんも思ったらしく、そのことをソフィアに聞いた。
「あぁ、それはですね。ただ単に間違えちゃったんです。しばらくして隣の受付だと分ったんですが、そのときには変な酔っ払いの人が数人絡んできて勘違いし始めたんですよ。まぁ無視してましたが。」
それを聞いて、俺もマルクさんも苦笑いになった。
でもまぁランク4の厳つい冒険者数人に対して無視を貫けるソフィアもすごいけどな。
シャルなら俺の後ろに隠れておどおどしてるだけだろうし。
しかしソフィアはさらにこんなことを言い出した。
「あ、あとそうですね。クリスさん。目的地が同じなら一緒に同行させてもらえませんか?私一人だとまた面倒ごとに巻き込まれそうなので。」
「あぁ、それがいいと思うよ。この街と王都までは一応街道が整備されている。そして魔物は騎士団の人たちがなんとかしてくれる。だけど人である盗賊達はなかなか手が回らなくてね。子供一人だと結構危ない気がするんだ。だがクリス君ほど強いなら問題ないだろう。」
マルクさんもそれに賛同のようだ。
んー、そうか。
そういう問題もあるのね。
でもソフィアが俺とシャルのところに加わると、俺も普段の何気ない行動に気を遣わないといけなくなるかもしれないしなぁ・・・あ。
だがまて。
よく考えろクリス。
これはもしかして丁度いい機会じゃないだろうか。
ソフィアが同行してくれるとなると、シャルの性的行動のいい抑止力となってくれるはずだ。
いくらシャルでも三人ならば、今朝みたいな大胆な行動に出ないはずだしね。
それにそれを見かねたソフィアがシャルに一人で致す解決法を教えてくれるという期待も持てる・・!
ふふふっ。
そうと決まれば拒否する理由はないだろう。
俺はソフィアにOKの返事を出した。
「よし、いいよ!一緒に行こう。俺としてもソフィアが一緒に来てくれた方が嬉しいよ。」
「はあ、そうなんですか。まぁよろしくお願いします。」
ソフィアは若干俺のテンションが上がったことを気にしていたが、まぁ問題ないだろう。
しかし、そういうやりとりをしているとマルクさんが咳払いをして、さきほどの話の詳細を説明してくれる。
そういえば結構時間も経ったしな。
「ゴホン。さて、じゃあ1週間後またここに来てくれ。ギルドカードと馬車を用意しよう。馬車は王都の冒険者ギルドで返却してもらえばいい。対価は大体到着まで1週間掛かるから銀板1枚でどうだ?」
「分りました。では一週間後にここへ来ればいいんですね。あ、あとお金は先に払っときます。」
そう言って俺は指輪から銀板1枚を取り出す。
だがそれを見たマルクさんは驚きの表情をした。
「ほう、それはかなり便利な魔法道具じゃないか。どこで手に入れたのかな?」
「ん、あーこれは実は父さんからの誕生日プレゼントなんですよ。なんでも父さんが昔、使っていたとか。」
「なるほどねー。ちなみに親父さんの名前は?」
「シリルと言います。」
しかし俺がシリルの名前を出すとマルクさんは笑い出した。
何でだろう。
「はは。やっぱりシリルの指輪だったのか。いやー、どこかで見たデザインをした指輪だと思ったら、そうかそうか。にしてもクリス君はシリルの息子なのか。あんまり似てないから分らなかったよ。あいつも元気にしてるかね?」
「はい、多分元気にやってると思いますよ。それにまぁ、俺は母親似らしいですからね。それよりも、えっと、マルクさんは父さんの知り合いなんですか?」
俺は思ったことを質問した。
すると、マルクさんは懐かしそう笑ってに教えてくれた。
「あぁ、そうだよ。あいつがまだ今の君より少しだけ成長したぐらいの時に出会ったんだが、それがなんでも暴れん坊でな。それはもう、めちゃくちゃ尖ってたんだよ。今は大人しくなってるといいんだが。」
なんだか今のシリルからは想像できないな。
そのときにオリヴィアがシリルに出会ってたなら一体どうなってたんだろうか。
結構気になるぞ。
「まぁでもそういうことなら、お金はいいよ。これはツケにしておこう。それに君には将来的にこれから色々と頼みたいこともできそうだしね。」
マルクさんはそう言った。
だけど、それなら俺としてはお金払った方がいいんだけどなぁ。
タダほど怖いものはないって言うか、ツケは後々怖いって言うか・・。
だけどマルクさんの笑顔が怖くて言い出せない。
これは絶対そうしろって言ってる顔だ。
なんでこんなにも人の笑顔は怖いんだろうね。
実に不思議だよ。
そうして若干強制的にだが、俺とソフィアは冒険者ギルドを後にした。
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冒険者ギルドの建物から出た俺は再び中央街をソフィアと一緒に歩いていた。
するとソフィアが疑問に思ったのか行き先を聞いてくる。
「あ、ちなみにクリスさん。これはどこに向かってるんですか?」
「ん。あぁごめん、言ってなかったね。実は俺の他にもう一人同行者がいてさ。その子は今宿屋で寝てるから向かいに行こうと思ってるんだ。」
「へぇー。そうなんですか。」
ソフィアは特にもう一人の同行者のことを気にしてない様子だ。
だが、問題があるのはもう一人の同行者こと、シャルの方だろうな。
いきなり俺が別の女の子を連れてきたと思ったら、移動に同行すると言い出すのだ。
おそらく盛大に反発するだろう。
今朝の一件もあるしな・・。
正直ヤバイ予感がする。
・・・修羅場だな。
俺はそう憂鬱に思いながらもソフィアと、シャルがいる宿屋へと足を進めた。




