第21話「妹」
街に戻るともう夜だった。
まぁ午後から数時間かけて山に登ったんだから下りるのにも数時間かかったわけでして。
ちなみにこれは俺が体に電流を流して筋繊維を刺激し、肉体の活動を最大限にした状態でシャルを担いで進んだのだ。
その間もちろんシャルに《雷ノ適応》の魔法をかけることは忘れていない。
なによりそうでもしないと普通に考えて、この地区を囲っている山で一番高いところを数時間で登り下りできないだろう。
まぁそれでも精々5歳の体なのだからかなり驚異的であるのだが。
にしても火竜との戦闘は俺から見れば《迅雷ノ王》を使っていたからとても長く感じたのだがシャルから見たらごく短時間だったらしい。
あー、そのあたりの感じ方の違いは正直怖い。
だが一応連携らしいものはできていたから今のところ問題ないだろう。
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俺とシャルは今日はもう家に帰ることにした。
夜遅くにアーロンさんに会いに行っても迷惑だろうし、何よりアーロンさんがこの時間どこにいるのか分からないのだ。
生まれてきた妹の様子も見たいしな。
まぁそもそも何故俺が妹の生まれてきた大事な日の午後にわざわざ魔物のボスを倒しに向かったのかというと、シリルとオリヴィアがその子にべったりだったからだ。
俺も妹とふれあいたかったが二人の邪魔をしてもしょうがないしね。
俺は二人にとって都合が分かる良い息子なのだ。
家のドアを開けて中に入ると、シリルとオリヴィアが俺たちが帰ってきたことに気が付いて部屋から飛び出てきた。
あぁ、そういえば日が完全に落ちてから帰ってきたのは初めてだったな。
二人に迷惑をかけないと思ってこの行動に出たのだが、逆に心配をかけさせてしまってたのか・・・。
俺がそう申し訳なく思っていると、二人は俺とシャルを抱きしめながら微笑んだ。
「あぁ、よかった。クリスもシャルも無事ね。にしても何処に行ってたの?午後からいきなり姿を消したからとっても心配してたのよ。」
「そうだぞ。しかも山の方からは何かすごい炎と雷が見えたしな。雷の方はよくわからないが、炎はきっと様子からして火竜のブレスだろう。何と戦っていたのかは分からんが、まったく厄介なヤツが現れたもんだ。明日は早速対策を考えなければいけないな。」
あ~、MyFather.
それ俺だわ。
どうしよう。これは言った方がいいのか?
たしかに俺は前、俺は二人に隠し事はしないと決めたがさすがにこれはどうだろうな・・・。
しかし俺がそう悩んでいると思わぬところから暴露された。
「あ、それね。私とクリスだよ。って言ってもほとんどクリスが倒しちゃったけどさ。」
そのシャルの悪意のない一言で場が固まった。
シリルとオリヴィアは表情を固まらせている。
どうやらシャルの言っていることが理解できていないらしい。
はぁ。まぁシャルも賢いとはいえまだこの歳だ。
ことの大きさを十分に分かっていないのだろう。
「えーっと、クリス。シャルの言っていることは本当なの?」
「あ~、それはその~。・・・はい。本当です。」
もう結局誤魔化さないことにした。
どうせよく考えたらアーロンさん経由でシリルの耳に入ることだろう。
「つまりあの雷はお前が使ったのか?」
シリルがそう続けて質問してくる。
俺は肯定の意を込めて首を縦に振った。
二人が信じられないという顔をしていたので、
俺は三人と少し離れて《雷ノ適応》と《迅雷ノ加護》を使う。
俺の体にスパークが発生する。
それを見て一瞬、二人は驚愕の表情をしたがすぐに顔を見合わせて、クリスのことだ。という感じで納得しているようだった。
「はぁ。まったくそんな魔法が使えるようになってたのなら一言ぐらい言ってくれてもいいだろうに。」
「まぁ聞かれなかったからね。」
シリルが苦笑いでそう言ってきたので、俺も苦笑いで返しておいた。
そしてそんな様子を見かねたのかオリヴィアが口を開いた。
「ああ、もういいわ。詳しいことは後日聞きましょ。それより二人ともまだ『シルヴィア』をよく見てないでしょ。二人はあの子のお兄ちゃんとお姉ちゃんなんだから可愛がってあげないとダメよ。」
俺とシャルも言われなくてもその気持ちだったので首を大きく縦に振る。
なおどうやら俺たちの妹はシルヴィアと名付けられたらしい。
俺たちはそのままシルヴィアが寝かされている部屋に入っていくことにした。
部屋には金髪でエメラルドグリーン眼をした赤ちゃんが寝ていた。
どうやらシルヴィアは俺とは異なり、髪と眼の色を二人から逆のパターンで受け継いだようだ。
「うわぁ~可愛いね。」
「あぁそうだね。」
「ふふ、この子が今日から私たちの妹かぁ。」
シャルはそう言って喜んでいる。
シャルならすぐに懐かれて優しいお姉ちゃんとなれるだろう。
しかし俺も負けていられないな。
俺は尊敬されるかっこいい兄貴を目指すのだ。
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翌日、俺はシリルを交えてアーロンに報告をした。
場所はベースキャンプではなく中央街の自衛団の本部だ。
ちなみに今日はシャルは家でお留守番をしている。
そのままシャルはシルヴィアを可愛がっていてあげていて欲しい。
「ほう、なるほどな。事情は分かった。」
「俺も大体分かった。だが一つだけ疑問が残るな。」
「あぁ、やはり『何故あそこに火竜がいたのか』ということだろう。」
二人はそういうことを言っていた。
それについては俺も火竜を倒したときから疑問に残っていた。
しかしアーロンさんもその理由を知らないのか。
だとしたら魔物のボス=火竜ではないということが確定になる。
一体どういうことだ。
一応アーロンさんにも聞いておくか。
「ちなみにアーロンさんが言ってた魔物のボスとはどんなやつだったんですか?」
「あぁ。俺が報告で知っていたのは炎蛇だ。この辺りの山は火山でな。山の麓じゃ確認できないが頂上付近になると炎蛇系統の魔物に出くわす。坊主は出会わなかったのか?」
「はい、一度も見かけませんでした。」
「そうか・・・。」
うーん、謎が深まるばかりだな。
通常ならいるはずの炎蛇がいなくて、本来いないはずの火竜がいる。
そしてそれには何かが関係しているはずだがそれが何なのかは分からない、と・・・。
はぁ。考えても分かんねぇよ。
第一、この世界のことを何も知らない俺が魔物の生態がどうのこうの言われてもピンとこないぞ。
こういうことは頼れる大人に丸投げするのが一番だ。
え、丸投げするなって?
だって俺まだ5歳児よ?
火竜倒せたとしても所詮5歳なのだ。
中身が20越えてるとか周りは知らないのだよ。
使えることは全て有効活用するのが俺のポリシーである。
しかしそういうことを考えていると俺に話が回ってきた。
「にしても坊主はよく火竜に勝てたな。それも無傷で短時間にだ。」
「え?あ~、まぁあれはなんというかことの流れというか。必死にやってたらなんとかなったっていうか・・・。」
「だが火竜に威力はバカでかくとも電気流して氷の矢打って炎の球で包み込んで雷落としただけで勝っちまったんだろ?魔法が使えること自体珍しいが、元々あんなヤツには大規模な遠征隊を組んで何日もかかるのが普通だぞ・・・。まぁそれは別としてシリルよ、お前は本当にこの坊主に勝てるのかな?」
アーロンさんが悪そうな顔をしてそのままシリルを煽っている。
シリルはただ苦笑いをしていた。
大丈夫だよ、お父さん。
ちゃんと手加減はするから・・・。
「さて、とりあえずここで話し合っていてもしょうがないだろう。ヤツの死体を確認しに行くか。山の向こう側には坊主のような身体強化を使えばなんとか1日以内で帰ってこれるだろうしな。俺たちも一応魔力を纏える。」
そう言ってアーロンさんは立ち上がった。
シリルもそれに同意している。
「あ、もちろん坊主もだぞ?じゃないと誰が案内するというんだ。」
アーロンさんはとてつもない笑顔だった。
だが強面のアーロンさんが笑うといっそう怖い。
俺はシリルを見て助けを求めたが、諦めろといった仕草をした。
はぁ、俺もシルヴィアとふれあいたかったんだけどなぁ。
俺は諦めて二人を連れ、火竜が墜落した場所へと向かった。
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火竜は俺が倒したときと変わらずそこにいた。
いや。もう既に命絶えているのだから『いた』という表現も本来おかしいのかな。
だがおよそ10mほどはある巨体にはそれだけ存在感があるのだ。
「ほう、こいつがそうか。これならさぞ魔核も大きいだろうな。」
アーロンさんはそう言って火竜の心臓の辺りをナイフで切り裂いていた。
そう。魔物には魔核と呼ばれる物があるのだ。
魔核は魔物の大きさや個体の強さに比例して希少な物になっていく。
そしてこれらは非常に有効活用できる物質であり、うちにある魔法道具も大きな魔核を基にして作られていたりする。
だが生産される魔核はほとんど小さな物だ。
それらは魔道具にはとてもじゃないが使えないので、多くが治療薬に使用されている。
しかしここでだ。
前にもいったがこの世界で治療魔法を使える魔法使いなど需要に見合う人数はいない。
だからほとんどの戦闘を行っている者は治療薬が必需品になる。
だが治療薬は原料が魔核であるためとても高価なのが現状である。
なので、そういう戦闘を行う者たちはコストが掛からない治療魔法使いがなんとしてでもパーティーに欲しいのだ。
オリヴィアが冒険者時代、常にどのパーティーからもスカウトが来ていたのはただ可愛いだけじゃなくてそういう理由もあったらしい。
まぁそんな大事な魔核だが俺が初めて戦った魔物である、あの一匹狼のホワイトウルフ君。
あの子には可愛そうなことをしてしまった。
何せあの子を俺は魔核ごとこの世から消滅させてしまったのだ。
あの子もせめて治療薬として使われたらまだ報われたのかもしれないしな。
それにあの後アーロンさんにこっぴどく怒られたんだぞ。
まぁ今となっては良い教訓になったんだけどな。
だから君のことは忘れないよ。いい戦いだった・・・!
そんなことを思い出しているとアーロンさんが魔核を取り出し終えた。
ずいぶんと大きいな。
しかも光っている。
俺は魔核を見て精々そんな感想しか出てこなかった。
しかしアーロンさんがこんなことを不意に呟いた。
「ほう、コイツは予想以上だ。売ったとしたら白金板ぐらいにはなるだろうな。」
え、ちょっと待って。
白金板ってたしか1枚で5億はいくよね?
そんな大金になるの・・・?
「え、ちょっといいですか。アーロンさん。」
「ん?なんだ。坊主はこの魔核にこんな大金がつくことを信じられないか?だが実際これぐらいが相場だぞ。」
アーロンさんは俺の考えを読み通しの如くそう答えた。
シリルを見ると頷いていた。
「まぁなんだ、安心しろ。ちゃんとこれは坊主の取り分になるぜ。一応換算してシリルに渡しておくが、こいつならお前のために悪いようにはしないさ。」
「あぁ。母さんともお前が家を出ると言った日から相談してな。実は具体的な行き先がないお前を魔法学校に通わせようと思ってたんだ。もちろんシャルも一緒だぞ?その費用にできればいいと考えているさ。旅費と学費の差し引きはそこで自由に使えば良い。」
シリルはそう言った。
だがそうか、魔法学校か。
いくら俺がすごい魔法を使えるとはいっても所詮独学だ。
一度しっかり学んでみることも俺やシャルのためにはいいのかもしれないな。
どのみち家を出るという点では変わらないんだ。
その案を受け入れよう。
「わかったよ、お父さん。魔法学校に行ってみる。」
「あぁ、だがまだ4年後だな。その時俺を倒してみろ。」
シリルは『俺を倒してみろ』と言っているがその表情は少し強ばっている。
おそらくシリルも俺がどれだけ強いかは分かっている。
だがそこは父親のけじめなのだろう。
父として言葉に二言はないということを貫いている。
俺はそのことをかっこいいと思った。
そしてその日の夜。
俺はようやくシルヴィアとふれあえると思って急いで帰宅した。
だがシルヴィアはもうお休みの時間だった。
勢いよく部屋の扉を開けた俺に対してオリヴィアとシャルが静かに、とジェスチャーをしてくる。
俺はそれを見て状況が分かった瞬間、床に手をついて沈み込んだ。
「ほらクリス、元気出して?また明日もあるし。」
シャルが励ましてくれる。
ありがとうシャル。
だけどその励ましが余計心に辛いよ。
はぁ。シルヴィアとふれあえることを楽しみに今日を頑張ったのは事実だが、
シャルの言うとおり明日もあるのだ。
明日は魔法の鍛練を魔力の循環だけにしてシルヴィアと一日中ふれあおう。
そう決めて俺はこの日ため込んだ疲労を取るためにベッドで眠りにつくのだった。




