5-33. 無償の優しさは救いより心苦しさで
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ムツキの家のムツキの部屋。ナジュミネはコイハとメイリに連れられてベッドで座っていた。それはナジュミネがムツキの匂いや雰囲気で落ち着くことを期待したための処置だった。
「姐さん、だいぶ落ち着いたね」
「よかった、よかった」
そのコイハとメイリの判断は正しかった。
「……すまぬ。メイリとコイハにも迷惑を掛けて、何もできなかったな。今でも毒蛇が近くにいると思うと、全身が震えあがってしまう。あぁ、実に情けない……」
「そんなことないよ。誰にだって苦手なものや嫌いなものはあるんだから!」
「そうそう。今回はたまたま運が悪かっただけさ」
「不甲斐ないな……」
ナジュミネはだいぶ落ち着いてきたが、外に毒蛇がいると知ってしまい、どうしても動ける状態になかった。その一方で、自身の不甲斐なさや肝心な時に使えないという結果に、胸を押さえて涙をこれ以上流さないように精一杯だった。
その時、1階から2階へと駆け上がる足音が聞こえてくる。バタン、バタン、と2回ほど扉を開け閉めする音がした後に、ナジュミネたちがいる部屋の扉が開く。
半裸のムツキが焦りを隠さないままに登場した。
「ナジュ! ここか! よかった!」
ムツキはどうしてナジュミネやコイハ、メイリが自分の部屋にいるかまでは頭が回らなかったようだが、彼女たちを見つけてホッとする。
「ダーリン!?」
「ハビー!?」
コイハやメイリは驚いた顔のまま、とっさにナジュミネとムツキの間に立たないようにサッと横へとズレる。
ムツキは真っ直ぐナジュミネの傍まで寄って、無言状態で優しく抱きしめた。
ナジュミネは突然のことに瞬きを多くしながら、少し恥ずかしいのか、わずかながらに頬を赤らめている。
「だ、旦那様?」
「すまない。その場にいなくて」
「いや、いいんだ」
「涙の跡が……怖い思いをさせてすまない」
「こ、これは……」
「本当にすまない……」
ナジュミネの心は安堵と同時に、ムツキが謝れば謝るだけそれよりも少しだけ大きい苦しさも増えていく。
「ダーリン、それで普通にしているけど、まず服着ようね」
「あ、あぁ、そうだった。お願いできるか?」
メイリは肌着と半袖ワイシャツを取り出してムツキに着せた。狸の手が器用にワイシャツのボタンを留めていく。
「よし、完璧だよ。ダーリン、姐さんは僕たちで見ているから」
「ありがとう」
着終わって半裸からいつもの状態に戻ったムツキはナジュミネ、メイリ、コイハの順に抱きしめて頭を撫でて、頬にキスをした。
そうしてから、彼は部屋を出ようと扉の方へと歩いていく。次第に顔が少しずつ強張っていった。世界樹にさえ異変を起こしている相手に、彼はもはや何が起こるか分からない上に、自身の最強が最強のままなのかさえも怪しいと思い始めた。
ニドの思惑や力がどこまで及ぶか、彼にはまったく見当がつかない。
「旦那様、まだ何かあるのか?」
ナジュミネが手を伸ばしてムツキにそう話しかけると、ムツキはピタッと立ち止まってから一呼吸置いて、表情を柔らかく薄い笑みにして浮かべている。
「あぁ、ちょっと世界樹がおかしいんだ。だから、行かなきゃ。ユウも行っているみたいだからさ」
「そうなのか」
ナジュミネは自分も連れて行ってほしいという言葉が出せなかった。その言葉は彼女の喉奥で詰まり、彼女に息苦しさを覚えさせる。
「ナジュはここで待っていてくれ。今はどうやら【バリア】も効かないみたいだからな」
「…………」
まだ毒蛇はいる。
ムツキは言外にそう伝えた。
それが分からないナジュミネではないし、また、彼の笑顔が少しぎこちないことに気付かないナジュミネでもない。
何か大変なことが起きていることは彼の隠しきれない表情からも、彼女にはありありと理解できていた。
「ナジュ、そんな顔をしないでくれ」
ナジュミネはムツキと伴侶になった時のことを思い出す。
彼女は彼と苦楽を伴にし、何か彼に困ったことが降りかかってくれば、隣に居て彼をいつまでも支える。そういう伴侶でありたい。その思いは今も持ち続け、色褪せることのない誓いでもあった。
だが、毒蛇が絡むだけでその誓いが脆くも崩れ去っているように彼女は感じるとともに、自分の誓いとは何だったのかと自分に嫌気が差し始めていた。
「ダーリン。ちゃんと帰ってきてね」
「あぁ。だから、コイハもメイリもナジュと待っていてくれ。大丈夫、多分、すぐにみんなで帰ってこられるだろうから」
「……多分?」
「あ、いや、絶対に、だ」
ムツキは何かと隠すことが下手だ。話せば話すほど、長く一緒にいればいるほど、ボロが出てきてしまう。
「……いってらしゃい」
「……いってらしゃい」
「…………」
「あぁ……行ってくる」
メイリやコイハ、ナジュミネはそれ以上何も言わず、ムツキを見送った。
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