第19話「初めての魔物」
俺とシャルが家を出ることを打ち明けて2ヶ月と数週間が経った。
まぁ要するに今日はシャルの誕生日だ。
俺からの誕生日プレゼント自体は俺の誕生日の次の日にあげたが、それでも当日に祝ってもらうからこそ誕生日の意味があるし、本人的にもそっちの方が嬉しいのだ。
俺の誕生日のように我が家では朝に祝うことにしている。
夜だとシリルの帰宅時間にばらつきがあるし、俺とシャルは毎日21時には寝ているようにしているからだ。
シャルはあんまり気にしていないようだが、俺は早く寝て身長を伸ばしたいのだ。
前世でもチビだった俺はそのへんに関しては人一倍思いが強いと自分で思う。
まぁそういう俺の理由が少しだけ関係したりしなかったりで我が家では夜ではなく朝にこういう行事を行っているのだ。
ちなみに朝に誕生日を祝うとなると時間が気になるんじゃないかと思うかもしれない。
だが実際、うちでは朝に用事があるのは仕事に行くシリルぐらいなのでそこまで重要ではなかったりするのだ。
「おめでとう、シャル。今日も可愛いよ。」
「もぅ、クリスったら。でもありがとう。」
俺はシャルに冗談話をするように笑いながら祝った。
まぁ言ってる内容は冗談じゃなくて事実なんだけどね。
シャルも笑って返事を返してくれた。
恥ずかしがっている様子がいっそう可愛い。
誕生日会自体は俺のときと同様に進んでいった。
テーブルの上に並ぶ豪華な食事を食べながら、シリルとオリヴィアもシャルに祝いの言葉と共にいろいろ言っている。
シャルも二人の言葉にあとがとう。と笑顔で返していた。
いやぁ-。この前の口論のことがあったとはいえ、俺は改めてシャルが二人と仲良くなってくれて本当に嬉しいよ。
俺たちはこの恩を絶対に二人に返そうな、シャル。
しばらくしてシャルは二人からプレゼントを渡されていた。
「よし、じゃあ私からはこれをあげるわ。どうか大切にしてね。」
「うわぁ~!ありがとうお母さん!」
シャルはそう言ってオリヴィアからもらった小包みを開けていた。
中には綺麗な花の髪飾りが入っていた。
そしてそれを見て喜んでいるシャルにオリヴィアは続けて言った。
「それもクリスにあげた杖同様にお母さんが冒険者の時に使ってた物なのよ。その髪飾りはある魔法が込められていてその魔法が発動すると髪飾りが壊れちゃうんだけど、結局壊れなかったからお母さんも何の魔法なのかは分からなかったの。でもきっとシャルの役に立ってくれると思うわ。」
シャルはお礼を言ってさっそくその花の髪飾りを頭に付けた。
シャルの赤い髪とその白色の髪飾りはとても似合っていた。
「お父さんからはこれかな。母さんと違ってなんか生々しいものなんだが、きっとこれからの人生に使うはずだから渡しておくことにしたよ。だが危ないから使い方には注意するんだぞ。」
そう言ってシリルはシャルに短剣を渡していた。
まぁ短剣といっても俺たちの体のサイズじゃ普通の片手剣に思えるんだけどな。
俺は正直言ってシャルはあまり喜ばないんじゃないかと思ったが、シャルはそんなことなかったようだ。
あとでシャルに聞くとプレゼントはもらえるだけで嬉しいのだそうだ。
ホントにシャルはいい子だ。
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さて誕生日会も終わった後、俺たちはオリヴィアの手伝いを終え午後に例の広場にやってきた。
今までならシャルとは別行動をしていたが、シャルが《回復魔法》を使って俺を助けてくれた一件以来俺はシャルと一緒にここにくるようにしていたのだ。
俺はシャルの誕生日までの期間の間、鍛える魔法の属性を絞っていた。
俺には一応全属性に魔法適性があるが、それでも全部均等に鍛えるというよりは得意な属性をつくった方が良いだろうと判断したためだ。
そして俺が選んだのは雷属性だった。
俺の魔法における強みの一つである膨大な魔力量。
それを生かせるのは氷魔法か雷魔法を使うことだった。
他の誰もが簡単に使えない魔法を俺は自由に使う。
それは男なら誰でも憧れるロマンだ。
ちなみに何故氷魔法ではないのかというと雷魔法の方がなんか凄みがあるだろ?
え、そんなのどっちでもいい?
まぁそんなこと言わないでくれ・・・。
まぁ要はこの期間に俺は集中的に雷魔法を開発していったのだ。
そしてその開発した魔法はこんな感じだ。
《雷ノ適応》:雷属性のダメージが喰らわなくなる。
《雷撃ノ柱》:自分のイメージする場所に上空から雷を落とす。
《静寂ノ雷》:対象のものに電流を与えて気絶させる。ただし魔力量の微調整が必要。
《迅雷ノ王》:自分の脳に電流を流して思考を一時的に加速させる。
《迅雷ノ加護》:自分に体に電流を流して放電させる。自分の体にスパークが発生して触れたものにダメージを与える。また威圧にもなる。
《雷撃ノ追撃》:自分から対象者に雷を飛ばし、その雷が周囲に連鎖する。全体にダメージを与えることが可能。
開発自体は最初の段階で終わっていたのだが、なにせ魔力を込める力加減が難しかった。
だがシャルの誕生日を迎える頃にはもうほぼ完璧に使いこなせていたのだ。
ぶっちゃけこれだけ使えれば俺はもうこの歳で世界中の誰を相手にしてもそこそこ戦える気がする。
だが油断は禁物なのだ。
前世のことを含めて、俺はまだまだ精進しなければいけない。
ちなみに俺の魔法が完成した後、初めて一通り見たシャルは目を光らせていた。
だけど扱う魔法が魔法だけに、俺には近づいてこれないようだった。
まぁ今の俺は《迅雷ノ加護》で周りにスパークを漂わせているからな。
近づいた瞬間に感電してしまう。
そうして俺は《迅雷ノ加護》を使うのを止めた。
それを見たシャルが俺に走って近づいてきた。
そしてシャルは止まることなく俺にジャンピングダイブをきめた。
俺はそのまま後ろに倒れた。
「やっぱりクリスはすごい!これならお父さんにもきっと勝てるよ!」
俺はそうかな?と笑ってシャルの頭を撫でた。
俺はまだ魔法が使えるようになっただけだ。
実戦経験はゼロである。
あ、でも一つだけあったか。
シャルをいじめていたあの子供達だ。
だがあれは・・・。まぁノーカウントでいいだろう。
気にしたら負けである。
さて主題に戻るが、実戦経験がゼロの俺たちはこれから魔物を相手に鍛えてくつもりである。
ちなみに『俺』ではなく『俺たち』であるのはシリルと戦うのは俺でも、シャルも一緒に外の世界に行くのだ。
そのときにシャルも実戦経験があるのとないのでは大きな違いだろう。
それにシャルは初めて《回復魔法》を使ったあの時より格段に魔力総量が増加している。
おそらくシャルの魔力の中に俺の魔力が混じった結果こうなったようだ。
それを考慮してシャルには一緒に付いてきて欲しい。
だが俺たち二人だけで魔物の領域に行くのは少し心許なかった。
しかしだからといって経験者であるシリルとオリヴィアに助けを求めるのは見当違いだ。
まぁ俺には当てがあるんだけどな。
そうして俺たちはこの辺りにある自衛団のベースキャンプへと向かった。
ベースキャンプには俺の予想通りアーロンさんがいた。
相変わらずシャルはアーロンさんが怖いようだったが今回は俺の後ろに隠れず俺の手を握っている。
シャルも成長したなぁ。
「おう、お前はいつしかのシリルのとこの坊主か。今日はどうしたんだ?」
そう言ってここで一番偉いはずのアーロンさんはわざわざ俺たちを出迎えてくれた。
俺がアーロンさんに懐いている理由。
それはアーロンさんが初めて俺を『お嬢ちゃん』ではなく『坊主』と呼んでくれたからだ。
いや-、初めて坊主と呼ばれたときはほんと嬉しかった。
俺はもう一生女の子として生きるしかないのかと半分諦めてたんだよ?
そういうこともあって俺はアーロンさんをとても慕っていたのだ。
そして俺は軽く世間話を済ませ本題を切り出した。
「ほぉー、なるほどなぁ。そういう理由か。ハハッ、シリルも大変なんだな。よしいいだろう。お前達は俺たちに同行してもいいぞ。」
アーロンさんは受け入れてくれた。
ただし今日はもう魔物の討伐を済ませたらしく明日からだ、と言われた。
俺は顔を綻ばせアーロンさんにお礼を言った。
アーロンさんは、おう。と軽い感じだったが危険な魔物の討伐に子供を参加させるのだ。
彼にも世間の立場というものがある。
だがそれにも関わらず、俺の頼みを快く聞いてくれるアーロンさんは懐の大きい人だ。
俺はアーロンさんに深い感謝をした。
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翌日、俺とシャルは朝食を終えてすぐベースキャンプを訪れた。
アーロンさん達自衛団はもう出発準備を整えていた。
そして俺たちが来たのを確認するとアーロンさんは団員に号令をかけていた。
「よし来たな坊主と嬢ちゃん。おいお前ら!よく聞け!これより山間付近の魔物の討伐を行う!今回は副隊長のシリルのとこのガキが同行することになった。そしてコイツらは魔法を使える!もしかしたらお前らより多く魔物を倒してくれるかもな!だからこんな子供に負けないように俺たちもいつも以上に張り切るぞ!!」
アーロンさんの言葉には凄みがあった。
カリスマ性だ。
たしかにシリルと強さは同じぐらいかもしれないけどアーロンさんが前線に出ている理由が分かった気がする。
なるほど。集団を率いるにはこういったものが必要なのか。
前世で人と接してこなかった俺はこういう些細なことでも勉強になる。
俺はアーロンさんを改めて尊敬した。
道中、アーロンさんは魔物と出会うまでに簡単な魔物の説明をしてくれた。
まず魔物とは動物とは根本的に異なり、瘴気と呼ばれるこの世界の何処にでも存在するものから急に発生するらしい。
まぁ何処にでも存在するといっても、人が住んでいるところは瘴気が薄いらしいから大丈夫だという。
そして魔物だが彼らに知性はない。
ただただ人を見つけると襲いかかってくる。
彼らとは戦う以外に選択肢がない。
そう割り切っているのだそうだ。
何気なく隣を見るとシャルは怯えた様子だった。
そして俺は今になって悟り、後悔した。
あぁ。本当はシャルは魔物と戦うことが嫌だったのだ。
だけどシャルは優しい子だ。
魔物と戦えると浮かれる俺に迷惑をかけまいと、嫌だと言うことを言い出せなかったのかもな・・・。
さらに俺は実戦経験を早く積もうと思ってシャルに十分な確認を取っていなかった。
はぁ・・・。自分の軽率さが嫌になる。
「シャル、ごめんな。無理矢理ここに連れてきてしまって。本当は怖いし嫌だろ?ごめんな、俺がシャルのことを何も確認してなかった。だけど大丈夫だよ。シャルは戦わなくてもいいんだ。ただ魔物がどんなものか見て知って欲しいんだ。シャルは俺にとって大事な家族であり治療魔法使いだしね。俺が絶対シャルを守るから。」
シャルはそれを聞いて微笑んでくれた。
やっぱりシャルは魔物と出会うことが嫌だったのだ。
だがやっぱりまだ怖いのか俺の手を強く握っていた。
ちなみに自衛団では今回の討伐に50人ほど参加している。
それぞれ五人一組でチームを組み、分担した地域を回っている。
この辺はそこまで強い魔物もでないし、そっちの方が効率が良いのだ。
だが俺たちのチームは俺、シャル、アーロンさんの三人だった。
まぁアーロンさんはいつも一人で回っているらしいので、そこに俺とシャルが参加するという形だ。
しばらく歩いているとアーロンさんが立ち止まった。
「む、おい坊主。早速魔物が現れたぜ。相手してやりな。」
そう言ってアーロンさんは白色の狼を指さしながら説明してくれた。
「そいつはホワイトウルフと言ってな。そこそこ凶暴な魔物だ。普段は群れでいるんだが今回はどうやら一匹狼というやつらしい。まぁなに、危なくなったら俺が参戦してやるから大丈夫だ。ほら行ってこい。」
俺はわかった。と返事をして《雷ノ適応》と《迅雷ノ加護》を発動させた。
たかが一匹とは言え相手は凶暴な魔物なのだ。
こっちとて絶対に油断などできない。
まぁアーロンさんが見ているが自重などしていられない。
この世界はゲームと違って死んだらそれで終わりなのだから。
そして俺はそのままスパークをまき散らしながらホワイトウルフに近づいた。
ホワイトウルフはそれだけで怯んでいたが、やがて激しい唸りと共に俺の方に走ってきた。
そして俺はその瞬間《雷撃ノ柱》を使った。
空から凄まじい雷が落ちてきた。
雷が落ちた辺りは焦げていた。
そしてそれを中心で喰らったホワイトウルフは跡形もなくなっていた。
明らかにオーバーキルだが、まぁ初戦はそれぐらい慎重になってもいいだろう。
後ろを見るとアーロンさんとシャルが唖然としていた。
あー、うん。なんていうか。次、行きましょ?
「おい、坊主!なんだその魔法は!!こんなの人間族でも最高クラスの魔法だぞ!?」
アーロンさんは俺の肩を激しく掴んで質問してきた。
アーロンさんの後ろにいるシャルを見ると何故か誇らしげな顔をしていた。
まったくシャルもさっきまで同じように唖然としてたじゃないか。
俺は思わず笑ってしまった。
「はぁ、あのな坊主。これじゃあシリルが可愛そうだぞ・・・。まったくあいつも大変な条件を出したもんだな。」
アーロンさんはそう哀れみを含んで言っていた。
まぁ俺はシリルを5年後に倒せるように頑張ってきたんだからそうでなくては困るんだが。
とりあえず、いずれにせよ人前ではこれから自重するべきか?
そう考えつつも、俺たち三人は魔物の討伐を続けるために再び歩き始めた。




