第20話「火竜」
俺とシャルがアーロンさんと魔物の狩りに参加した日から9ヶ月ほど経った。
今日は306年、日付は10月25日。
時刻はまだ深夜2時ほどだったが俺はオリヴィアの呻き声で目が覚めた。
俺が急いでシリルとオリヴィアの寝室に行くとオリヴィアが苦しそうにお腹を押さえていた。
そう、出産だ。
前々からオリヴィアのお腹は大きくなっていたが、ついに生まれるときがきたのだ。
シリルは俺が部屋に来たことでその場を俺に任せ、近所の産婆さんを呼んでくると言って急いで家を出て行った。
俺はシャルを起こして、気休め程度だったがオリヴィアを必死に助けていた。
30分ほどするとシリルが戻ってきた。
もちろんその傍らには産婆さんがいる。
そのお婆さんはさすが多くの現場を経験しているというか、実にテキパキと動いて出産を手伝ってくれた。
その甲斐あって出産は母子共に無事で終わることができたのだ。
ちなみにその間シリルはというと、何をしていいのか分からないようでただ焦ってジタバタしていた。
まったくあんたは俺のときも立ち会ってたんだろうが。
ただ焦るだけじゃなくてオリヴィアの手でも繋いであげるだけでオリヴィアは気が楽になると思うぞ?
俺たちのママンを大切にしなさいよ。
まぁそう思っていても俺はシリルの気持ちも分からなくはない。
普段は俺やシャルにかっこいい父親として振る舞っているが、シリルも一人の若い人間なのだ。
まだ多くの過ちを犯し、多くの失敗をし、その中から迷いながらも学んで成長している時期だと思う。
俺の前世での父さんがそうだった。
年齢的にはシリルと違い30代後半だったけど、まだ多くのことを悩んでいた。
そして父さんも悩みながらも日々成長しているんだ。と、いつしかの俺に語ってくれていた。
だが当時の俺は聞く耳など持ってはいなかった。
今となってはそのことをとても後悔している。
おそらく父さんが語ってくれたその言葉に含まれていた悩みの理由とは、母さんとの離婚もあっただろうが一番の悩みは俺のことだったのだろう。
当時の俺は誰の目から見ても普通の人とはズレた行動をしていたからな。
父さんはそんな俺を心配して、そのことを俺に言うか言わないかを悩みつつも語ってくれたのだ。
しかし結果は俺がそんなことを知らずに拒絶してしまった。
今の俺がもし過去に戻れるならそのときの俺を殴ってやるはずだ。
だがそんなことはできないのだし、考えても無意味だと俺の中の合理的な一部分が言ってくる。
しかし俺は合理的に考えることが全てにおいて良いとは思わない。
もし仮に世の中の全てが合理的に回っているとしたら一体この世界に人がいる意味はあるのだろうか。
いや、その世界に意味なんてないだろうな。
もしそうなら人間の代わりに前世でいう機械だけで成り立ってしまっていたはずだ。
実際、技術的には一部の地域ではそれが可能なぐらいになっていた。
だがそれをしなかったのは人間の意義が奪われるのが怖かったのだと思う。
だからこそ人の仁義は大切にしなければならないのだ。
「人間における最大の弱点とは心である」と、昔どこかで聞いたが、
逆に言えば人間には他の生命が持ってないものである心。
つまり感情があるのだ。
それを大切にしなければいけないと俺は転生してから学んだ。
・・・はは。まるで前世の俺の頃の思考に戻ったみたいだな。
まぁ話がすごく逸れたが何が言いたいのかというと、俺は決して人の失敗を笑ったりしないし責めたりもしないということだ。
だから今回のシリルの行動を俺はなにも言わなかった。
なにより俺が父親になったときに同じようになっちゃいそうだしね。
「おーい!クリス?ねぇクリスったら!」
そう考えているとシャルの可愛い声で意識が現実に戻された。
「えっ、なに、どうかした?」
「もう、また考え事してたでしょ。ダメだよボケっとしちゃ!」
「あはは、ごめんごめん。」
シャルに怒られてしまった。
目の前には無事に生まれた俺の妹もいるのだし今は考えことをよそう。
そう妹だ。
生まれてきた赤ちゃんは女の子だったのだ。
前世で一人っ子だった俺はずっと兄妹が欲しかった。
他人と関われなかった俺は喋られる身内が一人でも多く欲しかったのだ。
もっともそんな希望は前世の父さんも母さんも知らなかったと思うが。
ちなみ俺は別に弟でもよかったのだが、どうやら妹になったらしいな。
そしてシリルとオリヴィアはその赤ちゃんを二人で抱いている。
産婆さんはそれを優しい目で見つめていた。
この人にも感謝だよ。
なにせもう朝の4時になっている。
深夜にたたき起こされていい迷惑だろう。
俺は生まれてきた我が子に夢中の二人に代わってお礼を言っておいた。
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その後俺とシャルは眠りにつき、起きたのは正午だった。
俺たちは朝食兼昼食を食べて家を出た。
行き先はもう広場ではない。
魔物の領域だ。
それもかなり奥深く。
俺、いや俺たちは初めてアーロンさんに狩りに参加させてもらって数日後から、
アーロンさんに「もう二人だけで魔物の領域に入っても大丈夫だろう」と言われた。
まぁ俺はこのあたりの魔物よりか遙かに強いし、シャルも治療魔法の一種である《防御魔法》を使って自分の身は守れるからだ。
ちなみにここで厳密に考えると《防御魔法》は治療魔法ではないと思うだろう。
実際俺も思った。
しかし治療魔法といっても戦闘中に回復すると敵に隙を見せることになる。
だから《回復魔法》を使うときに《防御魔法》を使うことは治療魔法使いにとっては普通となっているらしい。
そういう経緯もあり《防御魔法》は治療魔法に含まれているのだ。
それにシャルの《防御魔法》は他の治療魔法使いとは別物だった。
シャルは《防御魔法》を身を守る使用法のみならず攻撃にも使うことができるようになったのだ。
それには少なからず俺の魔力が混ざって、シャルの最大魔力量が増加したことも関係していることだろう。
ちなみにシャルの戦い方はこうだ。
シャルは基本四属性こそ使えないが、その《防御魔法》を二つ同時に使って魔法の膜を二つ作り出す。
そしてその二つの魔法の膜で敵を押しつぶして戦うのだ。
要するに前世の知識でいう物理魔法というものだろうな。
俺的にはその技で戦うにはいいと思うが、シャルはあまり戦うことを好まない。
元々シャルは優しい子なのだ。
俺もシャルにはあまり危険を冒して欲しくないしね。
それにシャルは戦闘自体、俺が本当に危なくならない限り参加しないだろう。
さて。
そんな十分に戦える力を身につけた俺たちだが、今回向かっているのはこのシーモア自治地区を囲っている山の中で一番高い山の頂上だ。
アーロンさん曰く、その山の頂上にはこの辺りの魔物のボスがいるらしい。
そしてそのボスを倒すとしばらくは魔物が大人しくなるから俺ら自衛団としても助かる。と笑いながら言っていた。
普通は魔物をまとめているボスが倒されるとその傘下の魔物が人里に下りてくることがよくあるパターンだが、どうやらこの世界では逆であるらしい。
というのも、そもそも魔物は自分の生まれたような瘴気の多いところを好む。
しかし魔物の中には縄張り争いに負けて人里に来ようとする魔物もいる。
それらをアーロンさん達は狩っているのだ。
だから本来、魔物自体は自分たちの縄張りから出ない。
しかしそのボスが瘴気を生み出し続けるので縄張りの土地と魔物の数が釣り合わずアーロンさん達が苦労しているのだとか。
つまりボスを倒せばみんなハッピー。
『魔物からしても人間にしてもみんな迷惑してるからさ。君、倒しちゃうよ☆』というわけである。
だからそれを先日聞いた俺はボスを倒しに行こうと思っていたのだ。
アーロンさんも坊主なら倒せるだろうと言ってくれたしな。
自分の力を過信しないと決めたとはいえ、自分の力がどれくらいなのか確かめてみることも必要だ。
ちなみに本当は一人で行きたかったのだが、シャルも心配だからとついてきた。
まぁもしものことがあったらシャルに頼れるので、
俺もシャルについてきてもらった方が良いだろうと最終的には判断した。
やがて俺たちは山道を数時間かけて登り、頂上に着いた。
あぁ、もう疲れたなぁ。
俺はそう思って何気なく下の景色を眺めた。
そこには絶景が広がっていた。
「ほぉー、海と街が一望できるな。」
「うわぁ~とっても綺麗だね!」
俺とシャルはその思いを共感し合っていた。
あぁ、いいねこういうの。
苦労の先にたどり着くものはそれに見合う達成感、か。
いずれも前世では感じれなかった思いだ。
にしてもアーロンさんが言っていた魔物のボスとは出会わなかったな。
てっきり頂上まで行かずに付近の道で出会うと思っていたんだが。
もうすぐ出会うだろうと進んでいたらいつのまにか頂上に着いてしまった。
だが頂上に着いてなお魔物のボスがいないということはどういうことなのかな。
もしかしてボスはもう誰かが倒したのか?
いや、だとしたらアーロンさんはそれを報告で受けているはずだ・・・。
いずれにせよ、俺たちも行動を決めなければいけないな。
さて、どうしようか。このまま待つか?それとも移動して探す?
しかしそう思っていると突如ソイツは現れた。
ソイツはとてつもなく巨大だった。
大きな翼で空を飛び、鮮やかな赤と黒色の鱗を体に生やしている。
そしてその顔はトカゲのようであり大きなしっぽで怒りを表していた。
その様子を見てどうやら俺たちがいるここはソイツの寝床だと悟った。
そして俺は思った。
あぁ、これが噂に聞く火竜か!!
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火竜は俺たちに対して激しい怒りと共に威圧をしていた。
そしてそのまま息を大きく吸い込み、顔を後ろに一瞬背けてタメをつくった。
やばい。このモーションからは・・・。
「シャル!《防御魔法》を使って隠れていろ!」
「わ、わかったよ!」
俺はシャルに指示した後、瞬時に《雷ノ適応》と《迅雷ノ王》を使用した。
よし、これでまず考える時間は十分にできたぞ。
火竜の動きが止まって見える。
そもそも俺はこの技を使わないと、とてもじゃないがほとんどの魔物に太刀打ちできない。
第一、相手の技を見てそれを判断し、自分の体に命令するまでに一体どれだけ時間が掛かると思っているんだ。
まぁ不思議とこの世界の人たちはそれに対応してるのだが、俺は精神は異世界の住人だからかそれができなかった。
だけど、この思考を加速できる《迅雷ノ王》と体に電流を流して体の機能を限界まで引き出すこともできるようになった《迅雷ノ加護》を発動させれば俺も十分に戦えるのだ。
俺は体にスパークを纏わしながら地面を思いっきり蹴ってブレスを避けた。
そしてそのまま火竜の背中に飛び乗る。
それだけで俺の体から火竜の体に電流が流れ込んだ。
火竜は激しく暴れる。
だが俺もそれで振り落とされるわけにはいかない。
もしこの鱗に捕まっている手を外してしまうものなら山の麓まで真っ逆さまなのだから。
俺は《土遁ノ壁》を使って山と火竜の浮いている場所まで即席の道を作った。
俺はその道を伝って地面へと移動しながら、氷魔法の《氷ノ矢》を発動させて火竜に突き刺した。
火竜は大きな呻き声を上げて怯んだ。
が、すぐに再びブレスのモーションに入った。
それを見た俺も今度はブレスに真っ向から勝負するため《火炎ノ球》を使う。
普通の《火炎ノ球》なら精々バスケットボールほどの大きさだが、今の俺が使うと大型トラック並の巨大な炎の球が出現した。
俺はそのままそれを火竜に向けて発射する。
火竜のブレスと俺の《火炎ノ球》は互いに激突し、しばらくの間均衡状態を保っていた。
だがその均衡もやがて崩れた。
シャルが後ろから《防御魔法》の応用を使ってブレスの威力を軽減してくれたのだ。
その結果俺の《火炎ノ球》はそのまま火竜に直撃した。
巨大な炎の球は火竜を包み込んでいった。
同時に凄まじい断末魔が聞こえた。
火竜は死にかけだ。
だがまだ目は死んでいない。
あと一息・・・!
そう思い、俺はここで《雷撃ノ柱》を使った。
その瞬間天から凄まじい雷が落ちた。
以前ホワイトウルフを倒したときとは比べものにならない雷だ。
火竜はとうとう飛ぶ力をなくし、山の中腹辺りに墜落していった。
俺はその様子を見て火竜が死んだことを確認した。
「やった・・。やったよ、クリス!」
「はぁ、はぁ。やった・・のか・・?」
シャルがはしゃいでいる。
俺たちは火竜に勝てたのだ。
確かに損害的にはこちらはゼロに近い。
そして俺も決して戦いを舐めていたわけではない。
だがかなり疲れた。
魔力自体はまだ余っているが精神的に、だ。
そういえば今までの戦闘は全部ワンパンだったからなぁ。
考えてみるとこうして長時間戦ったのは初めてだったかもしれないな。
ふぅ。
まぁ何はともあれ俺たちは火竜に勝てたのだ。
それは誇っても良いだろう。
というか山の頂上にいるのはこの辺りの魔物のボスだとアーロンさんは言ってたはずなんだが、
火竜系列の魔物はこの辺りにはいなかった。
これは一体どういうことなんだろうか。
やはり一度聞いてみないといけないな。
にしても火竜はシーモア自治地区とは反対の山の斜面に落ちてしまったな。
どうやって素材を回収しよう・・・。
まぁこうやって悩んでいてもしょうがない。
とりあえず街に戻ってアーロンさんに相談するとするか。
俺とシャルはそのまま火竜を一旦放置して街へと戻った。




