5-42. 女の子たちは願うより叶えるで
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楽しんでもらえますと幸いです。
ムツキが夢を見始めた頃、女の子たちは世界樹の中にいた。彼が世界樹を通して女の子たちを見られなかったのは、世界樹の内部に彼女たちがいたからである。
その女の子たちを見つめる特徴的な目があった。その目は、白目とも呼ばれる強膜の部分が黒くなっており、黒目とも呼ばれる虹彩が白くなっているユグの目だった。
「……お前ら、なんで入ってくるんだ! ムツキは渡さないぞ! オレはムツキがいないと!」
ユグはムツキを取られまいとして、ユウさえも敵とみなして攻撃を開始した。彼女は樹液を操って、女の子たちの行く手を阻もうとする。
樹液はどろっとした粘性のある液体状態での足止めに加え、固形化した樹液が弾丸のように高速で飛び交っている。
世界樹の中という地の利を活かして、彼女は至る所から現れては消え、現れては消えを繰り返し、樹液の弾丸を撒き散らしていた。
「世界樹、待って! 話を聞いてよ!」
ユウの叫び声にユグがピクリと反応するが、新緑色の長髪をぶんぶんと振り回しながら首を横に振った。
「聞きたくない! 帰れ!」
「マズいわね……まともな戦力が、ユウ様、ナジュミネ、ミクズにメイリと多いけれど、あそこに捕まっているムッちゃんもいるし、何より世界樹の中では圧倒的に分が悪いわね」
女の子たちの目当てであるムツキは、樹液でできた壁とも柱とも呼べる場所で磔刑を受けているような姿で眠っている。
「あぁ……いずれにせよ、短期決戦だ。ユグの攻撃は魔力を使っている。頭に血が上って、元々の目的、魔力の補給ということを見失っているからな」
ナジュミネは魔力を感じて、どろっとした樹液を掬い上げると苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「どうしますか?」
「無論、妾が打って出る! まずは旦那様の確保だ! ミクズ、メイリ、援護を頼むぞ」
「承知したのじゃ! 【狐火】!」
「了解、姐さん! 【変化の術】!」
ナジュミネが帽子を深くかぶり、その後、勢いよく跳び上がった。彼女の行動に追従するかのように、ミクズが狐火をいくつも空中に召喚し、メイリがその狐火をしっかりとした足場へと変化させる。
樹液の弾丸がまるで嵐のように四方八方から飛び交う中、ナジュミネは一気に駆け上がり、ムツキの眠る樹液の壁の前まで到達する。
「レーヴァテイン!」
大きく振りかぶったナジュミネの右手からレーヴァテインが突如現れ、周りをその眩いばかりの光で煌々と照らしている。
その切っ先が樹液の壁に辿り着こうとした瞬間。
「やめろ! やめろ! やめろおおおおおっ!」
「ぐうっ! おおおおおっ! 押しきるっ!」
ユグの叫びとともに、壁から樹液が多量にナジュミネの方へと流れていき、彼女をそのまま押し戻そうとする。
ムツキを見据えるナジュミネは力比べで負けるわけにはいかなかった。彼女の手には力がこもり、歯を食いしばり、身体を前傾に倒し、彼女の足が足場をしっかりと踏みしめ、樹液の濁流を真っ二つに斬る。
しかし、最後は樹液の壁を斬るだけの力が残っておらずに、ガリガリと壁の表面を削りながら落ちていく。
「押し返したが、威力を削がれてしまったのじゃ!」
「くっ! 壁の前で振り直しても勢いが足りない!」
「帰れ! 帰れ! 帰れえええええっ!」
「ぬぐうっ! ……固形物で攻撃してこないか……気付いてしまうとやりづらいものだな」
ナジュミネが床に降り立った瞬間に、ユグの樹液攻撃が再び濁流となって襲い掛かり、ナジュミネは押し戻される形で後退する。
樹液の弾丸なら大ケガにならずとも負傷くらいしていた。だが、ユグは殺傷力の高い攻撃を繰り出さなかった。
ユグのただ追い払いたいだけの思惑が読み取れてしまったナジュミネは、冷徹になりきれないやりづらさを思わず口にした。
「…………」
「見て! ムッちゃんが苦しそう!」
「魔力を吸われ続けているからでしょうか!?」
無言で苦しそうな顔をするムツキにリゥパが反応し、それを聞いた全員がバッと彼の方へと目を向ける。
「あ……」
全員にはユグも含まれており、彼女はハッと気付いたのか、樹液を出さなくなった。自分が生き残るためではあるものの、彼女も決してムツキが苦しむ姿を見たいわけではないようで、大丈夫なのかと彼をまじまじと見つめている。
「このままじゃ、ダーリンが!」
「……まずはムツキさんをあの中から出さないと!」
「多分、外側より内側から攻撃できたら! だから、ムツキを起こそう! みんな、声を張り上げて! ムツキ!」
ユウの呼びかけに応じ、女の子たちは必死に声を上げ始める。ミクズは狐火の1つをコイハの姿にして、彼女の代弁ができるようにした。
「旦那様!」
「ムッちゃん!」
「ムツキさん!」
「マスター!」
「ハビー!」
「ハビー!」
「ダーリン!」
ムツキがピクリと動く。
女の子たちは反応する彼を見て、声が届いていると分かると感極まったのか、涙が少しずつこぼれ始める。
「分からない……どうすれば……一緒になれると思ったのに……これじゃ……」
ユグは震えながら自分の身体を抱き締める。
「もっと、起きてほしい感じにしよう! ムツキ! 起きなさい!」
「旦那様! 起きてくれ!」
「ムッちゃん! 起きるのよ!」
「ムツキさん! 起きてください!」
「マスター! 起きてください!」
「ハビー! 起きてくれ!」
「ハビー! 起きるのじゃ!」
「ダーリン! 起きろおっ!」
ムツキが再びピクリと動く。
ユグは起き上がりそうな彼を見て、何かをしなければと思ったのか、自分の身体を抱き締めていた腕を女の子たちの方へ向ける。
樹液の濁流か、樹液の弾丸か、何かが出てもおかしくなかったが、何も出てくる気配はなかった。
「もっと、怒った感じで! ムツキ! いつまでも寝ていないで、いい加減起きなさい!」
「旦那様! 寝たふりなら承知しないぞ!」
「ムッちゃん! 射貫くわよ!」
「ムツキさん! いつまで寝ているのですか!」
「マスター! 叩き起こしますよ!」
「ハビー! ほらモフモフがあるぞ!」
「ハビー! いいから起きるのじゃ!」
「ダーリン! 起きないとイタズラするぞ!」
「……いや、みんなから怒られたら、起きたくなくなるのではないか?」
「…………」
ナジュミネの懸念を吹き飛ばすように、やがて、ムツキは笑みをこぼし始めて、彼の目がゆっくりと開かれた。
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