5-49. 物語の終わりはバッドエンドよりハッピーエンドで(4/5)
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楽しんでもらえますと幸いです。
サラフェとキルバギリーがリゥパを、コイハとメイリがユウを、それぞれ呼びに行って状況説明などをする間に、ムツキはナジュミネを落ち着かせるために彼女の部屋へと向かった。
彼女の部屋の扉は蝶番が全壊し、申し訳なさそうに横たわって壁に立てかけられている。つまり、彼女の部屋は外から丸見えであり、ナジュミネがベッドの中で丸まっていることも外から容易に窺えた。
ムツキは小さく深呼吸をした後に、扉付近の部屋側の壁をコンコンと叩く。
「ナジュ、部屋に入るぞ」
「……うん」
ムツキはナジュミネからの無視も覚悟の上で言葉を発したが、意外にも彼女からの了承の返事が聞けたためにゆっくりと彼女のベッドの方へと歩み寄っていく。
彼はしばらくベッドに腰を掛けていたが、布団から顔を出そうとしない彼女とどうにか話をしたいと思い、もう少し踏み込んでみることにした。
「ナジュ、布団に入るぞ」
「……うん」
ムツキはナジュミネに顔を出してもらうか、自分が布団の中に潜り込むかの二択で悩むも彼女の状態に合わせる方向で提案する。
この提案が功を奏したのか、彼女の先ほどの返答よりもやや柔らかい答えが返ってくる。
彼は少し布団を持ち上げた後に、彼女の長い髪を踏まないように寄せてから、そっぽを向く彼女の方を向くようにして布団の中に潜り込む。
2人の身体が布団の中で同じくらいの温度に馴染むと彼はさらに踏み込む。
「ナジュ、ぎゅっと抱きしめるぞ」
「……うん」
ムツキはナジュミネが不安に思っているというコイハの言葉を思い出し、彼女が以前から安心すると都度言っていた抱擁をすることにした。
これもまた彼女が了承したことで、彼は彼女の背中側からゆっくりと密着した後に、軽く抱きしめるような手を彼女の身体に回す。
「なあ、ナジュ」
「…………」
お互いの心音や吐息が聞こえそうなほどに密着した中で、ムツキが囁くように話し始める。ナジュミネからの返事はなかったが、彼は急がないようにゆっくりとじっくりと十分に落ち着いた様子で口を再び動かしていく。
「俺は最強だと思っていて、なんなら今でも最強だと信じて疑っていない。だけど、無敵じゃなかったし、命を危険に晒してしまったし、みんなを泣かせてしまった」
「…………」
「ナジュが俺のことを心配してくれていることも分かる。俺だけじゃなくて、みんなの心配もしてくれていることも分かる」
「…………」
「だけど、俺はみんなと一緒に笑ったり感動したり楽しんだりいろいろしたいんだ」
「…………」
「だけど、俺のスローライフは家の中だけじゃ満足できないってことが分かったんだ。みんなと一緒に、この世界のいろいろなものを楽しみたいんだ」
ムツキは、自分の言葉が説得にならない程度に、自分の本心を率直に伝える程度に、ナジュミネにそう語りかけた。
しばらくの沈黙。
彼は待った。急かしてしまっては説得のようになってしまうと思い、意図せず抱きしめる手に少し力が入っていたものの、彼は言葉にしてしまわないようにひたすら待った。
「……そうか」
「あぁ……一緒に考えてくれると嬉しい。ナジュと、みんなと、一番良さそうな方法を見つけて、みんなで楽しんで生きていきたいんだ」
「旦那様、妾を安心させてくれ……もう……あんな思いはこりごりだ……」
今度はムツキの手を掴むナジュミネの力が強くなる。
「分かった。約束する」
「本当に怖かった……旦那様がいなくなってしまうのではないかと……」
「そうだったんだな」
「妾の知らない間に、あのとき、妾を置いていこうとした旦那様を恨みさえもした」
震えるナジュミネの身体を、ムツキは優しく力強く抱きしめる。
「ごめんな」
「旦那様がなくなりそうになるくらいなら……閉じ込めておきたかった。この温もりも消えそうになるくらいならぎゅっと掴んで手放すことさえしたくないのだ」
「そうか」
「……でも先ほどの話を聞いて……今の話を聞いて、それは違うってこともわかった……いや、最初から分かっていたんだ……でも……いや、でも、みんなで考えよう。先ほどはすまない」
「ナジュ、ありがとう。こちらこそ、無理させてごめんな」
ナジュミネが和解を示すかのように、ムツキの方へと向き直って、お互いに抱きしめ合うような体勢へと変わっていく。
こうしてムツキとナジュミネの中で話のひと段落がついた。その後、彼女は上目遣いのような目つきで彼をじっと見つめつつ口を再び開く。
「ところで、旦那様? 別のことを聞いてもよいか?」
「え、別のこと? もちろん、いいよ」
「ありがとう。では……どうしてサラフェには抱っこをするのに、妾にはしてくれない?」
「……へ?」
ムツキはナジュミネからの予想外の問いに、思わず素っ頓狂な声で返してしまう。それに少し気を悪くしたのか、ムッとした表情で彼女は口を尖らせ始めた。
「へ、じゃない! 妾が旦那様の隣に座っても、旦那様は! 膝の上に乗せた抱っこなんて! してくれないぞ! それに、耳元で囁いてくれないし」
「耳元はナジュにもいつもしている気がするけど、こ、こうか?」
ムツキがナジュミネの耳元に顔を寄せると、ナジュミネは顔を真っ赤にしながら抱きしめていたはずの彼の身体をぐいっと押しのけるように離そうとする。
「ひゃわあああああっ! もう! ずるい! あと、言われてするものではなく! 言われる前にしてほしい!」
「え、あ、はい……」
ムツキが本当に申し訳なさそうな雰囲気のままに謝ると、ナジュミネの押しのける力は弱まった。
「なによ、もう解決しちゃったの?」
「もう大丈夫そう?」
ムツキの耳には、少し安心したような声色の言葉が部屋の入口の方から聞こえてきた。
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