第23話「思春期」
俺とシャルが船に乗って既に六日経った。
予定では到着まで一週間かかると聞いていたので今日が目的地のアクスポートに着く日である。
なので俺たちはシャルが到着の瞬間を見たいと言い出したので船の甲板でぼんやりと海を見ていた。
そして俺とシャルはこれからのことについて軽く笑いながら話していた。
だがしばらくすると、そんな和やかなムードをぶちこわすかのように後ろから声を掛けられた。
「なぁ嬢ちゃん達。海なんか見てないで、あっち行って俺たちと遊ばね?ちょっと暇なんだよ。」
俺が後ろを振り返ると、そこにはチャラそうな30歳くらいの男3人が船内の部屋の一室を指さしていた。
はぁ・・・。
いい年した大人が10歳の少女と少年をナンパかよ。
しかも部屋に連れ込もうとするとか・・・。
マジでどん引きなんですが。
それによく考えたらコイツら俺とシャルのことを『嬢ちゃん達』って言っている。
つまり俺を女と認識してやがるのだ。
やれやれ。もしギャルゲーで例えるなら君たちとの好感度は最初っからマイナスだぞ。
いや、好感度以前の問題に嫌悪感マックスといっておこうか。
そう考えているとシャルが俺の後ろに隠れて小声で話してきた。
「どうしようクリス・・・。」
「ん、大丈夫だよ。なにも心配ないから。」
俺は不安そうなシャルにそう微笑んで返答した。
というかコイツらも哀れだな。
よりによって俺に話しかけるとは・・・。
『可愛い子の中身は男子高校生でしたー』じゃショックも大きかろうに。
だがそもそも話、俺を女と認識するのがいけないんだけどな。
せめてまだショタ扱いならば、愛想笑いぐらいは一瞬見せてやってもいいんだがな。
いやぁ、実に残念だよ。
そんな怯えるシャルと俺を見て男達は笑いながら会話をし始めた。
「あぁそんな怯えなくてもいいからね。」
「そうそう、向こうで可愛がってあげるよ。とくにその青髪の保護欲誘う君、いいねぇ。」
「そうか?俺は怖がってる赤髪の子の方が好みかなぁ。」
「おい、お前ら何言ってんだよ。俺たちはこの子達が二人でシテるのを見て楽しむんだろうが!」
「「は?」」
あ~、うん。
やっぱダメ。
前言撤回しよう。
愛想笑いもクソもなかった。
コイツらヤバイキモい変態の三拍子だ。
どうやら認識の問題ではないな。
ショタ枠ならまだ良かったなとか思う以前の問題だ。
まぁ『そもそも連れ込むつもりなら性癖合わせろよ』とかいうツッコミはあるが、会話を聞いていて嫌悪感しか湧かない。
というか余裕で恐怖すら感じる。
でもまぁよく考えたら、普通の10歳の子なら恐怖を感じるのが当たり前か。
俺が特殊だから違うだけで、シャルが怖がってるってことはそうだよなぁ。
そう思って俺の後ろに隠れているシャルを見る。
だがシャルは怖がりながらも顔を赤くして、もぞもぞとしていた。
あれ。
シャルが怖がっているのは分かる。
だけど赤面している・・だと?
・・・ということは、だ。
シャルはこの話を理解していたことになるな。
俺は思考が一瞬止まった。
はぁ、ちょっと待ってくれ。
つまりもしかしてだが・・・。
『シャルってもう第二次性徴期きてる・・・?』
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俺は正直、もう目の前の男達がめんどくさくなった。
いや、思考に一切入ってこなかった。
俺が今考えてるのはシャルに第二次性徴期(小学生後半から中学生の間に性欲が芽生える現象)が起きているという疑惑のことで頭がいっぱいだった。
俺はその場で男達をカチ無視してシャルに聞いた。
「あ~、シャル?」
「え、え!?あ、なに?どうしたのクリス?」
シャルが俺の声で体を大きく反らさせる。
その様子を見て俺は思わず苦笑いをした。
「あのさ。シャルって、ずっと俺と一緒に寝てるじゃん?だからね、そのときに・・・」
「はいはい。何の話してるか分かんないけどあっち行こうねー。」
俺が肝心の内容をシャルに聞こうとしたとき、男の一人がそう言いながら俺に触れようと手を出してきた。
俺は顔をその男に向けず、体に触れさす前に《静寂ノ雷》を使った。
その瞬間、男は呻き声を上げて気絶する。
残りの男二人は、今の出来事に理解が追いついていないらしく、呆然としている。
「は?おい、お前、なにして・・・」
しばらくして男の一人がそう呟いた。
だが俺はその言葉が言い終わらないうちにもう一度《静寂ノ雷》を使う。
今度は二人まとめて呻き声を上げ、そのまま気絶して地面に倒れた。
本当はコイツらのお仕置きをもう少し痛みが伴う魔法を使おうと思っていたが、今はそれどころではない。
俺は今すぐにシャルに確認しなければいけないのだ。
そして俺は今度はシャルの肩を両手で掴んで質問する。
「シャル、正直に答えてくれ。俺と寝ている時どんな気持ちなんだ・・・?」
「・・・。」
「大丈夫。別にシャルがどう答えても俺は接し方を変えないよ。ただ確認するだけだから。ね?」
「・・・安心するの。だけどそれは昔からずっとそうだよ!」
「うん。そっか、安心するのか。他に最近になって思ったりすることはある?」
俺は続けて優しく問いかける。
「・・・あるよ。実はね、私、クリスと初めて会ったときからずっと好きだったんだ。だけどそのときの好きっていうのは、一緒にいられるだけで良かったの。でもその好きな気持ちが、どんどん自分でも分からないけど変わっていってる気がしてさ。だけど、それもこの前分ったんだ。偶然、夜にお父さんとお母さんがベッドの上で何かをやってるのを見たんだ。そしてあぁ、もしかして私もクリスとそうなりたいのかな、って思ったの。ごめんねクリス、私変な子なの・・・。」
シャルはそれだけ言うと、しゃがみ込んで真っ赤な顔を両手で隠して泣いてしまった。
うん、シャルちゃん。
それ完全に第二次性徴期だわ。
というかこの複雑な俺の気持ちはどうすればいいんだろう。
自分で聞いといてなんだけど、女の子の性欲を自覚する瞬間の出来事を聞いた俺の気持ちが分るかい。
しかもその女の子は超絶可愛くてめっちゃいい子だ。
俺が男子高校生のままなら多分、興奮してたかもしれない。
だが今の俺は10歳の男の子。
嬉しいような、申し訳ないような、なんとも切ない思いだよ。
「あ~、シャル?大丈夫だよ、シャルは普通の子だから、ね?ただその感情が芽生えるのが、他の子より少し早いだけだよ。」
「うそよ!クリスは優しいから、私を傷つけないようにしてるんでしょ・・?」
シャルがそう言って涙と鼻水を垂らしながら俺の方を見上げる。
まったく。
せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。
シャルはいい子過ぎて時々思考がずれちゃうのが玉に瑕だな。
でもそんなところも可愛いんだけどな。
「ほら、そんなことないってば。もう悩まなくていいんだよ。打ち明けてくれてありがとうね。」
俺はそう言ってシャルの顔をオリヴィアが持たせてくれたティッシュで拭いてあげる。
「・・・ホントに?私は普通の子なの?」
「そうだよ。だから大丈夫。今から行くヴァルカン国立学校もそんな子は沢山いると思うからね。」
シャルがまだ疑心暗鬼なので、俺は微笑みながらそう言った。
「そっか、普通なんだね。良かったぁ。」
シャルは俺の言葉を聞いてそう呟いた。
ふぅ、どうやらシャルは納得してくれたようだな。
デリケートな問題だけに俺も心配だったんだよ。
人間、自分のことを卑劣しても何も生まないからな。
やはり己に対する思いは普通が一番なのだ。
俺はそうして無事フォローできたことを安堵していた。
しかし今度はシャルが俺も返答に困る質問をした。
「わかったよクリス。だけどさ、私のこのムラムラする気持ちはどうすればいいの・・・?」
「・・・え?んー、まぁそれは・・・。とりあえず、学校に着いてから話そうか。」
俺は唐突すぎるデリケートな質問の解決法を曖昧にして答えた。
まぁ解決法はないことはないんだ。
例えばその一つとして、俺が相手をするという方法もある。
しかし俺は15歳の成人まではそういうことをしないと決めている。
この世界にも避妊道具はあるが、万が一ということもあるしな。
それにそれが起きた場合、未成年で新しい命の責任を背負うのはいろんな面で辛い。
なのでこれは除外だろう。
そしてつまりその選択肢が消えるということは、一人で致すあの方法しかないと意味するわけでして。
・・・まぁそうなると、だ。
男の俺からその方法を言うにはさすがに抵抗がある。
いくら俺が女の子に見えても、ついてるものはちゃんとついてるのだよ。
だけど学校に着くとシャルも寮に入るわけだし、女の子の友達はできるだろう。
だからシャルがそのときに、その解決策をその女の子から話してもらえばいいのだ。
そういう理由で俺は「学校に着いてから」と答えた。
おそらく、この状況ではそれがベストだろうしな。
しかしシャルは俺の答えに頬を膨らませている。
どうやら納得がいってないようだ。
「ほら、シャル。そんな顔しないでよ。」
「むぅ。クリスがお母さんとお父さんみたいなことをしてくれればいいじゃん。」
場に沈黙が起こる。
・・・シャルちゃんや。
なんでそんなにストレートなのよ。
見た目は超純粋なんだけどな・・・。
いや、これはあれか。
純粋すぎて自分の言っている意味がよくわからないパターンか。
でもそんな、にわか肉食系のシャルちゃんもいいけど、それを続けられるとクリスくん簡単に落とされそうだからやめてあげて?
「あ~、それは大人の事情だよ・・・。どうしてもっていうなら、せめて成人になったら、ね?」
俺は必死でシャルを宥める。
というか、そのうち自分でその方法に気付きそうだしな。
無理に俺から言う必要もないだろう。
俺はそう思ってその言葉を言った。
しかし俺がその言葉を発した瞬間、シャルが立ち上がる。
「うん!わかったよ!15歳になったら絶対だよ?言質とったんだからね!」
シャルが先ほどの雰囲気とは一変して喜ぶ。
そしてその様子に俺は困惑しつつも、一つの疑問が浮かんだ。
あれ?シャルちゃん?
君、もしかして、今までのやり取りって・・・。
「ふっふっふ!その通りだよクリス君。ホントはね、クリスに私の気持ちを言う前に、同じようなことをお母さんに相談してたんだ。そしたらお母さんがこの方法を教えてくれたの!いやぁーさすがお母さん。本当にこの結果になるなんてすごいなぁ。」
シャルは俺の心情を読み取るが如く、無邪気に喜んだ。
俺は呆気にとられるしかなかった。
えーっとだな。
待ってくれ、ということは、だ。
このやり取りは全部シャルの演技だったってこと・・?
俺は思考が完全にストップした。
しかしやがて、俺はため息をつきながら、頭を抱えてその思いを心の中で爆発させた。
もう怖いよ!
シャルちゃんもお母様も怖い!!
大体どこから演技だったのさ!?
あの変な男達が絡んでくるところからか!!?
要するにあれは元々仕組まれてたってこと!?
それが分んないから余計怖いんだけど!??
教えてくれないと、俺、人間不信になるぞ!!?
というかそもそも何なんだよ!!
あの男心を鷲づかみするようなシャルの可愛さは!!
あの可愛さは作り物だったってことか!??
嫌だぞ!俺は信じないよ!!??
もし仮にあれをオリヴィアが計画したっていうなら策士過ぎでしょ!!
シリルもあれで落とされたのか!?
そしてその結果俺が生まれたのか!!?
えぇ一体そのへんどうなんですかねぇ!!??
っていうかそもそも俺お母様の新なる一面を10年間の間で初めて見たんだけど!!??
俺の中でオリヴィア=優しい聖母っていう方程式はどうなるんだ!!!???
その思いは心の中だけで収まらず、俺はいつの間にか両手で頭を抱えて体をうねらせていた。
だが、そんなことお構いなしのシャルの無邪気な声で現実に引き戻される。
「あ、見てクリス!アクスポートに着いたよ!」
「はぁ、はぁ、はぁ。・・・お、おう。」
シャルにそう言われて、俺はまだ頭が混乱しながらも横の景色を見る。
するとそこには、ヴァルカン王国の海の玄関口である街並みが広がっていた。
見た感じだが、街はシーモア自治区よりも大きいようだ。
「ささ!もう荷物は全部クリスの指輪に入ってるんだし、早く出発しようよ!」
そう言ってシャルは俺の手を引っ張る。
そして俺たちは船と陸が繋がった即興の橋を渡った。
といっても俺は、頭がクラついた状態でシャルに引っ張られるので、何が何だか分らないままだった。
そんな様子は傍から見ると、なんとも微笑ましかった。
だがそんな微笑ましい様子でも、俺たちは今、初めて外の世界に足を踏み込んだのだ。
「ふぅ。いよいよだね、私たち、もう外の世界にきたんだ。」
シャルは今までのおふざけモードとはもう切り替わって、真面目な雰囲気で言った。
「あぁ、こっからはもう誰からも守られていないんだ。俺たちでなんとかするしかないよ。」
俺もようやく頭の整理が完了して、シャルにそう返した。
シャルは俺のその言葉に頷き、俺の手を握った。
だが、何気ないそのいつもする動作に俺は不思議とドキッとした。
あぁ、俺もなんだかんだ言いながら、性欲が戻ってきたのかもな。
いや、というか元々、微かながら成長するにつれ性欲はあったのだ。
それを自覚していなかったというだけの話なのだろう。
「まぁとりあえず今日は宿屋探しだな。」
「分ったよ~。なるべく安く、質の良いところだね。」
「そうそう、シャルも分るようになってきたね。」
「まったく。クリスは私を誰だと思ってるの?賢いシャルちゃんだよ。」
「あぁ、そうだったね。シャルは賢い子だよ。」
俺とシャルはそう笑いながら話して街を歩いた。
だがそんな話をしながらも、俺は実は心配だった。
性欲がお互い芽生えてきた男女が、今まで通り一つのベッドで寝るのはマズいよなぁ。
これまでは大丈夫だったとはいえ、今日で確認がついてしまったことだし・・・。
というかよく考えたらさ。
今までシャルがその気になれば、俺との関係がいつでも幼なじみ、兄妹から進化できたんだよね。
なんか心配になってきたぞ・・。
あれ、もしかして俺が寝てる間に変なことされてないよね・・?
知らぬ間に妊娠してましたとかマジで嫌だよ?
「どうしたのクリス。何か心配事?」
俺がそういうことを思っていると、シャルが笑顔で聞いてくる。
なんて察しがいい子なのだろうか。
というかその笑顔がちょっと怖いです。
「んー、いやそれがな。そろそろ俺たちも成長してきただろ?だから別々に寝ようとお・・」
「絶対いや!私はクリスと一緒がいい!」
あ、はい。
やっぱり断固拒否ですかー。
というかそんな大声出さなくてもいいじゃないか。
周りの人が何事かとこっち見てるよ。
「あのな、シャル。さすがにその・・」
「クリスはそんなに私のこと嫌いなの?」
う・・・。
シャル、それはさすがに卑怯だと思うんだけど。
これ言われたら何も言い返せないじゃん・・。
「はぁ、わかったよ。だけど王都に着くまでな?それからは寮生活だから別々の部屋だぞ。」
「え!?別々なの!!??」
うぉ、びっくりした。
そんなに驚かれるとは思っていなかった。
多分、今日一番シャルが驚いたかもしれない。
「え、だって俺は男寮。シャルは女寮。別れるよ?」
「えぇ~そんなぁ・・。」
どうやらシャルはかなりショックを受けているようだ。
いやまぁ「寮生活になるよ」とは言ってあったし、分ってるつもりでいたんだけどなぁ。
でも機会も機会だし、むしろこれは良いのかもしれない。
子供の時に、あんまり長い時間を二人で過ごしても、お互いに依存してしまうのだ。
「クリスと別々、別々、別々・・。」
シャルが淡々と呟いている。
あー、シャルの落ち込み方が半端ない。
なんか可愛そうになってきた。
もしかして、シャルはもう依存してしまったのかもしれないな・・・。
そうなると俺にも責任の一端はあることになるしなぁ。
・・・フォローだけしておくか。
「あー、シャル?なんていうかその情報伝達の申し訳程度なんだけどさ。王都に着くまでの間ならシャルの言うことを何でも一つだけ聞くよ。あ、でも性的なもの以外でね?」
俺がそう言うとシャルは目を光らせた。
「ホント?もう聞いちゃったからね?取り消せないんだからね?」
「え?あ、うん。その代わりあんまり過ぎるのもダメだよ?」
「えへへ。なんでもか・・。ふふっ。」
あのー。シャル・・・?
なんか怖いんだけど。
ちゃんと『性的なもの以外』という俺の言葉は耳に入ったのかしら。
というかさ。
これもさっきみたいに策略とか言わないよね?
もしそうなら俺、もう何も信じれないよ・・。
はぁ。
まぁにしても今更だが、シャルは大きく変わったな。
昔初めて出会ったころは内気な子だったのに、今ではすっかり元気で良く笑って、感情豊かになったものだよ。
でも、それが昔の俺の望みだったとはいえ、今ではちょっと怖いというかなんというか・・。
シャルの俺に対する気持ちはありがたい。
だけどその思いが強すぎるっているかなぁ。
学校生活になったら心配で仕方ないよ・・・。
俺はそう思いつつも、まだ薄気味悪く笑っているシャルと宿を探すため街の中を歩き始めた。




